續古今和歌集 卷第十三 戀歌三
1128 五十首歌人人に召しけるに、寄草戀
袖に置く 露の行方を 尋ぬれば 逢はで來し夜の 道之笹原
後鳥羽院御歌
1129 建曆二年廿首歌奉けるに
東路の 佐野船橋 然のみやは 辛き心を 掛けて賴まん
從二位 藤原家隆
1130 違約戀
我を君 待つ夜も有らば 言ひてまし 賴めて來ぬは 嘸や辛きと
前大納言 藤原公實
1131 法性寺入道前關白家歌合に
戀死なで 心盡しに 今迄も 賴むればこそ 生松原
前參議 藤原親隆
1132 題不知
戀死ぬる 果てをば知らで 逢迄の 命を惜しく 思ひける哉
藤原信實朝臣
1133 戀御歌中に
偽と 思ひながらも 賴む哉 憂きを知らぬは 心也けり
順德院御歌
1134 寄水戀之心を
憂かりける 心を知らで 山城の 井手玉水 何賴みけん
前左大臣 洞院實雄
1135 戀歌に
明日知らぬ 身には賴まず 己づから 契し儘の 日數也とも
鷹司院按察
1136 【○承前。戀歌。】
淚のみ 言はぬを知ると 思ひしに 分きて宿借る 袖月影
式乾門院御匣
1137 月前戀之心を
戀為じと 月にや軈て 誓はまし 曇る淚の 憂きに付けても
新院少將內侍 後深草院少將內侍
1138 後鳥羽院にて、同心を
眺むれば 空やは曇る 秋月 戀は玆迄 憂淚哉
大納言 源通具
1139 寶治二年百首歌に、寄月戀を
月をだに 曇らぬ空に 見し物を 誰が面影の 搔暮すらん
後鳥羽院下野
1140 寄雨戀
搔曇れ 賴むる宵の 村雨に 障らぬ人の 心をも見ん
後鳥羽院下野
1141 後京極攝政家百首歌合に
慰めし 月にも果ては 音をぞ泣く 戀や虛しき 空に滿つらん
法橋顯昭
1142 題不知
來ぬ人の 情け也けり 長夜の 更くる迄見る 山端月
權少僧都公朝
1143 百首歌中に、戀を
待人と 共にぞ見まし 偽の 無き世也せば 山端月
中務卿 宗尊親王
1144 十首歌合に、寄月恨戀
有明の 月をも言はじ 由緣無さの 例は人の 心にそ見る
前太政大臣 西園寺公相
1145 曉戀と云事を
曉の 鳥之憂音も 未聞かず 我身に知らぬ 關名為れば
入道前太政大臣 西園寺實氏
1146 題不知 【○萬葉集0094。】
玉櫛笥 御室戶山の 真葛 小寢ずは遂に 有と見ましや
玉匣麗櫛笥,三輪御室戶山之 真葛喚小寢 吾若不遂共寐者 何以得見君在哉
大織冠 藤原鎌足
1147 【○承前。無題。】
鱸取る 海人小舟の 漁火の 髣髴にだにや 妹に逢はざらん
聖武天皇御歌
1148 【○承前。無題。萬葉集0513。】
大原の 此市柴の 何時しかと 我が思ふ妹に 今夜逢ひぬる
飛鳥大原里 此市柴原發感興 睹名有所思 還念何時能相會 今夜終與慕人逢
田原天皇御歌 志貴皇子
1149 後法性寺入道前關白家百首に、初逢戀
今日は復 行末遠く 契る哉 辛きに換し 命為れども
後德大寺左大臣 藤原實定
1150 寶治二年百首の歌に、寄枕戀
漏らす莫よ 枕外に 知る人も 泣く泣く契る 夜夜豫言
後鳥羽院下野
1151 題不知
結置く 契りは今と 思へども 猶前世を 初為りけん
藤原信實朝臣
1152 【○承前。無題。】
慣らはねば 逢夜も落つる 淚哉 憂きに濡れにし 袖名殘に
平政村朝臣
1153 關白家百首歌に
憂かるべき 別を兼ねて 慕へとや 未深夜に 鳥鳴くらん
侍從 藤原行家【知家男】
1154 寄鳥戀を
戀戀て 稀に解けぬる 下紐を 木綿付鳥の 音こそ辛けれ
藤原景綱
1155 後朝戀之心を
曉の 木綿付鳥の 同音に 幾度辛き 別しつらん
藤原基隆【基綱男】
1156 【○承前。詠後朝戀之趣。】
明けぬとて 同心に 鳴鳥を 辛き例に 何思ひけん
道圓法師
1157 業平朝臣、八千夜し寢ばや、と言ひける返事に
秋夜の 千夜を一夜に 為せりとも 言葉殘りて 鳥や鳴きなん
佚名 讀人不知
1158 元良親王家歌合歌
限とは 思はぬ物を 曉の 別の床の 起憂かるらん
佚名 讀人不知
1159 戀歌中に
後朝の 袂に分けし 月影は 誰が淚にか 宿果つらん
藤原信實朝臣
1160 題不知
諸共に 飽かぬ別の 後朝に 孰袖か 濡增さるらん
太皇太后宮小侍從
1161 曉戀を
後朝の 別れやさても 悲しきと 曉知らぬ 鳥音欲得
土御門院御歌
1162 衣通姬の、蜘蛛振舞と詠侍る歌を聞かせ給ひて 【○日本書紀s0066。續古今1928。】
小車の 錦紐を 解掛けて 數多は寢ずな 唯一夜のみ
小車細模樣 華美錦紐吾欲解 解紐褪衣裳 雖冀夜夜相共寢 恨限春宵唯一晚
允恭天皇御歌
1163 寶治二年百首歌に、寄弓戀
暫しだに 猶引留めよ 梓弓 由緣無く歸る 今朝別道
前太政大臣 西園寺公相
1164 光明峰寺入道前攝政家百首歌に、名所戀
躑躅に 出でける方も 白鳥の 飛羽山松の 音にのみぞ泣く
前中納言 藤原定家
1165 建保四年百首に
曇れ今日 入相鐘も 程遠し 賴めて歸る 春曙
從二位 藤原家隆
1166 洞院攝政家百首に、後朝戀
朝寢髮 人之手枕 起別れ みだれて後ぞ 物は悲しき
從二位 藤原家隆
1167 正治二年百首歌に
誰か先づ 今朝道芝を 分けつらん 元置露も 人淚か
慈鎮大僧正 慈圓
1168 曉戀を
曉は 如何に契りて 昔より 別悲しき 時と成りけん
祝部忠成【親成男】
1169 【○承前。詠曉戀。】
起別れ 歸る道をば 送るとも 月は物をや 思はざるらん
從三位 藤原保季
1170 【○承前。詠曉戀。】
偲ぶべき 茲や限の 月為らん 定無き世の 袖別は
前內大臣 藤原基家
1171 寄月戀を
形見とや 袖別に 留めけん 淚に浮かぶ 有明月
真昭法師 北條資時
1172 中宮兵衛に物言侍けるに、甚疾く立入侍ければ、朝に遣はしける
久堅の 天戶ながら 見し月の 開かで入りにし 空ぞ戀しき
藤原實方朝臣
1173 定文家歌合に
寢て待ちし 廿日月の 僅かにも 逢見し事を 何時か忘れん
坂上是則
1174 題不知
我為らぬ 人も有明の 空をのみ 同心に 眺めける哉
太宰帥 敦道親王
1175 建保四年百首歌に
獨寢の おきて悲しき 朝霜の きえなで何と 夜を重ぬらん
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男。】
1176 戀歌とて
身に替て 今一度と 偲ぶこそ 別を憂しと 思はざりけれ
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
1177 中務卿親王家百首歌に
見る夢の 覺めても覺めず 悲しきは 如何に寢し夜の 名殘成るらん
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
1178 千五百番歌合に
憂物と 誰か言ひけん 曉の 別のみこそ 形見也けれ
皇太后宮大夫藤原俊成女
1179 寄鳥戀
在し夜の 別も今の 心地して 鳥音每に 我のみぞ泣く
前大納言 藤原為家
1180 【○承前。寄鳥戀。】
逢事は 思絕えぬる 曉も 別れし鳥の 音にぞ泣かるる
藤原重賴女
1181 家歌合に、曉戀
現にも 別れし鐘の 聲為れば 逢ふと見し夜の 夢も覺めけり
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實
1182 百首歌中に
見ても猶 如何許為る 慰めに 微睡む程の 夢を待つらん
衣笠前內大臣 藤原家良
1183 戀歌中に
思寢の 夢にだに猶 辛き夜の 名殘は何に 戀しかるらん
前關白左大臣 二條良實
1184 光明峰寺入道前攝政家十首歌合に、寄莚戀
儚しや 其夜夢を 形見にて 現も知らぬ 床之狹莚
洞院攝政左大臣 九條教實
1185 後京極攝政家百首歌合に、夜戀を
寢覺迄 猶ぞ苦しき 行返り 足も休めぬ 夢通路
大藏卿 藤原有家【重家男】
1186 建保四年百首歌
逢ふと見て 如何に儚く 明けぬらん 憂世夢は 覺めぬ傚を
僧正行意
1187 夢中逢戀と云ふ事を
思寢に 逢見る夢の 覺むるこそ 鳥音聞かぬ 別也けれ
參議 藤原雅經
1188 戀歌とて詠める
現にて 有るだに有るを 夢にさへ 飽かでも人の 見え渡る哉
小野小町
1189 【○承前。詠戀歌。】
夢為らば 復見る宵も 有憖 何中中の 現為るらん
小野小町
1190 五首歌講せられける時、寄夢戀
思ひつつ 寢る夜も人の 辛き哉 夢も現の 見ゆる也けり
今上御歌 龜山院
1191 同心を
憂かるべき 身世語りを 思ふにも 猶悔しきは 夢之通路
式乾門院御匣
1192 戀歌とて
儚くて 見えつる夢の 面影を 如何に寢し夜と 復や偲ばん
土御門院小宰相
1193 人遣せたりける文上に、朱にて淚色を書きて侍ければ
紅の 淚ぞ甚 賴まれぬ 移る心の 色と見ゆれば
紫式部
1194 寬平御時后宮歌合歌 【○新撰萬葉集0060。】
秋山に 戀する鹿の 音に立てて 鳴きぞ死ぬべき 君が來ぬ夜は
獨臥多年婦意睽 秋閨帳裏舉音啼 生前不幸悉恩愛 願教蕭郎抂馬啼
佚名 讀人不知
1195 時時物申ける人の、住吉に詣でて、磐手社紅葉こそ未だ然りつれ、と言遣せて侍ける返事に
君にしも 秋を知らせぬ 津國の 磐手社を 我身と欲得
馬內侍
1196 寄名所戀
時別かぬ 淚よ如何に 守山の 下葉露も 秋ぞ染むなる
前大納言 藤原伊平
1197 戀歌中に
限有りて 巡逢ふべき 命とも 思はばこそは 後も賴まめ
中務卿親王家小督
1198 【○承前。戀歌中。】
長らへん 人心は 不知哉川 いさ我許 戀渡るとも
今上御歌 龜山院
1199 百首歌中に
時雨する 雲路星の 數數に 隱れ顯れ 戀ひぬ間ぞ無き
前內大臣 藤原基家
1200 光明峰寺入道前攝政、內大臣時百首歌に、名所戀
顯れて 袖上行く 名取川 今は我身に 堰く方も無し
前中納言 藤原定家
1201 戀歌數多詠侍けるに
限有らむ 命も更に 長らへし 茲より增さる 月日隔ては
前中納言 藤原定家
1202 女御參上給へと有けるに、惱ましきとて、然も侍らざりければ、又日給はせける
寢られねば 夢にも見えず 春夜を 明かし兼ねつる 身こそ辛けれ
天曆御歌 村上天皇
1203 題不知
心には 忘れぬ物を 逢見ずて 日數も多く 月ぞ經にけり
按察使駿河丸
1204 【○承前。無題。】
思はぬを 思ふと言はば 大野為る 三笠社の 神ぞ知るらん
大伴百代
1205 戀歌とて
水草居る 板井清水 年經りて 心底を 汲む人ぞ無き
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
1206 內裏百首歌に、寄露戀を
白露の 徒なる誰に 馴初めて 我にも斯かる 心置くらん
右近中將 衣笠經平【家良男】
1207 六帖題にて人人歌詠侍けるに、相思と云ふ事を
如何に為む 死なば共にと 思ふ身の 同限の 命為らずは
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1208 女許に書きて遣はしける文に
何と無く 落つる淚に 任すれば 底とも見えぬ 筆跡哉
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1209 返し
見れば先づ 其處は彼と無く 嘆かれて 淚落添ふ 筆跡哉
佚名 讀人不知