拾遺和歌集 卷十九 雜戀歌
1210 題知らず 【○萬葉集0501、2415。】
少女子が 袖布留山の 瑞垣の 久しき世より 思初めてき
娘子揮袖振 布留山座石上振 神宮瑞垣之 歷時彌久洽所如 吾亦慕君自遠昔
柿本人麿 柿本人麻呂
1211 稻荷に詣逢ひて侍ける女の、物言掛侍けれど、答へもし侍らざりければ
稻荷山 社數を 人問はば 由緣無き人を 見つと答へむ
平定文
1212 題知らず 【○萬葉集1348。】
三島江の 玉江葦を 標しより 己がとぞ思ふ 未苅らねど
三島玉江岸 自吾手取蘆葦而 標結之時起 吾思此葦為己物 縱令至今未苅之
柿本人麿 柿本人麻呂
1213 【○承前。無題。】
徒也と 徒には如何 定むらむ 人心を 人は知るやは
大中臣能宣
1214 【○承前。無題。】
雙六の 市場に立てる 人妻の 逢はで止なむ 物にやは非ぬ
佚名
1215 【○承前。無題。】
濡衣を 如何著ざらむ 世人は 天下にし 住まむ限りは
佚名
1216 流され侍ける時
天下 遁るる人の 無ければや 著てし濡衣 乾由も無き
天下六合間 無人能遁霪雨淋 由此便可知 欲加之罪濡衣者 豈有得乾洗雪時
贈太政大臣 菅原道真
1217 題知らず 【○古今集1032。】
何處とも 所定めぬ 白雲の 掛らぬ山は 有らじとぞ思ふ
無論在何處 皆無定所白雲者 其人心無常 猶如無山不掛雲 我思人心無不渝
佚名
1218 【○承前。無題。】
白雲の 掛かる空事 する人を 山麓に 寄せてける哉
佚名
1219 【○承前。無題。】
何時しかも 筑摩祭 早為なむ 由緣無き人の 鍋數見む
佚名
1220 未だ少將に侍ける時、采女町前を罷渡りけるに、飛鳥采女眺出して侍けるに遣はしける
人知れぬ 人待ち顏に 見ゆめるは 誰が賴めたる 今宵なるらむ
小野宮太政大臣 藤原實賴
1221 返し
池水の 底に在らでは 根蓴の 來人も無し 待人も無し
明日香采女
1222 中納言敦忠、兵衛佐に侍ける時に、忍びて言契りて侍ける事の、世に聞侍りにければ
人知れず 賴めし事は 柏木の 森やしにけむ 世に古りにけり
右近命婦 藤原季繩女
1223 止事無き所に侍ける女許に、「秋頃忍びて罷らむ。」と男の言ひければ
秋萩の 花も植置かぬ 宿為れば 鹿立寄らむ 所だに無し
佚名
1224 題知らず
小動の 急ぎて來つる 甲斐も無く 又こそ立てれ 沖白浪
佚名
1225 人妻し侍ける男の、獄に侍て、乳母許に遣はしける
忍びつつ 夜こそ來しか 唐衣 人や見むとは 思はざりしを
佚名
1226 貞盛が住侍ける女に國用が忍びて通侍ける程に、貞盛詣來ければ、惑ひて、塗籠に隱して、後戶より逃侍ける、務て言遣はしける
宮造る 飛驒匠の 手斧音 殆しかる 目をも見し哉
藤原國用
1227 男持ちたる女を切に懸想侍て、或男の遣はしける
在とても 幾世かは經る 唐國の 虎伏す野邊に 身をも投てむ
佚名
1228 志賀山越えにて、女の山井に手洗掬びて飲むを見て 【○古今集0404。】
掬手の 雫に濁る 山井の 飽かでも人に 別れぬる哉
結手掬清泉 雫落水間濁山泉 山井佛前水 還憂閼伽水少淺 未得滿足需別離
紀貫之
1229 三條尚侍、方違へに渡りて歸る朝に、雫に濁る許の歌、今は得詠まじと侍ければ、車に乘らむとしける程に
家ながら 別るる時は 山井の 濁りしよりも 侘しかりけり
紀貫之
1230 題知らず
鷂鷹の 飛歸る山の 椎柴の 葉替はすとも 君は變へせじ
佚名
1231 久しう詣來ざりける男の偶に來りければ、女頓にも出ざりければ
過の 有るか無きかを 知らぬ身は 厭ふに似たる 心地こそすれ
佚名
1232 題知らず 【○拾遺集0882。】
行水の 泡為らばこそ 消返り 人淵瀨を 流れても見め
佚名
1233 【○承前。無題。】
兔も角も 槭放たれよ 池水の 深さ淺さを 誰か知るべき
佚名
1234 【○承前。無題。】
染川を 渡らむ人の 如何でかは 色に成云ふ 事無からむ
在原業平朝臣
1235 賀茂臨時祭使に立ちての朝に、髻首花に插して、左大臣の北方許に言遣はしける
千早振る 賀茂川邊の 藤浪は 懸けて忘るる 時無き哉
兵衞 參議藤原兼茂女
1236 題知らず
世中は 如何は為まし 茂山の 青葉杉の 印だに無し
佚名
1237 【○承前。無題。】
埋木は 中蝕むと 云ふめれば 久米路橋は 心して行け
佚名
1238 【○承前。無題。後撰集1293。】
世中は いさとも去來や 風音は 秋に飽副ふ 心地こそすれ
佚名
1239 石見に侍ける女詣來りけるに 【○萬葉集0132。】
石見なる 高間山の 木間より 我が振る袖を 妹見けむ哉
蔦這石見國 高間山之木際間 越彼林間隙 吾揮振袖惜別者 愛妻吾妹可見歟
人麿 柿本人麻呂
1240 和泉國に侍ける程に、忠房朝臣の大和より贈返し 【○古今集0915。】
瀛浪 高師濱の 濱松の 名にこそ君を 待渡りつれ
瀛波擎浪高 高師濱邊濱松者 猶若彼松名 我待君至時已 還願千里來相會
紀貫之
1241 神甚鳴侍ける朝、宣耀殿女御許に遣はしける
君をのみ 思遣りつつ 神よりも 心空に 成りし宵哉
天曆御製 村上帝
1242 越なる人許に遣はしける 【○古今集0980。】
思遣る 越白山 知らねども 一夜も夢に 越えぬ日ぞ無き
馳思自都內 遙想越地白山者 吾雖未嘗見 然在夢中雖一夜 無夜不得越彼山
紀貫之
1243 題知らず 【○萬葉集2425。】
山科の 木幡里に 馬は在れど 徒步よりぞ來る 君を思へば
宇治山科之 山城青旗木幡里 雖有馬可乘 吾人徒步緩行來 以念汝情不能已
人麿 柿本人麻呂
1244 【○承前。無題。萬葉集2454。】
春日山 雲居隱れて 遠けれど 家は思はず 君をこそ思へ
春日山頂上 雲湧遮蔽之所如 雖然相隔遠 吾今所念非家族 懸心總是掛伊人
人麿 柿本人麻呂
1245 物へ罷りける道に、濱面に貝の侍けるを見て 【○萬葉集0964。】
我が夫子を 戀ふるも苦し 暇有らば 拾ひて行かむ 戀忘貝
每憶吾兄子 苦於相思愁斷腸 若有閑暇時 不若出行至濱邊 拾來解憂忘戀貝
坂上郎女
1246 人の國へ罷りけるに、海人の潮垂侍けるを見て
故鄉を 戀ふる袂も 乾かぬに 又潮垂るる 海人も有けり
惠慶法師
1247 仁和御屏風に海人潮垂るる所に鶴鳴く
潮垂るる 身は我とのみ 思へども 餘所なる鶴も 音をぞ鳴くなる
大中臣賴基
1248 詣來る事難く侍ける男の賴渡りければ
徒然と 思へば埿に 生ふる葦の 儚き世をば 如何賴まむ
佚名
1249 浮島
定無き 人心に 較ぶれば 唯浮島は 名のみ也けり
源順
1250 中中獨在らば等、女の言侍ければ
獨のみ 年經けるにも 劣らじを 數為らぬ身の 有るは有るかは
清原元輔
1251 題知らず
風速み 峯葛葉の ともすれば 肖易き 人心か
佚名
1252 紀郎女に贈侍ける 【○萬葉集0769。】
久方の 雨降る日を 唯一人 山邊に居れば 埋れたりけり
遙遙久方兮 天雨紛降零落日 形單而影隻 孤身獨居山邊者 情念深埋心抑欝
中納言 大伴家持
1253 男の罷絕えたりける女許に、雨降る日、見馴れて侍ける從者の、鹿毛馬求めにとてなむ詣來つると云侍ければ
雨降りて 庭に溜れる 濁水 誰が住まばかは 影見ゆべき
佚名
1254 【○承前。男子絕訪之女許,雨降之日,侍從求鹿毛馬詣來而言者。】
世と共に 雨降る宿の 庭潦 澄まぬに影は 見ゆる物かは
佚名
1255 日蝕時、太皇太后宮より一品內親王許に遣はしける
逢事の 如是てや遂に 闇夜の 思も出でぬ 人為かは
太皇太后宮 昌子內親王
1256 題知らず 【○拾遺集0854。】
岩代の 野中に立てる 結松 心も解けず 昔思へば
熊野岩代之 野中聳立古松者 猶比松結目 結枝仍在心不解 感慨思昔慕古情
人麿 柿本人麻呂
1257 女許に菊を折りて遣はしける
今日かとも 明日とも知らぬ 白菊の 知らず幾世を 經べき我身ぞ
佚名
1258 忠君、宰相雅信が女に罷通ひて、程無く調度共を運返しければ、沉枕を添へて侍けるを返遣せたりければ
淚川 水增さればや 敷栲の 枕浮きて 留らざるらむ
佚名
1259 延喜御時、按察御息所久しく勘事にて、御乳母に付けて參らせける
世中を 常無き物と 聞きしかど 辛事こそ 久しかりけれ
佚名
1260 御返し
辛さをば 常無き物と 思ひつつ 久しき事を 賴みやは為ぬ
佚名
1261 題知らず 【○萬葉集1990。】
我こそは 憎くもあらめ 我が宿の 花見にだにも 君が來坐さぬ
唯吾徒傷神 閨怨憎恨度日哉 吾宿庭苑之 妍花雖開甚可觀 然君不來無人賞
伊勢
1262 慎事侍ける女の返事を為ずのみ侍ければ、一條攝政、石見潟と言遣はしたりければ
石見潟 何かは辛き 辛からば 怨がてらに 來ても見よかし
佚名
1263 一條攝政下﨟に侍ける時、承香殿女御に侍ける女に忍びて物言侍けるに、更に莫訪ひそと言ひて侍ければ、契りし事有りしかば等言遣はしたりければ
其為らぬ 事も有しを 忘れねと 言ひし許を 耳に留めけむ
本院侍從
1264 題知らず 【○金葉集0493。】
御狩する 駒躓く 青葛 君こそ我は 絆成りけれ
佚名
1265 【○承前。無題。】
君見れば 產靈神ぞ 恨めしき 由緣無き人を 何造りけむ
佚名
1266 延喜御時、中宮屏風に
何れをか 印と思はむ 三輪山 有とし有るは 杉にぞ有ける
紀貫之
1267 稻荷に詣て懸想始めて侍ける女の、異人に逢侍ければ
我と言へば 稻荷神も 辛き哉 人為とは 祈らざりしを
藤原長能
1268 稻荷神庫に、女手にて書付けて侍ける
瀧水 歸りて澄まば 稻荷山 七日上れる 驗と思はむ
佚名
1269 元良親王、久しく罷らざりける女許に、紅葉を遣せて侍ければ 【○後撰集0439。】
思出て 訪ふには非ず 秋果つる 色限を 見する成りけり
佚名
1270 女許に扇を遣はしたりければ、言遣はしける
忌忌しとて 忌むとも今は 甲斐も有らじ 憂をば風に 付けて止みなむ
佚名
1271 題知らず
獨して 世をし盡くさば 高砂の 松常磐も 甲斐無かりけり
紀貫之
1272 三條右大臣の屏風に
玉藻苅る 海人行方 指棹の 長くや人を 怨渡らむ
佚名
1273 年終に、人待侍ける人の詠侍ける
賴めつつ 別れし人を 待程に 年さへせめて 怨めしき哉
佚名