續拾遺和歌集 卷第四 秋歌上
0215 人人に百首歌召されし序に
今朝變る 秋とは風の 音羽山 音に聞くより 身にぞ沁みける
太上天皇 龜山院
0216 初秋之心を
今朝は復 草葉玉の 數添ひて 露吹結ぶ 秋初風
光明峯寺入道前攝政左大臣 藤原道家 九條道家
0217 寳治百首歌奉りける時、早秋
蟬羽の 梢に薄き 夏衣 變らずながら 秋は來にけり
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0218 道助法親王家五十首歌に、同心を
風音も 何時變るらむ 秋は來て 未だ淺茅生の 小野篠原
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0219 題知らず
何時しかと 荻上葉も 音信て 袖に萎るる 秋初風
後鳥羽院御製
0220 光明峯寺入道前攝政家秋卅首歌中に
蘆葉の 音にも著し 津國の 姑射吹初むる 秋初風
後深草院少將內侍
0221 初秋之心を詠ませ給うける
然らでだに 夏を忘るる 松陰の 岩井水に 秋は來にけり
後嵯峨院御製
0222 寳治元年十首歌合に、初秋風
岡邊や 何時とも判ぬ 松風の 身に沁む程に 秋は來にけり
右近大將 源通忠 久我通忠
0223 弘長元年百首歌奉りける時、早秋
石上 布留野松の 音迄も 昔を殘す 秋初風
前內大臣 藤原基家 九條基家
0224 秋歌中に
何時しかと 風渡るなり 天川 浮津浪に 秋や立つらむ
前大僧正隆辨
0225 弘長三年內裏百首歌奉りし時、七夕を
織女の 雲裳の 秋風に 逢ふ田實とや 今宵待つらむ
權中納言 藤原經平
0226 七月七日、「如何に言ひたる契りなるらむ?」と申しける人の返事に
契りけむ 心程も 彥星の 行交空に 誰か知るべき
堀河院中宮上總
0227 七夕之心を
淺からぬ 契とぞ思ふ 天川 逢瀨は年の 一夜為れとも
權大納言 藤原實家
0228 【○承前。詠七夕之趣。】
年に待つ 習ひぞ辛き 天川 逢瀨は近き 渡為れども
修理大夫 藤原隆康 四條隆康
0229 百首歌詠ませ給うけるに
彥星の 髻首玉や 天川 水蔭草の 露に紛はむ
後鳥羽院御製
0230 久安百首歌に
重ねても 飽かぬ思や 增さるらむ 今朝立歸る 天羽衣
待賢門院堀川
0231 七夕後朝之心を
立歸る 今朝淚に 七夕の 髻首玉の 數や添ふらむ
法橋顯昭
0232 入道二品親王家に五十首歌詠侍りけるに、秋歌
今よりの 露をば露と 荻葉に 泪且散る 秋風ぞ吹く
津守國助
0233 弘長元年百首歌奉りける時、荻
荻葉に 風待つ程の 夕暮を 訪歸て 人問へかし
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0234 鳥羽院御時、前栽合に
秋夜は 人待つとしも 無けれども 荻葉風に 驚かれぬる
修理大夫 藤原顯季
0235 題知らず
狩人の 入野露の 白檀弓 末も撓に 秋風ぞ吹く
順德院御製
0236 名所百首歌召しける序に
少女子が 玉裳裾や 萎るらむ 野島崎の 秋夕露
順德院御製
0237 建保三年五首歌合に、行路秋
蟲音も 我身獨の 秋風に 露分侘ぶる 小野篠原
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0238 秋歌中に
夕暮は 我身獨の 秋にしも 非ぬ物故 濡るる袖哉
前關白左大臣 藤原基忠 鷹司基忠
0239 【○承前。秋歌之中。】
心から 眺めて物を 思哉 我が為に憂き 秋空かは
澄覺法親王
0240 述懷百首歌中に
藤袴 嵐立ちぬる 色よりも 碎けて物は 我ぞ悲しき
皇太后宮大夫 藤原俊成
0241 題知らず
唐衣 裙野に匂ふ 藤袴 著て見ぬ先に 綻びにけり
長覺法師
0242 【○承前。無題。】
何方に 心を寄せて 女郎花 秋風吹けば 先づ靡くらむ
佚名 讀人知らず
0243 行路薄と云へる心を
袖返る 遠方人は 分過ぎて 殘る尾花に 秋風ぞ吹く
藤原隆祐朝臣
0244 建保四年百番歌合に
夕霧の 籬秋の 花薄 遠方為らぬ 袖かとぞ見る
順德院御製
0245 秋歌中に
秋山の 裾野薄 打靡き 暮行く風に 鶉鳴くなり
從二位 藤原家隆
0246 建長二年八月十五夜鳥羽殿歌合に、野草花
萩が花 誰にか見せむ 鶉鳴く 磐余野邊の 秋夕暮
前內大臣 藤原師繼 花山院師繼
0247 萩露と云ふ事を
然らぬだに 心置かるる 萩が枝に 露も徒なる 秋夕風
權中納言 藤原公守 洞院公守
0248 題知らず
萩が花 移ふ庭の 秋風に 下葉を待たで 露は散りつつ
土御門院御製
0249 野花移庭と云ふ事を
心有りて 露や置くらむ 野邊よりも 匂ひぞ增さる 秋萩花
藤原範永朝臣
0250 萩を詠ませ給うける
宮城野の 木下露も 色見えて 移りぞ增さる 秋萩花
太上天皇 龜山院
0251 野鹿と云へる心を
宮城野の 本荒小萩 今よりや 移ふ色に 鹿鳴くらむ
從三位 藤原忠兼 楊梅忠兼
0252 入道二品親王家に五十首歌詠みける時
色變る 小萩が許は 露散りて 秋野風に 牡鹿鳴くなり
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
0253 風前鹿と云ふ事を
片岡の 裾野暮に 鹿鳴きて 小萩色付く 秋風ぞ吹く
津守經國
0254 秋歌中に
秋萩の 咲きて散りぬる 夕露に 猶立濡るる 鹿ぞ鳴くなる
蓮生法師
0255 【○承前。秋歌之中。】
妻戀ふる 鹿淚や 秋萩に 零るる程に 置ける白露
藤原基俊
0256 【○承前。秋歌之中。】
如何に吹く 秋夕の 風為れば 鹿音ながら 身には沁むらむ
後深草院少將內侍
0257 【○承前。秋歌之中。】
夜を寒み 狩場小野に 鳴鹿の れは勝らぬ 妻を戀ふらし
從三位 藤原光成 大炊御門光成
0258 建保四年百首歌召しける序に
露に伏す 野邊千草の 曙に 置濡れて行く 小壯鹿聲
後鳥羽院御製
0259 題知らず
秋風に 外山鹿は 聲立てて 露吹き結ぶ 小野淺茅生
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0260 建長三年九月十三夜十首歌合に、暮山鹿
秋去れば 山尾上に 聲立てて 鹿も夕は 物や悲しき
入道右大臣 藤原定雅
0261 夜鹿と云ふ事を詠める
高砂の 松嵐は 夜寒にて 月に更けぬる 小壯鹿聲
祝部成良
0262 建長二年九月、詩歌を合せられける時、山中秋興
足引の 山風寒き 月影に 小夜更けぬとや 鹿鳴くらむ
入道內大臣 藤原定雅
0263 題知らず
色變る 身を秋山に 鳴鹿の 淚も深き 峯朝霧
後鳥羽院御製
0264 承曆二年內裏歌合に、鹿
霧深き 山尾上に 立鹿は 聲許にや 友を知るらむ
權大納言 藤原公實
0265 初雁を
秋霧の 空に鳴くなる 初鴈は 霞し春や 思出らむ
藤原為賴朝臣
0266 弘長元年百首歌奉りし時、同心を
今よりの 衣鴈音 秋風に 誰が夜寒とか 鳴きて來ぬらむ
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0267 秋歌中に
今よりは 雲居鴈も 聲立てて 秋風寒く 成增さるらむ
覺仁法親王
0268 暮天聞雁と云へる心を
遠離る 聲許して 夕暮の 雲何處に 鴈鳴くらむ
太上天皇 龜山院
0269 題知らず
夕去れば 霧立つ空に 雁鳴きて 秋風寒し 小野篠原
藻壁門院少將
0270 【○承前。無題。】
雁鳴きて 夕霧立ちぬ 山本の 早田を寒み 秋や來ぬらむ
藤原信實朝臣
0271 百首歌奉りし時
村雨の 雲絕間に 雁鳴きて 夕日移ふ 秋山端
權僧正實伊
0272 題知らず
見渡せば 山裾野に 霧晴れて 夕日に向ふ 松叢立
普光園入道前關白左大臣 藤原良實 二條良實
0273 【○承前。無題。】
問へかしな 夕霧薄き 杉葉の 絕絕殘る 秋山本
堀川右大臣 藤原賴宗
0274 百首歌奉りし時
東雲の 橫雲ながら 立籠めて 明けも離れぬ 峰秋霧
藤原為世朝臣
0275 秋歌中に
伏見山 麓霧の 絕間より 遙かに見ゆる 宇治川浪
常磐井入道前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0276 弘長元年百首歌奉りし時、霧
朝朗け 嵐山は 峰晴れて 麓を下る 秋川霧
前大納言 藤原為家
0277 題知らず
船寄する 遠方人の 袖見えて 夕霧薄き 秋川浪
中務卿 宗尊親王
0278 百首歌中に
仄仄と 我が住む方は 霧籠めて 蘆屋里に 秋風ぞ吹く
前中納言 藤原定家
0279 文永二年八月十五夜歌合に、未出月
待程の 空に心を 盡せとや 猶出で遣らぬ 秋夜月
式乾門院御匣
0280 秋歌中に
片敷の 袖秋風 小夜更けて 猶出難の 山端月
正三位 藤原知家
0281 建長二年八月十五夜、鳥羽殿歌合に、月前風
山端を 出でて清けき 月に猶 光を添へて 秋風ぞ吹く
後深草院少將內侍
0282 題知らず
天原 雲吹拂ふ 秋風に 山端高く 出る月影
後鳥羽院御製
0283 【○承前。無題。】
出づるより 雲吹拂ふ 松風に 軈て隈無き 山端月
中納言 藤原教良 二條教良
0284 九月十三夜五首歌に、山月
足曳の 山端清く 空澄みて 雲をば餘所に 出る月影
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
0285 題知らず
叢雲の 懸かると見ゆる 山端を 遙に出て 澄める月影
平時村
0286 秋頃、法輪寺にて詠侍りける
眺むれば 都空の 浮雲を 隔てて出る 山端月
前中納言 藤原資實
0287 秋依月勝と云へる心を
別きて茲 心盡しは 秋ぞとも 木間月の 影よりぞ知る
後嵯峨院御製
0288 建長三年九月十三夜十首歌合に、名所月
年を經て 光射添へ 春日為る 山は三笠の 秋夜月
冷泉太政大臣 藤原公相 西園寺公相
0289 月歌中に
餘所迄は 何か厭はむ 葛城や 月に懸からぬ 峰白雲
中務卿 宗尊親王
0290 文永二年八月十五夜歌合に、停午月
今こそは 板井水の 底迄も 殘る隈無く 月は澄みけれ
從二位 藤原行家 九條行家
0291 題知らず
昔より 名に負ふ秋の 半ばとて 月は今宵ぞ 澄增さりける
右大臣 藤原忠教
0292 駒迎を
年を經て 雲上にて 見し秋の 影も戀しき 望月駒
後嵯峨院御製
0293 【○承前。詠迎駒。】
夕暮の 月より先に 關越えて 木下暗き 桐原駒
正三位 藤原知家
0294 前關白一條家百首歌に、關月
逢坂や 鳥空音の 關戶も 開けぬと見えて 澄める月影
前大納言 藤原為家
0295 關路月と云へる心を
逢坂の 關清水の 無かりせば 如何でか月の 影を留めまし
左京大夫 藤原顯輔