續古今和歌集 卷第十四 戀歌四
1210 題知らず
新玉の 年三歲を 待侘びて 唯今宵こそ 新枕すれ
佚名 讀人不知
1211 光明峰寺入道前攝政家十首歌合に、寄枕戀
忘る莫よ 三歲後の 新枕 定む許の 月日也とも
前中納言 藤原定家
1212 戀歌中に
押返し 思へば人ぞ 辛からぬ 茲も昔の 契為るらん
前大納言 藤原光賴
1213 【○承前。戀歌中。】
訪へかしな 此世許の 情けとて 憂きは昔の 報也とも
八條院高倉
1214 【○承前。戀歌中。】
待慣れし 夕空も 變れ唯 人心の 非ず為る世に
藻璧門院少將
1215 【○承前。戀歌中。】
如何為らん 時かはとのみ 思哉 人を忘れぬ 心長さに
藤原信實朝臣
1216 【○承前。戀歌中。】
忘れしと 言ひし許の 言葉や 賴まぬ物の 形見成るらん
源雅言朝臣
1217 【○承前。戀歌中。】
夕去れば 待たれし物と 思ふこそ 心に殘る 形見成りけれ
大江忠成朝臣
1218 【○承前。戀歌中。】
思出て 音こそ泣かるれ 逢事の 在し昔や 辛さ成るらん
權大僧都定圓【葉室光俊男】
1219 冬戀
袖凍る 霜夜床の 狹莚に 思絕えても 明かす頃哉
藤原基綱【基清男】
1220 六帖題歌中に
高砂の 山の山鳥 尾上為る 端尾垂尾 長く戀ふらん
前大納言 藤原為家
1221 女友達に物申ける人の、事樣に成りぬと聞きて、訪遣はすとて
外樣に 靡くを見つつ 鹽竈の 煙や甚 燃增さるらん
本院侍從
1222 題不知
恨むとや 餘所には人の 思ふらん 戀しき外の 心為らぬに
中務卿宗尊親王家小督
1223 百首歌中に
恨みても 海人網繩 繰返し 戀しき方に 引く心哉
前大納言 藤原為家
1224 恨身戀と云ふ事を
何とかは 我身を置きて 海人住む 里標を 人に問ふべき
侍從 藤原行家【知家男】
1225 千五百番歌合歌
知らせばや 戀を駿河の 田子浦 恨みに波の 立たぬ日は無し
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
1226 題不知
志賀海人の 鹽燒衣 慣るれとも 戀云ふ物は 忘兼ねつも
柿本人麿 柿本人麻呂
1227 貞文家歌合歌
逢事の 今は片帆に 成る船の 風待つ程は 寄る方も無し
壬生忠岑
1228 五十首歌中に
然ても復 人心の 辛き江に 棚無し小舟 猶や焦れん
衣笠前內大臣 藤原家良
1229 通ひける女の、程遠罷りけるを嘆きけるに、程を經て訪れたりける返事に
身憂さを 思知りぬる 物為らば 辛き心を 何か恨みん
忠義公 藤原兼通
1230 題不知
山高み 谷邊に生へる 玉鬘 絕ゆる事無く 見由欲得
佚名 讀人不知
1231 【○承前。無題。】
千早振る 神之手向の 木綿襷 懸けてや人の 人を戀ふらん
紀貫之
1232 【○承前。無題。】
懸けてのみ 戀渡りつる 唐衣 來てこそ袖は 濡增さりけれ
謙德公 藤原伊尹
1233 【○承前。無題。】
如此許 有ける物を 紅の 八入衣 何に染めけん
亭子院御歌 宇多天皇
1234 中務許に言遣はしける
時時ぞ 時雨もしける 世と共に 侘びつつ降るは 淚也けり
大納言 藤原師氏【忠平男】
1235 戀歌中に
君戀ふと 我が泣く淚 敷妙の 枕通りて 袖は濡れつつ
人麿 柿本人麻呂
1236 【○承前。戀歌中。】
人を戀ひ 責て淚の 零るれば 此方彼方の 袖ぞ濡れける
人麿 柿本人麻呂
1237 【○承前。戀歌中。】
烏玉の 我が黑髮を 泣濡らし 思亂れて 戀渡る哉
人麿 柿本人麻呂
1238 【○承前。戀歌中。】
荻葉に 身に沁む風は 訪れて 來ぬ人辛き 夕暮空
後鳥羽院御歌
1239 【○承前。戀歌中。】
風寒み 心にも非ぬ 轉寢は 甚人こそ 戀しかりけれ
大納言 國經國經【長良男】
1240 【○承前。戀歌中。】
秋風の 吹かぬ頃だに ある物を 今宵は甚 人ぞ戀しき
源重之
1241 【○承前。戀歌中。】
忘れても 有るべき物を 中中に 訪ふに辛さを 思出つる
西院皇后宮 馨子內親王
1242 邂逅逢戀と云ふ事を
戀戀て 幾夜と云ふに 敷妙の 枕塵を 復拂ふらん
六條入道前太政大臣 藤原賴實【經宗男】
1243 後京極攝政家百首歌合に、稀戀と云ふ事を
誰に又 千夜に一夜の 夜離れして 流石に我を 思出らん
前大納言 藤原兼宗
1244 【○承前。於後京極攝政家百首歌合,詠稀戀。】
天川 秋七日を 眺めつつ 雲之餘所にも 思ひける哉
大藏卿 藤原有家【重家男】
1245 稀逢戀を
逢事の 稀なる物は 秋を待つ 紅葉橋と 我と成りけり
太上天皇 後嵯峨院
1246 百首歌中に
己づから 如何に寢し夜の 夢絕えて 辛き人こそ 月は見せけれ
從二位 藤原家隆
1247 夜戀を
思餘り 眺むる空も 搔曇り 月さへ我を 厭ひける哉
權中納言 源國信
1248 天德四年內裏歌合に
事為らば 雲居月と 成りななん 戀しき影や 空に見ゆると
中務
1249 戀歌數多詠侍ける中に
山端に 待たれて出る 月影の 廿日に見えし 夜半戀しさ
前中納言 藤原定家
1250 遇不逢戀を
逢初めし 夜半さへ月の 頃為らで 後忍ぶべき 形見だに無し
入道前太政大臣 西園寺實氏
1251 【○承前。遇不逢戀。】
憂かりける 人心の 朝寢髮 何徒に 亂始めけん
後鳥羽院御歌
1252 【○承前。遇不逢戀。】
味氣無く 何と身に添ふ 面影ぞ 其とも見えぬ 闇現に
前中納言 藤原定家
1253 建長五年三首歌に、寄衣戀を
面影は 立ちも離れず 唐衣 別れし儘の 袖淚に
後嵯峨院大納言典侍 藤原為子
1254 題不知
誰しかも 我を戀ふらん 下紐の 結びも堪へず 解くる心は
柿本人丸 柿本人麻呂
1255 【○承前。無題。】
山川の 石間を分けて 行水は 深心も 非じとそ思ふ
人麿人丸 柿本人麻呂
1256 寄松戀を
古りにける 瓦上の 松根の 深くは如何 人を賴まん
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1257 後京極攝政家百首歌に
我ながら 契知らるる 昔哉 如何に辛さを 人に見えけん
高松院右衛門佐
1258 寄竹戀と云ふ事を詠ませ給ける
吳竹の 世世之契りも 知られけり 憂節繁き 戀報に
土御門院御歌
1259 法成寺入道前攝政、長根を遣はしたりける返事に
長しとも 知らずや音のみ 泣かれつつ 心憂きに 生ふる菖蒲は
堀河右大臣藤原賴宗母 源明子
1260 二日許逢はざりける女に、五月五日言遣はしける
逢はぬ間の 汀に生ふる 菖蒲草 音のみ泣かるる 昨日今日哉
藤原實方朝臣
1261 六日、女許に言遣はしける
侘びぬれば 昨日為らねど 菖蒲草 今日も袂に 音をぞ掛けける
藤原道信道信朝臣
1262 後涼殿局より、忘草を忍草とや言ふとて、女の出して侍ければ詠める
忘草 生ふる野邊とは 成るらめど 此は忍也 後も賴まん
在原業平朝臣
1263 百首歌中に
尋ぬれば 其處とも見えず 成にけり 賴みし野邊の 鵙草潛き
式子內親王
1264 戀歌中に
我門の 野邊秋萩 散らざらば 君が形見と 見つつ忍ばん
中納言 大伴家持
1265 【○承前。戀歌中。】
秋萩の 下葉に人は 非ねども 心は早く 移ひにけり
在原元方
1266 寄寒草戀と云へる心を
日に添へて 霜枯行けば 葛葉の 在し許も 得こそ恨みね
俊惠法師
1267 題不知
真葛原 風だにさむく 吹き來ずは 見えぬ人をも 恨みざらまし
曾禰好忠
1268 【○承前。無題。】
我ながら 變る心の 行末を 知らでや人の 契置きけん
法印良印
1269 【○承前。無題。】
移行く 人心に 從はば 淚も袖に 色や變らん
橘為義朝臣
1270 寶治二年百首歌に、寄草戀
月草の 花も徒にや 思ふらん 濡れぬに移る 人心を
大藏卿 源有教
1271 洞院攝政家百首歌中に
色變る 美濃中山 秋越えて 復遠離る 逢坂關
前中納言 藤原定家
1272 百首歌中に
何と如是 色變るらん 木にも非ず 草にも非ぬ 人之言葉
中務卿 宗尊親王
1273 【○承前。百首歌中。】
伊吹山 嶺為る草の 蓬こそ 忘れじと迄 契置きしか
宗尊親王
1274 【○承前。百首歌中。】
今は唯 忘る許の 逢事を 辛きに付けて 不偲欲得
月華門院 綜子內親王
1275 戀心を
恨みけん 心さへこそ 戀しけれ 辛きに慣れぬ 昔と思へば
安嘉門院高倉
1276 【○承前。詠戀心。】
今は早 昔語に 成りなまし 辛きに耐えぬ 我身也せば
太宰大貳 藤原重家
1277 建長五年三首歌に、契空戀
偽を 賴む許に 長らへば つらきそ人の 命為るべき
大納言 源通成
1278 題不知
等閑に 是や限りと 言ひし夜の 辛き誠に 成にける哉
中務卿 宗尊親王
1279 弘長二年百首に、遇不逢戀を
澤田川 井手生る葦の 假初に 淺しや契り 一夜許は
宗尊親王
1280 人に賜はせける
人言の 憑難さに 難波為る 葦末葉の 恨みつる哉
延喜御歌 醍醐天皇
1281 寄鳥戀を
狩に來し 人をこそ待て 鷂鷹の 戀を忘れぬ 心習に
待賢門院堀河
1282 寄山戀と云ふ事を
鷂鷹の 鳥歸る山も 時雨也 變りや果てん 人言葉
土御門院小宰相
1283 寄蟬戀を
鳴暮す 淚露も 空しくて 身を空蟬の 有る甲斐も無し
入道前太政大臣 西園寺實氏
1284 寶治二年百首歌に、寄蟲戀を
身を替へて 何しか思ふ 空蟬の 世は賴まれぬ 人心を
前左大臣 洞院實雄
1285 女を恨みて言遣はしける
吹風に 去年櫻は 散らずとも 甚切賴難 人心は
在原業平朝臣
1286 題不知
武藏野に 生ふとし聞けば 紫の 其色為らぬ 草も睦まし
小野小町
1287 【○承前。無題。】
逢坂の 關彼方の 如何為れば 越えても迷ふ 戀路為るらん
前右大臣 藤原忠家【教實男】
1288 【○承前。無題。】
辛くとも 然てしも果てじ 契しに 非ぬ心も 定無ければ
式子內親王
1289 夏戀心を
辛しとも 思無さずは 夏衣 唯一重にや 戀しからまし
源俊賴朝臣【經信男】
1290 戀歌に
思餘り 三角柏に 問ふ言の 沉むに浮くは 淚也けり
太皇太后宮小侍從
1291 久安百首歌に
如此許 思心は 暇無きを 何處より漏る 淚為るらん
藤原清輔朝臣
1292 中務卿親王家十首歌合歌
陸奧に 在云ふ川の 埋木の 何時顯れて 憂名取りけん
源時清
1293 題不知
陸奧に 在と云ふなる 松島の 待つに久しく 訪はぬ君哉
佚名 讀人不知
1294 人心變りて侍ける頃、繪に松浪越えたるを見て書付ける
松掛けて 賴めし事は 無けれども 浪越ゆるは 猶ぞ悲しき
伊勢
1295 松に露懸かれるを折りて
逢事を 今やと待つに かかりてそ 露命の 年も經にける
平兼盛
1296 建長六年三首歌講侍しに
年經ても 猶逢事は 片岡の 松こそ戀の 命也けれ
前左大臣 洞院實雄
1297 戀歌中に
其をだに 心儘の 命とて 易くも戀に 身をや替へてん
藻璧門院少將
1298 遇不逢戀之心を
逢迄と 思ひ思ひて 果ては復 生けるを厭ふ 我命哉
左近中將 藤原公衡【公能男】
1299 【○承前。遇不逢戀之趣。】
逢はざりし 昔を今に 較べてぞ 憂きは例も 有りと知らるる
平政村朝臣
1300 光明峰寺入道前攝政家戀十首歌合に、寄弓戀
然ても復 猶や恨みん 梓弓 射でやと人を 思ふ物から
正三位 藤原知家
1301 戀歌中に
永らへて 在るだに身には 由緣無きに 恨むと迄は 人に聞かれじ
從三位 藤原行能
1302 【○承前。戀歌中。】
賴めばと 思許に 憂き人の 心も知らず 恨みつる哉
中務卿 宗尊親王
1303 建保四年百首歌
辛からば 辛きに作して 止みもせで 下思の 何慕ふらん
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
1304 中務卿親王家歌合に
辛しとも 思ひも果てぬ 心こそ 猶戀しさの 餘也けれ
中務卿宗尊親王家小督
1305 題不知
此世にて 如何に忘れん 方も無し 戀は命や 限為るらん
前內大臣 藤原基家
1306 【○承前。無題。】
戀しさの 限りだに在る 世也せば 年經て物は 思はざらまし
坂上是則
1307 女に遣はしける
思絕え 侘びにし物を 中中に 何か苦しく 逢見始めけん
中納言 大伴家持