續拾遺和歌集 卷第五 秋歌下
0296 題知らず
月影も 夜寒に成りぬ 橋姬の 裳や薄き 宇治川風
藤原信實朝臣
0297 【○承前。無題。】
橋姬の 片敷く袖も 夜や寒き 月に冴えたる 宇治川浪
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0298 人人題を探りて歌仕奉し序に、月前眺望と云へる心を詠ませ給うける
嵐山 空なる月は 影冴えて 河瀨霧ぞ 浮きて流るる
太上天皇 龜山院
0299 文永五年九月十三夜、白河殿五首歌合に、河水澄月
影宿す 月桂も 一つにて 空より澄める 秋川水
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0300 題知らず
散積る 紅葉為らねど 龍田川 月にも水の 秋は見えけり
侍從 藤原能清 一條能清
0301 文永五年八月十五夜內裏歌合に、河月似冰
龍田川 岩越す浪の 凍るかと 夙無き名の 月に見ゆらむ
典侍藤原親子朝臣
0302 月歌中に
照月の 光と共に 流來て 音さへ澄める 山川水
前大僧正慈鎮
0303 建保二年、秋十首歌奉りける時
石走る 瀧つ岩根の 秋月 宿るとすれど 影も留らず
後久我太政大臣 源通光 久我通光
0304 千五百番歌合に
堰止むる 岩間水に 澄む月や 結べば解くる 冰為るらむ
野宮左大臣 藤原公繼 德大寺公繼
0305 題知らず
御船漕ぐ 堀江蘆に 置露の 玉敷く許 月ぞ清けき
平政村朝臣
0306 【○承前。無題。】
夜舟漕ぐ 由良湊の 汐風に 同戶渡る 秋月影
惟宗忠景
0307 【○承前。無題。】
思遣る 浦初島 同じくば 行きてや見まし 秋夜月
平清時
0308 文永七年八月十五夜內裏三首歌に、海月と云ふ事を
笹島や 夜渡る月の 影冴えて 磯越す浪に 秋風ぞ吹く
右衛門督 藤原實冬 滋野井實冬
0309 弘長三年、同百首歌奉りし時、浦月
須磨浦や 關戶掛けて 立浪を 月に吹越す 秋汐風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0310 光明峰寺入道前攝政家八月十五夜歌合に、名所月
清見潟 月空には 關も居ず 徒に立つ 秋浦浪
後堀河院民部卿典侍
0311 月歌中に
清見潟 月澄む夜半の 叢雲は 富士高嶺の 煙也けり
登蓮法師
0312 弘長元年百首歌奉りける時、月を
夜寒なる 生田杜の 秋風に 訪はれぬ里も 月や見るらむ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0313 文永五年八月十五夜內裏歌合に、田家見月
稻葉吹く 蘆丸屋の 秋風に 寢ぬ夜を寒み 澄める月影
從二位 藤原行家 九條行家
0314 建長三年九月十三夜十首歌合に、田家月
獨住む 門田庵の 月影に 我が寢難てを 問ふ人も無し
前內大臣 藤原師繼 花山院師繼
0315 題知らず
風音も 吹き增さるなり 然らでだに 我が寢難ての 秋夜月
安嘉門院四條
0316 【○承前。無題。】
月見ても 秋や昔と 偲ばれて 本身ながら 身こそ辛けれ
前攝政左大臣 藤原家經 一條家經
0317 【○承前。無題。】
秋を經て 遠離行く 古を 同影なる 月に戀ひつつ
前大納言 藤原為家
0318 建長二年八月十五夜鳥羽殿歌合に、月前風
古の 風も變らぬ 我が宿は 住慣れてこそ 月も見るらめ
後嵯峨院御製
0319 老いの後、月を見て詠侍りける
眺むれば 六十秋も 覺えけり 昔をさへや 月は見すらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0320 月歌とて
眺むれば 我心さへ 果ても無く 行方も知らぬ 月影哉
式子內親王
0321 弘長元年百首歌奉りける時、月
鵲の 門渡る橋も 白妙の 初霜急ぐ 秋月影
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0322 家に月五十首歌詠侍りけるに
然らぬだに 更くるは惜しき 秋夜の 月より西に 殘る白雲
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0323 建保百首歌奉りける時
月に行く 遠山摺の 狩衣 萎るる露に 夜は更けにけり
後久我太政大臣 源通光 久我通光
0324 建長三年、吹田にて十首歌奉りける時、秋歌
長しとも 何思ひけむ 山鳥の 尾上に懸かる 秋夜月
左兵衛督 藤原信家 坊門信家
0325 題知らず
吳竹の 端山霧の 明方に 猶夜を籠めて 殘る月影
法印定圓
0326 【○承前。無題。】
鐘音も 明離行く 山端の 霧に殘れる 有明月
如願法師
0327 家六百番歌合に
山遠き 門田末は 霧晴れて 穗浪に沉む 有明月
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0328 光明峯寺入道前攝政家秋卅首歌中に
秋田の 穗向偏り 吹風に 山本見えて 晴るる夕霧
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0329 寳治百首歌奉りける時、秋田を
夕日射す 門田秋の 稻莚 早稻穗苅りしき 今や干すらむ
前內大臣 藤原基家 九條基家
0330 山階入道左大臣家十首歌に、田家秋寒
露霜の 晚生稻葉 色付きて 假庵寒き 秋山風
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0331 秋歌中に
小山田の 庵守る賤が 衣手は 露も徹夜 起明かしけり
權大納言 藤原家長
0332 擣衣之心を
更科の 山嵐も 聲澄みて 木曾麻衣 月に擣つ也
順德院御製
0333 【○承前。詠擣衣之趣。】
歸るべき 越旅人 待侘びて 京月に 衣擣つ也
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0334 【○承前。詠擣衣之趣。】
置明かす 露さへ寒き 月影に 慣れて幾夜か 衣擣つらむ
入道二品親王性助
0335 題知らず
秋風の 身に沁染むる 里人や 先訪れて 衣擣つらむ
右近中將 藤原經家 月輪經家
0336 光明峯寺入道前攝政家歌合に、風前擣衣
並べて吹く 賤がさゝやの 秋風を おのが夜寒と 擣衣哉
洞院攝政左大臣 藤原教實 九條教實
0337 濱擣衣と云ふ事を
浪寄する 御津濱邊の 浦風に 今宵も寒く 衣擣つ也
祝部成賢
0338 秋歌中に
浦風や 猶寒からし 難波人 蘆火炊屋に 衣擣つ也
權僧正實伊
0339 【○承前。秋歌中。】
衣擣つ 音ぞ夜深く 聞こゆなる 遠里小野の 風便に
津守國平
0340 野亭擣衣と云ふ事を
秋萩の 移ふ野邊の 假庵に 誰寢難ての 衣擣つらむ
按察使 藤原高定
0341 題知らず
如何に為む 濡れぬ宿かす 人も無き 交野御野の 秋村雨
前內大臣 藤原基家 九條基家
0342 建長三年、吹田にて十首歌奉りける時
末枯るる 蘆し末葉に 風過ぎて 入江を渡る 秋村雨
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0343 千五百番歌合に
小壯鹿の 伏すや草叢 末枯れて 下も露はに 秋風ぞ吹く
前中納言 藤原定家
0344 秋歌中に
三島野の 淺茅上葉 秋風に 色付きぬとや 鶉鳴くらむ
前內大臣 藤原基家 九條基家
0345 光明峯寺入道前攝政家秋卅首歌に
飽かず見し 花盛りは 早過ぎて 下葉枯行く 庭秋萩
從二位 藤原行家 九條行家
0346 題知らず
秋風に 穗末浪寄る 苅萱の 下葉に蟲の 聲弱る也
西行法師 佐藤義清
0347 叢蟲と云へる心を
蟲音も 枯枯れになる 長月の 淺茅末の 露寒けさ
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0348 【○承前。叢蟲之趣。】
草原 初霜迷ふ 月影を 夜寒に為して 蟲や鳴くらむ
內大臣 藤原家基
0349 白河殿七百首歌に、水邊菊
汲みてこそ 千歲も豫て 知られけれ 濡れて干す云ふ 菊下水
後嵯峨院御製
0350 題知らず
露霜の 置堪へぬ間に 染めてけり 端山裾の 秋の紅葉
光明峯寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0351 建長六年、龜山殿にて始めて五首歌講ぜられけるに、初紅葉と云ふ事を
置露や 染始むらむ 秋山の 時雨も待たぬ 峯紅葉
岡屋入道前攝政太政大臣 藤原兼經
0352 【○承前。建長六年,於龜山殿始講五首歌,詠初紅葉。】
嵐山 今日為とや 紅葉の 時雨も待たで 色に出づらむ
前中納言 源資平
0353 秋歌とて詠侍りける
吹き萎る 宜山風の 嵐山 夙木葉の 色ぞ時雨るる
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0354 文永五年九月十三夜白河殿五首歌合に、暮山紅葉
時雨行く 雲餘所なる 紅葉も 夕日に染むる 葛城山
後嵯峨院宮內卿
0355 百首歌奉りし時
紅葉に 餘所日影は 殘れども 時雨に暮るる 秋山本
權中納言 藤原公雄 小倉公雄
0356 弘長元年百首歌奉りける時、紅葉を
夕付日 移ふ空の 雲間より 光射添ふ 峰紅葉
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0357 【○承前。弘長元年奉百首歌時,詠紅葉。】
龍田姬 今や梢の 唐錦 織延へ秋の 色ぞ時雨るる
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0358 洞院攝政家百首歌に、同心を
龍田山 木葉色付く 程許 時雨に添はぬ 秋風欲得
藻壁門院少將
0359 題知らず
時雨降る 生田杜の 紅葉は 問はれむとてや 色增さるらむ
藤原景綱
0360 建長二年九月詩歌合に、山中秋興
三室山 秋木葉の 幾返り 下草掛けて 猶時雨るらむ
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0361 紅葉を詠ませ給うける
紅葉を 今一入と 言傳てむ 時雨るる雲の 末山風
太上天皇 龜山院
0362 承久元年內裏歌合に、庭紅葉
守る山も 木下迄ぞ 時雨為る 我袖殘せ 軒紅葉
前中納言 藤原定家
0363 紅葉盛と云へる心を
枝交す 餘所紅葉に 埋れて 秋は稀なる 山常磐木
後嵯峨院御製
0364 贈左大臣長實家歌合に
秋每に 誰か染むらむ 主知らぬ 唐紅の 衣手杜
左京大夫 藤原顯輔
0365 秋歌中に
山姬の 戀淚や 染めつらむ 紅深き 衣手杜
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定
0366 正治百首歌に
龍田川 散らぬ紅葉の 影見えて 紅葉越ゆる 瀨瀨白浪
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0367 千五百番歌合に
苔上に 嵐吹敷く 唐錦 立たまく惜しき 森蔭哉
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0368 題知らず
手向山 幣は昔に 成りぬとも 猶散殘れ 峯紅葉
中原師光朝臣
0369 平親世人人に歌詠ませ侍りけるに詠遣はしける
紅葉の 未散果てぬ 木本を 賴む蔭とや 鹿鳴くらむ
前大僧正道玄
0370 名所百首歌召しける次に
龍田山 木葉吹頻く 秋風に 落ちて色付く 松下露
順德院御製
0371 建保四年內裏百番歌合に
紅葉散る 川瀨霧の 己のみ 浮きて流れぬ 秋色哉
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0371b 紅葉浮水と云へる心を詠侍りける
水よりや 暮行秋は 歸るらむ 紅葉流れぬ 山河ぞ無き
後三條內大臣 藤原公教
0372 百首歌奉りし時
戶無瀨川 紅葉を掛くる 柵も 淀まぬ水に 秋ぞ暮行く
入道二品親王性助
0373 暮秋之心を
小壯鹿の 聲より外も 小倉山 夕日影に 秋ぞ暮行く
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0374 光明峯寺入道前攝政家秋卅首歌に
秋果つる 色限りと 且見ても 明かず時雨の 降る淚哉
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0375 題知らず
留置く 露形見は 袖濡れて 徃方知らぬ 秋別路
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0376 西行法師進侍りける百首歌中に
徹夜 惜しむ袂の 露のみや 明けなば秋の 名殘なるべき
左近中將 藤原公衡
0377 正治百首歌に
思へども 今宵許の 秋空 更行く雲も 打時雨つつ
式子內親王