拾遺和歌集 卷十二 戀歌二
0698 題知らず
春野に 生ふる無名の 侘しきは 身を摘てだに 人知らぬよ
佚名
0699 【○承前。無題。】
無名のみ 龍田山の 青葛 復來る人も 見えぬ所に
佚名
0700 【○承前。無題。】
無き名のみ 辰市とは 騷げども 去來又人を 得由も無し
人麿 柿本人麻呂
0701 【○承前。無題。】
無き事を 磐余池の 浮蓴菜 苦しき物は 世にこそ有けれ
佚名
0702 【○承前。無題。】
竹葉に 置居る露の 轉合て 寢るとは無しに 立つ我が名哉
人麿 柿本人麻呂
0703 【○承前。無題。】
味氣無や 我が名は立ちて 唐衣 身にも馴らさで 止みぬべき哉
佚名
0704 【○承前。無題。】
唐衣 我は刀の 觸れ無くに 先立つ物は 無き名也けり
佚名
0705 【○承前。無題。】
染川に 宿借る浪の 速ければ 無き名立つとも 今は怨みじ
源重之
0706 【○承前。無題。】
木幡川 此は誰が云し 言葉ぞ 無き名雪がむ 激瀨も無し
佚名
0707 女許に遣はしける 【○後撰集0880。】
君が名の 立つに咎無き 身為りせば 大凡人に 作して見ましや
藤原忠房朝臣
0708 題知らず
夢かとも 思ふべけれど 寢やは為し 何ぞ心に 忘難きは
佚名
0709 【○承前。無題。】
ゆめよ努 戀しき人に 逢見す莫 覺ての後は 侘しかりけり
佚名
0710 【○承前。無題。百人一首0043。】
逢見ての 後心に 較ぶれば 昔は物を 思はざりけり
逢見相契後 慕情更甚烈於前 相較於今者 往昔曩日所憂惱 未能堪稱相思苦
權中納言 藤原敦忠
0711 【○承前。無題。後撰集0794。】
逢見ては 慰むやとぞ 思ひしを 名殘しもこそ 戀しかりけれ
坂上是則
0712 【○承前。無題。】
逢見でも 在にし物を 何時間に 傚ひて人の 戀しかるらむ
佚名
0713 【○承前。無題。】
我が戀は 猶逢見ても 慰まず 彌增りなる 心地のみして
佚名
0714 初めて女許に罷りて、明日に遣はしける
逢事を 待ちし月日の 程よりも 今日暮こそ 久しかりけれ
大中臣能宣
0715 題知らず 【○後撰集0862。】
曉の 無からましかば 白露の 置きて侘しき 別為ましや
紀貫之
0716 【○承前。無題。】
逢見ても 猶慰まぬ 心哉 幾千夜寢てか 戀寒べき
紀貫之
0717 【○承前。無題。萬葉集2389。】
烏玉の 今宵勿明けそ 明行かば 朝行く君を 待苦しきに
漆黑烏玉兮 是夜春宵願莫明 一旦晨曦至 朝日送君離歸去 俟君復臨甚艱辛
人麿 柿本人麻呂
0718 【○承前。無題。後撰集0895。】
獨寢し 時は待たれし 鳥音も 稀に逢夜は 侘しかりけり
佚名
0719 【○承前。無題。】
葛城や 我やは久米の 橋造り 明行く程は 物をこそ思へ
佚名
0720 本院五君許に初めて罷りて朝に
朝夙 露別來つる 衣手の 晝間許に 戀しきや何ぞ
平行時
0721 本院東對君に罷通ひて朝に
二無き 心は君に 置きつるを 又程も無く 戀しきや何ぞ
大納言 源清蔭
0722 題知らず
何時しかと 暮を待間の 大空は 曇るさへこそ 嬉しかりけれ
佚名
0723 女許に罷出めて
日內に 物を二度 思哉 夙明けぬると 遲暮るると
大江為基
0724 題知らず
百羽搔き 羽根搔く鴫も 我が如く 朝侘しき 數は增さらじ
紀貫之
0725 【○承前。無題。】
現にも 夢にも人に 夜し逢へば 暮行許 嬉しきは無し
佚名
0726 【○承前。無題。】
曉の 別道を 思はずば 暮行く空は 嬉しからまし
佚名
0727 【○承前。無題。】
君戀ふる 淚凍る 冬夜は 心解けたる 寐やは寢らるる
佚名
0728 女に物言始めて、障事侍て得罷らで言遣はしける
斯からでも 在にし物を 白雪の 一日も經れば 增る我が戀
在原業平朝臣
0729 女に遣はしける
朝冰 解くる間も無き 君により 何どて濡つる 袂なるらむ
大中臣能宣
0730 【○承前。贈女。】
身を抓めば 露を憐と 思哉 曉每に 如何で置くらむ
佚名
0731 【○承前。贈女。拾遺集0944。】
憂と思ふ 物から人の 戀しきは 何方を偲ぶ 心なるらむ
佚名
0732 【○承前。贈女。】
餘所にても 有にし物を 花薄 仄かに見てぞ 人は戀しき
佚名
0733 【○承前。贈女。】
夢よりも 儚き物は 陽炎の 仄かに見えし 影にぞ有ける
佚名
0734 天曆御時歌合に 【○新拾遺戀三。】
夢如 何どか夜しも 君を見む 暮るる待間も 定無き世を
壬生忠見
0735 【○承前。天曆御時歌合。】
戀しきを 何に付けてか 慰めむ 夢だに見えず 寢夜無ければ
源順
0736 女許より暗きに歸りて、遣はしける
明暮の 空にぞ我は 迷ぬる 思心の 形かぬ隨に
源順
0737 源公忠朝臣日日に罷逢侍けるを、如何なる日にか有けむ、逢侍らざりける日、遣はしける
玉鉾の 遠道もこそ 人は行け 何ど時間も 見ねば戀しき
紀貫之
0738 題知らず
身に戀の 餘に然ば 忍ぶれど 人知るらむ 事ぞ侘しき
佚名
0739 【○承前。無題。】
忍びつつ 思へば苦し 住江の 松根ながら 顯れなばや
佚名
0740 忠房女許に久しく參からで、遣はしける
住吉の 松為らねども 久しくも 君と寢夜の 成にける哉
大納言 源清蔭
0741 返し
久しくも 思ほえねども 住吉の 松や二度 生變るらむ
佚名
0742 或男の松を結びて遣はしたりければ
何為むに 結初めけむ 岩代の 松は久しき 物と知る知る
佚名
0743 題知らず
片岸の 松浮根と 忍びしは 然ればよ遂に 顯れにけり
佚名
0744 【○承前。無題。萬葉2583。】
逢見ては 幾久さにも 非ねども 年月如 思ほゆる哉
人麿 柿本人麻呂
0745 【○承前。無題。】
年を經て 思思ひて 逢ひぬれば 月日のみこそ 嬉しかりけれ
人麿 柿本人麻呂
0746 【○承前。無題。萬葉集2650。】
杉板以て 葺る板間の 逢はざらば 如何に為むとか 我が寢初めけむ
杉板所以葺 屋根板目不相合 若不得逢者 其是如何為之哉 吾與彼人初寢矣
人麿 柿本人麻呂
0747 【○承前。無題。】
來ぬ哉と 暫しは人に 思は為む 逢はて歸りし 宵妬さに
佚名
0748 【○承前。無題。】
秋霧の 晴れぬ朝の 大空を 見るが如くも 見えぬ君哉
佚名
0749 【○承前。無題。】
戀侘びぬ 音をだに泣かむ 聲立てて 何處成るらむ 音無里
佚名
0750 忍びて懸想し侍ける女許に遣はしける
音無しの 川とぞ遂に 流ける言はで物思ふ 人淚は
清原元輔
0751 題知らず
風寒み 聲弱行く 蟲よりも 言はで物思ふ 我ぞ勝れる
佚名
0752 【○承前。無題。萬葉集2802。拾遺集0968。】
志賀海人の 釣に燈せる 漁火の 髣髴に妹を 見由欲得
志賀白水郎 為釣漁火之所如 縱令仄朦朧 髣髴難辨亦可之 欲得一見佳人影
佚名
0753 【○承前。無題。】
戀するは 苦しき物と 知らすべく 人を我が身に 暫し成さばや
佚名
0754 【○承前。無題。】
知るや君 知らずば如何に 辛からむ 我が如此許 思心を
佚名
0755 懸想し侍ける女の、五月夏至日成りければ、疑無く思弛みて物言侍けるに、親しき樣に成にければ、忌じく恨侘びて後に、更に逢はじと言侍ければ
明日知らぬ 我が身也とも 怨置かむ 此世にてのみ 止まじと思へば
大中臣能宣
0756 題知らず【○萬葉0140。】
思勿と 君は言へども 逢事を 何時と知りてか 我が戀ざらむ
君籲勿掛心 雖聞汝言莫念者 然此一去者 若知何日得再逢 吾豈焦戀至如此
人麿 柿本人麻呂
0757 萬葉集和侍けるに
思ふらむ 心內に 知らぬ身は 死ぬ許にも 非じとぞ思ふ
源順
0758 侍從に侍ける時、村上先帝の御乳母に忍びて物宣けるに、付無き事也とて、更に逢はず侍ければ
隱沼の 底心ぞ 恨めしき 如何に為よとて 由緣無かるらむ
一條攝政 藤原伊尹
0759 題知らず
我為がら 然も擬かしき 心哉 思はぬ人は 何か戀しき
佚名
0760 古く物言侍ける人に
草隱れ 涸にし水は 溫くとも 結びし袖は 今も乾かず
清原元輔
0761 題知らず
我が思ふ 人は草葉の 露為れや 懸くれば袖の 先漬つらむ
佚名
0762 【○承前。無題。】
袂より 落つる淚は 陸奧の 衣河とぞ 言ふべかりける
佚名
0763 【○承前。無題。】
衣をや 脫ぎて遣らまし 淚のみ 掛かりけりとも 人見るべく
佚名
0764 忍びて物言侍ける人の、人繁き所に侍ければ
人目をも 慎まぬ物と 思ひ為ば 袖淚の 掛からましやは
藤原實方朝臣
0765 題知らず 【○萬葉集0664。】
石上 降るとも雨に 障らめや 逢はむと妹に 言ひてし物を
石上振布留 大雨雖零豈為障 不畏天降雨 吾已約束與妹逢 信言既出不反爾
大伴方見
0766 【○承前。無題。後撰集0960。百人一首0020。】
侘ぬれば 今將同じ 難波為る 身を盡つくしても 逢はむとぞ思ふ
事泄心緒亂 吾暮君心仍無易 難波澪標矣 縱令身毀永不復 仍願再與君相會
元良親王
0767 五月五日、或女許に遣はしける
何時かとも 思はぬ澤の 菖蒲草 唯盡盡と 音こそ泣かるれ
佚名
0768 題知らず
生ふれども 駒も好さめぬ 菖蒲草 苅にも人の 來ぬが侘しき
凡河內躬恒
0769 蚊遣火を見侍て
蚊遣火は 物思人の 心哉 夏徹夜 下に燃ゆらむ
大中臣能宣
0770 題知らず
忍ぶれば 苦しかりけり 篠薄 秋盛りに 成やしなまし
勝觀法師
0771 【○承前。無題。】
思ひきや 我が待人は 餘所ながら 棚機女の 逢ふを見むとは
佚名
0772 【○承前。無題。】
今日さへや 餘所に見るべき 彥星の 立平すらむ 天川浪
佚名
0773 【○承前。無題。】
侘ぬれば 常は忌忌しき 織女も 羨まれぬる 物にぞ有ける
佚名
0774 【○承前。無題。】
露だにも 無からましかば 秋夜に 誰と起居て 人を待まし
佚名
0775 【○承前。無題。古今集2802。】
今更に 訪ふべき人も 思ほえず 八重葎して 門鎖為りてへ
時至今更者 不思其人將來訪 仍請傳此言 此門閉以八重葎 深鎖此家避客來
佚名
0776 【○承前。無題。】
秋は我が 心露に 非ねども 物嘆かしき 頃にも有哉
佚名