拾遺和歌集 卷十六 雜春歌
1000 題知らず
春立つと 思心は 嬉しくて 今一歲の 老ぞ添ひける
凡河內躬恒
1001 【○承前。無題。】
新しき 年は來れども 徒に 我が身のみこそ 古增りけれ
佚名
1002 【○承前。無題。】
新しき 年には在れども 鶯の 鳴音さへには 變らざりけり
佚名
1003 北宮屏風に
年月の 行方も知らぬ 山賤は 瀧音にや 春を知るらむ
右近命婦 藤原季繩女
1004 延喜十五年齋院屏風歌
春來れば 瀧白絲 如何為れや 結べども猶 泡に見ゆらむ
紀貫之
1005 正月に人人詣來りけるに、又日朝に右衛門督公任朝臣許に遣はしける
飽かざりし 君が匂の 戀しさに 梅花をぞ 今朝は折りつる
中務卿具平親王
1006 流され侍ける時、家の梅花を見侍て
東風吹かば 匂遣せよ 梅花 主無しとて 春を忘る莫
贈太政大臣 菅原道真
1007 桃園齋院屏風に 【○齋宮齋院百人一首0010。】
梅花 春より先に 咲しかど 見人稀に 雪降りつつ
雖然白梅花 早於春日臨以前 先咲綻芬芳 無奈可觀人也稀 埋沒紛紛零雪中
佚名
1008 題知らず 【○萬葉集1423。】
去にし年 根掘じて植ゑし 我が宿の 若木梅は 花咲きにけり
去年春日間 掘根植之我宿中 稚嫩樹梅者 光陰飛逝一年過 庭梅花咲報春暖
中納言安倍廣庭
1009 天曆御時、臺盤所前に、鶯巢を紅梅枝に付けて立てられたりけるを見て
花色は 飽かず見るとも 鶯の 塒枝に 手莫觸れそも
一條攝政 藤原伊尹
1010 同御時、梅花許に御椅子立てさせ給ひて、花宴せさせ給ふに、殿上人歌仕奉りけるに
折て見る 甲斐も有哉 梅花 今日九重の 匂增りて
源寬信朝臣
1011 內裏御遊侍ける時
簪しては 白髮に紛ふ 梅花 今は何れを 拔かむとすらむ
參議 藤原伊衡
1012 清和の七親王六十賀の屏風に
數ふれど 覺束無きを 我が宿の 梅こそ春の 數を知るらめ
紀貫之
1013 題知らず
年每に 咲きは變れど 梅花 哀なる香は 失せずぞ有ける
佚名
1014 圓融院御時、三尺御屏風十二帖歌中
梅枝を 狩に來て折る 人や在ると 野邊霞は 立隱す哉
源順
1015 北白河山庄に花の面白く咲きて侍けるを見に、人人詣來りければ
春來てぞ 人も訪ひける 山里は 花こそ宿の 主也けれ
右衛門督 藤原公任
1016 鞍馬に詣侍ける折に、道を踏違へて詠侍ける
覺束無 鞍馬山の 道知らで 霞內に 惑ふ今日哉
安法法師
1017 延喜十五年、齋院屏風に、霞を別けて山寺に入る人有り
思事 有てこそ行け 春霞 道妨げに 立莫隱しそ
紀貫之
1018 小一條大臣家の障子に
田子浦に 霞深く 見ゆる哉 藻鹽煙 立ちや添ふらむ
大中臣能宣
1019 山里に忍びて女を率詣來て或男の詠侍ける
思事 言はで止みなむ 春霞 山路も近し 立ちもこそ聞け
佚名
1020 人に物言ふと聞きて訪はざりける男許に
春日野の 荻燒原 漁るとも 見えぬ無菜を 負ほすなる哉
中宮內侍
1021 女許に、薺花に付けて遣はしける
雪を薄み 垣根に摘める 唐薺 昵さはまくの 欲しき君哉
藤原長能
1022 東三條院の御四十九日中に子日出來りけるに、宮君と云ひける人許に遣はしける
誰により 松をも引かむ 鶯の 初音甲斐無き 今日にも有哉
右衛門督 藤原公任
1023 子日
引きて見る 子日松は 程無きを 如何で籠れる 千世にか有るらむ
惠慶法師
1024 題知らず
占めてこそ 千歲春は 來つつ見め 松を手弛く 何か引くべき
佚名
1025 齋院子日
一本の 松千歲も 久しきに 齋院ぞ 思ひやらるる
源順
1026 右大將實資下臈に侍ける時、子日しけるに
老いの世に 斯る御幸は 有きやと 木高峰の 松に問はばや
清原元輔
1027 正月敘位の頃、或所に人人罷會ひて、子日詠まむと言ひて侍けるに、六位に侍ける時
松為らば 引人今日は 有なまし 袖綠ぞ 甲斐無かりける
大中臣能宣
1028 除目頃、子日に當りて侍けるに、按祭更衣局より、松を箸にて食物を出して侍けるに
引人も 無くて止みぬる 御吉野の 松は子日を 餘所にこそ聞け
清原元輔
1029 康和二年、春宮藏人に成りて、月內に民部丞に移りて、二度喜びを述べて、右近命婦が許に遣はしける
引人も 無しと思ひし 梓弓 今ぞ嬉しき 諸矢しつれば
源順
1030 題知らず
咲きし時 猶こそ見しか 桃花 散れば惜くぞ 思成ぬる
佚名
1031 帥親王、人人に歌詠ませ侍けるに
山里の 家居は霞 籠めたれど 垣根柳 末は外に見ゆ
弓削嘉言
1032 春物へ罷りけるに、壺裝束して侍ける女共の野邊に侍けるを見て、「何業するぞ?」と問ひければ、「野老掘る也。」と應へければ
春野に 野老求むと 言ふなるは 二人寢許 見出たりや君
賀朝法師
1033 返し
春野に 掘る掘る見れど 無かりけり 世に所狹き 人為には
佚名
1034 題知らず
搔暮し 雪も降らなむ 櫻花 未咲かぬ間は 餘所へても見む
佚名
1035 【○承前。無題。】
春風は 花無間に 吹果てね 咲為ば思ひ 無くて見るべく
佚名
1036 【○承前。無題。】
咲かざらむ 物とは無しに 櫻花 面影にのみ 瞬見ゆらむ
凡河內躬恒
1037 【○承前。無題。】
何處にか 此頃花の 咲かざらむ 心からこそ 尋ねられけれ
佚名
1038 延喜御時月次御屏風歌
櫻花 我が宿にのみ 有と見ば 無き物草は 思はざらまし
凡河內躬恒
1039 櫻花の咲きて侍ける所に、諸共に侍ける人の、後春他に侍けるに、其花を折りて遣はしける
諸共に 折りし春のみ 戀しくて 獨見真憂き 花盛哉
佚名
1040 御廚子所に侍ひけるに、藏人所の男子共、櫻花を遣はしたりければ
諸共に 我し折らねば 櫻花 思遣りてや 春を暮さむ
壬生忠見
1041 或人許に遣はしける
霞立つ 山彼端の 櫻花 思遣りてや 春を暮さむ
御導師淨藏
1042 題知らず
遠方の 花も見るべく 白浪の 共にや我も 立渡らまし
紀貫之
1043 春、花山に亭子法皇御座しまして、歸らせ給ひければ
待てと言はば 甚も畏し 花山に 暫しと鳴かむ 鳥音欲得
僧正遍昭
1044 京極御息所、春日に詣侍ける時、國司の奉ける歌數多有ける中に
鶯の 鳴きつる共に 春日野の 今日御幸を 花とこそ見れ
藤原忠房朝臣
1045 【○承前。京極御息所詣春日時,國司奉數歌之中。】
古里に 咲くと侘びつる 櫻花 今年ぞ君に 見えぬべらなる
藤原忠房朝臣
1046 【○承前。京極御息所詣春日時,國司奉數歌之中。】
春霞 春日野邊に 立渡り 滿ちても見ゆる 都人哉
藤原忠房朝臣
1047 圓融院御時、三尺御屏風に、花木本に人人集居たる所
世中に 嬉しき物は 思共 花見て過ぐす 心也けり
平兼盛
1048 清慎公家にて、池畔の櫻花を詠侍ける
櫻花 底なる影ぞ 惜しまるる 沉める人を 春と思へば
清原元輔
1049 上總より上りて侍ける頃、源賴光が家にて、人人酒飲ける序に
東道の 野路雪間を 分けて來て 哀れ都の 花を見哉
藤原長能
1050 清慎公家侍に、燈火下に櫻花を折りて、插して侍けるを詠侍ける
日本に 咲ける櫻の 色見れば 人國にも 非じとぞ思ふ
平兼盛弟
1051 山櫻を見侍て
深山木の 二葉三葉に 燃ゆる迄 消えせぬ雪と 見えもする哉
平公誠
1052 金鼓打侍ける時に、畑燒侍けるを見て詠侍ける
片山に 畑燒く男子 彼見ゆる 御山櫻を 避きて畑燒け
藤原長能
1053 石山堂前に侍ける櫻木に書付侍ける
後目痛 如何で歸らむ 山櫻 飽かぬ匂を 風に任せて
佚名
1054 敦慶式部卿親王女、伊勢が腹に侍けるが、近所に侍るに、瓶に插したる花を送るとて 【○後撰集0082。】
久しかれ 徒に散る勿と 櫻花 瓶に插せれど 移ひにけり
紀貫之
1055 延喜御時、南殿に散積みて侍ける花を見て
殿守の 伴御奴 心有らば 此春許 朝清めす莫
源公忠朝臣
1056 題知らず
櫻花 三笠山の 蔭し有れば 雪と降れども 濡れじとぞ思ふ
佚名
1057 【○承前。無題。】
年每に 春長雨は 為しかども 身さへ古るとも 思はざりしを
佚名
1058 【○承前。無題。】
年每に 春は暮れども 池水に 生ふる蓴は 絕えずぞ有ける
源順
1059 三月閏月有ける年、八重山吹を詠侍ける
春風は 長閑かるべし 八重よりも 重ねて匂へ 山吹花
菅原輔昭
1060 屏風繪に、花許に網引く所
浦人は 霞を網に 結べばや 浪花をも 留めて引くらむ
菅原輔昭
1061 延喜御時御屏風に
樑見れば 河風甚く 吹時ぞ 浪花さへ 落增りける
紀貫之
1062 亭子院京極御息所に渡らせ給うて、弓御覽じて、賭物出させ給ひけるに、髭籠に花を扱入れて、櫻を塒にして、山菅を鶯に結据ゑて、如是書きて加へさせたりける
木間より 散來る花を 梓弓 えやは留めぬ 春形見に
一條君
1063 比叡山に住侍ける頃、人の薰物を乞ひて侍ければ、侍ける儘に少しを、梅花の僅かに散殘りて侍る枝に付けて遣はしける
春過ぎて 散果にける 梅花 唯香許ぞ 枝に殘れる
如覺法師
1064 右衛門督公任籠侍る頃、四月一日に言遣はしける 【○金葉集三奏本0508、千載集1061。】
谷戶を 閉ぢや果つる 鶯の 待つに音せで 春も過ぎぬる
左大臣 藤原道長
1065 返し
行歸る 春をも知らず 花咲かぬ 御山隱れの 鶯聲
藤原公任朝臣
1066 四月朔日、詠侍ける
春は惜し 郭公將 聞か真欲し 思煩ふ 靜心哉
清原元輔
1067 延長四年九月二十八日、法皇御六十賀、京極御息所の仕奉りける屏風歌、藤花
松風の 吹かむ限は 打延へて 絕ゆべくも非ず 咲ける藤浪
紀貫之
1068 延喜御時、藤壺の藤花宴せさせ給ひけるに、殿上人も歌仕奉りけるに
藤花 宮內には 紫の 雲かとのみぞ 誤たれける
皇太后宮權大夫 藤原國章
1069 左大臣女の中宮の料に調侍ける屏風に 【○金葉集三奏本0084。】
紫の 雲とぞ見ゆる 藤花 如何なる宿の 兆為るらむ
右衞門督 藤原公任
1070 【○承前。左大臣女調侍中宮料屏風。】
紫の 色し濃ければ 藤花 松綠も 移ひにけり
佚名
1071 題知らず 【○萬葉集1501、1988。】
郭公 通ふ垣根の 卯花の 憂事有れや 君が來坐さぬ
杜鵑霍公鳥 所以往來牆垣畔 卯花綻憂容 蓋有猒事不快哉 所以君之不來晤
人麿 柿本人麻呂
1072 屏風繪に
卯花の 咲ける垣根に 宿為じ 寢ぬに明けぬと 驚かれけり
源重之
1073 陸奧國に罷下りて後、郭公聲を聞きて
年を經て 深山隱れの 郭公 聞人も無き 音をのみぞ鳴く
藤原實方朝臣
1074 女許に、白絲を菖蒲根にして藥玉を遣侍りて、憐なる事共を、或男の言遣せて侍ければ
聲立てて 鳴くと云ふとも 郭公 袂は濡れじ 空音也けり
佚名
1075 廉義公家の障子に
如此許 待つと知らばや 郭公 梢高くも 鳴渡哉
清原元輔
1076 題知らず
足引の 山郭公 里馴れて 黃昏時に 名乘りすらしも
大中臣輔親
1077 坂上郎女に遣はしける 【○萬葉集1506。】
故鄉の 奈良思岡に 霍公鳥 言傳遣りき 如何に告げきや
飛鳥舊京之 故鄉奈良思之岡 杜鵑霍公鳥 吾遣彼鳥告傳言 口訊相遞遞如何
大伴像見
1078 螢を詠侍ける
終夜 燃ゆる螢を 今朝見れば 草葉每に 露ぞ置きける
健守法師
1079 延長七年十月十四日、元良親王の四十賀し侍ける時の屏風に
常夏の 花をし見れば 打延へて 過ぐる月日の 數も知られず
紀貫之
1080 一條攝政の北方他に侍ける頃、女御と申ける時
暫しだに 蔭に隱れぬ 時は猶 項垂れぬべき 撫子花
贈皇后宮懷子
1081 題知らず
徒に 老いぬべらなり 大荒木の 森下なる 草葉為らねど
凡河內躬恒