拾遺和歌集 卷十五 戀歌五
0925 善祐法師流されて侍ける時、母の言遣はしける
泣淚 世は咸海と 成りななむ 同渚に 流寄るべく
善祐法師母
0926 題知らず 【○萬葉集3197。】
住吉の 岸に向へる 淡路島 憐と君を 言はぬ日ぞ無き
墨江住吉岸 與之相望淡路島 淡路也哀憐 朝朝暮暮嚮君處 愁憂嘆息無止日
人麿 柿本人麻呂
0927 【○承前。無題。】
捨果む 命を今は 賴まれよ 逢ふべき事の 此世為らねば
佚名
0928 【○承前。無題。】
生死なむ 事心に 叶為ば 二度物は 思はざらまし
佚名
0929 【○承前。無題。】
燃果て 灰と成りなむ 時にこそ 人を思の 止まむ期にせめ
佚名
0930 【○承前。無題。新古今戀五。】
何方に 行隱れなむ 世中に 身有ればこそ 人も辛けれ
佚名
0931 【○承前。無題。】
在經むと 思も掛けぬ 世中は 中中身をぞ 歎かざりける
佚名
0932 【○承前。無題。古今集0713。】
偽と 思物から 今更に 誰が誠をか 我は賴まむ
雖知彼言偽 吾心除彼無可恃 時至今日者 孰人之言可信乎 天下無處寄我身
佚名
0933 【○承前。無題。】
世中の 憂きも辛きも 忍ぶれば 思知らずと 人や見るらむ
佚名
0934 【○承前。無題。】
一向に 死なば何かは 然も有らば 在生きて甲斐無き 物思ふ身は
佚名
0935 【○承前。無題。萬葉集2390。】
戀するに 死する物に 有坐ば 千度ぞ我は 死返らまし
若以戀慕情 得至一死殞命者 度吾日所念 能令己身千遍死 巧使吾人百重生
人麿 柿本人麻呂
0936 【○承前。無題。萬葉集2401】
戀て死ね 戀て死ねとや 我妹子が 我が家門を 過て行くらむ
君意蓋如茲 若苦相思欲戀死 戀死而可哉 落花有意水無情 伊人素過我家門
人麿 柿本人麻呂
0937 【○承前。無題。萬葉集2370】
戀死なば 戀も死ねとや 玉桙の 道行人に 言傳も無き
君意蓋如茲 若苦相思欲戀死 戀死而可哉 玉桙華道往來人 未嘗傳言信杳然
人麿 柿本人麻呂
0938 【○承前。無題。】
戀しきを 慰兼ねて 菅原や 伏見に來ても 寢られざりけり
源重之
0939 【○承前。無題。】
戀しきは 色に出ても 見え無くに 如何なる時か 胸に染むらむ
佚名
0940 【○承前。無題。】
忍ばむに 忍ばれぬべき 戀為らば 辛きに附けて 止もしなまし
佚名
0941 女に遣はしける
如何でかで 戀ふる心を 慰めて 後世迄の 物を思はじ
大中臣能宣
0942 題知らず
限無く 思心の 深ければ 辛きも知らぬ 物にぞ有ける
佚名
0943 【○承前。無題。】
理無しや 強ても賴む 心哉 辛しと且は 思物から
佚名
0944 【○承前。無題。拾遺集0731。】
憂と思ふ 物から人の 戀しきは 何方を偲ぶ 心なるらむ
佚名
0945 【○承前。無題。】
身憂きを 人辛さと 思ふこそ 我とも云はじ 理無かりけれ
佚名
0946 【○承前。無題。】
辛しとは 思物から 戀しきは 我に叶はぬ 心也けり
佚名
0947 【○承前。無題。】
辛きをも 思知るやは 我が為に 辛き人しも 我を恨むる
佚名
0948 【○承前。無題。】
心をば 辛き物ぞと 言置きて 變らじと思ふ 顏ぞ戀しき
佚名
0949 【○承前。無題。】
淺ましや 見しかとだにも 思はぬに 變らぬ顏ぞ 心ならまし
佚名
0950 物言侍ける女の後に由緣無く侍て、更に逢はず侍ければ 【○百人一首0045。】
哀とも 云ふべき人は 思ほえで 身徒に 成ぬべき哉
今顧我身者 可有孰人哀憐乎 無人憐吾身 縱令馬齒徒增長 此亦枉然苟活哉
一條攝政 藤原伊尹
0951 題知らず
然もこそは 逢見む事の 難からめ 忘れずとだに 言人の無き
伊勢
0952 【○承前。無題。】
逢事の 投木本を 尋ぬれば 獨寢よりぞ 生始めける
藤原有時
0953 【○承前。無題。】
大方の 我が身一つの 憂からに 並べての世をも 恨みつる哉
紀貫之
0954 【○承前。無題。】
荒ち難の 狩矢先に 立鹿も 最我許 物は思はじ
人麿 柿本人麻呂
0955 【○承前。無題。萬葉集2434。】
荒磯の 外行浪の 外心 我は思はじ 戀は死ぬとも
礁岩荒礒間 外徃駭浪之所如 汝心不在此 另有屬意在他方 我縱戀死亦無驗
人麿 柿本人麻呂
0956 【○承前。無題。萬葉集3012。】
搔曇り 雨布留川の 細浪 間無くも人の 戀ひらるる哉
陰雲蔽虛空 雨零石上布留川 碎浪之所如 此身思慕頻不止 所念吾君無絕時
人麿 柿本人麻呂
0957 【○承前。無題。】
我が如や 雲中にも 思ふらむ 雨も淚も 降りにこそ降れ
人麿 柿本人麻呂
0958 【○承前。無題。】
降る雨に 出ても濡れぬ 我が袖の 蔭に居乍 漬增る哉
紀貫之
0959 【○承前。無題。】
玆をだに 書きぞ煩ふ 雨と降る 淚を拭ふ 暇無ければ
佚名
0960 【○承前。無題。】
君戀ふる 我も久しく 成ぬれば 袖に淚も 降りぬべら也
佚名
0961 【○承前。無題。】
君戀ふる 淚掛る 袖浦は 巖也とも 朽ぞしぬべき
佚名
0962 【○承前。無題。】
未知らぬ 思火に燃ゆる 我が身哉 然るは淚の 川中にて
佚名
0963 女許に罷けるを、元妻の制侍ければ
風を疾み 思はぬ方に 泊する 海人小舟も 如是や侘ぶらむ
源景明
0964 題知らず 【○後撰集1059。】
瀨を早み 絕えず流るる 水よりも 盡きせぬ物は 淚也けり
佚名
0965 【○承前。】
我が如く 物思ふ人は 古も 今行末も 有らじとぞ思ふ
佚名
0966 【○承前。無題。無題。萬葉集0563。】
黑髮に 白髮交り 生ふる迄 斯る戀には 未逢はざるに
烏玉黑髮間 白髮斑駁交以雜 年齒耆至此 盛年不運迄今朝 未逢有戀如斯矣
坂上郎女
0967 【○承前。無題。萬葉集1394。】
潮滿てば 入ぬる磯の 草為れや 見らく少く 戀ふらくの多き
漲潮滿盈時 入水隱匿荒礒上 叢草之所如 所見雖少數寔繁 此戀惱煩無盡藏
坂上郎女
0968 【○承前。無題。萬葉集2802。拾遺集0752。】
志賀海人の 釣に燈せる 漁火の 髣髴に人を 見由欲得
志賀白水郎 為釣漁火之所如 縱令仄朦朧 髣髴難辨亦可之 欲得一見佳人影
坂上郎女
0969 【○承前。無題。萬葉集2422。】
岩根踏み 重なる山は 無けれども 逢はぬ日數を 戀や渡らむ
吾觀其山勢 雖非岩根累盤踞 必須踏破者 然而逢日苦無多 必然戀渡常相思
坂上郎女
0970 【○承前。無題。】
歎凝る 山道は人も 知ら無くに 我が心のみ 常に行くらむ
藤原有時
0971 圓融院御時、少將更衣 に遣はしける
限無き 思空に 滿ちぬれば 幾十煙 雲と成るらむ
圓融天皇
0972 御返し
空に滿つ 思煙 雲為らば 眺むる人の 目にぞ見えまし
少將更衣
0973 題知らず
思はずば 由緣無き事も 辛からじ 賴めば人を 恨みつる哉
佚名
0974 【○承前。無題。】
辛けれど 恨むる限 有ければ 物は言はれで 音こそ泣かるれ
佚名
0975 【○承前。無題。】
紅の 八入衣 如是し有らば 思初めずぞ 有るべかりける
佚名
0976 【○承前。無題。】
仄かにも 我を三島の 芥火の 飽くとや人の 訪れも為ぬ
佚名
0977 延喜御時、承香殿女御の方なりける女にも、元良親王罷通侍ける、絕えて後言遣はしける
人を夙 芥川云ふ 津國の 名には違はぬ 物にぞ有ける
承香殿中納言
0978 題知らず
限無く 思初めてし 紅の 人を灰汁にぞ 變らざりける
佚名
0979 【○承前。無題。】
荒磯海の 浦と賴めし 名殘無み 打寄せてける 忘貝哉
佚名
0980 【○承前。無題。】
辛けれど 人には言はず 石見潟 怨ぞ深き 心一つに
佚名
0981 【○承前。無題。】
怨みぬも 疑はしくぞ 思ほゆる 賴む心の 無きかと思へば
佚名
0982 【○承前。無題。】
近江為る 打出濱の 打出つつ 怨みや為まし 人心を
佚名
0983 【○承前。無題。】
渡海の 深心は 有ながら 怨みられぬる 物にぞ有ける
佚名
0984 【○承前。無題。】
數為らぬ 身は心だに 無からなむ 思知らずば 怨みざるべく
佚名
0985 【○承前。無題。】
怨ての 後さへ人の 辛からば 如何に云ひてか 音をも泣かまし
佚名
0986 小野宮大臣に遣はしける
君を猶 怨つる哉 海人苅る 藻に住む蟲の 名を忘れつつ
閑院大君 源宗于女
0987 題知らず
海人苅る 藻に住む蟲の 名は聞けど 唯我からの 辛きなりけり
佚名
0988 【○承前。無題。】
戀侘びぬ 悲しき事も 慰めむ 何れ長洲の 濱邊なるらむ
佚名
0989 【○承前。無題。】
如此許 憂しと思ふに 戀しきは 我さへ心 二つ有けり
佚名
0990 【○承前。無題。萬葉集2648。】
云云に 物は思はず 飛驒匠 打つ墨繩の 唯一筋に
顧左右云云 吾莫三心復二意 神工飛驒匠 所打墨繩之所如 筆直灼然唯一筋
人麿 柿本人麻呂
0991 左大臣女御亡侍にければ、父大臣許に遣はしける
古を 更に懸けじと 思へども 恠く目にも 滿つ淚哉
天曆御製 村上帝
0992 女許に遣はしける
逢事は 心にも有らで 程經ども 然やは契し 忘果てねば
平忠依
0993 題知らず
忘るるか 去來さは我も 忘れなむ 人に從ふ 心と為らば
佚名
0994 【○承前。無題。】
忘れぬる 君は中中 辛からで 今迄生ける 身をぞ怨むる
佚名
0995 【○承前。無題。古今集0750。】
我許 我を思はむ 人欲得 然てもや憂きと 世を試みむ
世間若有人 愛吾如吾愛之深 兩情雖相悅 誠可得之無憂歟 欲試世間男女情
佚名
0996 【○承前。無題。後撰集0608。】
怪しくも 厭ふに榮ゆる 心哉 如何にしてかは 思絕ゆべき
佚名
0997 【○承前。無題。】
思事 為すこそ神の 難からめ 暫忘るる 心付けなむ
佚名
0998 遠所に侍ける人、京に侍ける男を道の儘に戀罷りて、高砂と云ふ所にて詠侍ける
高砂に 我が泣聲は 成にけり 都人は 聞きや付くらむ
佚名
0999 題知らず
鹿島為る 筑摩神の 熟と 我が身一つに 戀を積みつる
佚名