續拾遺和歌集 卷第十九 釋教歌
1341 華嚴經之心を詠ませ給ひける
谷戶は 未開遣らず 思ふらむ 高峯には 日影射す也
後嵯峨院御製
1342 法華經序品、未嘗睡眠之心を
寢る夜無く 法を求むる 人も有るを 夢中にて 過ぐる身ぞ憂き
選子內親王
1343 十如是之心を詠侍りける中に、如是性を
樣樣に 生まれ來にける 世世も皆 同じ月こそ 胸に澄みけれ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1344 本末究竟等
末露 本雫を 一つぞと 思果てても 袖は濡れけり
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1345 【○承前。本末究竟等。】
淺茅生や 交る蓬の 末葉迄 本心の 變りやはする
前中納言 藤原定家
1346 止宿草庵
草庵に 年經し程の 心には 露掛からむと 思掛けきや
選子內親王
1347 【○承前。止宿草庵。】
如何にして 都外の 草庵に 暫しも止る 身と成りにけむ
前大僧正慈鎮
1348 無上寳聚、不求自得
迷ひける 心も晴るる 月影に 求めぬ玉や 袖に映りし
皇太后宮大夫 藤原俊成
1349 五百弟子品
立歸り 解かずば如何 唐衣 裏に掛けたる 玉も知らまし
祐盛法師
1350 【○承前。五百弟子品。】
集置く 窗螢よ 今よりは 衣玉の 光とも為れ
天台座主公豪
1351 人記品
古は 己が樣樣 在しかど 同山にぞ 今は入りぬる
少僧都源信
1352 柔和忍辱衣
我が為に 憂きを忍ぶの 摺衣 亂れぬ色や 心為るらむ
藤原伊信朝臣
1353 寳塔品
古も 今も變らぬ 月影を 雲上にて 眺めてしがな
後嵯峨院御製
1354 提婆品
求めける 御法道の 深ければ 冰を叩く 谷川水
前中納言 藤原定家
1355 我不愛身命
消易き 我身に替へて 尋見む 妙なる法の 道芝露
權大僧都乘雅
1356 壽量品
世世經りて 絕えぬ誓ひの 有數に 積れる塵の 程ぞ久しき
法眼源承
1357 【○承前。壽量品。】
鷲山 曇る心の 無かりせば 誰も見るべき 有明月
西行法師 佐藤義清
1358 我實成佛已來久遠
末遠く 流れし水に 水上の 盡きせぬ程を 知らせつる哉
思順上人
1359 如是展轉教
傳行く 五十末の 山井に 御法水を 汲みて知る哉
前大僧正慈鎮
1360 寳積經、無有小罪我能加、汝自作自來と云ふ心を
一枝も 我やは花に 手も觸れし 尾上櫻 咲けばこそ散れ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
1361 如月半ばの頃、八十賀し侍る序に、釋教之心を
法道 跡踏む甲斐は 無けれども 我も八十の 春に逢ひぬる
蓮生法師
1362 雙林入滅
二月や 薪盡きにし 春を經て 遺る煙は 霞也けり
圓空上人
1363 【○承前。雙林入滅。】
如何に為む 其望月ぞ 曇りぬる 鶴林の 夜半煙に
前大僧正慈鎮
1364 舍利を拜奉りて
別れけむ 昔に逢はぬ 淚こそ 等閑為らず 悲しかりけれ
赤染衛門
1365 舍利講序に
吹返す 衣裏の 秋風に 今日しも玉を 懸くる白露
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1366 金剛般若經、不應取法、不應取非法の心を
人身も 我身も虛し 空蟬の 誰が憂世とて 音をば鳴くらむ
權僧正實伊
1367 一切賢聖、皆以無為法而有差別
飛鳥川 同流の 水も尚 淵瀨は流石 有とこそ聞け
法印公譽
1368 應無所住而生其心
哀也 雲居を渡る 初鴈も 心有ればぞ 音をば啼くらむ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
1369 三論三假相續假之心を
待出でて 幾度月を 眺むとも 思晴れずば 甲斐や無からむ
佚名 讀人知らず
1370 檀波羅蜜を
里判かず 眺むる人の 袖每に 影も惜しまぬ 山端月
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
1371 心月輪之心を詠みて心海上人に遣はしける
胸中の 曇らぬ月に 映してぞ 深御法を 心とは知る
按察使 藤原隆衡
1372 返し
胸中に 澄む月影の 外に復 深御法の 心やはある
心海上人
1373 釋教歌の中に
胸裡に 有りとも知らぬ 昔だに 徒にやは見し 秋夜月
慶政上人
1374 佛身法身、猶如虛空、應物現形、如水中月と云へる心を
水面に 光を別けて 宿る也 おなじみ空の 秋夜月
大僧正道寳
1375 譬如淨滿月普現一切水の心を
影は復 數多水に 映れども 澄みける月は 二つとも無し
佚名 讀人知らず
1376 本源清淨大圓鏡之心を
曇無く 心底に 映るらむ 本より清き 法鏡は
法印覺源
1377 妙觀察智
晴曇る 人心の 中迄も 空に照して 澄める月影
法印良覺
1378 【○承前。妙觀察智。】
思別く 六心を 離れては 誠を悟る 道や無からむ
法印最信
1379 慶政上人住侍りける法華山寺にて人人歌詠侍りけるに
今は復 佛為に 手折る哉 老いの髻首の 秋白菊
前內大臣 藤原基家 九條基家
1380 法文之心を四季に寄せて歌詠侍りけるに、しょぶつにょらい、從一之身、現無量阿、僧祇佛刹と云へる心を
色色に 變る梢の 紅葉も 時雨為らでは 染むる物かは
法印良守
1381 法界唯心
色も香も 心中に 有物を 惜しむに如何で 花散るらむ
前權僧正宗性
1382 空即是色之心を
春秋の 花も紅葉も 押並て 空しき色ぞ 誠也ける
前大僧正道玄
1383 二乘成佛之心を
文無くも 非ぬ御山と 思哉 此奧にこそ 花は咲く為れ
法印定圓
1384 弘長元年百首歌奉りける時、釋教
思解く 深江にこそ 知られけれ 水外なる 冰為しとは
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
1385 觀無量壽經、水想觀
水面に 映り映らぬ 影にこそ 澄濁りける 心をば知れ
後嵯峨院御製
1386 定散等迴向、速證無生身
窗月 軒端花の 折折は 心に懸けて 身をや賴まむ
權中納言 藤原經平
1387 在世韋提、滅後凡夫、同被照攝取光明の心を
曇行く 人心の 末世を 昔儘に 照す月影
圓空上人
1388 九品之歌詠侍りける中に、下品下生を
夕日影 射すかと見えて 雲間より 紛はぬ花の 色ぞ近附く
禪空上人
1389 彌陀他力の心を詠みける
縱然らば 我とは指さじ 海士小舟 導く汐の 浪に任せて
信生法師
1390 日本徃生傳を見て詠める
浮世には 名を留めじと 思へども 此人數に 如何で入らまし
法眼俊快
1391 月を見て
羨まし 如何為る空の 月為れば 心儘に 西へ行くらむ
少僧都源信
1392 安養即寂光之心を
西にのみ 住むと莫言ひそ 靜かなる 光隔てぬ 有明月
法印定圓
1393 忙忙六道無定趣之心を
六道 主定めぬ 物故に 誰故鄉と 言始めけむ
蓮生法師
1394 十界歌詠侍りけるに、人界を
受難き 報いの程の 甲斐も無し 信道に 復惑ひなば
法眼源承
1395 高辨上人許に罷りて後に遣はしける
尋來て 信道に 逢ひぬるも 迷ふ心ぞ 導也ける
行圓法師
1396 釋教之心を
古の 水水上 如何にして 一つ流の 澄濁るらむ
藻璧門院少將
1397 【○承前。詠釋教之趣。】
藻刈船 唯同江の 善惡を 分くるぞ代代の 迷也ける
藤原則俊朝臣
1398 【○承前。詠釋教之趣。】
暗くとも 流石光も 有りぬべし 一方為らぬ 法燈火
天台座主公豪
1399 寳治百首歌召しける次に、夜燈
長夜の 心闇も 導為よ 猶殘りける 法燈火
後嵯峨院御製
1400 東にて雨祈りし侍りけるに、程無く降侍りにけるを、人許より兆有る由申したりける返事に
祈りつる 淚に代へて 老いが身の 世に降る雨を 哀とは見よ
前大僧正隆辨
1401 後白河院隱れさせ給ひて又年、法華堂に參りて聞法年久と云ふ事を詠みける
法雨 在し昔に 變らねば 千歲經るとも 絕えじとぞ思ふ
祝部充仲
1402 累代跡變らず御導師に參り侍りける事を思ひて詠侍りける
朽遺る 法言葉 末迄も 捨てぬ惠に 如何で逢ふらむ
法印聖憲
1403 一流書を書き置き侍るとて
谷川の 我が一流 書留めて 絕えざりけりと 人に知らせむ
前權僧正成源
1404 後に是を見て詠侍りける
書留むる 我が一流 末受けて 絕えず傳へむ 谷川水
法印公澄
1405 十戒歌中に、不偷盜戒
主知らで 紅葉は折らじ 白浪の 龍田山の 同名も憂し
前大納言 藤原為家
1406 不邪婬戒
山井の 飽かぬ影見る 外に復 餘れる水を 汲みは濁さじ
藤原信實朝臣