拾遺和歌集 卷十四 戀歌四
0849 題知らず 【○萬葉集2578。】
朝寢髮 我は梳らじ 愛しき 人手枕 觸れてし物を
夙興寢髮亂 青絲千頭復萬緒 然吾不梳理 伊人昨夜與纏眠 手枕所觸盪餘波
人麿 柿本人麻呂
0850 元輔が婿に成りて朝に
時間も 心は空に 成物を 如何で過ぐしし 昔なるらむ
藤原實方朝臣
0851 題知らず
白浪の 打頻りつつ 今宵さへ 如何でか獨 寢るとかや君
佚名
0852 一條攝政、內にては便無し、里に出よと言侍ければ、人も無き所にて待侍けるに、詣來ざりければ
如何にして 今日を暮さむ 小動の 急出ても 甲斐無かりけり
小貳命婦
0853 題知らず 【○萬葉集2745。】
湊入の 葦別小舟 障多み 我が思ふ人に 逢はぬ頃哉
洽猶將入湊 葦別小舟之所如 以障礙實多 不得與吾之所念 伊人相逢此頃時
人麿 柿本人麻呂
0854 【○承前。無題。萬葉集0144。】
岩代の 野中に立てる 結松 心も解けず 昔思へば
熊野岩代之 野中聳立古松者 猶比松結目 結枝仍在心不解 感慨思昔慕古情
人麿 柿本人麻呂
0855 【○承前。無題。】
我が宿は 播磨潟にも 非くに 明石も果で 人行くらむ
佚名
0856 【○承前。無題。萬葉集2753。】
浪間より 見ゆる小島の 濱楸 久しく成りぬ 君に逢はずて
自於浪濤間 所見小嶋濱岸上 自生濱楸木 與君相別隔異地 不覺月易日已久
佚名
0857 【○承前。無題。萬葉集2502。】
真澄鏡 手に取持ちて 朝な朝な 見れども君に 飽時ぞ無き
無曇真澄鏡 以手取持之所如 朝朝復暮暮 何然吾君令人憐 雖見百遍不嘗厭
人麿 柿本人麻呂
0858 【○承前。無題。萬葉集3064。】
皆人の 笠に縫云ふ 有馬菅 在ての後も 逢はむとぞ思ふ
奉為皆人之 御笠所縫有間菅 常在之所如 縱令久隔不得會 吾冀其後必相逢
人麿 柿本人麻呂
0859 【○承前。無題。】
伊香保のや 伊香保沼の 如何にして 戀しき人を 今一目見む
佚名
0860 【○承前。無題。萬葉集3373。】
玉川に 晒す手作り 更更に 昔人の 戀しきや何ぞ
多摩玉川間 濯漂日曝絹白布 雖不待贅述 奈何心懸故人而 憂心戀煩怜幾許
佚名
0861 【○承前。無題。後撰集0560。】
身は早く 奈良都に 成にしを 戀しき事の 古りせざるらむ
佚名
0862 【○承前。無題。古今集1022。】
石上 古りにし戀の 神古て 祟るに我は 祈ぞ兼ねつる
石上布留社 慕戀古兮時既久 神憑在此情 其祟致我不安祈 忐忑難禱叵齋戒
藤原忠房朝臣
0863 【○承前。無題。】
如何許 苦しき物ぞ 葛城の 久米道橋の 中絕間は
佚名
0864 【○承前。無題。】
限無く 思ふながらの 橋柱 思ひながらに 中や絕えなむ
佚名
0865 女許に遣はしける 【○金葉集三奏本0403。】
中中に 云ひも放たで 信濃なる 木曾路橋の 懸たるや何ぞ
源賴光
0866 題知らず
杉立てる 宿をぞ人は 訪ねける 心松は 甲斐無かりけり
佚名
0867 【○承前。無題。】
石上 布留社の 木綿襷 懸てのみやは 戀ひむと思ひし
佚名
0868 【○承前。無題。】
我や憂き 人や辛きと 千早振 神云ふ神に 問見てし哉
佚名
0869 【○承前。無題。】
住吉の 顯人神に 誓ひても 忘るる君が 心とぞ聞く
佚名
0870 【○承前。無題。百人一首0038。】
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人命の 惜くも有哉
不恨為汝忘 此身雖悲無所怨 所惜為君命 想君當年誓不渝 今日背信命危哉
右近小將季繩女
0871 女を恨みて、更に詣來じと、誓ひて後に遣はしける
何為むに 命を賭けて 誓ひけむ 如何ばやと思ふ 折も有けり
藤原實方朝臣
0872 題知らず 【○萬葉集3727。】
塵泥の 數にも有らぬ 我故に 思侘ぶらむ 妹が愛しさ
塵泥之所如 卑賤不足施一顧 奉為此吾命 汝當失望思侘哉 愛也吾妹可怜矣
佚名
0873 【○承前。無題。】
戀戀ひて 後も逢はむと 慰むる 心し無くば 命有らめや
人麿 柿本人麻呂
0874 【○承前。無題。萬葉集2372。】
如是許 戀しき物と 知らませば 餘所に見るべく 有ける物を
後悔不當初 早知戀慕如此許 不能自已者 當自餘所遠觀爾 豈令情生焦思愁
人麿 柿本人麻呂
0875 【○承前。無題。】
淚川 長閑にだにも 流れなむ 戀しき人の 影や見ゆると
佚名
0876 【○承前。無題。】
淚川 落つる水上 速ければ 塞きぞ兼ねつる 袖柵
紀貫之
0877 萬葉集和侍ける歌 【○萬葉集2604。】
淚川 底藻屑と 成果て 戀しき瀨瀨に 流れこそすれ
源順
0878 女許に遣はしける
人知れず 落つる淚の 積りつつ 數畫く許 成りにける哉
藤原惟成
0879 天曆御時、承香殿前を渡らせ給ひて、異御方に渡らせ給ひければ
且見つつ 影離行く 水面に 如是數為らぬ 身を如何に為む
齋宮女御 徽子女王
0880 題知らず
小牡鹿の 爪だに漬ぢぬ 山河の 淺ましき迄 訪はぬ君哉
佚名
0881 【○承前。無題。金葉集0699。】
淺ましき 木下蔭の 岩清水 幾十人の 影を見つらむ
佚名
0882 【○承前。無題。拾遺集1232。】
行水の 泡為らばこそ 消返り 人淵瀨を 流れても見め
佚名
0883 【○承前。無題。】
津國の 堀江の深く 思ふとも 我は難波の 何とだに見ず
佚名
0884 【○承前。無題。】
津國の 生田池の 幾度か 辛き心を 我ぞ見すらむ
佚名
0885 【○承前。無題。】
津國の 難波渡に 作るなる 來やと言はなむ 行て見るべく
佚名
0886 【○承前。無題。】
旅人の 萱苅覆ひ 作る云ふ 丸屋は人を 思忘るる
佚名
0887 【○承前。無題。萬葉集2651。】
難波人 葦火焚く屋は 煤すたれど 己が妻こそ 常珍らなれ
押照難波人 葦火燎屋之所如 雖為煤所沾 己妻雖然務糙糠 依舊常時令人憐
人麿 柿本人麻呂
0888 【○承前。無題。】
住吉の 岸に生ひたる 忘草 見ずや有ら益 戀は死ぬとも
佚名
0889 【○承前。無題。萬葉集0596。】
八百日行く 濱真砂と 我が戀と 孰れ勝れり 沖津島守
八百日行徃 長濱真砂數無限 然較吾戀者 砂數吾情孰勝哉 噫呼沖津島守矣
佚名
0890 屏風に三熊野形描きたる所
然有ながら 人心を 三熊野の 浦濱木綿 幾重成るらむ
平兼盛
0891 富士山形を造らせ給ひて、藤壺御方へ遣はす
世人の 及ばぬ物は 富士嶺の 雲居に高き 思也けり
天曆御製 村上帝
0892 題知らず
我が戀の 顯はに見ゆる 物為らば 都富士と 言はれなましを
佚名
0893 【○承前。無題。】
葦根這ふ 埿は上こそ 由緣無けれ 下は得為らず 思心を
佚名
0894 【○承前。無題。】
根蓴の 苦しかるらむ 人よりも 我ぞ益田の 生ける甲斐無き
佚名
0895 【○承前。無題。萬葉集2991。】
垂乳根の 親の飼蠶の 繭籠 欝くも有るか 妹に逢はずして
慈育垂乳根 母親所飼桑蠶者 彼蠶籠繭中 吾如桑蠶心鬱悒 哀嘆不得會佳人
人麿 柿本人麻呂
0896 【○承前。無題。】
去來や未だ 戀云ふ事も 知ら無くに 此や其為るらむ 寐こそ寢られね
佚名
0897 【○承前。無題。】
垂乳根の 親諫し 轉寢は 物思ふ時の 業にぞ有ける
佚名
0898 年を經て、信明朝臣詣來りければ、簾越しに据ゑて物語し侍けるに、如何有けむ
內外無く 馴れもしなまし 玉簾の 誰年月を 隔て初めけむ
中務
0899 題知らず
憂かりける 節をば捨てて 白絲の 今來る人と 思為さなむ
紀貫之
0900 【○承前。無題。】
思ふとて 甚こそ人に 馴れざらめ 然習てぞ 見ねば戀しき
佚名
0901 【○承前。無題。】
手枕の 透間風も 寒かりき 身は習はしの 物にぞ有ける
佚名
0902 【○承前。無題。】
吹風に 雲端は 留むとも 如何賴まむ 人心は
佚名
0903 【○承前。無題。】
若草に 留めも堪へぬ 駒よりも 懷侘ひぬる 人心か
佚名
0904 【○承前。無題。】
逢事の 片飼ひしたる 陸奧の 駒欲くのみ 思ほゆる哉
佚名
0905 【○承前。無題。】
陸奧の 安達原の 白真弓 心拒くも 見ゆる君哉
佚名
0906 【○承前。無題。】
年月の 行くらむ方も 思ほえず 秋僅かに 人見ゆれば
伊勢
0907 【○承前。無題。後撰集0668。】
思ひきや 逢見ぬ程の 年月を 數許に 為らむ物とは
伊勢
0908 【○承前。無題。】
遙なる 程にも通ふ 心哉 然りとて人の 知らぬ物故
伊勢
0909 遠所に思ふ人を置侍て
雲居なる 人を遙に 思ふには 我が心さへ 空にこそ為れ
源經基
0910 道を罷りて詠侍ける 【○萬葉集1271。】
餘所に在て 雲居に見ゆる 妹が家に 早く至らむ 步め黑駒
遠在餘所而 雲居彼端之可見 親親吾妻家 吾欲速至不容緩 汝當疾驅黑駒矣
人麿 柿本人麻呂
0911 題知らず
我が歸る 道黑駒 心有らば 君は來ずとも 己嘶け
佚名
0912 入道攝政罷りたりけるに、門を遲く開けければ、立煩ひぬと言入れて侍ければ 【○百人一首0053。】
歎つつ 獨寢夜の 明くる間は 如何に久しき 物とかは知る
悲嘆復悲嘆 獨守空閨孤寢夜 問君誠可知 夜長漫漫天難明 待曉之間何苦久
右大將藤原道綱母
0913 題知らず
投木樵る 人入る山の 斧柄の 殆しくも 成にける哉
佚名
0914 行ひせむとて山に籠侍けるに、里人に遣はしける
人にだに 知らせで入りし 奧山に 戀しさ如何で 尋來つらむ
佚名
0915 國用が女を知光罷去りて後、鏡を返し遣はすとて、書付けて遣はしける
影絕えて 覺束無さの 真澄鏡 見ずば我が身の 憂さも知られじ
藤原國用女
0916 題知らず
思增す 人し無ければ 真澄鏡 映れる影と 音をのみぞ泣く
佚名
0917 【○承前。無題。】
我が袖の 濡るるを人の 咎めずば 音をだに易く 泣くべき物を
佚名
0918 元良親王、小馬命婦に物言侍ける時、女の言遣はしける
數為らぬ 身は唯にだに 思ほえで 如何に為よとか 眺めらるらむ
小馬命婦
0919 題知らず
夢にさへ 人由緣無く 見えつれば 寢ても覺めても 物をこそ思へ
佚名
0920 【○承前。無題。】
見る夢の 現に成るは 世常ぞ 顯夢に 成るぞ悲しき
佚名
0921 【○承前。無題。】
逢事は 夢中にも 嬉しくて 寢覺戀ぞ 侘しかりける
佚名
0922 【○承前。無題。】
忘れじよ 夢と契りし 言葉は 現に辛き 心也けり
佚名
0923 【○承前。無題。】
惜しと 何に命を 思ひけむ 忘れば古く 成りぬべき身を
佚名
0924 【○承前。無題。萬葉集2663。】
千早振る 神齋垣も 越えぬべし 今は我が身の 惜けくも無し
千早振稜威 嚴神鎮守社齋垣 可越不忌顧 吾今焦思殆毀滅 不惜身命甘如貽
柿本人麿 柿本人麻呂