續拾遺和歌集 卷第七 雜春歌
0470 弘長元年百首歌奉りける時、初春之心を
逢坂の 關杉村 雪消えて 道有る御代と 春は來にけり
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0471 同心を
何時しかと 今朝は冰も 解けにけり 如何で汀に 春を知るらむ
源俊賴朝臣
0472 春歌中に
池に生ふる 水草上の 春霜 有るにも非ぬ 世にも古る哉
雅成親王
0473 【○承前。春歌中。】
雪は猶 冬に變らず 故鄉に 春來にけりと 鶯ぞ鳴く
前大納言 藤原顯朝
0474 山里にて、鶯遲鳴きければ詠侍りける
背きにし 身には餘所なる 春為れど 猶鶯の 聲ぞ待たるる
式乾門院右京大夫
0475 山階入道左大臣家十首歌に子日松と云ふ事を
谷蔭や 子日に漏るる 岩根松 誰に惹かれて 春を知らまし
源兼氏朝臣
0476 四位後、崇德院の還昇未許されざりける頃、百首歌部類して奉りける序に
雲居より 慣れし山路を 今更に 霞隔てて 嘆く春哉
是を聞召して還昇仰せられけるとなむ。
皇太后宮大夫 藤原俊成
0477 寳治百首歌召しける序に、山霞
今は復 霞隔てて 思ふ哉 大內山の 春曙
後嵯峨院御製
0478 白河殿七百首歌に同心を
山端の 見えぬを老いに 喞てども 霞みにけり莫 春曙
前大納言 藤原為家
0479 建保三年內裏歌合に、江上霞
難波江や 霞下の 澪標 春兆や 見えて朽ちなむ
從二位 藤原家隆
0480 題知らず
汐風の 音も高師の 濱松に 霞みて掛かる 春夕浪
平親清女
0481 春歌中に
見ても復 誰か偲ばむ 故鄉の 朧月夜に 匂ふ梅枝
八條院高倉
0482 世を背きて外に移居侍りにけるに、人許住みける所の梅を見て詠侍りける
折りてだに 見せばや人に 梅花 在し色香を 忘果てずば
兵部卿 藤原隆親
0483 康元元年二月頃、患ふ事有りて、司奉りて落餝し侍りける時、詠侍りける
數ふれば 殘る彌生も 有物を 我身春に 今日別れぬる
前大納言 藤原為家
0484 歸雁を
雁音は 秋と契りて 歸るとも 老命を 如何賴まむ
天台座主公豪
0485 【○承前。詠歸雁。】
秋風に 相見む事は 命とも 契らで歸る 春雁音
藤原隆祐朝臣
0486 前關白一條家に百首歌詠侍りけるに、歸雁幽
朝ぼらけ 霞隙の 山端を 髣髴に歸る 春雁音
右近中將 藤原經家 月輪經家
0487 建保百首歌奉りける時
花色に 一春負けよ 歸雁 今年越路の 空賴めして
前中納言 藤原定家
0488 初花之心を
咲きにけり 真屋軒端の 櫻花 餘程降る 眺めせしまに
月花門院 綜子內親王
0489 花歌中に
便有らば 問へかし人の 主とて 賴む許の 花為らねども
土御門院小宰相
0490 【○承前。花歌之中。】
今更に 春とて人も 尋來ず 唯宿からの 花主は
右近中將 藤原師良 一條師良
0491 前大納言為家、住吉社にて歌合し侍りけるに、野花
歸途は 遠里小野の 櫻狩 花にや今宵 宿を借らまし
藤原仲敏
0492 題知らず
吹送る 嵐を花の 匂ひにて 霞に薰る 山櫻哉
如圓法師
0493 河邊花と云へる心を
散らぬ間の 浪も櫻に 移ろひぬ 花蔭行く 山川水
源時清
0494 春宮帶刀にて侍りけるを思出でて詠める
古の 春深山の 櫻花 慣れし三歲の 影ぞ忘れぬ
藤原基政
0495 故鄉花と云ふ事を詠侍りける
古の 主忘れぬ 故鄉に 花も幾度 思出づらむ
權少僧都嚴雅
0496 同心を
見ず知らぬ 世世の昔も 偲ばれて 哀とぞ思ふ 志賀花園
前大僧正道玄
0497 東山に花見に罷りて詠侍りける
思出での 春とや人に 語らまし 花に泪の 掛からざりせば
兵部卿 藤原隆親
0498 花歌中に
降增さる 齡を花に 數へても 飽かぬ心は 絕えぬ春哉
前內大臣 藤原基家 九條基家
0499 【○承前。花歌之中。】
年每に 後春とも 知らざりし 花に幾度 成れて見つらむ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0500 【○承前。花歌之中。】
何時迄か 雲居櫻 髻首けむ 折忘れたる 老いの春哉
藤原信實朝臣
0501 【○承前。花歌之中。】
四十迄 花に心を 染めながら 春を知らでも 身こそ老いぬれ
法印公朝
0502 【○承前。花歌之中。】
長らへて 八十春に 逢事は 花見よとての 命也けり
京月法師
0503 世を遁れて後、花を見て詠める
春來てぞ 心弱さも 知られぬる 花に馴行く 墨染袖
真願法師
0504 後京極攝政家の花五十首歌に
如此許 經難き物を 月よりも 花こそ世をば 思ひしりけれ
前大僧正慈鎮
0505 題知らず
咲きて散る 花をも愛でじ 是ぞ此 嵐に急ぐ 徒世中
土御門院御製
0506 花盛に、西園寺入道前太政大臣許より音信て侍りける返事に
大方の 春に知られぬ 習故 賴む櫻も 折りや過ぐらむ
前中納言 藤原定家
0507 花を見て詠侍りける
徒にのみ 思ひし人の 命以て 花を幾度 惜しみきぬらむ
蓮生法師
0508 雲林院にて花散りけるを詠める
命をも 誰が為とてか 惜來し 思知らずも 散る櫻哉
中原行範
0509 落花を詠める
然らでだに 移易き 花色に 散るを盛りと 山風ぞ吹く
平長時
0510 【○承前。詠落花。】
有りて世の 後は憂くとも 櫻花 誘莫果てそ 春山風
藤原景綱
0511 【○承前。詠落花。】
花は皆 眺めせし間に 散果てて 我身世に降る 慰めも無し
靜仁法親王
0512 大內花見侍りけるに、人許より有らぬ樣の事を申して侍りける返事に
尋來て 踏見るべくも 無き物を 雲居庭の 花白雪
源光行
0513 返し
誘はれぬ 今日ぞ知りぬる 踏通ふ 跡迄厭ふ 花雪とは
法眼宗圓
0514 題知らず
櫻花 今や散るらむ 御吉野の 山下風に 降れる白雪
佚名 讀人知らず
0515 水邊落花と云へる心を
吉野川 峰櫻の 移來て 淵瀨も知らぬ 花白浪
藤原泰綱
0516 【○承前。水邊落花。】
散掛かる 影も儚く 行く水に 數搔堪へぬ 花白浪
法印憲實
0517 【○承前。水邊落花。】
散掛かる 花鏡と 思ふにも 見で過難き 山井水
平長季
0518 春歌中に
瀧川の 落つとは見えて 音せぬは 峯嵐に 花や散るらむ
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0519 【○承前。春歌之中。】
嵐吹く 梢移ふ 花色の 徒にも殘る 峰白雲
藤原宗泰
0520 【○承前。春歌之中。】
櫻色に 映ろふ雲の 形見迄 猶跡も無き 春風ぞ吹く
祝部忠成
0521 【○承前。春歌之中。】
身に疎き 春とは知らぬ 月影や 我が淚にも 猶翳むらむ
平義政
0522 【○承前。春歌之中。】
巡逢ふ 春も昔の 夜半月 變らぬ袖の 淚にぞ見る
中務卿 宗尊親王
0523 寳治百首歌奉りける時、春月
眺來て 年にそ經たる 哀とも 身に知られぬる 春夜月
前內大臣 藤原基家 九條基家
0524 百首歌奉りし時
老いらくの 心も今は 朧にて 空さへ翳む 春夜月
前大僧正隆辨
0525 藤花年久と云へる心を
住吉の 松下枝の 藤花 幾年波を 懸けて咲くらむ
澄覺法親王
0526 五社に百首歌詠みて奉りける頃、夢告げ新たなる由、記侍るとて書添侍りける
春日山 谷松とは 朽ちぬとも 梢に歸れ 北藤浪
皇太后宮大夫 藤原俊成
0527 其後年を經て、此傍に書付侍りける
立歸る 春を見せばや 藤浪は 昔許の 梢為らねど
前中納言 藤原定家
0528 同じく書添侍りける
言葉の 變らぬ松の 藤浪に 復立歸る 春を見せばや
前大納言 藤原為家
0529 三代の筆跡を見て復書添侍りし
春日山 祈りし末の 世世懸けて 昔變らぬ 松藤浪
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0530 法印覺寬詠ませ侍りける七十首歌中に
身は如是て 六十春を 過ぐしきぬ 年思はむ 思出も無し
八條院高倉
0531 家に百首歌詠侍りける時、鶯を
聞く度に 名殘惜しくぞ 成增さる 春暮方の 鶯聲
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0532 洞院攝政家百首歌に、暮春
歸雁 暫休らふ 方も無し 暮行春や 空に知るらむ
從二位 藤原成實
0533 題知らず
永らへて 今幾度と 賴まねば 老いこそ春の 別也けれ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0534 障る事有りて、彌生の暮方、里に出でけるに詠侍りける
神祀る 卯月後と 契置きて 我さへ急ぐ 春暮哉
院辨內侍
0535 彌生の晦日に、大貳三位絲を尋ねて侍りければ申し遣はしける
青柳の 絲も皆こそ 絕えにけれ 春殘りは 今日許とて
和泉式部
0536 返し
青柳の 春と共には 絕えにけむ 復夏引の 絲は無しやは
大貳三位 藤原賢子
0537 題知らず
木綿懸けて 卯月に祭る 神山の 楢木陰に 夏は來にけり
佚名 讀人知らず
0538 述懷百首歌中に
神山に 引殘さるる 葵草 時に逢はでも 過ぎにける哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0539 世を遁れける人の卯月頃詣來て申す事侍りける後、遣はしける
戀戀て 初音は聞きつ 郭公 在し昔の 宿莫忘れそ
平泰時朝臣
0540 夏歌中に
過ぎぬとて 恨みも果てじ 時鳥 待つらむ里も 身に知られつつ
從三位 藤原行能 世尊寺行能女
0541 關白の表奉りて後、郭公を聞きて
待慣れし 大內山の 時鳥 今は雲居の 餘所に聞く哉
前關白左大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0542 題知らず
楢葉の 名に負ふ宮の 時鳥 世世に經りにし 事語らなむ
法印公朝
0543 百首歌奉りし時
知る人も 身には無き世の 郭公 語らひ明かせ 老いの寐覺に
靜仁法親王
0544 寢覺時鳥と云ふ事を
時鳥 鳴音を添へて 過ぎぬなり 老いの寐覺の 同淚に
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0545 曉時鳥
由緣も無き 別れは知らじ 郭公 何有明の 月に鳴くらむ
德大寺入道前太政大臣德大寺實基女
0546 夏歌中に
菖蒲草 今日とて甚 影添へつ 何時とも分かぬ 袖浮寐に
前右兵衞督京極為教女 京極為子
0547 【○承前。夏歌之中。】
古を 忍ぶと無しに 古鄉の 夕雨に 匂ふ橘
鎌倉右大臣 源實朝
0548 【○承前。夏歌之中。】
百敷や 庭橘 思出て 更に昔の 忍ばるる哉
土御門院御製
0549 夜盧橘と云ふ事を
橘は 誰が袖香と 判かねども 老いの寢覺ぞ 昔戀しき
天台座主公豪
0550 河五月雨
淺瀨は 徒浪添へて 吉野川 淵さへ騷ぐ 五月雨頃
藤原景家
0551 中將を望申して年久しく成りにけるに、五月雨頃、人許に遣はしける
如何に為む 我身舊行く 梅雨に 賴む三笠の 山ぞ甲斐無き
侍從 藤原雅有 飛鳥井雅有
0552 郭公を詠める
五月雨の 雲居る山の 時鳥 晴れぬ思の 音をや鳴くらむ
源親行
0553 【○承前。詠郭公。】
郭公 深山に歸る 聲すなり 身を隱すべき 事や傳まし
法眼慶融
0554 家に十首歌詠侍りける時、夏草を
草深き 夏野道に 迷ひても 世理ぞ 更に知らるる
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0555 題知らず
貴船川 山下陰の 夕闇に 玉散る浪は 螢也けり
法橋春撰
0556 或所に久しく籠居て後、勸修寺に歸りて詠侍りける
立返り 學窗に 來て見れば 昔忘れず 飛螢哉
大僧正道寳
0557 百首歌奉りし時
御祓する 麻木綿四手 浪懸けて 涼しく成りぬ 賀茂川風
入道內大臣 藤原定雅
0558 六月祓を
禊川 行瀨も速く 夏暮れて 岩越す浪の 寄るぞ涼しき
前大納言 藤原為家