續拾遺和歌集 卷第十七 雜歌中
1172 題知らず
七十の 空しき月日 數ふれば 憂きに堪へたる 身例哉
前中納言 藤原定家
1173 【○承前。無題。】
行末の 覺束無さや 立返り 此世に留る 心為るらむ
左近中將 藤原公衡
1174 【○承前。無題。】
立歸り 道有る世には 成りぬれど 想ふ思の 末や迷はむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1175 述懷之心を
思ふ程 心を人に 知られねば 憂しと云ふにも 理は無し
前大納言 藤原為家
1176 【○承前。詠述懷之趣。】
尋ぬれば 理は無し 兔に角に 人歎を 我が愁へつつ
平泰時朝臣
1177 庄子、知其愚非大愚之心を
愚なる 我身と如何で 知りぬらむ 思別くべき 心為らぬに
權中納言 藤原經平
1178 題知らず
掛からずば 思ひも知らで 指みなまし 我身よりこそ 憂世也けれ
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1179 【○承前。無題。】
在果てぬ 身だに心に 叶はぬに 思外の 世にも古る哉
赤染衛門
1180 【○承前。無題。】
哀等 身に任すべき 心さへ 果て知らぬ世の 習為るらむ
藤原公世朝臣
1181 【○承前。無題。】
兔に角に 憂は此世の 習ぞと 思へば身をも 恨みやはする
平親清女
1182 百首歌奉りし時
儚くぞ 憂は此世の 習とも 理知らで 猶歎きける
入道二品親王性助
1183 題知らず
數為らぬ 身は理と 思へども 猶憂時は 世をぞ恨むる
平宣時
1184 【○承前。無題。】
大方の 習にのみや 慰めむ 我身獨の 浮世為らねば
惟宗忠景
1185 【○承前。無題。】
我袖は 干間も有らじ 世中の 憂きに任する 淚也せば
平時遠
1186 【○承前。無題。】
然ても猶 盡きせぬ物は 數為らで 我身世に降る 淚也けり
藤原則俊朝臣
1187 【○承前。無題。】
憂き物と 思取りにし 身程を 知らで落つるは 淚也けり
權少僧都嚴雅
1188 【○承前。無題。】
知らざりき 袖に流るる 淚川 憂きて思ひの 懸かりける世を
從二位 藤原家隆
1189 寢覺述懷と云ふ事を
何と復 更に淚の 零るらむ 憂きは我身の 寐覺のみかは
按察使 藤原高定
1190 述懷歌とて
何とかは 人にも今は 語るべき 身憂程は 餘所に見ゆらむ
侍從 藤原能清 一條能清
1191 【○承前。詠述懷歌。】
世やは憂き 人やは辛き 大方の 身を思はぬは 心也けり
前內大臣 藤原基家 九條基家
1192 【○承前。詠述懷歌。】
恨むべき 人は宛ら 昔にて 世にも知られぬ 身とぞ成行く
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1193 【○承前。詠述懷歌。】
身上を 思慰む 程ぞ憂き 人を見るにも 例やは有る
右兵衛督 藤原基氏 園基氏
1194 【○承前。詠述懷歌。】
何事も 世世報と 思ふにぞ 人辛さも 忘られにける
九條前攝政右大臣 藤原忠家
1195 【○承前。詠述懷歌。】
前世の 報悲しき 身程を 知らず顏にや 復歎くべき
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
1196 【○承前。詠述懷歌。】
在とても 今幾程の 行末に 我身獨を 思侘ぶらむ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
1197 後法性寺入道前關白家百首歌に
思置く 事だに無くば 兔に角に 惜しかるべくも 亡き命哉
俊惠法師
1198 題知らず
何事も 思捨てたる 身ぞ易き 命許に 世をば任せて
前內大臣 藤原基家 九條基家
1199 【○承前。無題。】
何事を 世には待つべき 命とて 長く欲得と 身を思ふらむ
從三位 藤原忠兼 楊梅忠兼
1200 【○承前。無題。】
限有る 命為らずば 世憂さに 堪へても物を 思はざらまし
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1201 【○承前。無題。】
長らへて 生けるを今は 歎く哉 憂は命の 咎為らねども
惟宗行經
1202 【○承前。無題。】
身程の 憂きをも知らで 由緣無きは 猶長らふる 命也けり
法印教範
1203 【○承前。無題。】
待事の 兔にも角にも 有らばこそ 永らへばやと 身をも思はめ
心圓法師
1204 【○承前。無題。】
今は我 年の殘を 然りともと 賴めし程の 慰めも無し
源兼朝
1205 【○承前。無題。】
行末を 賴みて世をも 過ぐす哉 憂きをば餘所に 思作しつつ
藤原時景
1206 【○承前。無題。】
行末も 猶來し方に 變らずば 憂きに添へてや 老を歎かむ
權大僧都乘雅
1207 【○承前。無題。】
數數に 待たれし事は 空しくて 老ぞ身を知る 始也ける
法印公朝
1208 【○承前。無題。】
老いぬとて 脆き淚は 曇れども 心は月に 澄增さりけり
靜仁法親王
1209 【○承前。無題。】
如何に為む 慰む月の 情けだに 復身に厭ふ 老と成りぬる
藤原信實朝臣
1210 弘長元年百首歌奉りける時
老いぬとて 身をも歎かじ 有明の 月も盛の 頃は過ぎにき
常盤井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
1211 述懷歌中に
見る儘に 老影こそ 悲しけれ 六十餘の 有明月
前大僧正隆辨
1212 【○承前。述懷歌中。】
憂物と 老いの寐覺を 聞きしかど 如是てぞ見ける 有明月
藤原長綱
1213 【○承前。述懷歌中。】
聞別かぬ 木綿付鳥の 聲よりも 老いの寐覺ぞ 時は定むる
藤原信實朝臣
1214 【○承前。述懷歌中。】
哀也 老いの寐覺の 鳥音に 今幾度か 夜を殘すべき
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1215 題知らず
何時と無く 今は習の 寐覺にて 老いて知らるる 曉空
後嵯峨院御製
1216 老後述懷と云ふ事を
老いらくの 鏡山の 面影は 戴く雪の 色や添ふらむ
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定
1217 同心を
憂事は 元身にして 老いらくの 影のみ變る 真澄鏡哉
源仲業
1218 寄鏡述懷
影映す 鏡を何と 恨むらむ 老いは我が身に 變る姿を
平時廣
1219 堀河院に百首歌奉りける時
老いらくの 影見る度に 真澄鏡 猶昔こそ 戀しかりけれ
藤原基俊
1220 述懷之心を
然りともと 昔は末を 賴來て 老ぞ歎きの 限也ける
正三位 藤原知家
1221 百首歌奉りし時
行年の 積る許と 思ひしに 老いは淚の 數も添ひけり
侍從 藤原能清 一條能清
1222 題知らず
立寄れば 袖こそ濡るれ 年經ぬる 身さへ老蘇の 杜下露
道圓法師
1223 【○承前。無題。】
老いにける 六十年を 數へても 殘無き身を 猶歎く哉
前大僧正承澄
1224 【○承前。無題。】
如是て世に 惜しからぬ身ぞ 年經ぬる 憂や強面き 老と為るらむ
藤原秀茂
1225 述懷歌中に
憂しとても 心一つに 捨遣らで 世に惜まれぬ 身こそ古りぬれ
靜仁法親王
1226 【○承前。述懷歌中。】
大方の 憂世は縱や 厭はれず 身辛さにぞ 袖は濡れける
普光圓入道前關白左大臣 藤原良實 二條良實
1226b 【○承前。述懷歌中。】
知乍ら 厭はぬ世こそ 悲しけれ 我が為辛き 身を思ふとて
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
1227 【○承前。述懷歌中。】
幾度か 心中に 背くらむ 誠に捨てぬ 此世為れども
中務卿 宗尊親王家右衛門督
1228 【○承前。述懷歌中。】
在れば憂く 背けば惜しき 世中を 何時一方に 思定めむ
權少僧都澄舜
1229 【○承前。述懷歌中。】
歎間に 月日ぞ過ぐる 背きても 身を隱すべき 浮世為らねば
藤原長綱
1230 【○承前。述懷歌中。】
何と復 背かれぬ世の 憂き度に 先歎かるる 心為るらむ
大江賴重
1231 【○承前。述懷歌中。】
思事 責めて虛しき 果ては復 心為るべき 世をぞ背かぬ
源兼氏朝臣
1232 百首歌詠侍りける時
其事に 心留ると 無けれども 背くと為らば 世をや惜まむ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
1233 題知らず
心から 歎きけるこそ 悲しけれ 憂きは習の 世をば背かで
丹波尚長朝臣
1234 【○承前。無題。】
捨遣らぬ 心からにや 出でざらむ 憂世關は 守る人も無し
平政村朝臣
1235 述懷之心を
憂き度に 惜しからずとは 厭へとも 捨遣られぬは 我身也けり
中納言 藤原教良 二條教良
1236 【○承前。述懷之趣。】
辛しとて 人を恨みむ 故ぞ無き 我心為る 世をば厭はで
土御門院御製
1237 【○承前。述懷之趣。】
然らでだに 有るにも非ぬ 身程を 無きに作しても 猶や厭はむ
前大納言 藤原基良
1238 【○承前。述懷之趣。】
味氣無や 誰復身をば 思へとて 心にさへも 厭ひはつらむ
寂蓮法師
1239 百首歌奉りし時
憂身ぞと 思始めつる 心より 袖色さへ 非ずなりぬる
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
1240 出家後詠侍りける
如何に我が 結置きける 元結の 霜より先に 變りはつらむ
藤原為顯
1241 百首歌奉りし時
年積る 老とは何か 歎きけむ 憂世を厭ふ 導也けり
入道內大臣 藤原定雅
1242 題知らず
老いてこそ 世を背くとは 思ひしに さてしも年の 猶積る哉
藤原信實朝臣
1243 【○承前。無題。】
偽の 為からむ世をぞ 背くべき 家を出づるも 誠為らねば
藤原信實朝臣
1244 【○承前。無題。】
背かばと 昔思ひし 世中の 猶憂時ぞ 慰めも無き
從三位 藤原忠兼 楊梅忠兼
1245 守覺法親王家五十首歌に
位山 坂行越えて 後にこそ 易くは道に 思入りしか
三條入道左大臣 藤原實房 三條實房