續拾遺和歌集 卷第十五 戀歌五
1024 百首歌奉りし時
行年の 空しき袖は 浪越えて 契りし末の 待つ甲斐ぞ無き
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
1025 位に御座しましける時、殿上人、寄海戀と云ふ事を仕奉りける序に
思餘り 袖にも波は 越えにけり 在しに變る 末松山
太上天皇 龜山院
1026 題知らず
逢事は 懸けても言はじ 徒浪の 越ゆるに易き 末松山
九條左大臣 藤原道良 二條道良
1027 【○承前。無題。】
波越さば 如何に為むとか 賴めけむ 辛乍らの 末松山
後嵯峨院大納言典侍 藤原為子
1028 建保二年內大臣家百首歌に、名所戀
儚しな 三津濱松 自づから 見え越し夢の 浪通路
從二位 藤原家隆
1029 建仁二年戀十五首歌合に、古鄉戀
末迄も 契りて問はぬ 故鄉に 昔語りの 松風ぞ吹く
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1030 百首歌奉りし時
忘らるる 身は習の 夕暮も 餘所には聞かぬ 庭松風
權大納言 藤原長雅 花山院長雅
1031 互疑戀と云へる心を
異浦に 靡く煙の 辛さをも 我身方の 名に立てよとや
安嘉門院四條 阿佛尼
1032 恨絕戀
靡くかと 見えし藻鹽の 煙だに 今は跡無き 浦風ぞ吹く
法印憲實
1033 建長三年吹田にて十首歌奉りけるに、戀歌
甲斐無しな 言ひしに變る 同世に 有ればと賴む 命許は
前大納言 藤原為家
1034 題知らず
見せばやな 在しに變る 獨寢の 我が手枕に 懸かる淚にを
平親清女妹
1035 【○承前。無題。】
君故は 床山為る 名も辛し 去來や變らぬ 心とも見ず
從二位 藤原家隆
1036 【○承前。無題。】
餘所にのみ 鳴海浦の 空貝 誰徒人に 名を知らせけむ
真昭法師
1037 「磯邊に浪は寄せずとや見し。」と申遣はしたりける人の返事に
返りては 思知りぬや 岩角に 浮きて寄りける 岸徒浪
紫式部
1038 題知らず
變行く 契程の 憂きをだに 恨む許の 逢事欲得
九條左大臣藤原道良女 二條道良女
1039 【○承前。無題。】
何故と 心問はむ 事も憂し 辛きを慕ふ 袖淚は
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1040 白河殿七百首歌に、寄月草戀
月草の 移易き 心をも 且知りながら 猶恨むらむ
前中納言 源資平
1041 道助法親王家五十首歌の中に、寄草戀
月草に 移ろはむとや 染置きし 人心も 色變行く
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經
1042 文永二年九月十三夜五首歌合に、絕戀
妹と我 花田帶の 中為れや 色變るかと 見れば絕えぬる
後嵯峨院御製
1043 戀歌之中に
移行く 花田帶の 纏ほれ 如何なる色に 絕えは果つらむ
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
1044 百首歌奉りし時
馴れし夜の 形見衣 恨侘び 淚重なる 袖を見せばや
權大納言 藤原長雅 花山院長雅
1045 寳治百首歌奉りける時、寄關戀
跡絕えて 人も通はぬ 獨寢の 衣關を 漏る淚哉
前參議 藤原忠定
1046 題知らず
年經ぬる 淀繼橋 夢にだに 渡らぬ中と 絕えや果てなむ
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
1047 【○承前。無題。】
別れにし 真間繼橋 中絕えて 踏通ふべき 道だにも無し
醍醐入道前太政大臣九條良平女
1048 【○承前。無題。】
儚しや 誰が心より 途絕えして 見る夜も知らぬ 夢浮橋
大納言 源雅忠
1049 文永二年九月十三夜五首歌合に、絕戀
儚しや 我のみ通ふ 思寢の 夢路許の 絕えぬ契は
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1050 山階入道左大臣家十首歌に、同心を
知られじな 絕えにし中の 忘水 我のみ人を 思出づとも
權中納言 藤原公守 洞院公守
1051 題知らず
通來し 野中清水 搔絕えて 汲まぬにしもぞ 袖は濡れける
仁和寺二品親王守覺
1052 【○承前。無題。】
何時迄か 人辛さの 偽を 心盡しに 猶賴みけむ
佚名 讀人知らず
1053 【○承前。無題。】
何時迄の 情成りけむ 偽の 言葉さへぞ 今は戀しき
權律師圓範
1054 文永二年九月十三夜五首歌合に、絕戀
憂きながら 暫しは見えじ 面影も 何時月日か 限也けむ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
1055 題知らず
逢事は 思絕えにし 年月の 積るに附けて 忘れやはする
藤原伊長朝臣
1056 【○承前。無題。】
逢見しは 遠離行く 年月を 忘れず歎く 我心哉
後嵯峨院大納言典侍 藤原為子
1057 中務卿宗尊親王家百首歌に
忘れては 戀しき物を 逢見じと 如何に誓ひし 心也けむ
鷹司院帥
1058 白河殿七百首歌に、寄河戀
年經ぬる 布留河邊に 立杉の 何時かは人に 復は逢見む
前大納言 藤原資季
1059 戀歌とて詠侍りける
絕果つる 契惜しみて 同世に 復逢見むと 思ひける哉
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
1060 【○承前。侍詠戀歌。】
永らへて 復逢迄の 玉緒よ 絕えぬしもこそ 苦しかりけれ
大炊御門內大臣 藤原冬忠 大炊御門冬忠
1061 【○承前。侍詠戀歌。】
甲斐も無し 問へど白玉 亂れつつ 答へぬ袖の 露形見は
後堀河院民部卿典侍
1062 【○承前。侍詠戀歌。】
在し世を 思出でける 心こそ 憂身をさらぬ 形見とは為れ
新陽明門院兵衛佐
1063 山階入道左大臣家十首歌に、寄淚戀
縱然らば 己が物から 形見とて 干さじや袖の 淚許も
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
1064 題知らず
真澄鏡 映りし物を と許に 留らぬ影も 形見也けり
從三位 藤原行能 世尊寺行能
1065 寄鏡恨戀
辛しとて 曇り末果てそ 真澄鏡 我だに人の 影を忘れじ
從三位 藤原光成 大炊御門光成
1066 戀心を
山鳥の 尾ろの鏡に 非ねども 憂影見ては 音ぞ泣かれける
土御門院御製
1067 弘長元年百首歌奉りける時、逢不會戀
見せばやな 袖別の 其儘に 淚許の 心長さを
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
1068 題知らず
偖も猶 面影絕えぬ 玉鬘 懸けてぞ戀ふる 暮るる夜每に
後鳥羽院御製
1069 百首歌奉りし時
然のみやは 辛き命の 玉鬘 年月掛けて 長らへもせむ
前中納言 藤原資宣
1070 戀歌之中に
忘られぬ 其面影を 身に添へて 何時を待間の 命為るらむ
前關白左大臣 藤原基忠 鷹司基忠
1071 【○承前。戀歌之中。】
憂しと見し 人よりも猶 由緣無きは 忘らるる身の 命也けり
源兼泰
1072 【○承前。戀歌之中。】
偖も猶 限有る世の 習とて 憂きに負けぬは 命也けり
權少僧都圓勇
1073 弘長三年內裏百首歌奉りし時、寄草戀
軒端には 誰が植置きて 忘草 今はたつらき 褄と為るらむ
近衛關白左大臣 藤原基平 近衛基平
1074 九月十三夜五首歌に、絕戀
甲斐も無し 問はで年經る 蓬生の 我のみ忍ぶ 元心は
權大納言 藤原實家
1075 文永二年九月十三夜五首歌合に、同心を
年經れど 戀しき事に 袖濡れて 物忘れせぬ 我が淚哉
入道內大臣 源道成公
1076 戀歌とて
如何にして 契りし事を 忘れまし 賴むよりこそ 辛さをも知れ
鷹司院按察 兵衛督
1077 【○承前。詠戀歌。】
面影を 如何に忘れぬ 心こそ 辛しと思ふ 折りも有りしか
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1078 女に遣はしける
豫てより 人心の 辛からば 契りし事を 賴まましやは
津守國基
1079 題知らず
如何に為む 袖のみ濡れて 石見潟 言はぬ恨みは 知る人も無し
藤原為綱朝臣
1080 寄海戀と云ふ事を詠ませ給うける
憂事は 津守海士の 朝夕に 恨むとだにも 知らせてしがな
後嵯峨院御製
1081 弘長元年百首歌奉りける時、逢不會戀
歎かじよ 袖浦浪 立返り 思へば憂きも 契也けり
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
1082 光明峯寺入道前攝政家戀十首歌合に、寄船戀
漕出る 瀛浪間の 海士小舟 恨みし程に 遠離りつつ
前大納言 藤原資季
1083 戀心を
恨みても 幾夜に成りぬ 住吉の 松は由緣無き 色に戀ひつつ
中原行範
1084 中務卿宗尊親王家歌合に
今更に 何か恨みむ 忘れねと 言ひしに叶ふ 人心を
藤原光俊朝臣 葉室光俊
1085 題知らず
偽と 何しか人を 恨みけむ 忘れずとだに 今は言はねば
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
1086 【○承前。無題。】
數數に 憂きは我身と 思ふにも 人を恨みむ 言葉ぞ無き
賀茂氏久
1087 被厭戀心を
誰をかは 身より外には 恨むべき 憂きを厭はぬ 人し無ければ
參議 藤原定經
1088 戀歌之中に
縱然らば 我身咎に 云做さむ 辛さを人の 思出でにして
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
1089 【○承前。戀歌之中。】
身咎に 人辛さを 思ふこそ 忘らるまじき 心也けれ
從二位 藤原賴氏 一條賴氏
1090 【○承前。戀歌之中。】
年經れど 憂きを思の 導にて 身に馴れぬるは 辛さ也けり
正三位 藤原重氏 紙屋川重氏
1091 恨戀心を
恨むべき 言葉も無く 成りにけり 辛しと云ふも 限りこそ有れ
九條前攝政右大臣 藤原忠家
1092 題知らず
後世の 辛き報を 思ふにも 人為迄 憂き我身哉
今出河院近衛
1093 【○承前。無題。】
落瀧つ 吉野川や 妹輩山 辛きが中の 淚為るらむ
正三位 藤原知家