拾遺和歌集 卷十一 戀歌一
0621 天曆御時歌合 【○百人一首0041。】
戀す云ふ 我が名は夙 立ちにけり 人知れずこそ 思初めしか
人云吾戀汝 浮名夙傳天下聞 唯吾不識噂 以為此情方萌芽 竊思戀慕無人知
壬生忠見
0622 【○承前。天曆御時歌合。百人一首0040。】
忍ぶれど 色に出にけり 我が戀は 物や思ふと 人問ふ迄
情不願人知 雖欲隱而仍形色 顯露者何如 以為暱之人既察 來問吾戀何惱哉
平兼盛
0623 題知らず 【○後撰集0631。】
色為らば 移る許も 染めてまし 思心を 知る人無さ
紀貫之
0624 女許に始めて遣はしける
忍ぶるも 誰故為らぬ 物為れば 今は何かは 君に隔てむ
平公誠
0625 題知らず
歎餘り 遂に色にぞ 出ぬべき 言はぬを人の 知らばこそ有らめ
佚名
0626 【○承前。無題。】
逢事を 松にて年の 經ぬる哉 身は住江に 生ひぬ物故
佚名
0627 【○承前。無題。】
音に聞く 人に心を 筑波嶺の 見ねど戀しき 君にも有哉
佚名
0628 【○承前。無題。萬葉集2658。】
天雲の 八重雲隱れ 鳴神の 音にのみやは 聞渡るべき
洽猶天雲之 八重叢雲所隱匿 鳴神之所如 久俟不見君影來 唯聞其音不絕耳
人麿 柿本人麻呂
0629 【○承前。無題。】
見ぬ人の 戀しきや何ぞ 覺束無 誰とか知らむ 夢に見ゆとも
佚名
0630 【○承前。無題。】
夢憑りぞ 戀しき人を 見初めつる 今は逢はする 人も有らなむ
佚名
0631 【○承前。無題。】
如是てのみ 荒磯浦の 濱千鳥 餘所に鳴きつつ 戀や渡らむ
佚名
0632 【○承前。無題。萬葉集1993。】
餘所にのみ 見てやは戀ひむ 紅の 末摘花の 色に出ずば
遠觀不能近 遙遙望之慕情燃 縱令汝含蘊 不若鮮紅末摘花 艷色不出仍可也
佚名
0633 雅正女に言始侍ける、侍從に侍ける時。
身に沁みて 思心の 年經れば 終に色にも 出ぬべき哉
權中納言 藤原敦忠
0634 侍從に侍ける時、女に始めて遣はしける
如何でかは 知らせ初むべき 人知れず 思心の 色に出ずば
源邦正
0635 【○承前。為侍從時,始贈於女。後撰集0961。】
如何でかは 如是思ふ云ふ 事をだに 人傳ならで 君に知らせむ
權中納言 藤原敦忠
0636 堤中納言御息所を見て遣はしける
甚切戀し 僅に人を 水泡の 消返るとも 知らせてし哉
小野宮太政大臣 藤原實賴
0637 返し
長からじと 思ふ心は 水泡に 擬る人の 賴まれぬ哉
堤中納言御息所 藤原桑子
0638 題知らず
港出る 海人小舟の 錨繩 苦しき物と 戀を知りぬる
佚名
0639 【○承前。無題。】
大井河 下す筏の 水馴棹 見慣れぬ人も 戀しかりけり
佚名
0640 【○承前。無題。萬葉集2482。】
水底に 生ふる玉藻の 打靡き 心を寄せて 戀ふる頃哉
其猶滄溟下 所生玉藻之所如 隨波而蕩漾 寄情舉手投足間 一喜一憂戀此頃
人麿 柿本人麻呂
0641 【○承前。無題。】
音にのみ 聞きつる戀を 人知れず 由緣無き人に 傚ひぬる哉
佚名
0642 【○承前。無題。】
如何為む 命は限り 有る物を 戀は忘れず 人は由緣無し
佚名
0643 女許に男の文遣はしけるに、返事も為ず侍ければ
山彥も 答へぬ山の 喚子鳥 我獨のみ 鳴きや渡らむ
佚名
0644 題知らず
山彥は 君にも似たる 心哉 我が聲為ねば 訪れも為ず
佚名
0645 【○承前。無題。萬葉集2704。】
足引の 山下響み 逝水の 時ぞとも無く 戀渡る哉
足曳勢險峻 巍峨山下所鳴響 逝水如斯夫 不捨晝夜無絕時 吾人戀慕度終日
佚名
0646 【○承前。無題。】
如何にして 暫忘れむ 命だに 有らば逢夜の 有りもこそすれ
佚名
0647 【○承前。無題。續後撰集戀二。】
貫亂る 淚玉も 留るやと 玉緒許 逢はむと言はなむ
佚名
0648 【○承前。無題。】
岩上に 生ふる小松も 引連れど 猶寢難きは 君にぞ有ける
佚名
0649 【○承前。無題。後撰集0229。】
七夕も 逢夜有けり 天川 此渡には 渡瀨も無し
佚名
0650 【○承前。無題。後撰集0753】
澤にのみ 年は經ぬれど 葦鶴の 心は雲の 上にのみこそ
九條右大臣 藤原師輔
0651 【○承前。無題。】
大空は 曇らざりけり 神無月 時雨心地は 我のみぞする
佚名
0652 【○承前。無題。】
忍ぶれど 猶強てこそ 思ほゆれ 戀と云ふ物の 身をし去らねば
佚名
0653 男の詠みて遣せて侍ける
哀とも 思はじ物を 白雪の 下に消えつつ 猶も降哉
佚名
0654 返し
程も無く 消えぬる雪は 甲斐も無し 身を摘てこそ 哀と思はめ
中務
0655 題知らず
餘所ながら 逢見ぬ程に 戀しなば 何に換たる 命とか言はむ
佚名
0656 【○承前。無題。】
何時とてか 我が戀止まむ 千早振る 淺間嶽の 煙絕ゆとも
佚名
0657 大原野祭日、榊に刺して女許に遣はすとて
大原の 神も知るらむ 我が戀は 今日氏人の 心遣らなむ
一條攝政 藤原伊尹
0658 返し
榊葉の 春刺す枝の 數多有れば 咎むる神も 有らじとぞ思ふ
佚名
0659 題知らず
天地の 神ぞ知るらむ 君が為 思心の 限無ければ
佚名
0660 【○承前。無題。】
海も淺し 山も程無し 我が戀を 何に擬へて 君に言はまし
佚名
0661 【○承前。無題。萬葉集2707。】
奧山の 岩垣沼の 水隱に 戀や渡らむ 逢由を無み
深邃奧山之 岩根盤據磐垣沼 水匿之所如 此情隱忍埋胸懷 戀渡只因無逢由
人麿 柿本人麻呂
0662 大嘗會の御禊に物見侍ける所に童侍けるを見て、又日遣はしける
數多見し 豐禊の 諸人の 君しも物を 思はする哉
寬祐法師
0663 題知らず
玉簾 絲絕間に 人を見て 好ける心は 思懸けてき
佚名
0664 【○承前。無題。】
玉簾の 透ける心と 見てしより 辛し云ふ事 懸ぬ日は無し
佚名
0665 【○承前。無題。】
我こそや 見ぬ人戀ふる 病すれ 逢日ならでは 止藥無し
佚名
0666 【○承前。無題。】
玉江漕ぐ 菰苅舟の 差延へて 浪間も有らば 寄らむとぞ思ふ
佚名
0667 【○承前。無題。】
海松布苅る 海人とは無しに 君戀ふる 我が衣手の 乾く時無き
佚名
0668 【○承前。無題。萬葉集0496。】
三熊野の 浦濱木綿 百重為る 心は思へど 唯に逢はぬ哉
其猶御熊野 浦間百重濱木綿 層層疊而成 吾心雖念數百重 不得直晤難相逢
柿本人麿 柿本人麻呂
0669 【○承前。無題。】
朝な朝な 梳れば積る 落髮の 亂れて物を 思ふ頃哉
紀貫之
0670 懸想し侍ける女の、更に返事し侍らざりければ
我が為は 棚井清水 濡るけれど 猶搔遣らむ 偖は澄むやと
藤原實方朝臣
0671 返し
搔遣らば 濁りこそ為め 淺瀨の 水屑は誰か 澄ませても見む
佚名
0672 題知らず
人知れぬ 心內を 見せたらば 今迄辛き 人は非じな
佚名
0673 女許に遣はしける
人知れぬ 思は年も 經にけれど 我のみ知るは 甲斐無かりけり
小野宮太政大臣 藤原實賴
0674 女許に遣はしける
人知れぬ 淚に袖は 朽にけり 逢夜も有らば 何に包まむ
佚名
0675 返し
君は唯 袖許をや 朽すらむ 逢ふには身をも 替ふとこそ聞け
佚名
0676 題知らず
人知れず 落つる淚は 津國の 長洲と見えて 袖ぞ朽ちぬる
佚名
0677 【○承前。無題。】
戀と言へば 同名にこそ 思ふらめ 如何で我が身を 人に知らせむ
佚名
0678 天曆御時歌合に 【○ 百人一首0044。】
逢事の 絕えてし無くば 中中に 人をも身をも 怨みざらまし
今懟相思苦 茍令自初無逢事 反致心自得 若使往日未相識 於人於身不留恨
中納言 藤原朝忠
0679 題知らず
逢事は 片膝行りする 嬰子の 立たむ月にも 逢はじとやする
平兼盛
0680 【○承前。無題。】
逢事を 月日にそ經て 待時は 今日行末に 成りぬとぞ思ふ
佚名
0681 【○承前。無題。】
逢事を 何時とも知らで 君が言はむ 常磐山の 松ぞ苦しき
佚名
0682 【○承前。無題。】
命をば 逢ふに替ふとか 聞しかど 我や試しに 逢はぬ死に為む
佚名
0683 【○承前。無題。】
行末は 遂に過ぎつつ 逢事の 年月無きぞ 侘しかりける
紀貫之
0684 【○承前。無題。】
生きたれば 戀する事の 苦しきに 猶命をば 逢ふに換へてむ
佚名
0685 【○承前。無題。萬葉集0560。】
戀死なむ 後は何為む 生ける日の 為こそ人は 見まく欲けれ
若是戀死矣 其後何為無所益 吾之所願者 有生之日與君會 相見相逢在此生
大伴百世
0686 【○承前。無題。】
哀とし 君だに言はば 戀侘て 死なむ命も 惜しから無くに
源經基
0687 懸想し侍ける女の家前を渡るとて、言入侍ける
人知れず 思心を 留めつつ 幾度君が 宿を過ぐらむ
佚名
0688 題知らず
時雨にも 雨にもあらで 君戀ふる 年經るにも 袖は濡れけり
佚名
0689 契ける事有ける女に遣はしける
露許 賴めし程の 過行けば 消えぬ許の 心地こそすれ
菅原輔昭
0690 返し
露許 賴むる事も 無物を 恠や何に 思置きけむ
佚名
0691 題知らず
流れてと 賴むるよりは 山河の 戀しき瀨瀨に 渡りやは為ぬ
佚名
0692 【○承前。無題。】
逢見ては 死に為ぬ身とぞ 成りぬべき 賴むるにだに 延る命は
佚名
0693 【○承前。無題。】
如何でかと 思心の 有る時は 朧めくさへぞ 嬉しかりける
佚名
0694 【○承前。無題。】
侘つつも 昨日許は 過ぐしてき 今日や我が身の 限なるらむ
佚名
0695 【○承前。無題。萬葉集1914。】
戀つつも 今日は暮しつ 霞立つ 明日春日を 如何で暮さむ
胸懸心上人 傷懷今日既已暮 然思明日者 煙霞瀰漫盡矇矓 春之日長如何晚
人麿 柿本人麻呂
0696 【○承前。無題。萬葉集2884。】
戀つつも 今日は有なむ 玉櫛笥 明けむ朝を 如何で暮さむ
胸懸心上人 傷懷今日既將過 玉匣麗櫛笥 所以將開明日者 漫然晝長如何暮
人麿 柿本人麻呂
0697 【○承前。無題。】
君をのみ 思懸籠の 玉櫛笥 明立つ每に 戀ひぬ日は無し
佚名