續拾遺和歌集 卷第三 夏歌
0146 寳治二年百首歌召しける序に、首夏之心を
新玉の 年を累ねて 歸つれど 猶一重為る 夏衣哉
後嵯峨院御製
0147 【○承前。寳治二年召百首歌之際,詠首夏之趣。】
今日とてや 大宮人の 白妙に 襲ねて著たる 蟬羽衣
山階入道左大臣 藤原實雄 洞院實雄
0148 遲櫻に付けて人許に遣はしける
山隱れ 人は訪來ず 櫻花 春さへ過ぎぬ 誰に見せまし
赤染衛門
0149 題知らず
郭公 忍ぶ頃とは 知りながら 如何に待たるる 初音為るらむ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0150 【○承前。無題。】
我は未だ 夢にも聞かず 時鳥 待ちえぬ程は 寢夜無ければ
後德大寺左大臣 藤原實定 德大寺實定
0151 【○承前。無題。】
子規 寢夜數は 思知れ 誰が里分かず 音をば鳴くとも
平政村朝臣
0152 【○承前。無題。】
郭公 待つと許の 短夜に 寢なまし月の 影ぞ明行く
前大納言 藤原為家
0153 待郭公と云ふ事を詠侍りける
有明の 月にぞ賴む 郭公 言ひし許の 契為らねど
源兼氏朝臣
0154 同心を
待侘びて 今宵も明けぬ 時鳥 誰が由緣無さに 音を習ひけむ
中務卿宗尊親王
0155 【○承前。詠同心。】
尋來て 今日も山路に 暮れにけり 心盡しの 郭公哉
右近大將 源通基 久我通基
0156 【○承前。詠同心。】
古の 誰が習に 郭公 待たでは聞かぬ 初音為るらむ
右兵衞督 藤原基氏 園基氏
0157 右大臣に侍りける時、家に百首歌詠侍りけるに杜鵑を
宿每に 誰かは待たぬ 杜鵑 何方を分きて 初音鳴くらむ
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0158 夏歌中に
待たで聞く 人もや有らむ 郭公 鳴かぬに付けて 身こそ知らるれ
大納言 源經信
0159 【○承前。夏歌之中。】
待たねども 物思ふ人は 自づから 山時鳥 先づぞ聞きつる
和泉式部
0160 【○承前。夏歌之中。】
白妙の 衣干すより 郭公 鳴くや卯月の 玉川里
從二位 藤原家隆
0161 【○承前。夏歌之中。】
知る知らず 誰聞けとてか 時鳥 文無く今日は 初音鳴くらむ
藤原光俊朝臣 葉室光俊
0162 【○承前。夏歌之中。】
一聲の 覺束無きに 郭公 我も聞きつと 云ふ人欲得
藤原信實朝臣
0163 聞郭公と云ふ事を
一聲の 飽かぬ名殘を 郭公 聞かぬに作して 猶や待たまし
藤原隆博朝臣
0164 遙聞時鳥と云へる心を
遙なる 唯一聲に 時鳥 人心を 空に為しつる
源道濟
0165 題知らず
時鳥 唯一聲と 契りけり 暮るれば明くる 夏夜月
醍醐入道前太政大臣 藤原良平 九條良平
0166 【○承前。無題。】
時鳥 雲何處に 休らひて 明方近き 月に鳴くらむ
後鳥羽院御製
0167 文治六年女御入內屏風に
思知れ 有明方の 郭公 然こそは誰も 飽かぬ名殘を
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0168 後法性寺入道前關白、右大臣に侍りける時、家に百首歌詠侍りけるに、郭公
訪れむ 事をぞ待ちし 時鳥 語らふ迄は 思はざりしを
俊惠法師
0169 夏歌中に
山賤と 成りても猶ぞ 郭公 鳴音に飽かで 年は經にける
寂超法師
0170 【○承前。夏歌之中。】
時鳥 驚かすなり 然らぬだに 老寐覺は 夜深き物を
從三位 源賴政
0171 卯月晦方に津國つのくにに罷まかりて詠侍よみはべりける
五月待さつきまつ 難波浦なにはのうらの 時鳥ほととぎす 海士栲繩あまのたくなは 繰返くりかへし鳴なけ
能因法師
0172 菖蒲あやめを詠侍よみはべりける
菖蒲草あやめぐさ 一夜許ひとよばかりの 枕まくらだに 結むすびも果はてぬ 夢短ゆめのみじかさ
前中納言 源雅具
0173 百首歌召ひゃくしゅのうためされし序ついでに
菖蒲草あやめぐさ 何時いつの五月さつきに 引始ひきそめて 長例ながきためしの 根ねをも掛かくらむ
太上天皇 龜山院
0174 正治二年しゃうぢにねん、後鳥羽院ごとばゐんに百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりける時とき
穗ほに出いでむ 秋あきを今日けふより 數かぞへつつ 五百代小田いほしろをだに 早苗採さなへとる也なり
前大納言 藤原隆房
0175 建保三年五首歌合けんぽうさんねんのごしゅのうたあはせに、夕早苗ゆふさなへ
新玉あらたまの 年有としある御代みよの 秋掛あきかけて 穫とるや早苗さなへに 今日けふも暮くれつつ
前中納言 藤原定家
0176 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
橘たちばなの 蔭踏かげふむ道みちは 昔むかしにて 袖香遺そでのかのこる 世世故鄉よよのふるさと
前內大臣 藤原師繼 花山院師繼
0177 寳治元年十首歌合ほうぢぐわんねんのじっしゅのうたあはせに、五月郭公さつきのほととぎす
橘たちばなの 匂にほふ五月さつきの 郭公ほととぎす 如何いかに忍しのぶる 昔為むかしなるらむ
右近大將 源通忠 久我通忠
0178 題知だいしらず
暮掛くれかかる 篠屋軒しのやののきの 雨中あめのうちに 濡ぬれて言問こととふ 時鳥哉ほととぎすかな
如願法師
0179 【○承前。無題。】
時鳥ほととぎす 振出ふりいでて鳴なけ 思出おもひいづる 常磐森ときはのもりの 五月雨空さみだれのそら
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0180 【○承前。無題。】
見渡みわたせば 翳かすみし程ほどの 山やまも無なし 伏見暮ふしみのくれの 五月雨頃さみだれのころ
權僧正實伊
0181 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
晴遣はれやらぬ 日數ひかずを添そへて 山端やまのはに 雲くもも重かさなる 五月雨空さみだれのそら
春宮大夫 藤原實兼 西園寺實兼
0182 弘長元年百首歌奉こうちゃうぐわんねんのひゃくしゅのうたたてまつりける時とき、五月雨さみだれを
濡ぬれて干ほす 隙ひまこそ無なけれ 夏許なつがりの 蘆屋里あしやのさとの 五月雨頃さみだれのころ
衣笠內大臣 藤原家良 衣笠家良
0183 洞院攝政家百首歌とうゐんせっしゃうのいへのひゃくしゅのうたに、同心おなじこころを
滿潮みつしほの 流ながれ干ひる間まも 無なかりけり 浦湊うらのみなとの 五月雨頃さみだれのころ
前大納言 藤原為家
0184 題知だいしらず
名なのみして 岩波高いはなみたかく 聞きこゆなり 音無川おとなしかはの 五月雨頃さみだれのころ
藤原忠資朝臣
0185 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
五月雨さみだれは 布留川邊ふるがはのべに 水越みづこえて 波間なみまに立たてる 二本杉ふたもとのすぎ
侍從 藤原雅有 飛鳥井雅有
0186 前右近中將資盛家歌合さきのうこんのちゅうじゃうすけもりのいへのうたあはせに、五月雨さみだれ
五月雨さみだれは 雲間くもまも無なきを 河社かはやしろ 如何いかに裳ころもを 篠しのに干ほすらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0187 鵜河うかはを詠よませ給たまうける
夕闇ゆふやみに 淺瀨白浪あさせしらなみ 辿たどりつつ 澪溯みをさかのぼる 鵜飼舟哉うかひふねかな
後嵯峨院御製
0188 閏五月朔日頃うるふのさつきのついたちごろに詠侍よみはべりける
復更またさらに 初音はつねとぞ思おもふ 郭公ほととぎす 同皐月おなじさつきも 月つきし變かはれば
權大納言 藤原公實
0189 百首歌召ひゃくしゅのうためされし序ついでに
東屋あづまやの 真屋軒端まやののきばの 短夜みじかよに 餘程無あまりほどなき 夏夜月なつのよのつき
太上天皇 龜山院
0190 【○承前。召百首歌之際。】
涼すずしさに 飽あかずも有哉あるかな 石間行いはまゆく 水みづに影見かげみる 夏夜月なつのよのつき
按察使 藤原高定
0191 依月夏涼つきによりてなつすずしと云いへる心こころを
詠ながむれば 涼すずしかりけり 夏夜なつのよの 月桂つきのかつらに 風かぜや吹ふくらむ
修理大夫 藤原顯季
0192 大納言通方だいなごんみちかた人人薦ひとびとすすめて八幡宮はちまんぐうにて歌合うたあはせし侍はべりけるに、夏涼月なつのすずしきつき
夏深なつふかき 美豆野真菰みづののまこも 假寢かりねして 衣手薄ころもでうすき 夜半月影よはのつきかげ
源有長朝臣
0193 寳治百首歌奉ほうぢのひゃくしゅのうたたてまつりける時とき、夏月なつのつき
手てに鳴ならす 扇風あふぎのかぜも 忘わすられて 閨守ねやもる月つきの 影かげぞ涼すずしき
藻壁門院但馬
0194 人人ひとびとに七十首歌詠しちじっしゅのうたよませて侍はべりける時とき、夏歌なつのうた
更ふけぬとも 思おもはぬ程ほどの 轉寢うたたねに 軈やがて明行あけゆく 夏夜空なつのよのそら
法印覺寬
0195 寳治百首歌奉ほうぢのひゃくしゅのうたたてまつりける時とき、同心おなじこころを
夏草なつくさに 混まじる小百合さゆりは 自おのづから 秋あきに知しられぬ 露つゆや置おくらむ
入道二品親王道助
0196 【○承前。奉寳治百首歌時,詠同心。】
石上いそのかみ 布留中道ふるのなかみち 今更いまさらに 踏分難ふみわけがたく 茂しげる夏草なつぐさ
前大納言 藤原資季
0197 承久元年內裏歌合じょうきうぐわんねんのだいりのうたあはせに、水邊夏草みづべのなつぐさ
自おのづから 野中清水のなかのしみづ 知しる人ひとも 忘わする許ばかりに 茂しげる夏草なつぐさ
藤原信實朝臣
0198 題知だいしらず
夏草なつぐさの 深思ふかきおもひも 有物あるものを 己許おのればかりと 飛螢哉とぶほたるかな
土御門院御製
0199 家いへに百首歌詠侍ひゃくしゅのうたよみはべりけるに
夜よるは燃もえ 晝ひるは消行きえゆく 螢哉ほたるかな 衛士焚火ゑじのたくひに 何時習いつならひけむ
中務卿 宗尊親王
0200 浦螢うらほたると云いふ事ことを
埋うづもれぬ 茲これや難波なにはの 玉柏たまがしは 藻もに現あらはれて 飛螢哉とぶほたるかな
如願法師
0201 題知だいしらず
蘆屋あしのやの 海人繩綰あまのなはたく 漁火いさりびの 其それかと許ばかり 飛螢哉とぶほたるかな
正三位 藤原知家
0202 螢火亂飛秋已近ほたるの火みだれとびあきすでにちかしと云いへる心こころを
小笹原をざさはら 篠しのに亂みだれて 飛螢とぶほたる 今幾夜いまいくよとか 秋あきを待まつつらむ
土御門院御製
0203 寳治百首歌奉ほうぢのひゃくしゅのうたたてまつりける時とき、夕立ゆふだち
淡路島あはぢしま 夕立ゆふだちすらし 住吉すみよしの 浦向うらのむかひに 懸かかる叢雲むらくも
前內大臣 藤原基家 九條基家
0204 同心おなじこころを
谷川たにがはの 流ながれを見みても 知しられけり 雲越くもこす峰みねの 夕立空ゆふだちのそら
寂蓮法師
0205 【○承前。詠同心。】
搔曇かきくもる 程ほどこそ無なけれ 天雲あまぐもの 餘所よそに成行なりゆく 夕立空ゆふだちのそら
前關白左大臣 藤原實經 一條實經
0206 【○承前。詠同心。】
夕立ゆふだちの 晴行はれゆく峰みねの 木間このまより 入日涼いりひすずしき 露玉笹つゆのたまざさ
後鳥羽院御製
0207 百首歌奉ひゃくしゅのうたたてまつりし時とき
白雨ゆふだちの 名殘露なごりのつゆぞ 置增おきまさる 結許むすぶばかりの 庭夏草にはのなつぐさ
式乾門院御匣
0208 夏歌中なつのうたのなかに
露深つゆふかき 庭淺茅にはのあさぢに 風過かぜすぎて 名殘涼なごりすずしき 夕立空ゆふだちのそら
前右兵衛督 藤原為教 京極為教
0209 【○承前。夏歌之中。】
露紛つゆまがふ 日影ひかげに靡なびく 淺茅生あさぢふの 自おのづから吹ふく 夏夕風なつのゆふかぜ
參議 藤原雅經 飛鳥井雅經
0210 弘長三年內裏百首歌奉こうちゃうさんねんのだいりのひゃくしゅのうたたてまつりし時とき、杜蟬もりぜみ
折延をりはへて 音ねに鳴暮なきくらす 蟬羽せみのはの 夕日ゆふひも薄うすき 衣手杜ころもでのもり
前大納言 藤原為氏 二條為氏
0211 建仁元年五十首歌奉けんにんぐわんねんのごじっしゅのうたたてまつりける時とき
夕去ゆふされば 野中松のなかのまつの 下蔭したかげに 秋風誘あきかぜさそふ 晚蟬聲ひぐらしのこゑ
前大僧正慈鎮
0212 納涼之心なふりゃうのこころを
夏深なつふかき 板井水いたゐのみづの 岩枕いはまくら 秋風為あきかぜならぬ 曉あかつきぞ無なき
順德院御製
0213 建保四年內裏百番歌合けんほうよねんのだいりのひゃくばんのうたあはせに
夏果なつはつる 御祓みそぎも近ちかき 川風かはかぜに 岩波高いはなみたかく 懸かくる白木綿しらゆふ
前中納言 藤原定家
0214 同年百首歌奉おなじとしのひゃくしゅのうたたてまつりける時とき
御祓みそぎする 幣ぬさも取敢とりあへず 水無月みなづきの 空そらに知しられぬ 秋風あきかぜぞ吹ふく
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經