續拾遺和歌集 卷第十一 戀歌一
0763 正治百首歌奉りけるに、戀歌
戀衣 如何に染めける 色為れば 思へば軈て 移る心ぞ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0764 初戀之心を
隙覓めて 如何で知らせむ 玉簾 今日より掛かる 心ありとも
土御門院御製
0765 弘長元年百首歌奉りける時、同心を
知らせても 猶由緣無くば 如何為む 言はぬを咎に 人や戀ひまし
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0766 題知らず
戀しさを 何時なら引ける 淚とて 言はぬ先より 袖濡るらむ
內大臣 藤原家基
0767 【○承前。無題。】
間無く散る 袖白玉 誰故に 亂始め 淚とか知る
前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
0768 家に百首歌詠侍りけるに、初戀
君に如是 亂始めぬと 知らせばや 心內に 忍捩摺
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0769 千五百番歌合に
何時迄か 思亂れて 過すべき 由緣無き人を 忍捩摺
前大納言 藤原兼宗 中山兼宗
0770 建長二年八月十五夜鳥羽殿歌合に、忍戀
水隱の 玉江葦の 兔に角に 思亂るる 程は知られじ
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0771 洞院攝政家百首歌に、同心を
瀛風 吹頻く浦の 蘆葉の 亂れて下に 濡るる袖哉
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0772 題知らず
小山田の 庵守る鹿火の 夕煙 咽ぶ思を 遣る方ぞ無き
後鳥羽院御製
0773 【○承前。無題。】
知られじな 燻る煙の 絕えずのみ 心に消たぬ 思有りとも
春宮少將 永陽院少將
0774 建長三年九月十三夜十首歌合に、寄煙忍戀と云へる心を
知られじな 焚藻煙 下にのみ 咽ぶ思の せめて憂身は
萬里小路右大臣 藤原公基 西園寺公基
0775 百首歌召されし序に
我許 忍ぶる中に 漏る物は 抑ふる袖の 淚也けり
太上天皇 龜山院
0776 【○承前。召百首歌之際。】
難波潟 蘆篠屋の 忍び音に 濡るる袖さへ 干す隙ぞ無き
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
0777 戀歌之中に
濁江の 水草隱れの 浮き蓴 苦しとだにも 知る人は無し
前大納言 藤原為家
0778 寳治百首歌召しける序に、寄湊戀
同じくば 唐土船も 寄りななむ 知る人も無き 袖湊に
後嵯峨院御製
0779 寄月戀
山端に 更けて出でたる 月影の 僅にだにも 如何で知らせむ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0780 【○承前。寄月戀。】
宵間に 上空行く 三日月の 影許見し 人に戀ひつつ
從三位 藤原經朝 世尊寺經朝
0781 同心を
見には見て 雲居餘所に 行月の 便も知らぬ 我が思ひ哉
土御門院小宰相
0782 【○承前。詠同心。】
甚責めて 忍ぶる夜半の 淚とも 思ひも知らで 宿る月哉
後嵯峨院御製
0783 忍戀之心を
我が淚 露も洩らす莫 枕だに 未だ白菅の 真野秋風
後嵯峨院御製
0784 道助法親王家五十首歌に、寄枕戀
知られじな 我袖許 敷妙の 枕だにせぬ 夜半轉寢
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
0785 題知らず
歎くとも 誰かは知らむ 思寢の 我許見る 夢枕を
從二位 藤原行家 九條行家
0786 【○承前。無題。】
現には 語る便も 無かりけり 心中を 夢に見せばや
前左兵衛督 藤原教定 飛鳥井教定
0787 忍久戀之心を
言はで思ふ 心一つの 賴みこそ 知られぬ中の 命也けれ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0788 前大納言為家家百首歌に
年經とも 誰かは知らむ 隱沼の 下に通ひて 思ふ心を
正三位 藤原知家
0789 寳治元年十首歌合に、忍久戀
人知れず 思萎れて 朽ちねとや 袖に年經る 我が淚哉
前內大臣 藤原師繼 花山院師繼
0790 【○承前。寳治元年十首歌合,忍久戀。】
思事 言はで心の 內にのみ 積る月日を 知る人無き
院辨內侍
0791 建長二年九月十三夜三首歌合に、戀歌
偖も復 言はで年經る 言葉は 孰秋か 色に出づべき
兵部卿 藤原隆親
0792 題知らず
高砂の 尾上松の 夕時雨 色にぞ出でぬ 年は經れども
入道二品親王性助
0793 建仁元年五十首歌奉りけるに、寄雲戀
知られじな 千入木葉 焦るとも 時雨るる雲の 色し見えねば
前中納言 藤原定家
0794 戀歌之中に
袖色を 偖のみ人に 知らせずば 心に染めし 甲斐や無からむ
如願法師
0795 寳治百首歌奉りけるに、寄衣戀
堰袖の 淚色や 紅の 千入衣 染めて朽ちなむ
前大納言 藤原基良
0796 文永七年八月十五夜內裏三首歌に、忍戀
如何に為む 包む人目に 堰兼ねて 淚も袖の 色に出でなば
藤原為世朝臣
0797 題知らず
思堰く 袖より落つる 瀧瀨は 何時人間の 淚なるらむ
今出河院近衛
0798 【○承前。無題。】
洩らす莫よ 人目堰かるる 思河 辛さに增さる 淚也とも
春宮大藏卿 遊義門院大藏卿
0799 【○承前。無題。】
堰く袖に 洩らば浮名も 立ちぬべし 身をも思はぬ 我淚哉
從二位 藤原行家 九條行家
0800 【○承前。無題。】
言はぬをば 知らぬ習と 思ひしに 淚許の 何ど掛かるらむ
中務卿 宗尊親王
0801 【○承前。無題。】
年經ても 甲斐無き物は 人知れず 我のみ嘆く 思也けり
中務卿 宗尊親王
0802 未對面戀と云へる心を
人知れぬ 心や豫て 成れぬらむ 有らまし事の 面影に立つ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0803 洞院攝政家百首歌に
年を經て 繁樣されど 筑波嶺の 峰は歎きの 程も知られじ
正三位 藤原知家
0804 弘長元年百首歌奉りけるに、忍戀
如何に為む 戀は果て無き 陸奧の 忍許に 逢はで止みなば
前大納言 藤原為家
0805 寄雲戀と云へる心を
言はでのみ 忍山に 居る雲や 心置くを 猶隔つらむ
高階宗成
0806 戀歌之中に
然もこそは 身に餘りぬる 戀為らめ 忍ぶ心の 置所無き
前大納言 藤原隆房
0807 女許に文を遣はしたりけるに、取りは入れながら上を更に包みて返して侍りければ遣はしける
上許 包むと見ゆる 玉章は 返すに付けて 賴まるる哉
前大納言 藤原經房 吉田經房
0808 題知らず
味氣無く 包みも果てじ 誰故と 色には出でぬ 袖淚を
藤原則俊朝臣
0809 【○承前。無題。】
今は唯 洩らしやせまし 淚川 誰故忍ぶ 浮名為らねば
九條左大臣藤原道良女
0810 【○承前。無題。】
淚川 逢瀨は淵と 淀むども 浮名洩らさぬ 柵欲得
侍從 藤原雅有 飛鳥井雅有
0811 千五百番歌合に
洩らさじと 思ふ心や 堰返す 淚川に 掛かる柵
前大納言 藤原兼宗 中山兼宗
0812 戀歌之中に
思兼ね 猶世に洩らば 如何為む 然のみ泪の 咎に無しても
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0813 大將に侍りける頃、文遣はしける人の「散らす莫。」と申したりける返事に
三笠山 差しも洩らさぬ 言葉に 仇にも露の 掛かるべきかは
萬里小路右大臣 藤原公基 西園寺公基
0814 山階入道左大臣家十首歌に、寄關戀
心こそ 通はぬ中の 關為らめ 何どか淚の 人目洩るらむ
前大納言 藤原為家
0815 家に百首歌詠侍りける時、忍戀
戀すとは 淚に誌し 今は唯 君云ふ事を 忍ぶ許ぞ
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0816 【○承前。居家侍詠百首歌時,忍戀。】
人知れず 思ふ心を 散らす莫と 今日ぞ磐瀨の 杜の言葉
刑部卿 藤原賴輔
0817 名所百首歌奉りける時
自づから 掛けても袖に 知らす莫よ 磐瀨杜の 秋下露
僧正行意
0818 題知らず
洩らしても 袖や萎れむ 數為らぬ 身を羽束師の 森雫は
皇太后宮大夫 藤原俊成
0819 寄杜戀と云へる心を詠ませ給うける
縱然らば 言葉をだに 散らさばや 然のみ岩手の 杜下風
太上天皇 龜山院
0820 戀歌とて
人知れず 思ひし物を 如何にして 見えぬ心の 色に出づらむ
典侍藤原親子朝臣
0821 【○承前。詠戀歌。】
操為る 淚也せば 唐衣 懸けても人に 知られざらまし
西行法師 佐藤義清
0822 千五百番歌合に
荒磯の 波寄せ掛くる 岩根松 言はねど音には 顯れぬべし
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0823 題知らず
鳰鳥の 隱れも果てぬ 細水 下に通はむ 道だにも無し
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0824 【○承前。無題。】
堰返し 猶も色にぞ 出でにける 思ひに弱る 袖柵
後鳥羽院御製