續古今和歌集 卷第十二 戀歌二
1051 正治二年百首歌に
細石の 中思の 打著けに 燃ゆとも人に 知られぬる哉
式子內親王
1052 戀心を
思事 言はで止なば 山城の 永遠に苦しき 身とや成りなん
藤原元真
1053 殿上人、寄垣戀と云ふ事を仕奉ける序に
蘆垣の 間近き甲斐も 無かりけり 心通はぬ 中隔ては
今上御歌 龜山院
1054 契不逢戀之心を
偽と 且知りながら 今日迄に 賴むや戀の 餘為るらん
左京大夫 藤原顯輔
1055 賀茂社歌合に
後世を 契るとだにも 言置きて 唯戀死ぬる 名をば殘さじ
正三位 藤原顯家
1056 寄玉難戀と云ふ事を
何時迄か 亂れて戀む 逢事の 猶片絲に 貫ける白玉
正三位 藤原知家
1057 題不知
伊勢海の 海松布渚は 甲斐も無し 淚に拾ふ 袖白玉
前大納言 藤原基良
1058 寄玉戀之心を
思兼ね 落つる淚の 珠偶も 干さでや袖の 將は朽ちなん
新院辨內侍 後深草院辨內侍
1059 百首歌中に
何時迄か 常磐社の 御注連繩 由緣無き色に 懸けて戀ふらん
衣笠前內大臣 藤原家良
1060 洞院攝政家百首に、忍戀を詠める
人目のみ 忍ぶ川原に 結標の 心中に 朽ちや果てなん
從二位 藤原家隆
1061 題不知
大空に 標結ふよりも 儚きは 由緣無き人を 戀ふる也けり
兵部卿 元良親王
1062 不逢戀之心を
死ぬ許 思ひけりとも 逢事に 身を替へてこそ 人に知られめ
權律師隆昭
1063 【○承前。不逢戀之趣。】
百夜迄 逢はで生くべき 命かは 書きも始めじ 榻端書
法印覺寬
1064 文永元年內裏にて五首歌講せられけるに、寄木戀を
何時か我 假初にだに 宿木の 寢も見ぬ物を 浮名立つらん
侍從 藤原行家【知家男】
1065 題不知
逢ふ迄の 戀に命の 長らへば 憂きを限の 世をや盡くさん
藻璧門院少將
1066 左京大夫顯輔家歌合に
逢事を 身に替ふ許 嘆けとも 由緣無き物は 命也けり
民部卿 藤原顯賴
1067 戀歌とて
由緣無きを 猶然りともと 慰むる 我が心こそ 命也けれ
權中納言 藤原長方
1068 【○承前。詠戀歌。】
茲も皆 報有るらん 前世に 我故君も 物や思ひし
權中納言 藤原長方
1069 【○承前。詠戀歌。】
何故に 今日迄物を 思はまし 命に替へて 逢世也せば
西行法師 佐藤義清
1070 文永二年九月十三夜歌合に、不逢戀
朽果てん 袖行方も 知らぬ迄 逢ふを限と 堰く淚哉
關白前左大臣 一條實經
1071 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,不逢戀。】
己から 逢ふを限の 命とて 年月經るも 淚也けり
前大納言 藤原為家
1072 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,不逢戀。】
中中に 然ても心の 色見えば 逢ふには替へて 身をや捨てまし
大納言 源通成
1073 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,不逢戀。】
徒に 其名も辛し 逢坂の 山は我身の 關路也けり
中宮大夫 源雅忠
1074 內裏百首歌に、寄山戀
人目守る 關より外に 逢坂を 越ゆる山路の 何ど無かるらん
侍從 藤原行家【知家男】
1075 同心を詠ませ給ける
信濃為る 淺間山の 淺からぬ 思末ぞ 煙とも成る
土御門院御歌
1076 戀歌中に
何時とてか 我が戀ざらん 信濃為る 淺間山の 煙絕ゆとも
紀貫之
1077 名所戀を
較べばや 戀をするかの 山高み 及ばぬ富士の 煙也とも
中務卿 宗尊親王
1078 千五百番歌合に
富士嶺も 立添雲は 有物を 戀煙そ 紛方無き
二條院讚岐
1079 寶治二年百首歌に、寄煙戀
如何為りし 戀煙の 消遣らで 室八島の 名を殘しけん
皇太后宮大夫藤原俊成女
1080 同心を
絕えず立つ 室八島の 煙だに 下は寔の 思火やはある
寂蓮法師
1081 同心を
絕えず立つ 藻鹽浦の 夕煙 如何為る時に 思ひ消たれん
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1082 【○承前。詠同心。】
茲や此の 阿波手浦に 燒鹽の 煙絕えせぬ 思為るらん
平親清女
1083 【○承前。詠同心。】
下咽ぶ 蘆火煙 如何にして 名には立てじと 思火始むらん
源俊定朝臣【具定男】
1084 【○承前。詠同心。】
鹽竈の 浦煙も 有物を 立名苦しき 身思火哉
正三位 藤原知家
1085 內大臣に侍ける時の百首に、名所戀を
住吉の 千木片削ぎ 年を經て 未行會ひも 知らぬ戀哉
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
1086 文永元年十二月內裏三首歌に、寄松戀
誰が為か 逢松原 名を留めて 我に由緣無き 色を見すらん
大納言 二條良教
1087 不逢戀之心を
秋山の 松梢の 村時雨 由緣無き中は 降る甲斐も無し
右兵衛督 京極為教
1088 順德院御時名所百首歌
徒浪の 高師濱の 磯馴松 馴れずは掛けて 我戀めやも
前中納言 藤原定家
1089 千五百番歌合に詠ませ給ける
蘆屋の 灘潮汲む 海人も 絞るに袖の 暇無き迄
後鳥羽院御歌
1090 題不知
身為らん 淵瀨も知らず 妹背川 下立ちぬべき 心地のみして
參議 小野篁
1091 女御徽子女王、參らんとて、然も侍らざりければ
逢事は 何時にか有らん 飛鳥川 定無き世ぞ 思侘びぬる
天曆御歌 村上天皇
1092 百首歌に、戀心を
思川 逢瀨待てとや 水泡為す 脆き命も 消殘るらん
式乾門院御匣
1093 【○承前。百首歌中,詠戀心。】
戀侘びて 何ど死なばやと 思ふらん 人為為る 命為らぬに
中納言 藤原為氏
1094 殷富門院大輔詠ませ侍ける百首に
然もこそは 湊は袖の 上為らめ 君に心の 先づ騷ぐらん
前中納言 藤原定家
1095 戀歌中に
人知れぬ 袖湊の 徒浪は 名のみ騷けど 寄る舟も無し
醍醐入道前太政大臣藤原良平女
1096 洞院攝政家百首歌に
淚のみ 唐土船も 寄りぬべし 身は浮沉む 浦浪床
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
1097 題不知
淚川 堰遣る方の 無ければや 身を離れては 流れざるらん
在原業平朝臣
1098 寄橋戀と云事を
淚川 渡らぬ中の 思寢は 見るも徒然なる 夢浮橋
平長時
1099 前內大臣基家家百首歌合歌
年を經る 淚よ如何に 逢事を 猶稻淵の 瀧增されとや
源具氏朝臣
1100 寄網戀を詠める
戀す云ふ 袖師浦に 引網の 目に溜らぬは 淚也けり
從二位 藤原成實【親實男】
1101 百首歌中に
相見ねば 何時習の 辛さとも 知らでは如何に 淚落つらむ
前內大臣 藤原基家
1102 寄時雨戀を
袖のみと 思淚の 紅を 梢に見する 村時雨哉
入道前太政大臣 西園寺實氏
1103 戀歌とて
咲けば摘む 物と思ひし 紅は 淚見する 色にそ有ける
紀貫之
1104 光明峰寺入道前攝政家百首歌に
堰く袖の 紅潛る 淚川 渡らぬよりぞ 中は絕えける
源有長朝臣
1105 題不知
真澄鏡 己心と 曇りける 淚を知らで 何託らん
新院少將內侍 後深草院少將內侍
1106 【○承前。無題。】
逢事を 何時しかとのみ 松島の 變らず人を 戀渡る哉
柿本人麿 柿本人麻呂
1107 【○承前。無題。】
昔より 思心は 荒磯海の 濱真砂の 數も知られず
閑院大君
1108 名所戀を
片絲の 阿波手浦の 浪高み 此方彼方に 寄る舟も無し
右近中將 藤原經家【基家男】
1109 戀歌中に
掛けて猶 賴むも悲し 玉緒の 逢はずは嘆の 契許に
皇太后宮大夫藤原俊成女
1110 寄浦戀を
餘所に見て 袖や濡れなん 常陸為る 高間浦の 瀛つ白浪
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1111 寄衣戀之心
我戀は 大和には非ぬ 韓藍の 八入衣 深染めてき
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
1112 同心を
思侘び 獨や寢なん 小夜衣 返す習の 夢を賴みて
源俊平【泰光男】
1113 後京極攝政家六百番歌合に
寢るにこそ 夢も見ゆらめ 小夜衣 返すは淺き 思也けり
前大納言 藤原兼宗
1114 【○承前。後京極攝政家六百番歌合中。】
葛城や 渡しも果てぬ 岩橋も 夜契は 有りとこそ聞け
從二位 藤原家隆
1115 女に遣はしける
葛城の 夜契は 難くとも 文だに見せよ 久米岩橋
前中納言 大江匡房
1116 人に賜はせける
我は待つ 人は梢の 時鳥 虛しき音をも 泣暮す哉
一條院御歌
1117 題不知
我兄子を 待乳山の 葛蔓 偶然にだに 來由も無し
鎌倉右大臣 源實朝
1118 返事せぬ女に遣はしける
山彥は 答ふるだにも 有物を 音せぬ人を 待つが苦しさ
左近大將 藤原朝光
1119 秋夜戀を
如何樣に 寢て明かせとて 待人の 來ぬだに有るを 秋風ぞ吹く
惟宗忠景
1120 百首歌人人に勸侍けるに、戀歌
津國の 昆陽葦葺き 野分して 隙こそ有れと 人に告げばや
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1121 歲暮戀を
由緣無さの 積る月日を 數へても 今更辛き 年暮哉
權中納言 藤原公宗【洞院實雄男】
1122 後京極攝政家歌合に、契歲暮戀
新玉の 年暮待つ 大空は 曇る許の 慰めも無し
前中納言 藤原定家
1123 此暮と賴めて二夜迄訪はざりける人に
杣川の 淺き心に 引かれつつ 幾度暮の 障來つらん
藤原高光
1124 吹田にて十首歌講侍しに、戀を
我戀は 瀨に居る舟の 水を淺み 浮きて思ひの 遣る方も無し
入道前太政大臣 西園寺實氏
1125 題不知 【○萬葉集1381。】
廣瀨川 袖漬く許 淺瀨に 心深めて 我は思はん
葛城廣瀨川 水淺涉溪可漬袖 不知其淺也 吾人念之情深切 孰知薄情至如此
佚名 讀人不知
1126 兵衛佐に侍ける時、遣はしける
柏木の 杜下草 生ひぬとも 身を徒に 為さずも有らなん
監命婦
1127 返し
柏木の 杜下草 老世に 斯かる思ひは 非じとぞ思ふ
僧正遍昭 良岑宗貞