拾遺和歌集 卷第三 秋歌
0137 秋初めに詠侍ける
夏衣 未一重なる 轉寢に 心して吹け 秋初風
安法法師
0138 題知らず
秋は來ぬ 龍田山も 見てしがな 時雨ぬ先に 色や變ると
佚名
0139 延喜御時御屏風に
荻葉に 戰ぐ音こそ 秋風の 人に知らるる 始也けれ
紀貫之
0140 河原院にて荒れたる宿に秋來ると云ふ心を人人詠侍けるに 【○百人一首0047。】
八重葎 繁れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は來にけり
荒蕪雜草生 八重葎茂家門間 其景何其寂 不見人影無人跡 唯有秋來慘戚戚
惠慶法師
0141 題知らず 【○萬葉集1555。】
秋立ちて 幾日も有らねど 此寢ぬる 朝明風は 袂凉しも
自立秋以來 未經幾日時不遠 此寢甚好眠 朝明之風帶清冽 呼嘯秋意手腕涼
安貴王
0142 延喜御時屏風歌に
彥星の 妻待つ宵の 秋風に 我さへ文無 人ぞ戀しき
凡河內躬恒
0143 【○承前。延喜御時御屏風。】
秋風に 夜更行けば 天川 河瀨に浪の 立居こそ待て
紀貫之
0144 題知らず 【○萬葉集2055。】
天川 遠渡りに 非ねども 君が船出は 年にこそ待て
銀漢清且淺 相去不遠復幾許 盈盈一水間 何以待君出舟者 苦俟經年難相會
柿本人麿 柿本人麻呂
0145 【○承前。無題。萬葉集2018。】
天川 去年渡の 移へば 淺瀨踏間に 夜ぞ更けにける
銀河天之川 去年涉水之所渡 川瀨既遷矣 踏破鐵鞋覓淺瀨 須臾良宵夜已深
柿本人麿 柿本人麻呂
0146 【○承前。無題。】
小夜更けて 天川をぞ 出て見る 思樣なる 雲や渡ると
佚名
0147 【○承前。無題。萬葉集1544。】
彥星の 思增らむ 事よりも 見る我苦し 夜更行けば
雖知古昔話 較於惻隱彥星事 見彼牽牛星 吾人心苦逢瀨短 哀惜宵去夜將更
湯原王
0148 【○承前。無題。萬葉集3657。】
年に有て 一夜妹に逢ふ 彥星も 我に勝りて 思ふらむやぞ
縱令一年間 唯有一夜與妻逢 牛郎彥星者 縱令其人憂思者 戀慕豈能勝我哉
人麿 柿本人麻呂
0149 延喜御時月次御屏風に
織女に 脫ぎて貸つる 唐衣 甚淚に 袖や濡るらむ
紀貫之
0150 右衞門督源清蔭家の屏風に
一年に 一夜と思へど 七夕の 逢見む秋の 限無き哉
紀貫之
0151 右兵衛督藤原懷平家の屏風に
徒に 過ぐる月日を 織女の 逢夜數と 思はましかば
惠慶法師
0152 七夕庚申に當りて侍ける年
甚しく 寐も寢ざるらむと 思哉 今日の今宵に 逢へる織女
清原元輔
0153 題知らず
逢見ても 逢はでも歎く 織女は 何時か心の 長閑かるべき
佚名
0154 【○承前。無題。】
我が祈る 事は一つぞ 天川 空に知りても 違へざらなむ
佚名
0155 【○承前。無題。】
君來ずは 誰に見せまし 我が宿の 垣根に咲ける 朝顏花
佚名
0156 【○承前。無題。】
女郎花 多かる野邊に 花薄 孰れを指して 招くなるらむ
佚名
0157 【○承前。無題。】
手も懈く 植しも驗く 女郎花 色故君が 宿りぬる哉
佚名
0158 【○承前。無題。】
口無の 色をぞ賴む 女郎花 花に愛つと 人に語る莫
小野宮太政大臣 藤原實賴
0159 女郎花多く咲ける家に罷りて
女郎花 匂邊りに 睦るれば 文無く露や 心置くらむ
大中臣能宣
0160 題知らず
白露の 置端にする 女郎花 甚切煩はし 人莫手觸れそ
佚名
0161 嵯峨に前栽堀りに罷りて
日暮しに 見れども飽かぬ 女郎花 野邊にや今宵 旅寢しなまし
藤原長能
0162 八月許に雁聲待つ歌詠侍けるに
荻葉も 稍打戰ぐ 程成るに 何ど雁鳴の 音無かるらむ
惠慶法師
0163 齋院屏風に
狩にとて 來べかりけりや 秋野の 花見る程に 日も暮ぬべし
佚名
0164 題知らず
秋野の 花名立てに 女郎花 狩にのみ來む 人に折らるな
佚名
0165 【○承前。無題。】
狩にとて 我は來つれど 女郎花 見るに心ぞ 思付きぬる
紀貫之
0166 陽成院御屏風に、小鷹狩したる所
狩にのみ 人見ゆれば 女郎花 花袂ぞ 露けかりける
紀貫之
0167 亭子院御前に前栽植ゑさせ給ひて、玆詠めと仰言有ければ 【○後撰集0280。】
栽立て 君が標結ふ 花為れば 玉と見えてや 露も置くらむ
伊勢
0168 題知らず
來で過ぐす 秋は無けれど 初雁の 聞く度每に 珍しき哉
佚名
0169 少將に侍ける時、駒迎へに罷りて
逢坂の 關岩角 踏平し 山立出る 桐原駒
大貳 藤原高遠
0170 延喜御時月次御屏風に
逢坂の 關清水に 影見えて 今や引くらむ 望月駒
紀貫之
0171 屏風に、八月十五夜、池有る家に人遊びしたる所
水面に 照月浪を かぞふれば 今宵ぞ秋の最中也ける
源順
0172 水に月宿て侍けるを
秋月 浪底にぞ 出にける 待つらむ山の 甲斐や無からむ
大中臣能宣
0173 廉義公家の紙繪に、秋月面白き池有る家在る所
秋月 西に在るかと 見えつるは 更行く夜半の 影にぞ有ける
源景明
0174 圓融院御時、八月十五夜描ける所に
飽かずのみ 思ほえむをば 如何む 如是こそは見め 秋夜月
清原元輔
0175 延喜御時八月十五夜藏人所殿上人月宴し侍けるに
此處にだに 光清けき 秋月 雲上こそ 思遣らるれ
藤原經臣
0176 同御時、御屏風に
何處にか 今宵月の 見えざらむ 飽かぬは人の 心也けり
凡河內躬恒
0177 題知らず
終夜 見てを明かさむ 秋月 今宵空に 雲無からなむ
平兼盛
0178 廉義公家にて、草叢の夜蟲と云ふ題を詠侍ける
覺束無 何處鳴るらむ 蟲音を 尋ねば草の 露や亂れむ
藤原為賴
0179 前栽に鈴蟲を放侍て
何處にも 草枕を 鈴蟲は 此處を旅とも 思はざらなむ
伊勢
0180 屏風に
秋來れば 機織る蟲の 有る共に 唐錦にも 見ゆる野邊哉
紀貫之
0181 題知らず 【○後撰集0259。】
契けむ 程や過ぎぬる 秋野に 人松蟲の 聲絕えせぬ
佚名
0182 【○承前。無題。】
露けくて 我が衣手は 濡れぬとも 折りてを行かむ 秋萩花
凡河內躬恒
0183 亭子院御屏風に
移ろはむ 事だに惜しき 秋萩に 折れぬ許も 置ける露哉
伊勢
0184 三條后宮の裳著侍ける屏風に、九月九日所
我が宿の 菊白露 今日每に 幾世積りて 淵と成るらむ
清原元輔
0185 題知らず
長月の 九日每に 摘む菊の 花も甲斐無く 老いにける哉
凡河內躬恒
0186 右大將定國家の屏風に 【○古今集0361。】
千鳥鳴く 佐保川霧 立ちぬらし 山木葉も 色變行く
千鳥發鳴啼 佐保川上霧瀰漫 今日河霧起 佐保山間木葉者 漸變其色化錦紅
壬生忠岑
0187 延喜御時の御屏風に
風寒み 我が唐衣 打つ時ぞ 萩下葉も 色增りける
紀貫之
0188 三百六十首中に
神奈備の 御室山を 今日見れば 下草掛けて 色付きにけり
曾禰好忠
0189 題知らず 【○古今集0251。】
紅葉為ぬ 常磐山は 吹風の 音にや秋を 聞渡るらむ
常綠不褪紅 年中長青常磐山 傾聽其吹風 颼音之間帶秋意 令人聞風能知秋
大中臣能宣
0190 【○承前。無題。】
紅葉為ぬ 常磐山に 棲鹿は 己鳴きてや 秋を知るらむ
大中臣能宣
0191 【○承前。無題。】
秋風の 打吹每に 高砂の 尾上鹿の 鳴かぬ日ぞ無き
佚名
0192 【○承前。無題。】
秋風を 背く物から 花薄 行方を何ど 招くなるらむ
佚名
0193 初瀨へ詣侍ける道に、佐保山下に罷宿て、朝に霧立渡りて侍ければ
紅葉見に 宿れる我と 知らねばや 佐保川霧 立隱すらむ
惠慶法師
0194 題知らず
紅葉の 色をし添へて 流るれば 淺くも見えず 山川水
佚名
0195 大井川に人人罷りて歌詠侍けるに
紅葉を 今日は猶見む 暮れぬとも 小倉山の 名には障らじ
大中臣能宣
0196 題知らず
秋霧の 立たまく惜しき 山路哉 紅葉錦 織積りつつ
佚名
0197 大井川に紅葉流るるを見て
水綾に 紅葉錦 重ねつつ 川瀨浪の 立たぬ日ぞ無き
健守法師
0198 西宮左大臣家の屏風に、志賀山越えに壺裝束したる女共紅葉等有る所に 【○拾遺集1139。】
名を聞けば 昔ながらの 山為れど 時雨るる秋は 色增りけり
源順
0199 東山に紅葉見に罷りて、又日の務めて罷歸るとて詠侍ける
昨日より 今日は增れる 紅葉の 明日色をば 見でや止みなむ
惠慶法師
0200 天曆御時、殿上人紅葉見に大井川に罷りけるに
紅葉を 手每に折りて 歸りなむ 風心も 後目たきに
源延光朝臣大納言
0201 【○承前。天曆御時,殿上人罷大井川觀紅葉時。】
枝ながら 見てを歸らむ 紅葉は 折らむ程にも 散りもこそすれ
源兼光 【先祖不見。大藏少輔景明父。】
0202 題知らず
河霧の 麓を籠めて 立ちぬれば 空にぞ秋の 山は見えける
清原深養父
0203 竹生島に詣侍ける時、紅葉影の水に映りて侍ければ 【○金葉集三奏本0247。】
水海に 秋山邊を 映しては 端張廣き 錦とぞ見る
法橋觀教 【後大僧都延曆寺。】
0204 二條右大臣粟田山里の障子繪に、旅人紅葉下に宿りたる所
今よりは 紅葉下に 宿為じ 惜むに旅の 日數經ぬべし
惠慶法師
0205 題知らず
訪人も 今は嵐の 山風に 人待つ蟲の 聲ぞ悲しき
佚名
0206 延喜御時中宮御屏風に
散りぬべき 山紅葉を 秋霧の 易くも見せず 立隱すらむ
紀貫之
0207 題知らず
秋山の 嵐聲を 聞く時は 木端為らねど 物ぞ悲しき
僧正遍昭
0208 【○承前。無題。後撰集0407。】
秋夜に 雨と聞えて 降物は 風に從ふ 紅葉也けり
紀貫之
0209 【○承前。無題。】
心以て 散らむだにこそ 惜からめ 何どか紅葉に 風吹くらむ
紀貫之
0210 嵐山許を罷りけるに、紅葉甚散侍ければ
朝夙 嵐山の 寒ければ 紅葉錦 著ぬ人ぞ無き
右衞門督 藤原公任
0211 題知らず
秋霧の 峯にも尾にも 立つ山は 紅葉錦 溜らざりけり
大中臣能宣
0212 大井川に紅葉流るるを見侍て
色色の 木葉流るる 大井川 下は桂の 紅葉とや見む
壬生忠岑
0213 題知らず
招くとて 立ちも止まらぬ 秋故に 哀片寄る 花薄哉
曾禰好忠
0214 暮秋、重之が消息して侍ける返事に
暮て行く 秋形見に 置物は 我が元結の 霜にぞ有ける
平兼盛