續古今和歌集 卷第十 羈旅歌
0857 羈中望と云ふ事を
雲居る 外山末の 一つ松 目に懸けて行く 道ぞ遙けき
中務卿 宗尊親王
0858 旅心を
忘れずよ 清見關の 浪間より 霞みて見えし 三保浦松
宗尊親王
0859 百首歌中に
猶暫 見てこそ行かめ 高師山 麓に巡る 浦松原
中納言 藤原為氏
0860 鷺坂山を越ゆとて詠める 【○萬葉集1687。】
白鳥の 鷺坂山の 松蔭に 宿りて行かむ 夜も更にけり
鴻鵠白鳥兮 鷺坂山間松蔭下 不妨落腳而 留居一宿而徃矣 不見此夜已深乎
人麿 柿本人麻呂
0861 持統天皇、吉野宮に行幸し給ける時、詠侍ける 【○萬葉集0075。】
宇治間山 朝風寒し 旅にして 衣貸すべき 妹も有ら無くに
宇治間山之 朝風冽寒體顫慄 此身在羈旅 傍無佳人貸暖衣 唯有孤宿耐嚴寒
佐保左大臣 長屋王
0862 題不知
山見れば 近付きぬるを 古里に 何時とも知らで 待ちや侘ぶらん
大江嘉言
0863 旅心を
梢だに 見えず成行く 古里を 其方と許 思遣る哉
貞慶上人
0864 【○承前。旅心。】
在時は 憂事繁き 古里に 集ぐや何の 心為るらん
源道濟
0865 旅道にて詠める
近付けば 野道笹原 顯れて 復末霞む 二村山
平泰時朝臣
0866 夏旅と云ふ事を詠侍ける
故鄉を 見果てぬ夢の 悲しきは 經る程も無き 小夜中山
參議 藤原雅經
0867 題不知
浪懸くる 野島崎に 袖濡れて 尾花片敷き 寢ぬる夜は哉
前大納言 藤原伊平
0868 津國、須磨と云ふ所に侍ける時、詠侍ける
旅人は 袂涼しく 成りにけり 關吹越ゆる 須磨浦風
中納言 在原行平
0869 後京極攝政家十首歌合に、秋旅を
逢坂を 越えだに果てぬ 秋風に 末こそ思へ 白川關
寂蓮法師
0870 福原京に罷けるに、生田と云ふ所にて故鄉を思遣りて、人許に遣はしける
思遣れ 生田社の 秋風に 故鄉戀ふる 夜半寢覺を
左京大夫 藤原脩範
0871 題不知
烏玉の 黑髮山を 今朝越えて 木下露に 濡れにける哉
人丸 柿本人麻呂
0872 都に上るとて、二村山を越えけるに詠める
餘所に見し 小笹上の 白露を 袂に懸くる 二村山
前右大將 源賴朝
0873 洞院攝政家百首歌
露繁き 小野篠原 如何に復 餘りて旅の 袖濡らすらむ
藻璧門院少將
0874 登蓮法師遠所へ罷けるに、衣遣はすとて
限有れば 我こそ添はね 旅衣 立たむ日よりは 身を勿離れそ
從三位 源賴政
0875 修行之道にて詠侍ける
伊勢島や 荒き濱邊の 浦傳ひ 紀海掛けて 見つる月哉
法印良守
0876 善光寺に詣でける時、姨捨山麓に宿りて詠侍ける
今宵我 姨捨山の 麓にて 月待侘ぶと 誰か知るべき
前大僧正覺忠
0877 旅歌中に
石見野や 夕越暮れて 見渡せば 高角山に 月ぞ猶豫
中納言 藤原為氏
0878 東に罷りける時、濱名橋宿にて月隈無かりけるを見て
高師山 夕月暮れて 麓為る 濱名橋を 月に見る哉
平政村朝臣
0879 入道二品道助親王家五十首に、野徑月
武藏野は 行末近く 成にけり 今宵ぞ見つる 山端月
正三位 藤原知家
0880 旅御歌中に
今日は復 雲浪より 出にけり 昨日暮の 山端月
後鳥羽院御歌
0881 五十首歌奉し時、旅泊月
袖上に 濡るる顏為る 光哉 月こそ旅の 心知りけれ
皇太后大夫藤原俊成女
0882 崇德院に奉ける百首に、旅歌
故鄉に 同雲居の 月を見ば 旅空をや 思出らん
待賢門院堀河
0883 中務卿親王家歌合に
月を見ば 同空とも 慰まで 何ど故鄉の 戀しかるらん
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0884 後堀河院御時、殿上人、月前旅と云ふ事を詠侍けるに
都をば 山幾重に 隔來て 富士裾野の 月を見るらん
前大納言 二條資季
0885 秋頃、人に誘はれて物へ罷るとて
都思ふ 我心知れ 夜半月 程は千里の 山路越ゆとも
橘忠幹
0886 美作に成りて下りて、月明かかりける夜、詠める
過ぎつらん 都事も 問ふべきに 雲餘所にも 渡る月哉
左京大夫 藤原顯輔
0887 旅宿月を
旅寢する 袖にも露の 置始めて 草葉に餘る 月を見る哉
行念法師
0888 寶治二年百首歌に、野月
枯るも搔く 豬名野原の 假枕 然ても寢られぬ 月を見る哉
藤原隆祐朝臣
0889 野宿月と云ふ事を
夕露の 庵は月を 主にて 宿遲るる 野邊旅人
前中納言 藤原定家
0890 建曆二年詩歌合に、羈中眺望
唯暮れね 關戶閉さぬ 頃為れば 月にも越えむ 足柄山
從二位 藤原家隆
0891 入道二品道助親王家五十首に、海旅を
影映す 袖は憂寢の 我からに 月ぞ藻に棲む 蟲明瀨戶
參議 藤原雅經
0892 旅歌中に
旅寢する 伊勢濱荻 露ながら 結ぶ枕に 宿る月影
鎌倉右大臣 源實朝
0893 【○承前。旅歌中。】
安倍島の 山岩根 片敷きて 小寢る今宵の 月清けさ
前大納言 藤原為家
0894 和歌所にて六首歌合侍けるに、旅泊聞鹿と云ふ事を
船泊むる 明石月の 有明に 浦より遠の 小壯鹿聲
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0895 三首歌講侍しに
旅衣 秋の草木に 非ねども 猶山風に 萎れてぞ行く
中宮大夫 源雅忠
0896 後京極攝政家十首歌合に
故鄉に 別れし袖も 如何ならん 知らぬ旅寢の 秋夕露
從二位 藤原家隆
0897 題不知
草枕 旅にし有れば 秋風の 寒夕に 雁鳴渡る
柿本人麿 柿本人麻呂
0898 亭子院の奈良に御坐しましたりける時、龍田山にて
雨降らば 紅葉蔭に 宿りつつ 龍田山に 今日は暮らさん
素性法師
0899 唐土に渡りて侍ける時、秋風身に沁みける夕、日本に殘留れりける母事等思ひて詠める
唐土の 梢も寂し 日本の 柞紅葉 散りやしぬらん
權僧正榮西
0900 伊勢にて九月許時雨のしけるに
秋も暮れ 都も遠く 成りしより 空時雨ぞ 隙無かりける
女御徽子女王 齋宮女御
0901 式乾門院、齋宮にて伊勢に下給ける時を思出て詠侍ける
京出て 八十瀨渡りし 鈴鹿川 昔になれど 忘れやはする
群出平安京 跋涉橫渡八十瀨 伊勢鈴鹿川 雖然已是往昔時 刻骨銘心豈輙忘
式乾門院御匣
0902 建保四年百首歌
衣手に 夕風寒し 篠原や 時雨るる野邊に 宿は無くして
僧正行意
0903 題不知
都出し 日數は冬に 成にけり 時雨れて寒き 白川關
藤原秀茂
0904 海路時雨を
袖濡らす 雄島礒の 泊り哉 松風寒み 時雨降る也
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0905 建保三年內裏七首歌合に、冬夕旅
冴暮す 小夜中山 中中に 玆より冬の 奧も勝らじ
從二位 藤原家隆
0906 【○承前。建保三年內裏七首歌合,冬夕旅。】
引結ぶ 草葉も霜の 故鄉は 暮るる日每に 遠離りつつ
前中納言 藤原定家
0907 正治百首歌中に
霰降る 野路笹原 臥侘びて 更に都を 夢にだに見ず
式子內親王
0908 【○承前。正治百首歌中。】
千鳥鳴く 宗我川風 身にしみて 真菅片敷き 明かす夜は哉
二條院讚岐
0909 十首歌講侍し時、關路雪を
秋迄は 富士高嶺に 見し雪を 分けてぞ越ゆる 足柄關
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0910 東に下りて侍ける時、旅歌數多詠侍けるに
同じくは 越えてや見まし 白川の 關之彼方の 鹽釜浦
從三位 藤原行能
0911 百首御歌中に、關路を
鳥音に 猶山蔭の 暗ければ 明けてを出ん 足柄關
土御門院御歌
0912 大峯にて詠侍ける
夜を籠むる 鈴篠屋の 朝戶出に 山蔭暗き 峰之松風
僧正行意
0913 【○承前。侍詠於大峯。】
雲懸かる 岩之懸道 踏見ても 危き物は 此身也けり
前大僧正道慶
0914 修行に出づとて詠侍ける
何時とても 憂身は跡も 定めぬに 復憂かれぬと 何思ふらん
權律師嚴雅
0915 後鳥羽院に名所歌奉ける時
踏分けし 昔は夢か 宇津山 跡とも見えぬ 蔦之下道
參議 藤原雅經
0916 大寶元年十月、天皇紀伊國に行幸し給ける時 【○萬葉集1675。】
藤白の 御坂を越ゆと 白妙の 我衣手は 濡れにける哉
每越藤白之 御坂觸景更生情 素妙白栲之 吾人衣手沾露濕 淚泪漬濡無干時
讀人不知
0917 題不知
押照るや 難波を過ぎて 打靡く 草香山を 今日見つる哉
讀人不知
0918 【○承前。無題。】
岩上に 片敷衣 唯一重 重ねやせまし 峰白雲
前內大臣 藤原基家
0919 山旅を
麓とて 峰より見ゆる 里も猶 往來は遠き 山路也けり
前左兵衛督 飛鳥井教定【雅經男】
0920 建仁三年和歌所三首歌合に、羈中暮と云ふ心を
暮れぬとや 我より先に 泊るらん 生野末に 逢人無き
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男。】
0921 名所歌詠侍けるに
逢人に 問へど變らぬ 同名の 幾日に成りぬ 武藏野原
後鳥羽院下野
0922 旅心を詠侍ける
未知らぬ 野原末の 夕附日 暫莫暮れそ 庵指す迄
藤原信實朝臣
0923 【○承前。侍詠旅心。】
如何に寢て 夢も結ばん 草枕 嵐吹く夜の 小夜中山
中務卿 宗尊親王
0924 筑紫に下りける時、須磨驛家にて
浦風に 物思ふとしは 無けれども 浪歸るこそ 寢られざりけれ
太宰大貳 藤原高遠
0925 洞院攝政家百首に、旅
潮風に 笘上葺き 隙見えて 浮寢枕 明けぬ此夜は
藤原信實朝臣
0926 旅心を
海人住む 礒之笘屋の 旅寢には 苅藻ぞ草の 枕也ける
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實
0927 【○承前。旅心。】
旅にして 物戀しきに 山本の 朱赭舟 沖に漕ぐ見ゆ
佚名 讀人不知
0928 【○承前。旅心。】
舟出する 瀛潮騷 白妙の 香椎渡 浪高く見ゆ
中納言 大伴家持
0929 【○承前。旅心。萬葉集0945。】
風吹けば 浪や立たむと 待程に 都太細江に 浦隱居ぬ
勁風吹海上 心懸浪高海象險 待候風止而 泊船都太細江間 著居浦畔潛隱矣
山邊赤人
0930 海路日暮と云ふ心を
行末の 泊りは何方 海原 雲浪路に 日は暮れにけり
前關白左大臣 二條良實
0931 海路を
舟人の 泊は風の 心にて 急ぐに寄らぬ 浪上哉
平長時
0932 題不知
船呼ばふ 富士川門に 日は暮れぬ 夜半にや過ぎん 浮島之原
藤原基政【基綱男】
0933 思事侍ける頃、父平度磐朝臣、遠江國に罷れりけるに、心為らず伴ひて、鳴海浦を過ぐとて詠侍ける
然ても我 如何に成身の 浦為れば 思潟には 遠離るらん
安嘉門院右衛門佐 安嘉門院四條
0934 鳴海寺にて書付侍ける
哀也 何と成身の 果為れば 復在所離て 浦傳ふらん
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0935 三百首中に、都鳥を
都鳥 何言問はん 思人 有りや無しやは 心こそ知れ
太上天皇 後嵯峨院
0936 弘長二年奉し百首中に、河を
此里は 隅田河原も 程遠し 如何なる鳥に 都問はまし
中務卿 宗尊親王
0937 百首歌に、旅心を
思人 有耶と問へば 都鳥 聞きも知られぬ 音をのみぞ鳴く
道圓法師
0938 題不知 【○萬葉集0051。】
手弱女の 袖吹返す 飛鳥風 都を遠み 徒に吹く
吹返手弱女 其袖明日香風者 以京遷藤原 新都已遠不能及 飛鳥風兮吹徒然
田原天皇御歌 志貴皇子
0939 筑紫より上りける時、都近く成りて詠侍ける 【○萬葉集0440。】
都為る 荒れたる宿に 獨寢ば 旅に勝りて 苦しかるべし
若歸京師間 荒廢舊宿孤身寢 寂情落寞者 更勝羈旅在異鄉 觸景生情更辛酸
大納言 大伴旅人
0940 後法性寺入道前關白右大臣に侍ける時の百首に
見る儘に 慰みぬべき 海山も 都外は 物ぞ悲しき
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0941 題不知
今日は猶 都も近し 逢坂の 關之彼方に 知人欲得
藤原隆祐朝臣
0942 羈中晩風と云ふ事を詠ませ給ける
吹風の 目に見ぬ方を 都とて 偲ぶも悲し 夕暮空
土御門院御歌
0943 旅行之心を
白雲を 空為る物と 思ひしは 未山越えぬ 都也けり
土御門院