古今和歌集　こきんわかしゅう　卷二十

古今和歌集　　卷二十　大歌所御歌、神遊歌、東歌

大歌所御歌

1069　大直毘(おほなのび)の歌(うた)

　　新(あた)らしき　年(とし)の始(はじめ)に　斯(か)くしこそ　千年(ちとせ)を豫(か)ねて　樂(たの)しきを積(つ)め

　　大直毘歌

　　新年方初始　萬象更新元復始　於此聚一同　祈預千年真繁榮　堆樂積木燃祝火

佚名　1069

日本紀(やまとのふみ)』には：「供奉(つかへまつ)らめ、萬代迄(よろづよまで)に。」

　『續日本紀』曰：「盡心供奉獻赤誠，直至萬代亦不絕。」

1070　古(ふる)き大和舞(やまとまひ)の歌(うた)

　　細枝結(しもとゆ)ふ　葛城山(かづらきやま)に　降雪(ふるゆき)の　間無(まな)く時無(ときな)く　思(おも)ほゆる哉(かな)

大和舞古歌

　　葛結攀細枝　葛城山上零雪時　吾戀伊人情　無時不刻忘彼思　分分時時慕念君

佚名　1070

1071　近江振(あふみぶ)り

　　近江(あふみ)より　朝立來(あさたちく)れば　畝野(うねのの)に　鶴(たづ)ぞ鳴(な)くなる　明(あ)けぬ此夜(このよ)は

　　出自近江國　早朝來兮今晟立時　今在畝野間　聽聞早鶴高鳴聲　方知此夜將曙明

佚名　1071

1072　水莖振(みづくきぶ)り

　　水莖(みづくき)の　岡(をか)の屋形(やかた)に　妹(いも)と我(あれ)と　寢(ね)ての朝(あさ)けの　霜(しも)の降(ふ)りはも

　　水莖岡地畔　屋形假宿擁相眠　伊人與我寢　纏眠情熱翌朝晨　屋外霜降冽且寒

佚名　1072

1073　四極山振(しはつやまぶ)り

　　四極山(しはつやま)　打出(うちい)でて見(み)れば　笠結(かさゆひ)の　島漕(しまこ)ぎ隱(かく)る　棚無(たなな)し小舟(をぶね)

四極山振

　　身居四極山　繞徑越初臨高覽　笠結群島邊　無棚小舟漕而隱　飄蕩海上隱若現

佚名　1073

1074　採物歌(とりもののうた)

　　神垣(かみがき)の　御室山(みむろのやま)の　榊葉(さかきば)は　神(かみ)の御前(みまへ)に　茂(しげ)りあひにけり

　　繁茂圍神垣　御室三諸山榊葉　今觀彼榊葉　誠是奉神御前物　一片盛繁青深邃

佚名　1074

1075　採物歌(とりもののうた)

　　霜八度(しもやたび)　置(お)けど枯(か)れせぬ　榊葉(さかきば)の　立榮(たちさか)ゆべき　神(かみ)の巫覡(きね)かも

　　霜降復霜降　冽霜雖覆不凋零　凜凜真榊葉　今見巫覡若木根　立榮猶彼真榊葉

佚名　1075

1076　採物歌(とりもののうた)

　　卷向(まきもく)の　穴師山(あなしのやま)の　山人(やまひと)と　人(ひと)も見(み)るがに　山葛(やまかづら)せよ

　　卷向穴師山　蓋思彼山山人兮　君今奉神事　日蔭山葛纏身間　冠垂覆身出鄉里

佚名　1076

1077　採物歌(とりもののうた)

　　深山(みやま)には　霰降(あられふ)るらし　外山(とやま)なる　真拆(まさき)の葛(かづら)　色付(いろづ)きにけり

　　深邃奧山間　此際必當霰紛降　君不見外山　蔓生定家真拆葛　其葛褪色今黃變

佚名　1077

1078　採物歌(とりもののうた)

　　陸奧(みちのく)の　安達(あだち)の檀弓(まゆみ)　我(わ)が引(ひ)かば　末(すゑ)さへ寄來(よりこ)　忍(しの)び忍(しの)びに

　　天離遠陸奧　安達檀弓我今引　引弓末寄近　只願伊人隨吾引　竊隱寄來將晤逢

佚名　1078

1079　採物歌(とりもののうた)

　　我(わ)が門(かど)の　板井(いたゐ)の清水(しみづ)　里遠(さととほ)み　人(ひと)し汲(く)まねば　水草生(みくさお)ひにけり

　　吾宿門前者　板圍清水離里遠　因人鮮臨汲　水草叢生泉化濁　正猶我心景荒涼

佚名　1079

1080　日女歌(ひるめのうた)

　　ささの隈(くま)　檜(ひ)の隈河(くまがは)に　駒止(こまと)めて　暫(しば)し水飼(みづか)へ　影(かげ)をだに見(み)む

　　笹隈檜隈川　願止汝駒滯川邊　暫飼以清水　只冀川面映君影　暼見形影慰我心

佚名　1080

1081　返物歌(かへしもののうた)

　　青柳(あをやぎ)を　片絲(かたいと)に縒(よ)りて　鶯(うぐひす)の　縫(あ)ふてふ笠(かさ)は　梅花笠(むめのはなかさ)

　　青柳葉纖細　鶯取細枝為片絲　縒絲結縫笠　彼笠鶯鳥巧縒絲　紡成秀雅梅花笠

佚名　1081

1082　返物歌(かへしもののうた)

　　真金吹(まがねふ)く　吉備中山(きびのなかやま)　帶(おび)にせる　細谷川(ほそたにがは)の　音(おと)の清(さや)けさ

　　真金吹冶煉　吉備中山上繞環　細谷川猶帶　纏繞中山細流長　川音澄兮清沁耳

佚名　1082

　此歌(このうた)は、承和(じょうわ)の御嘗(おほんべ)の吉備國(きびくに)の歌(うた)。

　此歌者，承和帝仁明天皇大嘗祭吉備國之歌也。

1083　返物歌(かへしもののうた)

　　美作(みまさか)や　久米佐良山(くめのさらやま)　更更(さらさら)に　我(わ)が名(な)は立(た)てじ　萬代迄(よろづよまで)に

　　作州美作國　久米地兮佐良山　一猶佐良字　還願浮名更莫立　常永遠兮迄萬世

佚名　1083

　此(こ)れは、水尾(みづのを)の御嘗(おほんべ)の美作國(みまさかのくに)の歌(うた)。

　此者，水尾帝清和天皇大嘗祭美作國之歌也。

1084　返物歌(かへしもののうた)

　　美濃國(みののくに)に　關(せき)の藤河(ふぢがは)　絕(た)えずして　君(きみ)に仕(つか)へむ　萬代迄(よろづよまで)に

　　美作美濃國　關塞藤河常永遠　如彼無絕時　吾仕大君輸忠誠　直至萬代必不渝

佚名　1084

　此(こ)れは、元慶(ぐわんぎゃう)の御嘗(おほんべ)の美濃(みの)の歌(うた)。

　此者，元慶帝陽成天皇大嘗祭美濃國之歌也。

1085　返物歌(かへしもののうた)

　　君(きみ)が世(よ)は　限(かぎ)りもあらじ　長濱(ながはま)の　真砂(まさご)の數(かず)は　讀盡(よみつ)くすとも

　　君世常永久　萬壽萬代無所限　一猶長濱上　真砂之數計無窮　數之無盡君世長

佚名　1085

　此(こ)れは、仁和(にんな)の御嘗(おほんべ)の伊勢國(いせのくに)の歌(うた)。

　此者，仁和帝光孝天皇大嘗祭伊勢國之歌也。

1086　返物歌(かへしもののうた)

　　近江(あふみ)のや　鏡山(かがみのやま)を　立(た)てたれば　豫(か)ねてぞ見(み)ゆる　君(きみ)が千歲(ちとせ)は

　　淡海近江國　國內鏡山立高聳　崴峨亙長久　豫見彼山屹立者　得窺君壽千千歲

大伴黑主　1086

　此(こ)れは、今上(きんじゃう)の御嘗(おほんべ)の近江(あふみ)の歌(うた)。

　此者，今上帝【醍醐】大嘗祭近江國之歌也。

1087　陸奧歌(みちのくうた)

　　阿武隈(あぶくま)に　霧立(きりた)ち曇(くも)り　明(あ)けぬとも　君(きみ)をばやらじ　待(ま)てば術無(すべな)し

　　阿武隈川上　迷霧曇起遍茫茫　時雖至天明　不願令君離歸去　只因苦待情難堪

佚名　1087

1088　陸奧歌(みちのくうた)

　　陸奧(みちのく)は　何所(いづく)はあれど　鹽竈(しほがま)の　浦漕(うらこ)ぐ舟(ふね)の　綱手哀(つなでかな)しも

　　邊塞陸奧地　縱使他所景何如　今見鹽竈浦　海人漕舟手引綱　哀情油然染身心

佚名　1088

1089　陸奧歌(みちのくうた)

　　我(わ)が背子(せこ)を　都(みやこ)に遣(や)りて　鹽竈(しほがま)の　籬島(まがきのしま)の　松(まつ)ぞ戀(こひ)しき

　　送君至都城　離情依依慕夫君　思身兩相隔　雖非鹽竈籬島松　妾身苦待戀難堪

佚名　1089

1090　陸奧歌(みちのくうた)

　　小黑崎(をぐろさき)　三(み)つの小島(こじま)の　人(ひと)ならば　都(みやこ)の苞(つと)に　去來(いざ)と言(い)はましを

　　小黑崎三島　若彼小島是為人　吾當誘之曰　去來同行往都京　以為罷都餽贈禮

佚名　1090

1091　陸奧歌(みちのくうた)

　　御侍ひ(みさぶら)　御笠(みかさ)と申(まう)せ　宮城野(みやぎの)の　木(こ)の下露(したつゆ)は　雨(あめ)に增(ま)されり

　　御侍從者矣　當舉御笠揚傘上　可知宮城野　木之下露零落下　其勢勝雨令杉濕

佚名　1091

1092　陸奧歌(みちのくうた)

　　最上河(もがみがは)　溯(のぼ)れば下(くだ)る　稻舟(いなふな)の　否(いな)には非(あら)ず　此月(このつき)ばかり

　　出羽最上川　稻舟順溯復往返　君求吾答言　非若稻舟欲答否　只是此月時不與

佚名　1092

1093　陸奧歌(みちのくうた)

　　君(きみ)を置(お)きて　徒(あだ)し心(こころ)を　我(わ)が持(も)たば　末(すゑ)の松山(まつやま)　浪(なみ)も越(こ)えなむ

　　吾心死不渝　若置君不顧　徒移情戀者　浪必高越末松山　願知吾永待汝歸

佚名　1093

1094　相模歌(さがみうた)

　　越搖(こよろぎ)の　礒立馴(いそたちなら)し　礒菜摘(いそなつ)む　目刺(めざ)し濡(ぬ)らす勿(な)　沖(おき)に折(を)れ浪(なみ)

　　踏遍越搖礒　娘子專念摘礒菜　莫令其衣濕　還願滔滔白浪者　勿擊礒上折沖間

佚名　1094

1095　常陸歌(ひたちうた)

　　筑波嶺(つくばね)の　此(この)も彼(かの)もに　蔭(かげ)はあれど　君(きみ)が御姿(みかげ)に　增(ま)す影(かげ)は無(な)し

　　常陸筑波嶺　嶺上草木繁且盛　處處留木陰　然而較與汝身影　莫有可勝君姿者

佚名　1095

1096　常陸歌(ひたちうた)

　　筑波嶺(つくばね)の　峯(みね)の紅葉(もみぢば)　落積(おちつ)もり　知(し)るも知(し)らぬも　並(な)べて愛(かな)しも

　　崴峨筑波嶺　峰上紅葉零且落　飄舞積落葉　不知是從何木來　識人或否並惜愛

佚名　1096

1097　甲斐歌(かひうた)

　　甲斐(かひ)が嶺(ね)を　清(さけ)にも見(み)しが　心無(けけれな)く　橫(よこ)ほり伏(ふ)せる　佐夜(さや)の中山(なかやま)

　　甲斐白根嶺　願得清觀晰翫之　佐夜中山矣　汝今無心橫伏臥　蔽吾視線礙觀瞻

佚名　1097

1098　甲斐歌(かひうた)

　　甲斐(かひ)が嶺(ね)を　嶺越(ねこ)し山越(やまこ)し　吹(ふ)く風(かぜ)を　人(ひと)にもがもや　言傳(ことつ)てやらむ

　　甲斐白根嶺　吹風越嶺亦越山　風可易人乎　願汝為人代傳言　便送家書屆伊人

佚名　1098

1099　伊勢歌(いせうた)

　　生浦(をふのうら)に　片枝刺(かたえさ)し覆(おほ)ひ　成(な)る梨(なし)の　成(な)りも成(な)らずも　寢(ね)て語(かた)らはむ

　　伊勢生浦邊　孤枝伸刺覆岸濱　梨木已成實　我倆成能佳偶否　相枕絮語共相眠

佚名　1099

1100　冬(ふゆ)の賀茂祭(かものまつり)の歌(うた)

　　千早振(ちはやぶ)る　賀茂社(かものやしろ)の　姬小松(ひめこまつ)　萬世經(よろづよふ)とも　色(いろ)は變(かは)らじ

冬賀茂祭歌

　　千早振稜威　賀茂神社姬小松　雖歷千萬代　松葉長青色不褪　歷久彌新耀神威

藤原敏行朝臣　1100

　家家稱証本之本乍(家家に証本と稱する本に書き入れながら)，書入以墨滅歌(墨を以ちて滅ちたる歌)。　今別書之(今、別に之を書く)。

卷第十　物名部

1101　蜩(ひぐらし)

　　杣人(そまびと)は　宮木引(みやきひ)くらし　足引(あひしき)の　山(やま)の山彥(やまびこ)　呼(よ)び響(とよ)む也(なり)

　　杣人樵夫者　牽引精材作宮木　呼聲合暮蜩　迴盪足引峻山間　響徹深山處處聞

紀貫之　1101

郭公下、空蟬上。

1102　黃心樹(をがたまのき)

　　翔(かけ)りても　何(なに)をか魂(たま)の　來(き)ても見(み)む　駭(から)は炎(ほのほ)と　成(な)りにし物(もの)を

　　黃心樹

　　天翔在虛空　魂兮歸來何可見　魂木黃心樹　亡骸既為炎燒燼　魂雖歸兮何所依

藤原勝臣　1102

黃心木，友則下。

1103　吳母(くれのおも)

　　來(こ)し時(とき)と　戀(こひ)つつ居(を)れば　夕暮(ゆふぐ)れの　面影(おもかげ)にのみ　見(み)え渡(わた)るかな

　　念伊人將來　不覺起居掛戀慕　吾母茴香草　時至日斜夕暮時　惟有面影溢心頭

紀貫之　1103

忍草，利貞下。

1104　沖井(おきのゐ)、宮古(みやこじま)

　　燠居(おきのゐ)て　身(み)を燒(や)くよりも　悲(かな)しきは　都島邊(みやこしまべ)の　別(わか)れなりけり

　　沖井、宮古島

　　沖井燠火燃　身為火燒居悲戚　悲勝於兮者　宮古都島邊別離　遠別異地不相見

小野小町　1104

唐琴，清行下。

1105　染殿(そめどの)、粟田(あはた)

　　憂(う)きめをば　餘所(よそ)めとのみぞ　逃(のが)れ行(ゆ)く　雲(くも)の沫立(あはた)つ　山麓(やまのふもと)に

　　染殿、粟田

　　身居染殿中　放下俗事憂愁事　遁網餘所去　栗田天雲沫立觸　歸兮鄉野山麓間

凡山茂　1105

　此歌(このうた)、水尾帝(みづのをのみかど)の染殿(そめどの)より粟田(あはた)へ移賜(うつりたま)うける時(とき)に詠(よ)める。

　此歌，水尾帝清和天皇自染殿移幸粟田之時所詠。

桂宮下。【按『日本三代實錄』，事在元慶三年五月四日。】

卷第十一

奧山(おくやま)の菅(すが)の根凌(ねしのぎ)降雪(ふるゆき)，下。

1106　題知(だいし)らず

　　今日人(けふひと)を　戀(こ)ふる心(こころ)は　大堰河(おほゐがは)　流(なが)るる水(みづ)に　劣(おと)らざりけり

　　今朝發慕情　心戀遠人頻不止　大堰川流水　激昂水嵩浪高湧　吾心潰堤不劣之

佚名　1106

1107　題知(だいし)らず

　　吾妹子(わぎもこ)に　逢坂山(あふさかやま)の　篠芒(しのすすき)　穗(ほ)には出(い)でずも　戀渡(こひわた)る哉(かな)

　　聞逢吾妹子　方寸亂兮逢坂山　逢坂山篠芒　猶其至今穗未出　吾亦堪戀不作色

佚名　1107

卷第十三

こひしくはしたにを思へ紫の，下。

1108　題知(だいし)らず

　　犬上(いぬがみ)の　鳥籠山(とこのやま)なる　名取河(なとりがは)　去來(いさ)と答(こた)へよ　我(わ)が名洩(なも)らす勿(な)

　　犬上鳥籠山　山麓泉流名取川　汝雖稱名取　切莫去來答吾名　還願切勿洩我名

佚名　1108

　此歌(このうた)、或人(あるひと)：「天帝(あめのみかど)の近江(あふみ)の采女(うねめ)に賜(たま)れる。」と。

　此歌，或人曰：「天皇賜近江采女者也。」

1109　返(かへ)し、采女(うねめ)の奉(たてまつ)れる

　　山科(やましな)の　音羽(おとは)の瀧(たき)の　音(おと)ににだに　人(ひと)の知(し)るべく　我(わ)が戀(こ)ひめやも

采女奉返歌

　　山科音羽瀧　激水急落擊發鳴　妾身不似彼　竊幽戀情藏心中　不欲他人知慕情

采女　1109

卷第十四

1110　衣通姬(そとほりひめ)の獨居(ひとりゐ)て帝(みかど)を戀奉(こひたてまつ)りて

　我(わ)が背子(せこ)が　來(く)べき宵也(よひなり)　小蟹(ささがに)の　　蜘蛛(くも)の振舞(ふるま)ひ　豫(か)ねて徵(しるし)も

　　衣通姬獨居而戀帝奉之

　　此夜是何夜　良人將至春宵也　小蟹蜘蛛舞　細肢微動振衣著　誠是良人至臨徵

衣通姬　1110

思ふてふことのはのみや秋をへて，下。

1111　題知(だいし)らず

　　道知(みちし)らば　摘(つ)みにも行(ゆ)かむ　住江(すみのえ)の　岸(きし)に生(お)ふてふ　戀忘草(こひわすれぐさ)

　　題不知

　　若知道如何　必踏其途往摘草　住江岸蘿生　忘戀草兮遍地在　還願稍緩斷腸愁

紀貫之　1111

　深養父，

こひしとはたがなづけけむ事ならむ，下。

異本所載歌

1112　安積山(あさかやま)の辭(ことば)

　　安積山(あさかやま)　影(かげ)さへ見(み)ゆる　山(やま)の井(ゐ)の　淺(あさ)くは人(ひと)を　思(おも)ふのもかは

　　安積山之辭

　　安積山底下　山井淺映安積影　其井雖淺薄　妾思君念豈如之　今誓慕情邃不淺

采女　假名序　1112

1113　題知(だいし)らず

　　明日(あす)よりは　若菜摘(わかなつ)まむと　片岡(かたをか)の　明日(あした)の原(はら)は　今日(けふ)や燒(や)くらむ

　　題不知

　　明日將出行　往至野間摘若蔡　片岡明日野　蓋是感此意氣乎　今日燒煙竄虛空

柿本人麻呂　 20b　1113

1114　櫻花(さくらのはな)の水(みづ)に散(ち)るを見(み)て

　　行水(ゆくみづ)に　風(かぜ)の吹(ふ)きいるる　櫻花(さくらばな)　消(き)えず流(なが)るる　雪(ゆき)とかぞ見(み)る

　　見櫻花飄散零水

　　行水無止息　吹風拂落櫻飄零　散櫻浮水上　好若春雪不消逝　流行無盡儚飄邈

紀貫之　 80b　1114

1115　雲林院(うりんゐん)に罷(まか)りて櫻(さくら)の散(ち)りけるに詠(よ)める

　　雪(ゆき)と見(み)て　濡(ぬ)れもやすると　櫻花(さくらばな)　散(ち)るに袂(たもと)を　被(かづ)きつる哉(かな)

　　罷雲林院，詠櫻花零落

　　散櫻紛似雪　誤勘其將濡人濕　身居櫻樹下　舉袂覆首欲遮雪　只掬花瓣懷袖滿

紀貫之　 82b　1115

1116　寬平御時后宮(くわんぴやうのおほんとききさいのみや)の歌合(うたあわせ)の歌(うた)

　　月影(つきかげ)も　花(はな)も一(ひと)つに　見(み)ゆる夜(よ)は　大空(おほそら)をさへ　折(を)らむとぞする

　　寬平御時后宮歌合歌

　　今夜觀花月　月影皎白花亦白　不覺視作一　舉手雖欲折其花　險折大空盡混同

紀貫之　 103b　1116

1117　朱雀院(すざくゐん)の女郎花合(をみなへしあはせ)に詠(よ)みて奉(たてまつ)りける

　　女郎花(をみなへし)　無(な)き名(な)や立(た)ちし　白露(しらつゆ)の　濡衣(ぬれぎぬ)をのみ　著(き)て渡(わた)るらむ

　　朱雀院女郎花合所奉詠

　　可憐女郎花　無實虛名既已立　白露沾襟濕　野原一面凝玉露　造作濡衣引虛名

佚名　 236b　1117

1118　題知(だいし)らず

　　我(わ)が門(かど)の　早稻田(わさた)の稻(いな)も　刈(か)ら無(な)くに　未(ま)だき移(うつ)ろふ　神奈備(かんなば)の森(もり)

　　題不知

　　我宿扉門前　早稻田稻未秋熟　稻雖未刈穫　神奈備森已黃變　木葉知秋褪色紅

佚名　 253b　1118

1119　題知(だいし)らず

　　息長鳥(しながとり)　豬名野(いなの)を行(ゆ)けば　有馬山(ありまやま)　夕霧立(ゆふぎりた)ちぬ　明(あ)けぬ此夜(このよ)は

　　題不知

　　息長豬名野　若行此野瞻觀者　見得有馬山　山間霧氣甚瀰漫　闇夜將曉曙將明

佚名　 408b　1119

1120　題知(だいし)らず

　　落激(おちたぎ)つ　川瀨(かはせ)に浮(う)かぶ　泡沫(うたかた)の　思(おも)はざらめや　戀(こひ)しき物(もの)を

　　題不知

　　水瀑勁激落　泡沫順水浮川瀨　今思我苦戀　其儚且幻甚飄邈　稍縱即逝不可依

佚名　 532b　1120

1121　題知(だいし)らず

　　真鶴(まなづる)の　葦毛(あしげ)の駒(こま)や　汝(な)が主(ぬし)の　我(わ)が前行(まへゆ)かば　步(あゆ)み止(とど)まれ

　　題不知

　　真鶴毛色美　妍麗葦毛駿駒矣　汝主出步時　若經我家請停之　其人薄情難相見

佚名　 739b　1121

1122　題知(だいし)らず

　　須磨海人(すまのあま)の　鹽燒衣(しほやきころも)　慣(な)れぬれば　憂(う)とくのみこそ　思(おも)ふべらなれ

　　題不知

　　須磨白水郎　海人著慣鹽燒衣　衣久自破舊　吾人憂馴染超禮　過昵反令伊人煩

佚名　 751b　1122

1123　題知(だいし)らず

　　言出(ことで)しは　誰(だれ)なら無(な)くに　小山田(をやまだ)の　苗代水(なはしろみづ)の　中淀(なかよど)みする

　　題不知

　　發言是誰者　是君而非是他人　然如小山田　苗代水淀滯中絕　今君躓足不來見

佚名　 758b　1123

1124　衣通姫(そとほりひめ)の帝(まかど)に奉(たてまつ)る歌(うた)

　　常(とこ)しへに　君(きみ)も敢(あ)へむや　礒菜取(いそなと)り　沖(おき)の玉藻(たまも)も　寄(よ)る時時(ときどき)に

　　衣通姫奉允恭帝歌

　　雖誓不相逢　君何能堪久不渝　猶取礒菜沖　玉藻逐浪時寄岸　君必亦將時來會

衣通姬　 761b　1124

1125　題知(だいし)らず

　　年經(としふ)れば　心(こころ)や變(かは)る　秋夜(あきのよ)の　長(なが)きも知(し)らず　寢(ね)しは何時(なにとき)

　　題不知

　　經年復累月　人心易變君心改　雖云秋月長　伊人豈不知之乎　前回相枕是何時

佚名　 762b　1125

1126　諒闇(りゃうあん)の年(とし)、冷泉院(れざいゐん)の櫻(さくら)を見(み)て詠(よ)める

　　心無(こころな)き　草木(くさき)と云(い)へど　哀(あは)れ也(なり)　今年(ことし)は咲(さ)かず　共(とも)に枯(か)れなむ

　　諒闇之年，見冷泉院櫻而詠

　　草木雖無心　此櫻今年不咲華　此誠可哀悽　我身喪畢終將離　心與彼櫻共枯去

尚侍廣井女王　 845b　1126

1127　兵衛府生(ひゃうゑのふしゃう)より左近將監(さこんのしゃうげん)に罷渡(まかりわた)りて、舍人共(とねりども)に酒賜(さかた)びける遂(つひ)でに詠(よ)める

　　柏木(かしはぎ)の　森(もり)の渡(わた)りを　打過(うちす)ぎて　三笠山(みかさのやま)に　我(われ)は來(き)にけり

　　自兵衛府生昇遷左近將監，舍人等受天皇賜酒，遂詠

　　今過柏木森　惜別兵衛府之職　罷渡三笠山　左近將監我今來　此將與共甚歡心

壬生忠岑　 870b　1127

1128　題知(だいし)らず

　　風吹(かぜふ)けば　波越(なみこ)す磯(いそ)の　磯馴松(そなれまつ)　音(ね)に表(あら)はれて　泣(な)きぬべら也(なり)

　　題不知

　　吹風急且勁　浪越磯上磯馴松　隨海風拂傾　磯松颯鳴訴我悲　哀甚濤然淚涕下

佚名　 907b　1128

1129　屏風(びゃうぶ)の繪(え)を詠合(よみあ)はせて書(か)きける

　　秋來(あきく)れば　萩(はぎ)の古枝(ふるえ)も　花咲(はなさ)きぬ　我(わ)が身(み)のみこそ　斯(か)くて過(す)ぎぬれ

　　合屏風之繪，詠吾心境以書之

　　夏去秋來者　荻花古枝復咲華　反顧我身者　馬齒徒長無遷升　如斯虛過渡一年

佚名　 932b　1129

1130　同(おな)じ文字無(もじな)き歌(うた)

　　沖(おき)つ波(なみ)　打寄(うちよ)する藻(も)に　庵(いほり)して　行方定(ゆくへさだ)めぬ　我(われ)からぞ此(こ)は

　　無同文字歌

　　割殼付藻上　隨波漂蕩寄沖岸　徬泊莫可依　亦猶我身無定所　自結假庵草枕居

佚名　 954b　1130

1131　雲林院(うりんゐん)にて詠(よ)める

　　騷(さわ)ぎ無(な)き　雲林(くものはやし)に　入(い)りぬれば　厭(いと)ど憂(う)き世(よ)の　厭(いと)はるる哉(かな)

　　於雲林院所詠

　　寂靜無喧囂　猶入叢雲雲林殿　顧思憂世苦　比之身居娑婆中　一層更厭火宅世

惟喬親王　 945b　1131

1132　題知(だいし)らず

　　真澄鏡(ますかがみ)　底(そこ)なる影(かげ)に　向居(むかひゐ)て　見(み)る時(とき)にこそ　知(し)らぬ翁(おきな)に　會(あ)ふ心地(ここち)すれ

　　題不知

　　無曇真澄鏡　鏡底其所映姿影　今見彼形貌　不覺其翁即自身　感猶會逢不識人

凡河內躬恒　 1010b　1132

1133　題知(だいし)らず

　　逢(あ)は無(な)くに　夕占(ゆふけ)を問(と)へば　幣(ぬさ)に散(ち)る　我(わ)が衣手(ころもで)は　繼(つ)げも合(あ)へ無(な)くに

　　題不知

　　雖慕不得逢　立八十衢問夕占　斷我袖衣手　千切作幣祈徵驗　衣袖襤褸不可繼

佚名　 1047b　1133

1134　題知(だいし)らず

　　心(こころ)こそ　心(こころ)を測(はか)る　心(こころ)なれ　心(こころ)の敵(あた)は　心(こころ)なりけり

　　題不知

　　何以知人心　其要無他唯在心　孰為心之敵　僅有己身心羸弱　是其所以損心者

佚名　 1060b　1134

1135　人(ひと)の牛(うし)を使(つか)ひけるが死(し)にければ、其牛(そのうし)の主(ぬし)の許(もと)に詠(よ)みて遣(つか)はしける

　　我(わ)が乘(の)りし　事(こと)を憂(う)しとや　思(おも)ひけむ　草葉(くさば)に掛(かか)る　露(つゆ)の命(いのち)を

　　使他人之牛，而其牛猝死。詠歌贈其主之許以謝之。

　　汝牛牽吾車　可是憂厭此事乎　思汝食草葉　生亦猶露懸草梢　薄命渺茫縱即逝

源宗于娘　 1068b　1135

1136　題知(だいし)らず

　　如何(いか)にして　戀(こひ)を隱(かく)さむ　紅(くれなゐ)の　八入(やしほ)の衣(ころも)　捲(まく)り手(で)にして

　　題不知

　　如何隱思慕　吾不欲人識己戀　舉袖掩憂容　以其再三拭血淚　吾袖盡染化朱紅

佚名　 1068c　1136

1137　題知(だいし)らず

　　照(て)る月(つき)を　弓張(ゆみは)りとしも　云(い)ふ事(こと)は　山(やま)の端指(はさ)して　射(い)ればなりけり

　　題不知

　　暉月懸虛空　何以今成張弓月　請覽山之端　月弓西沉射照處　貴人將入其緣也

凡河內躬恆　 1068d　1137

1138　題知(だいし)らず

　　美濃山(みのやま)に　繁(しげ)の生(お)ひたる　玉柏(たまがしは)　豐(とよ)の明(あ)かりに　逢(あ)ふが嬉(うれ)しさ

　　題不知

　　美濃峻山間　繁生玉柏美且麗　遠渡至京師　獻在新嘗豐明上　吾悅以與有榮焉

佚名　 1086b　1138

1139　題知(だいし)らず

　　陸奧國(みちのくに)　櫓(やいて)は幾(いく)つ　讀(よ)まねども　我(われ)こそ知(し)れれ　四十餘(よそぢあま)りは

　　題不知

　　天離陸奧國　國中望櫓有幾何　城壘雖不數　其數幾何我知之　蓋有四十餘幾歟

佚名　 1089b　1139

1140　寬平御時(くわんぴゃうおほんとき)、八幡宮(やはたのみや)に參(まひ)りて奉(たてまつ)る歌(うた)

　　祈來(いのりく)る　八幡宮(やはたのみや)の　岩清水(いはしみづ)　萬世迄(よろづよまで)に　仕奉(つかへまつ)らむ

　　寬平御時，參八幡宮而奉歌

　　謹祈世繁榮　稜威八幡宮神域　石清水湧出　久歷萬世無絕期　綿延仕奉迄永劫

佚名　 1100b　1140

高松宮家藏本『古今和歌集』裏書

此集家家所稱，雖說說多，且任師說，又加了見。為被後學之証本，手自書之。近代僻案之輩，以書生之失錯，稱有識之秘事。可謂道之魔姓，不可用之。但如此用捨，只可隨其身之所好，不可存自他之差別。志同者可用之。

陽明文庫為相筆嘉祿二年本『古今和歌集』裏書

【以上識語，同高松宮家藏本。】

　以相傳秘本，【祖父卿真筆。】具書寫校合訖。
　　嘉元三年四月廿七日　散位為相【花押】

　　　此集上下，七代曩祖【為相卿。】真毫也。
　　　　權大納言為和【花押】

古今和歌集　卷二十　大歌所御歌、神遊歌、東歌、墨滅歌、異本所載歌　終