拾遺和歌集 卷第七 物名歌
0354 紅梅
鶯の 巢作る枝を 折つれば 子をば如何でか 生まむとすらむ
佚名
0355 櫻
花色を 顯に賞でば 婀娜めきぬ 去來暗闇に 成て簪さむ
佚名
0356 石柳
旅寢は 家無き床にも 寢られけり 草枕に 露は置けども
藤原輔相
0357 猿捕花
鳴聲は 數多すれども 鶯に 勝る鳥のは 無くこそ有けれ
藤原輔相
0358 雁緋花
渡海の 沖中に日の 離出て 燃ゆと見ゆるは 海人の漁りか
伊勢
0359 杜若
濃色か 何時當薄く 移はむ 花に心も 付けざらむかも
佚名
0360 石南草
紫の 色には咲く勿 武藏野の 草緣と 人もこそ知れ
如覺法師
0361 下野
植ゑて見る 君だに知らぬ 花名を 我しも付けむ 事恠さ
佚名
0362 龍膽
川上に 今より打たむ 網代には 先づ紅葉や 寄らむとすらむ
佚名
0363 桔梗
徒人の 籬近うな 花植ゑそ 匂も堪へず 折盡しけり
佚名
0364 朝顏
我が宿の 花葉にのみ 寢蝶の 如何なる朝か 他よりは來る
佚名
0365 牽牛子
忘れにし 人更にも 戀しきか 無下に來じとは 思物から
佚名
0366 蘭
秋野に 花云ふ花を 折つれば 侘しらにこそ 蟲も鳴きけれ
佚名
0367 刈萱
白露の 懸るか軈て 消えざらば 草葉ぞ玉の 櫛笥ならまし
壬生忠岑
0368 萩花
山川は 木葉流れず 淺瀨を 堰けば淵とぞ 秋は成るらむ
壬生忠岑
0369 松蟲
瀧瀨の 中に玉積む 白浪は 流るる水を 緒にぞ貫きける
壬生忠岑
0370 蜩 【○古今集0771。】
今來むと 言ひて別れし 朝より 思暮しの 音をのみぞ泣く
君約將復來 朝別思慕至日暮 吾伴蜩蟬鳴 庭間四下無他聲 唯有蜩鳴我泣音
壬生忠岑
0371 【○承前。蜩。古今集1101。】
杣人は 宮木引くらし 足引の 山山彥 聲響むなり
杣人樵夫者 牽引精材作宮木 呼聲合暮蜩 迴盪足引峻山間 響徹深山處處聞
紀貫之
0372 【○承前。蜩。】
松音は 秋調に 聞ゆなり 高く責上げて 風ぞ彈くらし
紀貫之
0373 一本菊
徒也と 人抵牾來る 物しもそ 花邊を 過難にする
藤原輔相
0374 蘇芳苔
鶯の 巢は動けども 主も無し 風に任せて 何地行ぬらむ
藤原輔相
0375 大和 【○續古今1916。】
古道に 我や惑はむ 古の 野中草は 茂合ひにけり
藤原輔相
0376 印南野
住吉の 岡松笠 差しつれば 雨は降るとも 否蓑は著じ
藤原輔相
0377 栗栖野
白浪の 打掛くる洲の 乾かぬに 我が袂こそ 劣らざりけれ
藤原輔相
0378 木島に尼詣たりけるを見て
水も無く 舟も通はぬ 此島に 爭でか海士の 生海布苅るらむ
藤原輔相
0379 淀川
植ていにし 人も見無くに 秋萩の 誰見よとかは 花咲くらむ
在原元方
0380 【○承前。淀川。古今集0461。】
足引の 山邊に居れば 白雲の 如何に為よとか 晴る時無き
足曳勢險峻 閒居山畔淀川邊 昂首眺白雲 白雲欲我作何為 曇久不散蔽蒼天
紀貫之
0381 小川橋
筑紫より 此處迄來れど 裹も無し 太刀緒革の 端のみぞ有る
在原業平朝臣
0382 熊野藏と云ふ山寺に賀緣法師の宿て侍けるに、住持し侍ける法師に歌詠めと言ひければ詠める
身を捨てて 山に入にし 我為れば 熊喰らはむ 事も覺えず
佚名
0383 犬飼御湯
鳥子は 未だ雛ながら 立ちて行ぬ 卵の見ゆるは 巢守也けり
佚名
0384 荒船御社
莖も葉も 皆綠なる 深芹は 洗ふ根のみや 白く見ゆらむ
藤原輔相
0385 名取郡
徒也な 鳥冰に 降居るは 下より解くる 事は知らぬか
源重之
0386 名取御湯
覺束無 雲通路 見てしがな 鳥のみ行けば 跡捗も無し
平兼盛
0387 三函御湯
飽かずして 別るる人の 住里は 然は此見ゆる 山彼方か
佚名
0388 筒御嶽
篝火の 所定めず 見えつるは 流れつつのみ 焚けばなりけり
紀輔時
0389 杜松
神奈備の 三室岸や 崩るらむ 龍田川の 水濁れる
高向草春
0390 橒木
怒豬の 石を含みて 噛來しは 象牙にこそ 劣らざりけれ
藤原輔相
0391 花柑子
五月雨に 成らぬ限は 郭公 何かは鳴かむ 忍許に
仙慶法師
0392 桃
志 深時には 底藻も 潛出ぬる 物にぞ有ける
藤原輔相
0393 榛
面影に 屢屢見ゆる 君為れど 戀しき事ぞ 時ぞとも無き
佚名
0394 練柿
古は 驕れりしかど 侘びぬれば 舍人が衣も 今は著つべし
藤原輔相
0395 尾張米
池を張り 込めたる水の 多かれば 井樋口より 餘るなるべし
藤原輔相
0396 松茸
足引の 山下水に 濡れにけり 其火先焚け 衣焙らむ
藤原輔相
0397 【○承前。松茸。】
厭へども 辛き形見を 見る時は 先づ猛からぬ 音こそ泣かるれ
藤原輔相
0398 蘴
山高み 花色をも 見るべきに 憎く立ちぬる 春霞哉
藤原輔相
0399 蒟蒻
野を見れば 春めきにけり 青葛 籠にや組ままし 若菜摘むべく
藤原輔相
0400 糵豆
漁為し 海人教し 何方ぞや 島迴る迚 在と言ひしは
高岳相如
0401 雉雄鳥
河岸の 躍下るべき 所在らば 憂に死せぬ 身は投げてまし
藤原輔相
0402 山雀
紅葉に 衣色は 染みにけり 秋山から 巡來し間に
藤原輔相
0403 鷃
何とかや 莖姿は 思ほえで 恠く花の 名こそ忘るれ
藤原輔相
0404 鶫
我が心 怪く徒に 春來れば 花に付く身と 何どでなりけむ
大伴黑主
0405 【○承前。鶫。古今集假名序。】
咲花に 思付く身の 味氣無さ 身に疾病の 入るも知らずて
妍花甚美麗 此身感之心見奪 殘命無所己 猶鳥莫知狩人矢 今無由知病疾重
大伴黑主
0406 燕
難波津は 暗めにのみぞ 舟は付く 朝風の 定無ければ
藤原輔相
0407 鰚
御吉野も 若菜摘むらむ 我妹子が 檜原霞みて 日數經ぬれば
清原元輔
0408 鮭搦
絁は 裂絡みてぞ 人は著る 尋や足らぬと 思ふ成べし
藤原輔相
0409 火乾鮎
雲迷ひ 星搖くと 見えつるは 螢空に 飛ぶにぞ有ける
藤原輔相
0410 押鮎
鷂鷹の 招餌に為むと 搆へたる 押機搖がす勿 鼠捕るべく
藤原輔相
0411 裹燒
我妹子が 身を捨てしより 猿澤の 池堤や 君は戀しき
藤原輔相
0412 鰭煎
此家は 賣るか入ても 見てし哉 主ながらも 買はむとぞ思ふ
源重之
0413 細螺
吾妻にて 養はれたる 人子は 舌訛みてこそ 物は言ひけれ
佚名
0414 黃菜
春風の 今朝早ければ 鶯の 花衣も 綻びにけり
佚名
0415 糫餅
霞分け 今雁歸る 物為らば 秋來る迄は 戀や渡らむ
佚名
0416 栃、野老、橘
思共 所も變へず 住みへなむ 立離れなば 戀しかるべし
藤原輔相
0417 朽葉色折敷
足引の 山木葉の 落朽ちば 色惜きぞ 哀也ける
藤原輔相
0418 鼎
津國の 難波渡に 作る田は 葦か苗かと 得こそ見判ね
藤原輔相
0419 空車
鷹飼の 未だも來無くに 繋犬の 離れて行かむ 汝來る待つ程
藤原輔相
0420 斑鳩騅
事ぞとも 聞きだに判ず 理無も 人怒るが 逃やしなまし
凡河內躬恒
0421 鼠琴腹に子を產みたるを
年を經て 君をのみこそ 寢住みつれ 異腹にやは 子をば生むべき
藤原輔相
0422 月衣を著て侍けるに
久方の 月衣をば 著たれども 光は添はぬ 我が身也けり
藤原輔相
0423 象牙筥
世と共に 鹽燒海人の 絕えせねば 渚木葉 焦れてぞ散る
藤原輔相
0424 長莚
鶯の 鳴かむ代には 我ぞ鳴く 花匂や 暫し留ると
藤原輔相
0425 豹皮
底邊鵜の 川浪分けて 入ぬるか 待つ程過ぎて 見えずも有哉
藤原輔相
0426 鹿皮行滕
彼川の 向脛過ぎて 深からば 渡らで唯に 歸る許ぞ
藤原輔相
0427 庚申
彼江去る 舟待て暫し 言問はむ 沖白浪 未立たぬ間に
藤原輔相
0428 辛と云事を
小壯鹿の 友惑はせる 聲すなり 妻や戀しき 秋山邊に
惠慶法師
0429 子、丑、寅、卯、辰、巳
一夜寢て 憂と等こそは 思ひけめ 浮名立つみぞ 侘しかりける
佚名
0430 午、未、申、酉、戌、亥
生れより 櫃じ作れば 山に去る 獨行ぬるに 人居て在せ
佚名
0431 四十九日
秋風の 四方山より 己自自 吹くに散りぬる 紅葉悲しな
藤原輔相