拾遺和歌集 卷第二 夏歌
0079 天曆御時歌合に
鳴聲は 未聞かねども 蟬羽の 薄衣は 裁ちぞ著てける
大中臣能宣
0080 屏風に
我が宿の 垣根や春を 隔つらむ 夏來にけりと 見ゆる卯花
源順
0081 冷泉院の東宮に御座しましける時、百首歌奉れと仰せられければ
花色に 染めし袂の 惜ければ 衣換憂き 今日にも有哉
源重之
0082 夏初めに詠侍ける
花散ると 厭ひし物を 夏衣 裁つや遲きと 風を待哉
盛明親王
0083 百首歌中に
夏にこそ 咲懸りけれ 藤花 松にとのみも 思ひける哉
源重之
0084 圓融院御時御屏風歌
住吉の 岸藤浪 我が宿の 春梢に 色は勝らじ
平兼盛
0085 【○承前。圓融院御時屏風歌。】
紫の 藤咲く松の 梢には 元綠も 見えずぞ有ける
源順
0086 延喜御時飛香舍にて藤花宴侍ける時に
薄く濃く 亂れて咲ける 藤花 等しき色は 非じとぞ思ふ
小野宮太政大臣 藤原實賴
0087 題知らず
手も觸れで 惜む甲斐無く 藤花 底に映れば 浪ぞ折りける
凡河內躬恒
0088 田子浦の藤花を見侍て 【○萬葉集4200。】
田子浦の 底さへ匂ふ 藤浪を 釵して行かむ 見ぬ人の為
布勢田子浦 映照水底增豔色 絢麗藤浪矣 折枝髻首而歸者 奉為未得見人也
柿本人麿 柿本人麻呂
0089 山里卯花に鶯鳴侍けるを
卯花を 散りにし梅に 紛へてや 夏垣根に 鶯鳴く
平公誠
0090 題知らず
卯花の 咲ける垣根は 陸奧の 籬島の 浪かとぞ見る
佚名
0091 延喜御時月次御屏風に
神祭る 卯月に咲ける 卯花は 白くも巫が 精げたる哉
凡河內躬恒
0092 【○承前。延喜御時月次御屏風上。】
神祭る 宿卯花 白妙の 御幣かとぞ 誤たれける
紀貫之
0093 題知らず
山賤の 垣根に咲ける 卯花は 誰が白妙の 衣掛けしか
佚名
0094 【○承前。無題。後撰集0153。】
時別かず 降れる雪かと 見る迄に 垣根も撓に 咲ける卯花
佚名
0095 【○承前。無題。】
春掛けて 聞かむともこそ 思ひしか 山郭公 遲鳴くらむ
佚名
0096 【○承前。無題。】
初聲の 聞か真欲さに 時鳥 夜深く目をも 覺しつる哉
佚名
0097 夏山を越ゆとて 【○萬葉集0074。】
家に來て 何を語らむ 足引の 山霍公鳥 一聲欲得
一旦返家時 當與親人語何哉 足曳勢險峻 山嶺霍公鳥也者 冀汝一喧為言草
久米廣繩
0098 延喜御時御屏風に
山里に 知人欲得 郭公 鳴きぬと聞かば 告げに來るがに
紀貫之
0099 題知らず
山里に宿らざりせば 郭公 聞人も無き 音をや鳴かまし
佚名
0100 天曆御時歌合に 【○金葉集三奏本0117。】
髣髴にぞ 鳴渡るなる 時鳥 御山を出る 今朝初聲
坂上望城
0101 【○承前。天曆御時歌合。】
御山出て 夜半にや來つる 時鳥 曉掛けて 聲聞こゆる
平兼盛
0102 寬和二年內裏歌合に
都人 寢て待つらめや 郭公 今ぞ山邊を 鳴きて出なる
右大將藤原道綱母
0103 女四內親王家歌合に
山賤と 人は言へども 郭公 待つ初聲は 我のみぞ聞く
坂上是則
0104 天曆御時歌合に
小夜更けて 寢覺ざりせば 時鳥 人傳にこそ 聞くべかりけれ
壬生忠見
0105 同御時の御屏風に 【○後撰集0172。】
二聲と 聞くとは無しに 時鳥 夜深く目をも 覺しつる哉
伊勢
0106 北宮裳著の屏風に
行きやらで 山路暮しつ 時鳥 今一聲の 聞か真欲さに
源公忠朝臣
0107 敦忠朝臣家の屏風に
此里に 如何なる人か 家居して 山霍公鳥 絕えず聞くらむ
紀貫之
0108 延喜御時歌合に
五月雨は 近くなるらし 淀河の 菖蒲草も 水草生ひにけり
佚名
0109 屏風に
昨日迄 餘所に思ひし 菖蒲草 今日我が宿の 妻と見哉
大中臣能宣
0110 題知らず
今日見れば 玉臺も 無かりけり 菖蒲草の 庵のみして
佚名
0111 【○承前。無題。】
足引の 山霍公鳥 今日とてや 菖蒲草の 音に立てて鳴く
延喜御製 醍醐帝
0112 【○承前。無題。】
誰が袖に 思寄へて 郭公 花橘の 枝に鳴くらむ
佚名
0113 天曆御時、御屏風に淀渡する人描ける所に
何方に 鳴きて行くらむ 郭公 淀渡の 未夜深きに
壬生忠見
0114 【○承前。天曆御時御屏風所繪淀渡人之所。】
敷ける如 真菰生ふる 淀野には 露宿を 人ぞ借りける
壬生忠見
0115 小野宮大臣家の屏風に、渡りしたる所に郭公鳴きたる形有るに
彼方に 速漕寄せよ 時鳥 道に鳴きつと 人に語らむ
紀貫之
0116 定文家歌合に
郭公 若返鳴け 童女が 打垂髮の 五月雨空
凡河內躬恒
0117 題知らず
鳴けや鳴け 高田山の 時鳥 此五月雨に 聲莫惜しみそ
佚名
0118 【○承前。無題。】
五月雨は 寐こそ寢られね 時鳥 夜深く鳴かむ 聲を待つとて
佚名
0119 【○承前。無題。】
別樣人 思はむ物を 郭公 夜しもなどか 我が宿に鳴く
佚名
0120 【○承前。無題。萬葉集1484。】
時鳥 甚勿啼きそ 獨居て 寐寢られぬに 聞けば苦しも
嗚呼霍公鳥 汝莫甚鳴啼如此 形單影隻而 孤居就寢難眠時 聞汝悲鳴心更苦
大伴坂上郎女
0121 【○承前。無題。】
夏夜の 心を知れる 時鳥 早も鳴かなむ 明けもこそすれ
中務
0122 【○承前。無題。】
夏夜は 浦島子が 箱是れや 儚く明けて 悔しかるらむ
中務
0123 延喜御時、中宮歌合に
夏來れば 深草山の 時鳥 鳴聲繁く 成增さるかな
佚名
0124 春宮に侍ひける繪に、倉橋山に時鳥飛渡る所
五月闇 倉橋山の 時鳥 覺束無くも 鳴渡る哉
藤原實方朝臣
0125 題知らず 【○萬葉集1981。】
時鳥 鳴くや五月の 短夜も 獨し寢れば 明かし兼ねつも
杜鵑霍公鳥 所以鳴兮五月天 縱令夏夜短 若是孤寢獨宿者 仍恨夜長天難明
佚名
0126 西宮左大臣家の屏風に
時鳥 待つに付けてや 灯する 人も山邊に 夜を明すらむ
源順
0127 延喜御時、月次御屏風に
五月山 木下闇に 點す火は 鹿立處の 標也けり
紀貫之
0128 九條右大臣家の賀の屏風に
恠くも 鹿立處の 見えぬ哉 小倉山に 我や來ぬらむ
平兼盛
0129 女四內親王家の屏風に
行末は 未だ遠けれど 夏山の 木下蔭は 立憂かりけり
凡河內躬恒
0130 延喜御時、御屏風に
夏山の 蔭を茂みや 玉鉾の 道行人も 立止るらむ
紀貫之
0131 河原院の泉許に凉侍て
松蔭の 岩井水を 結上て 夏無き年と 思ひける哉
惠慶法師
0132 家に咲きて侍ける撫子を人許遣はしける
何方にも 咲きはすらめど 我が宿の 大和撫子 誰に見せまし
伊勢
0133 題知らず
底清み 流るる川の 清かにも 祓ふる事を 神は聞かなむ
佚名
0134 【○承前。無題。】
蠅聲為す 荒振神も 押並べて 今日は和しの 祓也けり
藤原長能
0135 【○承前。無題。後拾遺0232。】
紅葉為ば 赤く成りなむ 小倉山 秋待程の 名にこそ有けれ
佚名
0136 右大將定國の四十賀に、內より屏風調じて給ひけるに
大荒木の 森下草 茂合ひて 深くも夏の 成にける哉
壬生忠岑