拾遺和歌集 卷十三 戀歌三
0777 題知らず 【○萬葉集0074。】
足引の 山下風も 寒けきに 今宵も又や 我が獨寢む
足曳勢險峻 嚴山嶺嵐沁骨寒 感彼下風冽 顧思今宵孤無伴 我復當為獨寢哉
佚名
0778 【○承前。無題。百人一首0003、萬葉集2802。】
足引の 山鳥尾の 垂尾の 長長し夜を 獨かも寢む
足曳勢險峻 雉子山鳥尾醒目 垂尾長綿延 漫漫長夜映尾長 孤眠獨寢恨夜長
人麿 柿本人麻呂
0779 【○承前。無題。萬葉集2453。】
足引の 葛城山に 居雲の 立ちても居ても 君をこそ思へ
足曳勢險峻 大和葛城山頂上 雲湧之所如 吾人坐立不得安 心頭總念懸伊人
佚名
0780 【○承前。無題。】
足引の 山の山菅 止まずのみ 見ねば戀しき 君にも有哉
佚名
0781 旅思を述ぶと云ふ事を 【○萬葉集1242。】
足引の 山越來れて 宿借らば 妹立待ちて 眠寢ざらむ哉
足曳勢險峻 翻山越嶺步而來 欲得借宿者 佳人立待出門迎 可否寢此一宿哉
石上乙麿
0782 題知らず 【○萬葉集3002。】
足引の 山より出る 月待つと 人には言ひて 君をこそ待て
足曳勢險峻 高山遮蔽月遲故 待月昇之間 難耐慕情與人訴 苦待吾命伊人矣
人麿 柿本人麻呂
0783 【○承前。無題。萬葉集2464。】
三日月の 清かに見えず 雲隱れ 見まくぞ欲き 別樣此頃
稚齡三日月 光儀莫能清晰見 其猶雲隱之 朝思暮想欲相見 胸懷別樣此頃時
柿本人麿 柿本人麻呂
0784 【○承前。無題。】
逢事は 片割月の 雲隱れ 朧げにやは 人戀しき
佚名
0785 【○承前。無題。萬葉集2299。】
秋夜の 月かも君は 雲隱れ 暫も見ねば 幾許戀しき
吾度我君者 蓋似秋夜月矣哉 雲隱匿形姿 須臾悄然不見者 戀慕幾許念如斯
人麿 柿本人麻呂
0786 圓融院御時御屏風、八月十五夜、月影池に映れる家に男女居て懸想したる所
秋夜の 月見るとのみ 起居つつ 今夜も寢でや 我は歸らむ
平兼盛
0787 月明かりける夜、女許に遣はしける
戀しさは 同心に 非ずとも 今宵月を 君見ざらめや
源信明
0788 返し
清かにも 見るべき月を 我は唯 淚に曇る 折ぞ多かる
中務
0789 題知らず 【○萬葉集2463。】
久方の 天照月も 隱行く 何に擬へて 君を偲ばむ
遙遙久方兮 玄天照覽明月者 行隱浮雲後 吾當擬何為面影 以思伊人光儀哉
人麿 柿本人麻呂
0790 京に思人を置きて遙なる所に罷ける道に、月明かりける夜
京にて 見しに變らぬ 月影を 慰めにても 明す頃哉
佚名
0791 題知らず
照月も 影水底に 映りけり 似たる物無き 戀もする哉
紀貫之
0792 月を見て、田舍なる男を思出て遣はしける
今宵君 如何なる里の 月を見て 都に誰を 思出らむ
中宮內侍馬
0793 題知らず
月影を 我が身に替ふる 物ならば 思はぬ人も 憐とや見む
壬生忠岑
0794 萬葉集和せる歌
獨寢る 宿には月の 見えざらば 戀しき事の 數は增らじ
源順
0795 題知らず 【○萬葉集2300。】
長月の 有明月 有つつも 君し來坐さば 我戀めやも
長月九月間 有明月夜之所如 若能常在此 得君時時來訪者 吾豈苦戀愁如斯
人麿 柿本人麻呂
0796 月明き夜、人を待侍て
如為らば 闇にぞ有らまし 秋夜の 何ぞ月影の 人賴めなる
人麿 柿本人麻呂
0797 題知らず
降らぬ夜の 心を知らで 大空の 雨を辛しと 思ひける哉
春宮左近
0798 【○承前。無題。】
衣だに 中に在しは 踈かりき 逢はぬ夜をさへ 隔てつる哉
佚名
0799 【○承前。無題。】
長夜も 人は辛しと 思ふには 寢無くに明くる 物にぞ有ける
佚名
0800 今は訪はじと言侍ける女許に遣はしける
忘れなむ 今は問はじと 思ひつつ 寢夜しもこそ 夢に見えけれ
佚名
0801 題知らず
夜とても 寢られざりけり 人知れず 寢覺戀に 驚かれつつ
佚名
0802 【○承前。無題。萬葉集2564。】
烏玉の 妹が黑髮 今宵もや 我が無き床に 靡出ぬらむ
漆黑烏玉之 伊人濡烏黑髮矣 想來今夜亦 獨守空閨寐床上 青絲靡出披寢哉
佚名
0803 【○承前。無題。】
我が背子が 在處も知らで 寢たる夜は 曉方の 枕寂しも
佚名
0804 【○承前。無題。】
如何為りし 時吳竹の 一夜だに 徒ら臥を 苦しと云ふらむ
佚名
0805 【○承前。無題。】
如何為らむ 折節にかは 吳竹の 夜は戀しき 人に逢見む
佚名
0806 【○承前。無題。萬葉集2506。】
正し云ふ 八十衢に 夕占問ふ 卜正に為よ 妹に逢ふべく
人云其正驗 出居言靈八十衢 以問夕占者 占正灼然謂如是 將會伊人與相逢
人麿 柿本人麻呂
0807 【○承前。無題。萬葉集2613。】
夕占問ふ 卜にも善有り 今宵だに 來ざらむ君を 何時か待つべき
夕占亦占正 太卜亦告待人來 然雖滿心盼 俟至今夜君不來 究竟當待至何時
人麿 柿本人麻呂
0808 【○承前。無題。】
夢をだに 如何で形見に 見てし哉 逢はで寢夜の 慰めに為む
人麿 柿本人麻呂
0809 【○承前。無題。萬葉集0807。】
現には 逢事難し 玉緒の 夜るは絕えせず 夢に見えなむ
空蟬現世中 苦於相思無逢由 魂絲玉緒兮 夜夜宵宵未嘗絕 欲得相會在夢中
人麿 柿本人麻呂
0810 廣幡御息所久しう內にも參らざりける、夢になむ、例樣にて內に侍給ひつると、人の言侍けるを聞きて
古を 如何でかとのみ 思身に 今夜夢を 春に成さばや
廣幡御息所 源計子
0811 延喜十五年御屏風の歌
忘らるる 時し無ければ 春田を 返返すぞ 人は戀しき
紀貫之
0812 題知らず 【○後撰0544。】
梓弓 春新田を 打返へし 思止にし 人ぞ戀しき
佚名
0813 【○承前。無題。】
彼岡に 萩苅る男子 繩を無み 寢るや練麻の 碎けてぞ思ふ
凡河內躬恒
0814 【○承前。無題。】
春來れば 柳絲も 解けにけり 結ぼほれたる 我が心哉
佚名
0815 【○承前。無題。】
何方に 寄るとかは見む 青柳の 甚定無き 人心を
佚名
0816 【○承前。無題。】
卷向の 檜原霞 立歸り 如是こそは見め 飽かぬ君哉
佚名
0817 冬より比叡山に登りて春迄音せぬ人許に
眺遣る 山邊は甚 翳みつつ 覺束無さの 增さる春哉
藤原清正女
0818 題知らず 【○萬葉集1097。】
我が兄子を 來坐山と 人は言へど 君も來坐さぬ 山名為らし
人云吾兄子 將來此方巨勢山 人雖云如此 君甚薄情不來坐 徒有山名卻無實
人麿 柿本人麻呂
0819 【○承前。無題。萬葉集1822。】
我が兄子を 馴しの岡の 喚子鳥 君呼返せ 夜更けぬ時
愛也吾夫子 令汝馴染奈良志 崗間喚子鳥 願喚吾君令更歸 珍惜春宵未更時
山邊赤人
0820 【○承前。無題。】
來ぬ人を 待乳山の 時鳥 同心に 音こそ泣かるれ
佚名
0821 【○承前。無題。】
東雲に 鳴きこそ渡れ 時鳥 物思宿は 著くや有るらむ
佚名
0822 【○承前。無題。】
叩くとて 宿妻戶を 開けたれば 人も梢の 水鷄也けり
佚名
0823 【○承前。無題。】
夏衣 薄きながらぞ 賴まるる 一重為るしも 身に近ければ
佚名
0824 【○承前。無題。】
苅て乾す 淀真菰の 雨降れば 束ねも堪へぬ 戀もする哉
佚名
0825 【○承前。無題。萬葉集1995。】
水無月の 土さへ裂けて 照日にも 我が袖乾めや 妹に逢はずして
縱令水無兮 季夏六月能割地 猛烈照日者 雖可令我衣袖乾 無以致吾與妹逢
佚名
0826 【○承前。無題。萬葉集2513。】
鳴神の 小動きて 空曇り 雨も降らなむ 君留るべく
雷動鳴神之 隱約微動稍震響 天曇致陰霾 但願龗神賜雨零 留君駐足不別去
人麿 柿本人麻呂
0827 【○承前。無題。萬葉集1983。】
人言は 夏野草の 繁くとも 君と我とし 携はりなば
閒言蜚語者 雖如夏野雜草繁 然君與妾身 不畏世間噂所謗 執手雙宿寢纏綿
人麿 柿本人麻呂
0828 【○承前。無題。】
野も山も 茂合ひぬる 夏為れど 人辛さは 言葉も無し
佚名
0829 【○承前。無題。】
夏草の 茂みに生ふる 丸小菅 丸が丸寢よ 幾夜經ぬらむ
佚名
0830 天曆御時、廣幡御息所久しく參らざりければ、御文遣はしける 【○古今集0695。】
山賤の 垣廬に生ふる 撫子に 思寄へぬ 時間ぞ無き
鄙賤山民庭 垣根生花咲妍華 撫子洽可擬 窈窕淑女娘子矣 無時無刻不相思
御製 村上帝
0831 廉義公家障子繪に、撫子生ひたる家の心細成るを
思知る 人に見せばや 終夜 我が常夏に 置居たる露
清原元輔
0832 題知らず
秋野の 草葉も分けぬ 我が袖の 露けくのみも 成增さる哉
佚名
0833 三百六十首の歌中に
我が背子が 來坐さぬ宵の 秋風は 來ぬ人よりも 恨めしき哉
曾彌好忠
0834 題知らず
羨まし 朝日に當る 白露を 我が身と今は 為す由欲得
佚名
0835 【○承前。無題。萬葉集1564。】
秋田の 穗上に置ける 白露の 消ぬべく我は 思ほゆる哉
秋田尾花間 穗上置露將消散 吾身猶白露 虛渺無常近毀滅 念君我心若刀割
人麿 柿本人麻呂
0836 【○承前。無題。萬葉集2244。】
住吉の 岸を田に掘り 蒔きし稻の 苅る程迄も 逢はぬ君哉
墨江住吉之 崖岸掘墾以為田 於茲所蒔稻 及於熟稔將苅時 不得與逢吾君矣
人麿 柿本人麻呂
0837 【○承前。無題。萬葉集2119。】
戀しくば 形見に為むと 我が宿に 植ゑし秋萩 今盛也
山部赤人
0838 中將御息所許に萩に付けて遣はしける
秋萩の 下葉を見ずば 忘らるる 人心を 如何で知らまし
廣平親王
0839 題知らず
標結はぬ 野邊秋萩 風吹けば 兔伏角伏し 物をこそ思へ
佚名
0840 【○承前。無題。○金葉集三奏本0237。】
移ふは 下葉許と 見し程に 軈ても秋に 成りにける哉
中宮內侍馬
0841 女許に遣はしける
言葉も 霜には堪へず 枯れにけり 此や秋果つる 兆為るらむ
大中臣能宣
0842 【○承前。贈於女許。古今集0729。】
色も無き 心を人に 染めしより 移はむとは 我が思は無くに
吾心本無色 其彩皆為汝所染 情色濃且深 吾亦思其必長久 豈知何時竟褪移
紀貫之
0843 【○承前。贈於女許。】
數為らぬ 身を宇治川の 網代木に 多くの日をも 過しつる哉
佚名
0844 【○承前。贈於女許。】
下紅葉 するをば知らで 松木の 上綠を 賴みける哉
佚名
0845 【○承前。贈於女許。萬葉集2465。】
我が背子を 我が戀居れば 我が宿の 草さへ思ひ 末枯れにけり
蓋因我鍾情 戀慕伊人吾夫子 不得報之故 吾宿庭草感此心 惻隱悲懷末枯矣
人麿 柿本人麻呂
0846 定文家歌合に 【○拾遺集0229。】
霜上に 降る初雪の 朝冰 解けずも物を 思頃哉
佚名
0847 絕えて年頃に成りにける女許に罷りて雪降侍ければ
御吉野の 雪に籠れる 山人も 降る道覓めて 音をや泣くらむ
源景明
0848 題知らず
賴めつつ 來ぬ夜許多に 成ぬれば 待たじと思ふぞ 待つに勝れる
人麿 柿本人麻呂