續古今和歌集 卷第九 離別歌
0819 置目と云ふ女を、召置かれて侍けるに、老衰へにければ、暇給はりて近江國へ歸侍ける時、甚憐がらせ給ひて詠ませ給ける
碎浪や 近江乙女 明日よりは 深山隱れて 見えずも有らなん
顯宗天皇御歌
0820 信濃國に侍ける親許へ、罷下りける人に、御衣を賜はすとて
故鄉の 紅葉見に行く 旅人は 錦を著てや 晝は越ゆらん
延喜御歌 醍醐天皇
0821 御乳母の遠所に罷りけるに、裝束給はすとて
旅衣 如何で立つらんと 思ふより 留る袖こそ 露けかりけれ
天曆御歌 村上天皇
0822 天延三年十一月六日、殿上にて宇佐使の餞を給ふとて詠ませ給うける
萬世を 祈りに立つる 使をば 別も甚く 惜しまざらなん
圓融院御歌
0823 太宰大貳高遠筑紫に下りけるに裝束遣はすとて
行巡り 逢見真欲き 別には 命も共に 惜しまるる哉
小野宮右大臣 藤原實資
0824 返し
君が代の 遙かに見ゆる 旅為れば 祈てぞ行く 生松原
太宰大貳 藤原高遠
0825 藤原保昌朝臣、丹後に成りて下りけるに、和泉式部思煩ふと聞きて遣はしける
徃き行かず 聞か真欲きを 何方に 踏定むらん 足占山
中納言 藤原定賴
0826 大寶二年正月、贈從三位高市丸、長門に成りて下りけるに、三輪川畔にて餞すとて詠侍ける
遲居て 我やは戀ん 春霞 棚引く山を 君し越えなば
柿本人丸 柿本人麻呂
0827 亭子院、宮瀧御覽じける時、素性を御供に召具せられたりける、暇賜はりて布瑠寺に罷歸りける日、惜別歌人人に詠ませさせ給ひけるに、詠侍ける
飽かずして 今日之別を 思ふこそ 行くに勝りて 悲しかりけれ
源凝
0828 東方に罷りける人に遣はしける
足柄の 山路は見ねど 別れなば 心のみこそ 行きて歸らめ
凡河內躬恒
0829 紀貫之、美濃介にて罷れりける時、別惜しみて詠める
一日だに 見ねば戀しき 君が往なば 年之四歲を 如何で暮らさん
凡河內躬恒
0830 五月五日、藤原宣雅朝臣、常陸介にて下りける時、左大將濟時の餞侍けるに、土器取りて
菖蒲草 今日しも何どか 引別れ 旅寢に人の 思立つらん
大中臣能宣朝臣
0831 物へ罷りける人許に、小袿に付けて遣はしける
色色に 思心を 染めてこそ 君が手向の 幣と作しつれ
大中臣能宣朝臣
0832 旅出立ちする人許に罷れりけるに詠める
惜しみつつ 別るる人を 見る時は 我淚さへ 止らざりけり
紀貫之
0833 女御徽子女王、伊勢に下侍ける時 【○齋宮女御集0063。】
秋霧の 立ちて行くらん 露けさに 心を添へて 思遣る哉
選子內親王
0834 返し 【○齋宮女御集0064。】
餘所ながら 立つ秋霧は 何為れや 野邊に袂は 別れぬ物を
女御徽子女王 齋宮女御
0835 儀同三司の遠所に侍けるに遣はしける
雲浪 煙波の 立隔て 逢見ん事の 難くも有哉
一條院皇后宮 藤原定子皇后
0836 大納言經信、筑紫に下りける時、俊賴朝臣共に罷ければ、苅萱に付けて遣はしける
別れなん 覺束無さを 苅萱の 思亂るる 秋暮哉
堀川院中宮上總
0837 題不知
忘られぬ 我身也せば 別路に 命有らばと 言ひもしてまし
源重之女
0838 【○承前。無題。】
歸來む 明日を待つべき 我身かは 今日ぞ軈ての 別也ける
殷富門院大輔
0839 餞別之心を
歸來ん 復逢坂と 賴めども 別は鳥の 音ぞ無かれける
前大納言 藤原為家
0840 文永元年九月齋宮群行時、薰物奉るとて
別るとも 立ちも離れじ 人知れず 添ふる思火の 煙許は
雖然告別離 起身群行下向去 不為人所知 所以蘊情思火者 薰香焚物煙許矣
月華門院 綜子內親王
0841 同群行長奉送使にて罷下りて、返申之曉、女房中へ遣はしける
慣著ても 別るる道の 旅裳 露より外に 袖や濡れなん
雖然已著慣 但逢別離之道者 身襲旅裳矣 除去草露沾漬者 亦有他物濡袖濕
權中納言 藤原長雅
0842 兼盛、駿河に成りて下侍けるに
知らざりき 田子浦浪 袖漬て 老別に 斯かる物とは
清原元輔【春光男】
0843 堀河院御時百首歌奉けるに、別心を
玉極る 命も知らず 別れぬる 人を待つべき 身こそ老ぬれ
藤原顯仲朝臣【資仲男】
0844 同心を詠める
賴めども 今日を限の 別路は 知らぬ命の 程ぞ儚き
源孝行
0845 崇德院百首歌に
行末を 祝ひて出る 別路に 心も無きは 淚也けり
藤原清輔朝臣
0846 題不知
思侘び 心も行かぬ 道にしも 何方先立つ 淚為るらん
藤原隆信朝臣
0847 東に罷ける人を送りて、逢坂より歸るとて
何しかも 名を賴みけん 逢坂の 關にてしもぞ 人に別るる
源俊賴朝臣【經信男】
0848 慶政上人唐土へ渡りける時、遣はしける
厭ふとは 照日下に 聞きしかど 唐土迄は 思はざりしを
從二位 藤原家隆
0849 返し
唐土も 猶住憂くは 歸來む 忘れ莫果てそ 八重潮風
慶政上人
0850 物申ける女の筑紫へ罷けるに
形見とも らぬ月の 傾くを 彼方空と 猶慕ふ哉
從三位 藤原行能
0851 時時物申ける男の遠所に罷けるに、言遣はしける
訪はねども 同都は 賴まれき 憐雲居を 隔つる哉
伊勢大輔
0852 遠罷ける人に遣はしける
別道に 慕心の 遲れねば 獨行くとは 思はざらなん
祝部成仲
0853 物へ罷りける人許へ鏡遣はすとて
別るれど 影をば添へつ 真澄鏡 年月經とも 思忘る莫
惠慶法師
0854 登蓮法師か筑紫へ罷けるに
添へて遣る 心他に 何復 猶別道を 歎くなるらん
祐盛法師
0855 人に別れて遣はしける
有明の 月に心は 慰まで 巡逢夜を 待つぞ悲しき
前中納言 大江匡房
0856 忍びて物申ける女の、春頃遠別れけるに言遣はしける
今日や然は 隔果てつる 春霞 晴れぬ思ひは 何時と別かねど
前中納言 藤原定家