續拾遺和歌集 卷第六 冬歌
0378 初冬之心を
冬來て 紅葉吹下す 三室山 嵐末に 秋ぞ殘れる
後鳥羽院御製
0379 【○承前。詠初冬之趣。】
冬來る 神奈備山の 叢時雨 降らば共にと 散る木葉哉
院辨內侍
0380 道助法親王家五十首歌に、朝時雨
冬來ぬと 今朝は岩田の 柞原 音に立てても 降る時雨哉
正三位 藤原知家
0381 千五百番歌合に
時雨とも 何しか分む 神無月 何時も信太の 森雫は
土御門內大臣 源通親
0382 【○承前。千五百番歌合中。】
訪て 猶過ぎぬるか 何處にも 心を留めぬ 初時雨哉
小侍從
0383 百首歌奉りし時
吹迷ふ 風に任せて 山端に 時雨るる雲は 跡も定めず
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
0384 題知らず
明くる夜の 外山吹越す 木枯に 時雨れて傳ふ 峯浮雲
侍從 藤原雅有 飛鳥井雅有
0385 前大納言為家家百首歌に
今日も復 暮れぬと思へば 足曳の 山搔曇り 降る時雨哉
如願法師
0386 冬歌中に
晴曇り 同空なる 浮雲の 重なる方は 猶時雨つつ
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0387 【○承前。冬歌之中。】
山風に 時雨や遠く 成りぬらむ 雲に堪らぬ 有明月
順德院御製
0388 【○承前。冬歌之中。】
染殘す 木葉も有らば 神無月 猶も時雨の 色は見てまし
菅原在匡朝臣
0389 【○承前。冬歌之中。】
神無月 時雨るる儘に 晴行くや 梢に堪へぬ 木葉なるらむ
寂蓮法師
0390 【○承前。冬歌之中。】
留まるべき 物とも見えぬ 木葉哉 時雨に添へて 嵐吹くなり
平政村朝臣
0391 【○承前。冬歌之中。】
嵐吹く 木葉に音を 先立てて 時雨も遣らぬ 叢雲空
左近中將 藤原家教 花山院家教
0392 百首歌召されし序に
神無月 曇らで降るや 槙屋の 時雨に類ふ 木葉為るらむ
太上天皇 龜山院
0393 【○承前。召百首歌之際。】
叢雲の 浮きて空行く 山風に 木葉殘らず 降る時雨哉
藤原為世朝臣
0394 落葉
叢雲の 跡無き方も 時雨るるは 風を便の 木葉也けり
中務卿宗高親王
0395 【○承前。落葉。】
木枯の 風に亂るる 紅葉や 雲餘所為る 時雨為るらむ
式乾門院御匣
0396 【○承前。無題。】
龍田山 秋は限りの 色と見し 木葉は冬の 時雨也けり
從三位 藤原忠兼 楊梅忠兼
0397 弘長元年百首歌奉りし時、同心を
紅葉の 秋名殘の 形見だに 我と殘さぬ 木枯風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0398 人人題を探りて歌仕奉し序に、落葉浮水と云へる心を
大井川 堰に秋の 色留めて 紅潛る 瀨瀨岩波
太上天皇 龜山院
0399 名所歌奉りけるに
紅葉の 降りにし世より 大井川 絕えぬ御幸の 跡を見る哉
源具親朝臣
0400 題知らず
橋姬の 袂や色に 出でぬらむ 木葉流るる 宇治網代木
土御門院御製
0401 【○承前。無題。】
故鄉の 拂はぬ庭に 跡閇て 木葉や霜の 下に朽ちなむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0402 【○承前。無題。】
見し秋の 露をば霜に 置換へて 花跡無き 庭冬草
平政長
0403 【○承前。無題。】
色見えぬ 枯野草の 跡迄も 露名殘と 結ぶ初霜
前右兵衛督 藤原為教 京極為教女
0404 百首歌奉りし時
今よりは 草葉に置きし 白露も 凍れる霜と 結替へつつ
前大納言 藤原資季
0405 惟明親王家十五首歌に
神無月 暮易き日の 色為れば 霜下葉に 風も堪らず
前中納言 藤原定家
0406 題知らず
三室山 秋時雨に 染替へて 霜枯殘る 木木下草
順德院御製
0407 【○承前。無題。】
然らぬだに 枯行く宿の 冬草に 飽かずも結ぶ 夜半霜哉
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0408 【○承前。無題。】
人目より 軈て枯にし 我宿の 淺茅が霜ぞ 纏ほれ行く
土御門院御製
0409 【○承前。無題。】
霜深き 庭淺茅の 萎葉に 朝風寒し 岡邊里
佚名 讀人知らず
0410 【○承前。無題。】
霜枯の 淺茅色付く 冬野には 尾花ぞ秋の 形見也ける
小侍從
0411 【○承前。無題。】
秋色の 果ては枯野と 成りぬれど 月は霜こそ 光也けれ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0412 建保四年內裏百番歌合に
紅葉せし 四方山邊は 荒果てて 月より外の 秋ぞ殘らぬ
常盤井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0413 冬月を
冴ゆる夜も 淀まぬ水の 速瀨河 凍るは月の 光也けり
權大納言 藤原長雅 花山院長雅
0414 【○承前。詠冬月。】
篠葉の 騷ぐ霜夜の 山風に 空さへ凍る 有明月
藤原基綱
0415 寳治百首歌奉りし時、豐明節會
山藍の 小忌衣手 月冴えて 雲居庭に 出づる諸人
冷泉太政大臣 藤原公相 西園寺公相
0416 百首詠ませ給うけるに
少女子が 袖白栲に 霜ぞおく 豐明も 夜や更けぬらむ
後嵯峨院御製
0417 題知らず
松寒き 御津濱邊の 小夜千鳥 干潟霜に 跡やつけつる
土御門院御製
0418 夕千鳥と云へる心を
夕去れば 碎けて物や 思ふらむ 岩越す浪に 千鳥鳴くなり
京極院內侍
0419 冬歌中に
照月の 影に任せて 小夜千鳥 傾く方に 浦傳ふ也
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0420 【○承前。冬歌中。】
夜を寒み 須磨入江に 立千鳥 空さへ凍る 月に鳴く也
權律師公猷
0421 【○承前。冬歌中。】
汐風に 與謝浦松 音冴えて 千鳥門渡る 明けぬ此夜は
俊惠法師
0422 【○承前。冬歌中。】
冴ゆる夜の 浮寢鴨の 菰枕 冰や豫て 結置くらむ
寂蓮法師
0423 【○承前。冬歌中。】
片敷の 霜夜袖に 思ふ哉 冰柱床の 鴛獨寐
宜秋門院丹後
0424 【○承前。冬歌中。】
山川の 紅葉上の 薄冰 木間漏來る 月かとぞ見る
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經
0425 千五百番歌合に
冴行けば 谷下水 音絕えて 獨凍らぬ 峰松風
前大納言 藤原忠良
0426 題知らず
碎浪や 志賀唐崎 冰る夜は 松より外の 浦風も無し
平宣時
0427 【○承前。無題。】
岩間漏る 浪柵 懸止めて 流れも遣らず 冰る山河
大江賴重
0428 洞院攝政家百首歌に、冰を
堰餘る 浪音さへ 淀むなり 今朝は冰の 井手柵
正三位 藤原知家
0429 建長四年三首歌に、河冰
風渡る 宇治川浪 冴ゆる夜に 冰を掛くる 瀨瀨網代木
冷泉太政大臣 藤原公相 西園寺公相
0430 霰を詠侍りける
冴暮れて 霰降る夜の 笹枕 夢を殘さぬ 風音哉
權中納言 源具房 久我具房
0431 中務卿宗尊親王家百首歌に
霰降る 三輪檜原の 山風に 髻首玉の 且亂れつつ
權僧正實伊
0432 建保五年四月庚申に、冬夕と云へる心を
霰降る 柾木葛 暮るる日の 外山に移る 影ぞ短き
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
0433 冬歌中に
明渡る 峯浮雲 絕絕に 山風寒み 霰降るらし
從三位 藤原為繼
0434 弘長元年百首歌奉りし時、雪
冴ゆる夜の 嵐風に 降り初めて 明くる雲間に 積る白雪
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0435 名所歌奉りける時
志賀浦や 暫し時雨の 雲ながら 雪に成行く 山颪風
前大僧正慈鎮
0436 建保五年內裏歌合に、冬河風
此頃は 時雨も雪も 故鄉に 衣掛干す 佐保川風
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
0437 百首歌詠ませ給うけるに
山川の 冰も薄き 水面に 叢叢積る 今朝初雪
順德院御製
0438 題知らず
今朝は復 累て冬を 見つる哉 枯野上に 降れる白雪
前大僧正慈鎮
0439 承久元年內裏歌合に、杜間雪
秋色を 拂ふと見つる 木枯の 杜梢は 雪も溜らず
正三位 藤原知家
0440 雪朝、右衛門督忠基許に遣はしける
今朝は猶 雪にぞ人は 待たれける 問はぬ習を 思知れども
九條左大臣 藤原道良 二條道良
0441 洞院攝政家百首歌に、雪を
今日だにも 道踏分けぬ 白雪の 明日さへ降らば 人も待たれじ
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0442 冬歌中に
自づから 問ふに辛さの 跡をだに 見て恨みばや 庭白雪
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0443 【○承前。冬歌中。】
跡惜しむ 誰が習の 山路とて 積れる雪を 問ふ人の無き
藻壁門院少將
0444 【○承前。冬歌中。】
跡はみな 元より絕えし 山里の 木葉上を 埋む白雪
藤原教雅朝臣
0445 西行法師進侍りける百首歌に
三輪山 夜間雪に 埋れて 下葉ぞ杉の 印也ける
左近中將 藤原公衡
0446 雪歌とて詠侍りける
矢田野の 淺茅原も 埋れぬ 幾重愛發の 峯白雪
前大納言 藤原為家
0447 【○承前。侍詠雪歌。】
積れども 冰らぬ程は 吹立てて 風に天霧る 峯白雪
道洪法師
0448 守覺法親王家五十首歌に
山風の 音さへ疎く 成りにけり 松を隔つる 嶺白雪
寂蓮法師
0449 文永十年七月內裏七首歌奉りし時
待つと為し 風傳さへ 絕果てて 因幡山に 積る白雪
藤原隆博朝臣
0450 神館雪朝、忍びて御幸有りける後に詠侍りける
神山の 松も友とぞ 思ふらむ 古りずば今日の 御幸見ましや
賀茂氏久
0451 弘長元年百首歌奉りける時、雪を
高圓の 尾上雪に 跡絕えて 古りにし宮は 人も通はず
從二位 藤原行家 九條行家
0452 寳治百首歌奉りける時、積雪の心を
真柴苅る 道や絕えなむ 山賤の 彌しき降れる 夜半白雪
從二位 藤原賴氏 一條賴氏
0453 建保五年內裏歌合に、冬海雪
田子海人の 宿迄埋む 富士嶺の 雪も一つに 冬は來にけり
藤原信實朝臣
0454 冬歌中に
伊勢島や 浦干潟に 降る雪の 積りも堪へず 汐や見つらむ
平政村朝臣
0455 雪中遠情と云ふ事を
搔暗し 降る白雪に 鹽竈の 浦煙も 絕えやしぬらむ
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0456 白河殿七百首歌に、濱邊雪
八百日行く 濱の真砂地 遙遙と 限も見えず 積る白雪
後嵯峨院御製
0457 題知らず
降雪に 生野道の 末迄は 如何踏見む 天橋立
正親町院右京大夫
0458 台盤所壺に雪山造られて侍りける朝、詠侍りける
徒にのみ 積りし雪の 如何にして 雲居に懸る 山と成りけむ
周防內侍
0459 寳治百首歌奉りける時、積雪
九重と 云ふ許にや 累ぬらむ 御垣內の 夜半白雪
後深草院少將內侍
0460 正治百首歌に
眺遣る 衣手く 降雪に 夕闇知らぬ 山端月
前中納言 藤原定家
0461 中將に侍りける時、雪夜月明かりけるに、內より女房數多伴ひて、法勝寺に罷侍りける序に、源師光誘ひて徹夜遊びて朝に遣はしける
逢はでこそ 昔人は 歸りけれ 雪と月とを 共に見しかな
前大納言 藤原隆房
0462 大納言通方、八幡宮にて歌合し侍りけるに、冬冴月
山端は 其とも見えず 埋れて 雪に傾く 有明月
從三位 源通氏 中院通氏
0463 後鳥羽院に冬月五首歌奉りけるに
徒に 今年も暮れぬ 外重守る 袖の冰に 月を重ねて
如願法師
0464 弘長元年十二月內裏三首歌に、河冰
年月は 然ても淀まぬ 飛鳥川 行瀨浪の 何冰るらむ
後花山院入道前太政大臣 藤原道雅 花山院道雅
0465 人人に七十首歌詠ませ侍りける時
冬空 日影短き 頃為れば 甚程無く 暮るる年哉
法院覺寬
0466 百首歌奉りし時
積行く 月日程を 思ふにも 來し方惜しき 年暮哉
覺助法親王
0467 題知らず
暮行くを 惜しむ心の 深ければ 我が身に年は 止る也けり
祝部成仲
0468 年暮に詠侍りける
行く年を 惜しめば身には 止るかと 思入れてや 今日を過ぎまし
皇太后宮大夫 藤原俊成
0469 【○承前。侍詠歲暮。】
何處にも 惜しみ明かさぬ 人は非じ 今宵許の 年と思へば
藤原基俊