續古今和歌集 卷第十一 戀歌一
0944 題不知
君により 思習ひぬ 世中の 人は茲をや 戀と云ふらん
在原業平朝臣
0945 延喜十三年亭子院歌合に
誰により 思亂るる 心ぞと 知らぬぞ人の 辛さ成りける
凡河內躬恒
0946 戀歌とて
見ぬ人を 心一つに 尋ぬれば 未知らねども 戀しかりけり
素性法師
0947 【○承前。詠戀歌。】
限無く 未見ぬ人の 戀しきは 昔や深く 契置きけん
前中納言 藤原定家
0948 和歌所にて六首歌合侍けるに、初戀
今日よりや 人に心を 瀛浪 掛けても知らぬ 袖浦風
參議 藤原雅經
0949 右大臣時百首に、同心を
入始むる 戀路は末や 遠からん 豫て苦しき 我心哉
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實
0950 弘長元年百首歌に
知らせばや 未色見せぬ 龍田姬 袖に時雨の 染むる心を
入道前太政大臣 西園寺實氏
0951 初戀之心を
紅の 濃染衣 振出て 心色を 知らせつる哉
土御門院御歌
0952 【○承前。初戀之趣。】
紅の 色に移りて 戀ねども 淚著く 見する也けり
坂上是則
0953 【○承前。初戀之趣。】
思ふより 袂は深く 染めてけり 心色や 淚為るらん
前大納言 藤原忠良
0954 光明峰寺入道前攝政家戀十首歌合に、寄衣戀
山姬の 染めぬころもも 紅の 色に出てや 今は戀まし
後堀河院院民部卿典侍 藤原因子
0955 建仁元年十二月和歌所歌合に
千入にも 餘る許や 染めてまし 出ぬる色の 君に移らば
前大納言 藤原隆房
0956 內大臣時百首に、名所戀
如何に為む 袖より外に 守山の 下草掛けて 色に出なば
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0957 戀歌とて
色為らば 孰か如何に 移るらん 見せばや見ばや 思心を
藤原信實朝臣
0958 崇德院百首歌奉けるに
戀しとも 言はば愚かに 成りぬべし 心を見する 言葉欲得
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0959 題不知
下にのみ 忍草捩摺 苦しきは 心中の 亂也けり
前大納言 藤原忠良
0960 【○承前。無題。】
下荻の 穗にこそ非ね 露許 漏らしぞ始むる 秋初風
大藏卿 藤原有家【重家男】
0961 【○承前。無題。】
人心 下に由緣無き 松ぞ憂き 上には雪の 打解くれども3
藤原敏行朝臣
0962 建長二年歌合に、忍戀を
忍ぶさへ 心に適ふ 身為らねば 堰くに付けても 漏る淚哉
前右大臣 西園寺公基
0963 人人に詠ませ侍ける百首歌中に
陸奧の 信夫之鷹の 鳥屋籠り 假にも知らじ 思ふ心は
中務卿 宗尊親王
0964 忍戀之心を
言はで思ふ 心色を 人問はば 折りてや見せん 山吹花
宗尊親王
0965 【○承前。忍戀之趣。】
知らすべき 隙こそ無けれ 難波為る 昆陽の忍びに 思心を
宗尊親王
0966 影供歌合に、寄煙忍戀
忍ぶとも 上空にや 知られまし 戀火に煙の 立つ世也せば
太上天皇 後嵯峨院
0967 戀御歌中に
世と共に 燻ゆるも苦し 名に立てる 阿波手浦の 海人藻鹽火
後鳥羽院御歌
0968 【○承前。戀御歌中。】
我戀は 海人漁火 夜は燃え 晝は苦しき 浦之網繩
衣笠前內大臣 藤原家良
0969 寄舟初戀と云ふ事を
如何でかは 唐船の 髣髴にも 我が戀ふらくは 知らせ初めまし
前關白左大臣 二條良實
0970 寶治二年百首歌に、寄湊戀を
立歸り 湊に騷ぐ 白浪の 知らじな同じ 人に戀ふとも
中納言 藤原為氏
0971 千五百番歌合に
陽炎の 岩垣淵の 湧返り 上浪立たぬ 物をこそ思へ
野宮左大臣 藤原公繼
0972 忍戀之心を詠める
亂るとも 人知るらめや 陽炎の 岩垣淵の 底玉藻は
平政村朝臣
0973 【○承前。忍戀之趣。】
山川の 激つ岩淵 湧返り 深かりけりな 底心は
藤原基政【基綱男】
0974 【○承前。忍戀之趣。】
奧山の 岩垣沼の 言はずとも 知れかし人の 深心を
真昭法師 北條資時
0975 題不知
思へども 心に込めて 忍ぶれば 袖だに知らぬ 淚也けり
權大納言 藤原顯朝
0976 【○承前。無題。】
露けさも 人こそ知らね 小壯鹿の 朝伏す小野の 草隱れつつ
正三位 藤原知家
0977 弘長元年百首歌に、初戀
未宵の 端山火串 燃始めて 鹿待つとだに 如何で知らせむ
前內大臣 藤原基家
0978 寄鹿戀と云へる心を
秋野に 朝霧隱れ 鳴鹿の 髣髴にのみや 聞渡りなむ
鎌倉右大臣 源實朝
0979 題不知
人知れず 思心は 秋萩の 下葉色に 出でぬべき哉
右衛門督 藤原兼輔
0980 百首歌中に、寄風戀
知るらめや 音にのみ聞く 秋風の 身に沁む許 思心を
右近中將 衣笠經平【家良男】
0981 忍びたる人許に遣はしける
何ぞや如是 忍べば苦し 花薄 如何為る野邊に 穗には出づらむ
謙德公 藤原伊尹
0982 前內大臣基家家百首歌合に
未見ねば 面影も無し 何しかも 真野萱原 露亂るらん
權大納言 藤原顯朝
0983 洞院攝政家百首に、忍戀を
思寢の 淚莫添へそ 夜半月 曇ると言はば 人もこそ知れ
藻璧門院少將
0984 弘長二年十首歌講侍しに、忍待戀を
我さへに 復偽に 成にけり 待つと言ひつる 月ぞ傾く
太上天皇 後嵯峨院
0985 名所廿首歌中に、戀を
筑波山 木隱多き 月よりも 繁き人目は 守る方も無し
前內大臣 藤原基家
0986 題不知
遠山田 守るや人目の 繁ければ 穗にこそ出でね 忘れやはする
凡河內躬恒
0987 入道二品道助親王家五十首に、寄枕戀
何と復 枕塵を 拂ふらむ 並無き身の 閨之秋風
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男。】
0988 寄雲戀
知らせばや 其處は彼と無き 浮雲の 空に亂るる 心迷ひを
侍從 藤原行家【知家男】
0989 【○承前。寄雲戀。】
知られじな 絕えず心に 懸かるとも 磐手山の 嶺白雲
皇后宮內侍 京極院內侍
0990 【○承前。寄雲戀。】
時雨つつ 嶺嵐に 行雲の 早くも空に 戀渡る哉
從二位 藤原家隆
0991 名所百首歌人人に召しける時
神奈備の 岩瀨森の 初時雨 忍びし色は 秋風ぞ吹く
順德院御歌
0992 題不知
戀侘びぬ 心奧の 信夫山 露も時雨も 色に見せじと
前中納言 藤原定家
0993 【○承前。無題。】
時雨るるを 抑ふる袖の 下紅葉 見えぬ千入は 訪人も無し
藤原信實朝臣
0994 【○承前。無題。】
言はずとも 見ゆらん袖の 初時雨 染むる紅葉の 色深さは
前大納言 藤原基良
0995 【○承前。無題。】
問へかしな 槙立山の 夕時雨 色こそ見えね 深心を
土御門院御歌
0996 【○承前。無題。】
言葉の 色に出べき 秋ぞ無き 言はで年經る 袖時雨は
從三位 源通氏
0997 【○承前。無題。】
時雨にも 由緣無き松は 有物を 淚に耐へぬ 袖色哉
中務卿 宗尊親王
0998 寄雨戀を
色に出でぬ 思ひのみこそ 常磐山 我身時雨は 降る峽も無し
後鳥羽院宮內卿
0999 戀歌中に
類無く 干さぬ袖哉 草も木も 露吹拂ふ 風は在世に
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
1000 光俊朝臣勸侍ける百首の、戀歌
物思ふと 我だに知らぬ 夕暮の 袖を求めて 置ける露哉
從三位 藤原行能
1001 百首御歌中に
我袖や 松蔭為る 秋草の 上は由緣無き 色に出でなん
順德院御歌
1002 題不知
枯れね唯 軒端草よ 中中に 其名に付けて 人もこそ知れ
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
1003 寶治二年百首歌に、寄草戀
人知れず 忍草に 置露の 亂れてのみや 思消えなん
前太政大臣 西園寺公相
1004 建長二年歌合し侍しに、忍戀
訪はぬをも 誰が辛さにか 為果てん 互に忍ぶ 心較べに
太上天皇 後嵯峨院
1005 戀歌とて
訪はぬをも 憂きにや人の 為果てん 忍ぶに付けて 過ぐる月日を
右近大將 源通忠
1006 【○承前。詠戀歌。】
荒礒の 岩根に掛くる 白浪の 打も休まぬ 戀道哉
內大臣 大炊御門冬忠
1007 百首歌奉りし時、寄鳥戀を
鳰鳥の 通へる道も 在物を 下にも何どか 人賴まぬ
從三位 藤原為繼
1008 題不知
濁江に 生ふる菅菰 水隱れて 我戀ふらくは 知人ぞ無き
凡河內躬恒
1009 【○承前。無題。】
思ふとも 戀ふとも言はじ 梔子の 色に衣を 染めてこそ著め
佚名 讀人不知
1010 【○承前。無題。】
水草居て 有とも見えぬ 沼水の 下心を 知人そ無き
讀人不知
1011 弘長元年百首歌に、忍戀を
假にても 人は知らじな 葦根這ふ 憂きに年經る 下心は
入道前太政大臣 西園寺實氏
1012 忍戀之心を
隱沼の 下這葦の 根に泣けど 人こそ知らね 袖は濡れつつ
權中納言 藤原長雅
1013 三首歌講侍し時、忍戀
世に漏らば 我が心をや 疑はん 未知らせたる 人し無ければ
侍從 藤原行家【知家男】
1014 建長三年吹田十首歌に
年經ての 後にも戀の 顯れば 忍びけりとや 人に知られん
藤原信實朝臣
1015 後法性寺入道前關白右大臣に侍ける時の百首に
身憂さの 淚に狎れぬ 袖為らば 如何に言ひてか 戀を裹まん
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
1016 千五百番歌合に
堰かへし 猶漏る袖の 淚哉 忍ぶも餘所の 心為らぬに
大納言 源通具
1017 題不知
疎かにや 忍ぶと人の 思ふらん 心に叶ふ 淚為らぬを
衣笠前內大臣 藤原家良
1018 【○承前。無題。】
限無く 思淚や 川と見て 渡難くは 成增さるらん
伊勢
1019 【○承前。無題。】
袖上に 干さぬ淚の 色見えば 如何に為むとか 音のみ泣くらん
藻璧門院少將
1020 中務卿親王家百首歌に、戀を
如何に為む 思始めつる 淚より 軈て千入の 色に出なば
前左兵衛督 飛鳥井教定【雅經男】
1021 題不知
袖上の 人目知られし 居迄は 操なりける 我淚哉
西行法師 佐藤義清
1022 【○承前。無題。】
我淚 吉野川の 縱然らば 妹背山の 中に流れよ
慈鎮大僧正 慈圓
1023 忍びて人に物申侍ける頃
何事も 心に籠めて 忍ぶるを 如何で淚の 先知りぬらん
和泉式部
1024 千五百番歌合に
思堰く 心瀧の 表れて 落つとは袖の 色に見えぬる
參議 藤原雅經
1025 寶治二年百首歌に、寄瀧戀
音無の 瀧水上 人問はば 忍びに萎る 袖や見せまし
前大納言 藤原為家
1026 【○承前。寶治二年百首歌,寄瀧戀。】
音に猶 立てぬも苦し 思堰く 心中に 瀧無く欲得
新院辨內侍 後深草院辨內侍
1027 題不知
陽炎の 仄めく影を 見てしより 誰とも知らぬ 戀もする哉
佚名 讀人不知
1028 關白前左大臣家百首に、見戀
縱や唯 蘆屋里の 夏日に 浮きて寄る云ふ 其名許は
前大納言 藤原為家
1029 同心を詠ませ給ける
契りをば 安積沼と 思へばや 勝見ながらに 袖濡るらん
今上御歌 龜山院
1030 【○承前。詠同心。】
憂辛し 安積沼の 草名よ 假にも深き 緣は結ばで
前中納言 藤原定家
1031 吹田十首歌に
難波為る 御津と許の 契にて 起臥葦の 音こそ泣かるれ
前左大臣 洞院實雄
1032 題不知
覺束無 如何に相見て 菅根の 長き春日に 戀渡るらむ
山邊赤人
1033 四月一日頃、人許に申遣はしける
打解けて 啼きぞしつべき 郭公 人に知られぬ 初音為れども
藤原範永朝臣
1034 八條太政大臣家歌合に、夏戀
夏衣 一重に辛き 人戀ふる 我心こそ 裏無かりけれ
左京大夫 藤原顯輔
1035 題不知
朝な朝な 君に心を 置霜の 菊籬に 色は見えなん
曾禰好忠
1036 【○承前。無題。】
鵲の 違ふる橋の 真遠にて 隔つる中に 霜や置らん
曾禰好忠
1037 【○承前。無題。】
鵲の 雲居橋の 餘所にのみ 架けて心に 戀や渡らん
佚名 讀人不知
1038 寬平御時后宮歌合歌
餘所に見し 人に思ひを 著け始めて 心からこそ 下に焦るれ
佚名 讀人不知
1039 百首御歌中に
今更に 人をば何か 冰柱居る 下にも忍ぶ 自らぞ憂き
順德院御歌
1040 寄橋戀を
暮待たむ 命も知らず 岩橋の 夜とは誰か 契始めける
僧正行意
1041 戀歌中に
同世に 賴む契の 空しくは 身を變へてだに 逢事欲得
式乾門院御匣
1042 家に歌合し侍けるに
如何許 戀路は末の 遠ければ 思入りても 年經ぬらん
正三位 藤原季經
1043 題不知
下野や 室八島に 立つ煙 思有りとも 今こそは知れ
佚名 讀人不知
1044 【○承前。無題。】
戀せよと 生れる三河の 八橋の 蜘蛛手に物を 思頃哉
佚名 讀人不知
1045 【○承前。無題。】
大井川 井堰を越えて 行水の 絕えずも物を 思頃哉
佚名 讀人不知
1046 【○承前。無題。】
足引の 山梨岡に 逝水の 絕えずぞ君を 戀渡るべき
佚名 讀人不知
1047 【○承前。無題。】
伊勢海の 浪間に下す 釣緒の 打延へ人を 戀渡る哉
佚名 讀人不知
1048 【○承前。無題。】
須磨浦に 玉藻苅干す 海人衣 袖漬つ潮の 干る時や無き
佚名 讀人不知
1049 【○承前。無題。萬葉集2672。】
此山の 嶺に近しと 我が見つる 月空為る 戀もする哉
吾人有所思 度其此時在何處 蓋近此山巔 吾人所戀當奈何 恰似月空懸天邊
人麿 柿本人麻呂
1050 【○承前。無題。萬葉集2839。】
如是しつつ 然てや止なん 大荒木の 浮田社の 標為ら無くに
如是為哉乎 年華老去戀終哉 吾非大荒木 浮田社之嚴標者 古意唯憂何所益
人麿 柿本人麻呂