續古今和歌集 卷第十五 戀歌五
1308 忘戀之心を
縱然らば 我も共にと 下紐に 結ぶ草葉は 猶ぞ露けき
關白前左大臣 一條實經
1309 千五百番歌合に
然のみやは 人心に 任すべき 忘るる草の 種を知らばや
惟明親王
1310 光俊朝臣勸侍ける百首歌中に
憂きにこそ 實に偽は 無かりけれ 忘るる方の 辛き寔に
中納言 藤原為氏
1311 慈鎮大僧正詠ませ侍ける百首歌に、春戀を
春夜の 夢に勝りて 物ぞ思ふ 髣髴に見えし 月現は
前中納言 藤原定家
1312 建仁元年三月盡日撰歌合に、遇不逢戀
暫しこそ 來ぬ夜數多と 數へても 猶山端の 月を待ちしか
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
1313 建長三年九月十三夜十首歌合に、寄月恨戀
恨みても 泣きても何を 託たまし 見し夜月の 辛さならでは
新院少將內侍 後深草院少將內侍
1314 題不知
哀復 孰世にか 巡逢ひて 有し有明の 月を見るべき
菅原孝標朝臣女
1315 小一條院離離にならせ給ける頃、物に書付けられける
過ぎにける 年月何を 思ひけむ 今しも物の 嘆かしき哉
堀川女御 堀河女御
1316 戀歌中に
君を未だ 見ず知らざりし 古の 戀しきをさへ 歎きつる哉
式子內親王
1317 【○承前。戀歌中。】
訪はるるに 付けてぞ人は 辛かりし 思絕えては 恨みやはする
安嘉門院高倉
1318 【○承前。戀歌中。】
然ても猶 儚かりける 契哉 哀昔の 世こそ辛けれ
前大納言 藤原忠良
1319 家十首歌合に
今は復 影だに見えぬ 憂人の 形見水は 淚也けり
中務卿 宗尊親王
1320 寶治二年百首歌に、寄瀧戀
見し人を 音にも聞かぬ 瀧瀨の 何ぞは袖に 絕えず落つらん
藤原隆祐朝臣
1321 寄弓戀
手に慣らす 甲斐こそ無けれ 梓弓 引けば中のみ 遠離りつつ
藤原信實朝臣
1322 寄橋戀
真野浦の 淀繼橋 盡きもせず 辛しと人を 聞渡る哉
從三位 世尊寺經朝
1323 寄枕戀
宵宵に 儚き夢の 慰めも 枕定めて 何時迄か見し
土御門院小宰相
1324 戀歌中に
淚こそ 現憂さに 餘りぬれ 夢にも今は 音のみ泣かれて
平政村朝臣
1325 【○承前。戀歌中。】
流れてと 賴めし事は 行末の 淚上を 言ふにぞ有ける
小野小町
1326 從二位家隆家にて、遇不逢戀を詠侍ける
馮見ても 猶隱沼の 岩小菅 言はでも長き 音をのみぞ泣く
從三位 源泰光【師光男】
1327 戀歌とて
憂きを知る 心は何の 心にて 猶復人の 戀しかるらん
醍醐入道前太政大臣 藤原良平
1328 六帖題にて人人詠侍けるに
伊勢海の 海人藻鹽木 樵りもせで 同恨みに 年ぞ經りぬる
衣笠前內大臣 藤原家良
1329 弘長元年百首歌に、遇不逢戀
葦間行く 湊小舟 指しもやは 通ひし道の 障果つべき
衣笠前內大臣 藤原家良
1330 題不知
鳴海潟 漁りに出る 海士為らで 身を恨みても 袖は濡れけり
佚名 讀人不知
1331 【○承前。無題。】
人心 我が身秋に 成ればこそ 憂言葉の 繁く散るらめ
小野小町
1332 小一條兵衛に遣はしける
目前に 絕えずも見ゆる 辛さ哉 憂きを昔と 思ふべき世に
藤原實方朝臣
1333 戀歌中に
辛からば 元心の 忘れ莫で 重ねて干さぬ 袖露哉
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
1334 寄鏡忘戀と云へることを
諸共に 見しは昔の 真澄鏡 憂影許 何殘るらん
侍從 藤原行家【知家男】
1335 絕戀
情けにも 何どかと待ちし 夜な夜なは 憂程知らぬ 我身也けり
前內大臣 藤原基家
1336 題不知
死なば憂し 生ければ物の 悲しきに 心を變へて 非ぬ身欲得
前中納言 藤原公光【季成男。】
1337 【○承前。無題。】
憂世をば 生られば有るに 任せつつ 心よ甚く 物莫思ひぞ
西行法師 佐藤義清
1338 【○承前。無題。】
訪へかしな 情けは人の 身為を 憂き我とても 心やは無き
西行法師 佐藤義清
1339 【○承前。無題。】
君戀ふと 心は千千に 碎苦を 何ど數為らぬ 我身為るらん
曾禰好忠
1340 戀歌數多詠侍ける中に
知らざりき 契りし中は 跡絕えて 夕暮許 身に留れとは
入道前太政大臣 西園寺實氏
1341 夕戀之心を
生きて世に 何時迄濡れん 袂ぞと 淚は知るや 秋夕暮
入道前太政大臣 西園寺實氏
1342 題不知
憂事を 折折每に 忍ぶれば 辛きも人の 形見也けり
伊勢
1343 【○承前。無題。】
戀しさの 慰む方や 無からまし 辛き心を 思ひませずは
藤原清輔朝臣
1344 賀茂社歌合に
一筋に 厭辛さは 忘られて 戀しきにのみ 濡るる袖哉
左近中將 藤原公衡【公能男】
1345 戀歌中に
情けあらば 如何許かは 思はまし 辛きをだにも 偲ぶ心に
權中納言 藤原通俊
1346 【○承前。戀歌中。】
思はじと 思へど物の 嘆かれて 我にも非ず 生る心哉
正三位 藤原知家
1347 【○承前。戀歌中。】
逢事の 絕えば命も 絕えなんと 思然ども 生れける身を
高松院右衛門佐
1348 【○承前。戀歌中。】
戀をのみ 倭文苧環 賤しきも 思ひは同じ 淚也けり
土御門院御歌
1349 百首御歌中に
思出よ 木葉下の 忘水 移りし色に 絕えば果つとも
順德院御歌
1350 寄水戀を
逢事は 然てや山田の 忘水 濡れにし袖は 干る世無けれど
修明門院大貳
1351 建長三年吹田にて十首歌講侍し時
忘れずは 猶搔遣らん 飽かざりし 種井清水 袖は濡るとも
新院辨內侍 後深草院辨內侍
1352 題不知
契有らば 又も結ばん 山井の 飽かで別れし 影莫忘れそ
新院少將內侍 後深草院少將內侍
1353 中務卿親王家百首歌中に
如何で復 飽かで止みにし 奧山の 岩垣清水 影をだに見ん
土御門院小宰相
1354 五十首歌中に、絕戀を
心にも 任せばとこそ 賴まるれ 絕絕為れと 中川水
太上天皇 後嵯峨院
1355 寄河戀と云ふ事を
塵をだに 拂はぬ床の 山川の 不知哉何時より 思絕えけん
中務卿 宗尊親王
1356 【○承前。詠寄河戀。】
流れてと 思ひし物を 富士川の 如何樣にして 澄まず成りけん
正三位 藤原知家
1357 寄草戀
忘草 種有ればこそ 茂るらめ 軒端や人の 心為るらん
中務卿 宗尊親王
1358 【○承前。寄草戀。】
忘るるも 偲ぶも同じ 故鄉の 軒端草の 名こそ付らけれ
從二位 藤原顯氏【六條顯家男】
1359 題不知
定無き 心と人を 見しかども 辛さは遂に 變らざりけり
素暹法師
1360 【○承前。無題。】
賴めずは 思絕えても 止生し 何中中の 情為るらん
三條入道左大臣 藤原實房
1361 【○承前。無題。】
永らへて 然も憂辛き 年月を 如何に過ぎける 命為るらん
右兵衛督 京極為教
1362 【○承前。無題。】
賴めずは 中中世にも 永らへて 久しく物は 思はざらまし
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1363 【○承前。無題。】
唐土の 人迄遠く 尋ねばや 斯許辛き 中は有やと
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1364 戀歌とて
契りしに 變る辛さも 嘆かれず 元より賴む 心為らねば
平政村朝臣
1365 【○承前。戀歌。】
心だに 如何為る身にか 適ふらん 思知れども 思知られず
紫式部
1366 恨戀之心を
過ぎにける 昔も今の 辛さにて 憂思出に 濡るる袖哉
式乾門院御匣
1367 被忘戀を
忘らるる 我身に辛き 報有らば 由緣無き人も 物や思はん
前左兵衛督 飛鳥井教定【雅經男】
1368 【○承前。被忘戀。】
憂身をば 忘果つとも 契置きし 我が偽や 思出らん
鷹司院按察 藤原光親女
1369 【○承前。被忘戀。】
誓ひてし 命に替へて 忘るるは 憂き我からに 身をや捨つらむ
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
1370 【○承前。被忘戀。】
身を憂しと 思知りぬる 物為らば 辛心も 何か恨みん
本院侍從 堀河女御
1371 後京極攝政家百首歌に
何事も 夢と聞く世に 覺遣らで 現に人を 恨みつる哉
太皇太后宮小侍從
1372 紫式部許へ文遣はしける返事を偶然にのみし侍けるが、猶書絕えにけるに遣はしける
折折に 如是とは見えて 細蟹の 如何に思へば 絕ゆるなるらん
佚名 讀人不知
1373 返し
霜枯の 淺茅に迷ふ 細蟹の 如何なる折に 如是と見ゆらん
紫式部
1374 題不知
憂きを憂しと 思はざるべき 我身かは 何とて人の 戀しかるらん
西行法師 佐藤義清
1375 戀御歌中に
秋風に 靡く狹山の 葛蔓 苦しや心 恨兼ねつつ
後鳥羽院御歌
1376 【○承前。戀御歌中。】
真葛原 恨みし頃の 秋風や 枯枯に成る 始也けん
中務卿 宗尊親王
1377 【○承前。戀御歌中。】
戀始めし 心を誰に 託給し 逢はぬは人の 憂きになせども
宗尊親王
1378 承曆二年四月內裏歌合歌
思兼ね 今は我身の 辛哉 何ど憂き人の 戀しかるらん
前中納言 大江匡房
1379 題不知
味色や 此は如何為りし 契にて 辛き人しも 戀しかるらん
法橋顯昭
1380 前大納言經房卿家歌合に、久戀
人知れず 戀渡る間に 朽ちにけり 長柄橋を 復や造らん
前大納言 藤原隆房
1381 戀歌中に
今來んと 賴めし夜半の 更けしこそ 變る辛さの 始也けめ
中務卿宗尊親王家備前
1382 洞院攝政家百首に、遇不逢戀
逢はざりし 戀にや豫て 馴ひけん 後辛さに 生ける心は
藤原信實朝臣
1383 千五百番歌合歌
賴めつつ 來ぬ夜を待ちし 古を 偲ぶべしとは 思ひやはせし
太皇太后宮小侍從
1384 文永二年九月十三夜歌合に、絕戀
有明に 別れし儘の 年經ても 由緣無く殘る 我が命哉
前大納言 二條資季
1385 日吉社戀五首歌合に
憂きながら 見し面影の 變らぬや 流石に馴れし 形見成るらん
前大納言 藤原隆房
1386 題不知
面影を 憂身に添へて 戀死なば 後世迄の 辛さをや見ん
藻璧門院少將
1387 六帖題歌詠侍けるに
去來知らず 鳴海浦に 引潮の 速くぞ人は 遠離りにし
前大納言 藤原為家