續拾遺和歌集 卷第十二 戀歌二
0825 題知らず
人問はば 餘所思と 言作さむ 藻鹽煙 風に任せて
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0826 【○承前。無題。】
海松布無き 浦より遠に 立煙 我をば餘所に 何焦すらむ
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0827 名所百首歌奉りけるに
煙だに 思許は 導せよ 磯間浦の 海人藻鹽火
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0828 戀歌之中に
自づから 靡く心も 有りなまし 哀れ焚藻の 煙也せば
按察使 藤原高定
0829 【○承前。戀歌之中。】
下萌に 咽ぶ思の 夕煙 果ては虛しき 名にや立ちなむ
前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
0830 【○承前。戀歌之中。】
徒に 立つ名許や 富士嶺の 成らぬ思の 煙為るらむ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0831 【○承前。戀歌之中。】
甲斐無しや 及ばぬ富士の 夕煙 立つ名許に 思消えなば
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
0832 寳治百首歌奉りける時、寄煙戀と云へる心を
比へても 知らじな富士の 夕煙 猶立昇る 思有りとは
權大納言 藤原忠信
0833 題知らず
煙立つ 淺間嶽に 有らねども 絕えぬ思に 身を焦す哉
大藏卿源有教女
0834 【○承前。無題。】
徒に 立つや煙の 果ても無し 逢ふを限りと 燃ゆる思火は
源親長
0835 【○承前。無題。】
徒に 思火焦れて 年も經ぬ 人を敏馬の 浦藻鹽火
源親行
0836 【○承前。無題。】
世と共に 海士繩栲く 漁船 浮きて思火の 焦れてぞ振る
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0837 【○承前。無題。】
我戀は 名高浦の 靡藻の 心は寄れど 逢由も無し
後深草院少將內侍
0838 文永二年七月白河殿七百首歌に、寄網戀
伊勢海の 網浮繩 我が方に 心も惹かぬ 人に戀ひつつ
前中納言 源雅言
0839 如何なりける時にか、女に遣はしける
微睡むに 戀しき事の 慰まば 寐覺をさへは 恨みざらまし
源俊賴朝臣
0840 題知らず
微睡めば 夢にも見えぬ 現には 忘るる程の 束間も無し
前右大將 源賴朝
0841 百首歌奉りし時
寢るが內も 現儘の 辛さにて 思ふ方には 見る夢も無し
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0842 千五百番歌合に
現こそ 寢る宵宵も 難からめ 其をだに許るせ 夢關守
後鳥羽院御製
0843 題知らず
覺めてこそ 後憂物と 思ふとも 戀しき人を 夢にだに見む
按察使 藤原高定
0844 【○承前。無題。】
逢ふと見ば 然ても思の 慰まで 儚き夢は 猶ぞ悲しき
藤原伊信朝臣
0845 【○承前。無題。】
逢ふと見て 賴むぞ難き 轉寢の 夢云ふ物は 誠為らねば
藤原景家
0846 【○承前。無題。】
寢るが內に 實に逢事も 無き夢は 如何に見しより 賴初めけむ
平時村
0847 【○承前。無題。】
寢るが內に 暫し慰む 心哉 覺めては夢と 思知れども
平宣時
0848 入道二品親王家の五十首歌に
我袖の 泪色の 露為らば 常磐杜も 猶や染めまし
侍從 藤原雅有 飛鳥井雅有
0849 戀歌之中に
我袖に 數如此許 行水や 儚き戀の 淚為るらむ
權僧正實伊
0850 千五百番歌合に
戀をのみ 賤屋小菅 露深み 苅りにも袖の 乾間ぞ無き
前大納言 藤原忠良
0851 【○承前。千五百番歌合中。】
山賤の 降立つ澤の 真菰草 苅りにのみこそ 袖も濡るらめ
大藏卿 藤原有家
0852 弘長元年百首歌奉りし時、不逢戀
風荒き 須佐入江の 浪越えて 味氣無き迄 濡るる袖哉
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0853 家に歌合し侍りけるに
漁りする 海士衣に 非ねども 汐垂增さる 袖上哉
中納言 藤原家成
0854 題知らず
幾夜とか 袖柵 堰も見む 契りし人は 音無瀧
土御門院御製
0855 寳治百首歌奉りける時、寄瀧戀
貫止めよ 逢はずば何を 片絲の 亂れて落つる 瀧白玉
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0856 題知らず
年經ぬる 楢小川に 御祓して 祈りし瀨をも 猶過ぐせとや
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0857 洞院攝政家百首歌に、不遇戀
消えぬべし 然のみは如何 思川 流るる水の 哀とも見よ
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0858 弘長三年、內裏に百首歌奉りし時、寄池戀
根蓴菜の 寢ぬ名は掛けて 辛さのみ 益田池の 自らぞ憂き
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0859 戀歌之中に
羨まし 誰逢坂の 關越えて 分るる鳥の 音を歎くらむ
賀茂重保
0860 【○承前。戀歌之中。】
皆人を 同心に 作果てて 思ふ思はぬ 無からましかば
和泉式部
0861 正治百首歌に
知るらめや 手引絲の 一筋に 分く方も無く 思ふ心を
正三位 藤原經家【藤原重家男。】
0862 題知らず
思侘び 由緣無き中は 永らへて 戀を命と 猶や賴まむ
佚名 讀人知らず
0863 文永十年七月內裏七首歌奉りし時
永らへて 逢見む事は 命とも 思はぬ人や 身には交ふらむ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0864 戀心を
賴置く 人心も 見る許 憂きに死にせぬ 命と欲得
從三位 藤原顯氏
0865 百首歌奉りし時
契置く 情け許を 偽の 無き世に作して 賴みける哉
式乾門院御匣 安嘉門院三條 太政大臣久我通光女
0866 題知らず
契りしは 末も遠らぬ 忘水 賴むや淺き 心為るらむ
平行氏
0867 契隱戀と云ふ事を
今は復 開かず賴めし 影も見ず 底とも知らぬ 山井水
藤原為世朝臣
0868 戀歌之中に
逢事の 何時を限と 賴まねば 我淚さへ 果てぞ知られぬ
兵部卿 藤原隆親
0869 【○承前。戀歌之中。】
逢事は 風に別かるる 浮雲の 行末とだに 得こそ賴まね
從二位 藤原行家 九條行家
0870 寳治百首歌奉りける時、寄橋戀
戀渡る 心は空に 通へども 逢ふは餘所なる 鵲橋
源俊平
0871 入道二品親王家五十首歌に
然のみやは 佐野舟橋 同世に 命を懸けて 戀渡るべき
津守國助
0872 建長三年、吹田にて十首歌奉りけるに
逢迄の 命を人に 契らずば 憂きに堪へても えやは忍ばむ
院辨內侍
0873 戀歌とて
逢事に 誰かは替へむ 惜しからで 我だに今は 捨つる命を
典侍藤原親子朝臣
0874 山階入道左大臣家十首歌に、不遇戀
賴まじな 逢ふに替へむと 契るとも 今幾程の 老命は
前大納言 藤原為家
0875 題知らず
逢事に 替へぬ命も 限有れば 戀死ぬとてや 人由緣無き
平時直
0876 【○承前。無題。】
思ふにも 寄らぬ命の 由緣無さは 猶長らへて 戀や渡らむ
中務卿 宗尊親王
0877 【○承前。無題。】
逢事を 何時とも知らず 永らへて 命に添ふは 思也けり
平義政
0878 【○承前。無題。】
逢迄の 命とだにも 賴まれず 人辛さの 果てを知らねば
藤原基賴
0879 久戀之心を
同世を 賴む許や 由緣無くて 戀に堪へたる 命為るらむ
平政長
0880 百首歌奉りし時
今は復 明日知らぬ身も 歎かれず 此世に賴む 契為らねば
覺助法親王
0881 戀歌之中に
如是戀ひむ 報を人の 思はでや 後世知らず 由緣無かるらむ
中務卿 宗尊親王家小督
0882 【○承前。戀歌之中。】
懲りざらむ 心果ての 強面さも 身を永らへて 猶や見せまし
藤原信實朝臣
0883 【○承前。戀歌之中。】
戀死ぬる 果てをば知らで 逢迄の 命を惜しく 思ひける哉
藤原信實朝臣
0884 【○承前。戀歌之中。】
誰が惜しむ 命為ればか 死ぬ許 歎くに猶も由緣無かるらむ
左近中將 源具氏
0885 常磐井入道前太政大臣家に十五首歌詠侍りけるに
思はずに 哀由緣無き 命哉 生けらば後の 賴許に
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0886 文永二年九月十三夜五首歌合に、不逢戀
生ける日の 辛さに換て 逢事を 待たぬ命と 戀や死なまし
從二位 藤原行家 九條行家
0887 戀歌之中に
生ける身の 甲斐は無けれど 戀死なば 同世をだに 猶や別れむ
侍從 藤原能清 一條能清
0888 寳治百首歌奉りける時、寄原戀
戀死なむ 命は人の 為なれば 淺茅原の 露をだに訪へ
安嘉門院高倉
0889 題知らず
戀死なば 浮名許や 留まらむ 我身は苔の 下に朽つとも
宜秋門院丹後
0890 女許に遣はしける
戀死なむ 行方をだにも 思出でよ 夕雲は 其と無くとも
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定