拾遺和歌集 卷十七 雜秋歌
1082 屏風に、七月七日
七夕は 空に知るらむ 小蟹の 絲懸く許 祭る心を
源順
1083 圓融院御屏風に、七夕祭したる所に、籬許に男立てり
織女の 飽かぬ別も 忌忌しきを 今日しも何どか 君が來坐せる
平兼盛
1084 七夕後朝、躬恒許に遣はしける 【○後撰集0249。】
朝戶開けて 眺めやすらむ 織女の 飽かぬ別の 空を戀ひつつ
紀貫之
1085 題知らず 【○萬葉集2077。】
渡守 速舟隱せ 一年に 二度來坐す 君為ら無くに
船頭渡守矣 速速藏舟阻歸途 遙遙一年間 無緣再渡復往來 逢瀨唯在此良宵
人麿 柿本人麻呂
1086 七夕祭描ける御扇に書かせ給ひける
七夕の 羨ましきに 天川 今宵許は 下りや立たまし
天曆御製 村上帝
1087 題知らず
世を倦みて 我が貸す絲は 織女の 淚玉の 緒とや成るらむ
佚名
1088 天祿四年五月廿一日、圓融院帝、一品宮に渡らせ給ひて、亂碁取らせ給ひける負態を、七月七日に、彼宮より內の臺盤所に奉られける扇に張られて侍ける薄物に、織付けて侍ける
天川 河瀨涼しき 織女に 扇風を 猶や貸さまし
中務
1089 【○承前。天祿四年五月二十一日, 圓融院渡一品宮,賜亂碁負態。 七月七日,自彼宮奉扇內臺盤所,織付所張薄物上。】
天川 扇風に 霧晴て 空澄渡る 鵲橋
清原元輔
1090 同御時、御屏風、七月七日夜、琴彈く女有り
琴音は 何ぞや甲斐無き 七夕の 飽かぬ別を 引し留めねば
源順
1091 仁和御屏風に、七月七日、女河浴みたる所
水綾を 織立ちて著む 脫散し 棚機女に 衣貸す夜は
平定文
1092 七月七日詠侍ける
秋風よ 棚機女に 言問はむ 如何なる世にか 逢はむとすらむ
藤原義孝
1093 寂昭が唐土に罷渡るとて、七月七日舟に乘侍けるに、言遣はしける 【○後拾遺0497。】
天川 後今日だに 遙けきを 何時とも知らぬ 舟出悲しな
右衞門督 藤原公任
1094 七夕後朝に、躬恒許より歌詠みて遣せて侍ける返事に
相見ずて 一日も君に 傚はねば 織女よりも 我ぞ勝れる
紀貫之
1095 題知らず
睦まじき 妹背山と 知らねばや 初秋霧の 立隔つらむ
佚名
1096 天曆御屏風に
藻鹽燒く 煙に馴るる 須磨海人は 秋立霧も 分かずや有らむ
佚名
1097 三條太政大臣家にて、歌人召集めて、數多題詠ませ侍けるに、岸畔花と云ふ事を
行水の 岸に匂へる 女郎花 忍びに浪や 思懸くらむ
源重之
1098 房の前栽見に、女共詣來りければ
此處にしも 何匂ふらむ 女郎花 人物言ひ 性憎き世に
僧正遍昭
1099 題知らず
秋野の 花色色 取總べて 我が衣手に 移してし哉
佚名
1100 【○承前。無題。】
船岡の 野中に立てる 女郎花 渡さぬ人は 非じとぞ思ふ
佚名
1101 圓融院御屏風に、秋野に色色花咲亂れたる所に鷹据ゑたる人有り
家裹に 數多花も 折るべきに 妬くも鷹を すゑてける哉
平兼盛
1102 女郎花と云ふ事を、句上に置きて 【○古今集0439。】
小倉山 峰立馴らし 鳴鹿の 經にける秋を 知人の無き
妍哉小倉山 立峰踏馴雄鹿鳴 女妻令相思 郎鳴秋日幾經年 花謝悲啼無人知
紀貫之
1103 題知らず
來云ふにも 似たる物哉 花薄 戀しき人に 見すべかりけり
紀貫之
1104 【○承前。無題。】
歸りにし 雁ぞ鳴くなる 宜人は 憂世中を 背きかぬらむ
大中臣能宣
1105 中宮內に御座しましける時、月明夜、歌詠侍ける
九重の 內だに明かき 月影に 荒れたる宿を 思ひこそ遣れ
善滋為政
1106 延喜十九年九月十三日、御屏風に、月に乘りて翫潺湲
百敷の 大宮ながら 八十島を 見る心地する 秋夜月
佚名
1107 八月に、人家の釣殿に客人數多在りて、月を見る
水面に 宿れる月の 長閑きは 並居て人の 寢ぬ夜為ればか
源順
1108 清慎公の五十賀屏風に
走井の 程を知らばや 逢坂の 關引越ゆる 夕影駒
清原元輔
1109 題知らず
蟲為らぬ 人も音為ぬ 我が宿に 秋野邊とて 君は來にけり
曾禰好忠
1110 【○承前。無題。萬葉集2160。】
庭草に 村雨降りて 蜩の 鳴聲聞けば 秋は來にけり
盎然庭草上 叢雲驟雨零落而 暮蟬感蕭瑟 唧唧鳴泣聲可聞 俄然實感秋日臨
人麿 柿本人麻呂
1111 三百六十首中に
秋風は 吹莫破りそ 我が宿の 疎ら隱せる 蜘蛛巢搔きを
曾禰好忠
1112 右大將定國家屏風に 【○古今集0360。】
住江の 松を秋風 吹くからに 聲打添る 沖白浪
住吉墨江松 秋風吹拂振聲響 山呼曰萬歲 沖邊呼應添其聲 祝君萬壽起白浪
凡河內躬恒
1113 題知らず 【○萬葉集2158。】
秋風の 寒く吹くなる 我が宿の 淺茅が許に 蜩も鳴く
蕭瑟秋風之 寒涼吹拂凍沁骨 吾宿屋前之 淺茅叢生根本許 暮蟬鳴泣聲不斷
人麿 柿本人麻呂
1114 【○承前。無題。萬葉集2193。】
秋風し 日每に吹けば 我が宿の 岡木葉は 色付きにけり
蕭瑟秋風之 與日俱增更吹拂 吾庭屋戶間 岡之木葉遭風催 已然黃變添錦紅
人麿 柿本人麻呂
1115 【○承前。無題。萬葉集2118。】
秋霧の 棚引小野の 萩花 今や散るらむ 未飽か無くに
秋霧湧霏霺 棚引不去小野之 秋荻芽子花 今蓋將散時節歟 吾人意猶雖未盡
人麿 柿本人麻呂
1116 近鄰なる所に、方違へに渡りて、宿れりと聞きてある程に、事に觸れて見聞くに、「歌詠むべき人也。」と聞きて、玆が歌詠まむ樣如何で良く見む、と思へども、甚も心にし有らねば、深くも思はず、進みても言はぬ程に、彼も亦心見むと思ひければ、萩葉の紅葉たるに付けて、歌をなむ遣せたる
秋萩の 下葉に付けて 目に近く よそなる人の 心をぞ見る
女
1117 返し
世中の 人心を 染めしかば 草葉に色も 見えじとぞ思ふ
紀貫之
1118 題知らず 【○萬葉集2182。】
此頃の 曉露に 我が宿の 萩下葉は 色付きにけり
比日近頃時 拂曉露玉置葉間 吾宿屋前之 秋萩下葉受露催 已然黃變添新色
人麿 柿本人麻呂
1119 【○承前。無題。古今集0211。】
夜を寒み 衣借が音 啼く共に 萩下葉は 色付きにけり
夜寒欲借衣 一衣難貸雁生啼 高鳴畫寒空 庭忠荻下葉色褪 落葉轉俄亟蕭條
人麿 柿本人麻呂
1120 【○承前。無題。】
彼見ゆる 池邊に立てる 其が菊の 茂み小枝の 色照濃らさ
佚名
1121 天曆御時、菊宴侍ける朝に奉ける
吹風に 散る物為らば 菊花 雲居なりとも 色は見てまし
壬生忠見
1122 物妒みし侍ける男、離侍りて後に、菊移ひて侍けるを遣はすとて
老が世に 憂事聞かぬ 菊だにも 移ふ色は 有けりと見よ
佚名
1123 題知らず 【○萬葉集1710。】
我妹子が 赤裳濡らして 植ゑし田を 苅て納めむ 倉無濱
可伶吾妹子 濡濕赤裳埿塗而 所植稻田矣 縱令苅獲將藏之 無處可納倉無濱
人麿 柿本人麻呂
1124 屏風に、翁の稻運ばする形描きて侍ける所に 【○新拾遺集雜下。】
秋每に 苅つる稻は 積みつれど 老いにける身ぞ 置所無き
壬生忠見
1125 延喜御時、月次御屏風歌
苅て乾す 山田稻を 乾侘びて 守る假庵に 幾夜經ぬらむ
凡河內躬恒
1126 祓しに、秋、唐崎に罷侍て、舟罷りけるを見侍て
奧山に 立てらましかば 渚漕ぐ 舟木も今は 紅葉しなまし
惠慶法師
1127 題知らず
久方の 月を清けみ 紅葉の 濃さも薄さも 分きつべら也
佚名
1128 亭子院、大井河に御幸有りて、行幸も有りぬべき所也と仰給ふに、事由奏せむと申して 【○百人一首0026。】
小倉山 峯紅葉 心有らば 今一度の 御幸待たなむ
嵯峨小倉山 峰上楓葉盡火紅 紅葉若有心 還妄且暫勿凋零 更待吾君再幸臨
小一條太政大臣貞信公 藤原忠平
1129 旅人の紅葉許行方描ける屏風に
故鄉に 歸ると見てや 龍田姫 紅葉錦 空に著すらむ
大中臣能宣
1130 題知らず
白浪は 故鄉為れや 紅葉の 錦を著つつ 立歸るらむ
佚名
1131 【○承前。無題。】
紅葉の 流るる時は 竹川の 淵綠も 色變るらむ
凡河內躬恒
1132 齋院御屏風に
水面の 深く淺くも 見ゆる哉 紅葉色や 淵瀨為るらむ
凡河內躬恒
1133 內裏御屏風に
月影の 田上川に 清ければ 網代に冰魚の 寄るも見えけり
清原元輔
1134 藏人所に侍ひける人の、冰魚使に罷りにけるとて、京に侍りながら音もし侍らざりければ
如何で猶 網代冰魚に 言問はむ 何によりてか 我を訪はぬと
修理內近允 藤原真行女
1135 題知らず 【○萬葉集2309。】
祝子が 齋社の 紅葉も 標をば越えて 散ると云ふ物を
縱令祝部等 所以潔齋嚴戍守 大社紅葉者 亦有飄散越神域 凋零標繩外時矣
佚名
1136 九月晦日、をとこをみな野に遊びて、紅葉を見る
如何為れば 紅葉にも未だ 飽無くに 秋果ぬとは 今日を云ふらむ
源順
1137 十月朔日、殿上人嵯峨野に罷りて侍伴に呼ばれて
秋も未だ 遠くも非ぬに 如何で猶 立歸れとも 告げに遣らまし
清原元輔
1138 時雨を
杣山に 立つ煙こそ 神無月 時雨を降す 雲と成けれ
大中臣能宣
1139 十月、志賀山越えしける人人 【○拾遺集0198。】
名を聞けば 昔ながらの 山為れど 時雨るる頃は 色變りけり
源順
1140 冬、親喪に遭ひて侍ける法師許に遣はしける
紅葉や 袂為るらむ 神無月 時雨るる每に 色增れば
凡河內躬恒
1141 天曆御時、伊勢が家の集召したりければ、參らすとて
時雨つつ 降りにし宿の 言葉は 搔集むれど 留らざりけり
中務
1142 御返し
昔より 名高き宿の 言葉は 木本にこそ 落積り云へ
天曆御製 村上帝
1143 權中納言義懷入道して後、女齋院に養給ひけるが元より、東院に侍ける姉許に、十月許に遣はしける
山賤の 垣廬渡を 如何にぞと 霜枯離に 訪人も無し
藤原義懷女
1144 三百六十首中に 【○金葉集三奏本0292。】
深山木を 朝な夕なに 樵積めて 寒さを乞ふる 小野炭燒き
曾禰好忠
1145 【○承前。三百六十首中。○金葉集三奏本0275。】
鳰鳥の 冰關に 閉ぢられて 玉藻宿を 離やしぬらむ
曾禰好忠
1146 高岳相如が家に、冬夜月面白う侍ける夜罷りて
去來如是て 居明してむ 冬月 春花にも 劣らざりけり
清原元輔
1147 祭使に罷出ける人許より、摺袴摺りに遣はしけるを、遲しと責められければ
限無く 疾くとはすれど 足引の 山井水は 猶ぞ冰れる
東宮女藏人左近
1148 小忌に當たる人許に罷りたりければ、女共盃に日蔭を添へて出したりければ
有明の 心地こそすれ 盃に 日蔭も添ひて 出ぬと思へば
大中臣能宣
1149 右大臣恒佐家屏風に臨時祭描きたる所に
足引の 山藍に摺れる 衣をば 神に仕ふる 印とぞ思ふ
紀貫之
1150 題知らず
千早振る 神齋垣に 雪降りて 空より懸かる 木綿にぞ有ける
佚名
1151 【○承前。無題。】
獨寢は 苦しき物と 懲りよとや 旅なる夜しも 雪降るらむ
紀貫之
1152 雪を島島形に作りて見侍けるに、漸漸消侍ければ
渡海も 雪解水は 增さりけり 遠島島 見えず成行く
中務親王 具平親王
1153 【○承前。見雪作群島之形,漸漸消逝者。】
元結に 降添ふ雪の 雫には 枕下に 浪ぞ立ちける
中務親王 具平親王
1154 東宮御屏風に、冬野燒く所
早蕨や 下に萌ゆらむ 霜枯の 野原煙 春め來にけり
藤原通賴 【加賀守從五位下右少雅我男。】
1155 師走晦頃に、身上を歎きて
霜枯に 見來し梅は 咲きにけり 春には我が身 逢はむとはすや
紀貫之
1156 西なる隣に住みて、如是近鄰に在ける事等、云遣せ侍りて
梅花 匂深く 見えつるは 春隣の 近き成けり
三統元夏 【式部大輔理千子。】
1157 返し
梅も皆 春近しとて 咲物を 待時も無き 我や何なる
紀貫之
1158 師走晦方に、年老ぬる事を歎きて 【○古今集0460。】
烏玉の 我が黑髮に 年暮て 鏡影に 降れる白雪
漆黑烏玉兮 吾之秀髮青絲矣 歲暮年終時 鏡影照映盡斑駁 一猶白雪降滄桑
紀貫之