續古今和歌集 卷第八 釋教歌
0748 法華經廿八品歌中に、方便品
三途川 一つの海と 成る時は 舍利弗のみぞ 先渡りける
傳教大師 釋最澄
0749 法師品
此法を 唯一言も 說く人は 供佛の 使為らずや
傳教大師 釋最澄
0750 分別功德品
我が命 長しと聞きて 悅べる 人は必ず 佛とぞ為る
傳教大師 釋最澄
0751 藥草喻品之心を
雲敷きて 降る春雨は 分かねども 秋垣根は 己色色
慈覺大師 釋圓仁
0752 維摩經、此身如水泡と云ふ事を
雨降れば 庭に浮かべる 泡沫の 久しからぬは 我身也けり
赤染衛門
0753 此身如夢
常為らぬ 我身は夢の 同じくは 憂からぬ事を 見由欲得
前大納言 藤原公任
0754 是心是佛心を
徹夜 佛道を 求むれば 我心にそ 尋入りぬる
僧都源信
0755 鐘音を聞きて
曉の 鐘聲こそ 嬉しけれ 長憂夜の 明けぬと思へば
僧都源信
0756 覺者何還厭夢中事
憂しとても 思程けば 夢の世を 厭ふは人の 覺めぬ成りけり
權大納言 九條教家
0757 若離我執忽然歸大我
心無き 四方野山の 草木迄 我を捨つれば 我身也けり
權大納言 九條教家
0758 題不知
入月の 歸りて闇は 照すとも 浮世に巡る 影は留めし
定修法師
0759 【○承前。無題。】
悟行く 心中に 澄月は 出て入るべき 山端も無し
隆專法師
0760 大日經十緣生句を歌に詠侍けるに、水月を
憂影は 宿りもはてじ 葦鴨の 騷ぐ入江の 秋夜月
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0761 每夜座禪觀水月
胸月 心水も 夜な夜なの 靜なるにぞ 澄始めける
土御門院御歌
0762 月夜、座禪の次に
何とかは 月や非ぬと 辿るるべき 我許の身を 思知りなば
太上天皇 後嵯峨院
0763 非有非空之心を
大空を 虛と見れば 絲遊の 有るにも非ず 無きにしも無し
後嵯峨院
0764 法華經序品、以是知今佛欲說法華經
法華 今も古枝に きぬとは 元見し人や 思出らん
後嵯峨院
0765 十如是を歌に詠侍けるに、如是相
朝每の 鏡上に 見る影の 虛かりける 世に宿る哉
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0766 本末究竟等之心を
淺茅原 風を待間の 末露 遂には其も 本雫を
大藏卿 藤原有家【重家男】
0767 信解品
數ふれば 十市里に 衰へて 五十路餘の 年ぞ經にける
崇德院御歌
0768 藥草喻品
同野に 分かぬ時雨は 染むれども 草も木葉も 色變りつつ
前大僧正公豪
0769 弟子品
淚をや 衣珠と 結びけん 有りと聞くより 濡るる袖哉
寂蓮法師
0770 【○承前。弟子品。】
嬉しさは 袖に裹みし 珠ぞとも 今日こそ聞きて 身に餘りけれ
前權僧正快雅
0771 寶塔品
聞人も 遙かに玆を 仰げとて 空にそ法を 說く聲は為し
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0772 東三條院御為に、一品經供養せられける次に
其上の 契朽ちねは 幾世とも 知らぬ姿を 空に見る哉
前大納言 藤原公任
0773 提婆品、即往南方之心を
渡海の 底玉藻に 宿借りて 南空を 照す月影
前中納言 藤原定家
0774 安樂行品、於無量國中乃至名字不可得聞と云ふ事を 【○補遺1934。】
名をだにも 聞かぬ御法を 保つ迄 如何で契を 結置きけん
崇德院御歌
0775 壽量品之心 を
今ぞ知る 心空に 澄月は 鷲御山の 同高嶺と
俊惠法師
0776 【○承前。詠壽量品之趣。】
鷲山 如何に澄みける 月為れば 入りての後も 世を照すらん
法橋顯昭
0777 【○承前。詠壽量品之趣。】
假初の 夜半煙と 登りしや 鷲高嶺に 懸かる白雲
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0778 分別功德品、願我於未來長壽度眾生之心を
行末も 長柄橋の 朽ちずして 盡くる世も無く 人を渡さん
讀人不知
0779 同心を
世末の 人も闇にや 惑ふとて 入らじと誓ふ 有明月
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0780 神力品、是二音聲遍至十方之心を
待得たる 鷲高嶺の 郭公 唯二聲ぞ 四方に聞得し
法印聖憲
0781 七十二歲說法華經之心を詠侍ける
七十路の 春を重ねて 說始めし 法衣の 花下紐
大僧正隆辨
0782 釋教之心を
鷲山 昔春は 遠けれど 御法華は 猶匂ひけり
平時廣
0783 弘長元年六月、龜山仙洞にて如法寫經し侍し時、十種供養之散花、從一位貞子調して奉し結花に
結置く 契と為らば 法華 散末迄 數に漏らす勿
入道前太政大臣 西園寺實氏
0784 題不知
行水に 留まる色ぞ 無かりける 心華は 散積れども
前關白左大臣 二條良實
0785 三會曉を思ひて詠侍ける
如是しつつ 長眠りの 覺めやせん 待曉は 遙為れども
法印良覺 良覺
0786 熾盛光法行侍ける時、思續け侍ける
受止めし 御法水の 行末に 山效有る 名を流す哉
前權僧正成源
0787 一切經一遍見るべき由思立ちながら、僅かに千卷に及びければ、其殘如何でか命中になど思續けて詠侍ける
六十路迄 命をぞ思ふ 法水 此世に澄まば 汲みや果つると
衣笠前內大臣 藤原家良
0788 題不知
厭ふ莫よ 苦しき海に 歸浪も 御法水の 外にやは立つ
後鳥羽院御歌
0789 淨名居士を
汲みて問ふ 人無かりせば 如何にして 山井水の 底を知らまし
崇德院御歌
0790 天台大師を
音に聞く 玉泉の 末よりや 御法水の 流始めけん
中務卿 宗尊親王
0791 釋教歌中に
世を治め 民を救くる 心こそ 軈て御法の 實也けれ
宗尊親王
0792 餝下したりける人を見て
見るからに 先づ先例ちて 落つる哉 淚や法の 導為るらん
藤原道信朝臣
0793 教是佛語、禪是佛心、還有淺深否と問ひて侍ける人の返事に
忍びつつ 幾度掛ける 玉梓も 思程には 言はれざりけり
思順上人
0794 止觀文の、即散而寂之心を
訪るる 音に中中 山里の 寂しさ增さる 夕時雨哉
思順上人
0795 僧正信憲、山階寺別當に成りて、初めて三十講行侍ける、聽聞に雪降りける日罷りて侍けるに、難義の出來りけるを、增辨法師御簾內へ、茲は如何に、と尋ねたりければ、檜扇端に書きて出し侍ける
古は 踏見しかども 白雪の 深道こそ 跡も覺えね
貞慶上人
0796 高野に詣侍ける時、奧院にて
世を捨てて 住まれぬ身こそ 悲しけれ 斯かる深山の 跡を見ながら
入道前太政大臣 西園寺實氏
0797 十波羅密中檀波羅蜜之心を
恨む莫よ 月と花とを 眺めても 惜しむ心は 思捨ててき
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0798 題不知
思入れば 人も我身も 餘所ならず 心外の 心無ければ
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0799 空觀之心を
心とて 實には心も 無き物を 悟るは何の 悟成るらん
法印實伊
0800 色即是空之心を
露分くる 花摺衣 翻りては 虛と見るぞ 色は有ける
信生法師 鹽古朝業
0801 題不知
三輪川の 清流に 濯ぎてし 我名を更に 復や穢さん
僧都玄賓
0802 【○承前。無題。】
誠には 佛國も 餘所為らず 迷ふ限りぞ 憂世とも見る
後鳥羽院御歌
0803 藥師如來を
誓有れば 五障 改めて 六道をや 行別れなん
正三位 藤原知家
0804 題不知
古に 如何なる契 有りてかは 彌陀に仕ふる 身と成りにけん
前律師永觀
0805 佛迎を待つ心を
極樂を 願ふ思火の 煙こそ 迎雲と 軈てなるらめ
僧都源信
0806 釋教歌とて
紫の 雲迎を 待つは猶 心月の 晴れぬ也けり
法印智海
0807 【○承前。釋教歌。】
憂身をも 捨てぬ誓を 待詫びぬ 迎雲よ 空賴めす莫
源具親朝臣
0808 無量壽經四十八願心を詠侍けるに、供養諸佛
色色の 花匂を 朝每に 四方佛に 手向つる哉
証惠上人
0809 樹說苦空と云ふ心を
心無き 植木も法を 說く為れば 花も悟を 嘸開くらん
大僧正隆辨
0810 花盛に極樂を觀ぜさせ給ひて
徒に散る 花見るだにも 有物を 寶植木 思ひこそ遣れ
花山院御歌
0811 厭苦緣之心を
厭ふべき 世理の 苦しさも 憂身よりこそ 思知りぬれ
道然上人
0812 題不知
定かにも 憂世夢を 悟らずは 闇現に 猶や迷はん
天台座主澄覺 澄覺法親王
0813 大品經、畢竟空寂
何事も 空しき夢と 聞く物を 覺めぬ心に 嘆きつる哉
藤原清輔朝臣
0814 未得真覺恒處夢中、故佛說為生死長夜之心を
長夜の 夢中にも 待詫びぬ 覺むる習の 曉空
法印長惠
0815 駒迎を釋教に寄せて詠める
今日引ける 駒は乘りこそ 賢けれ 佛道に 逢坂關
僧都源信
0816 清涼寺にて詠侍ける
鷲山 再び影の 移來て 嵯峨野露に 有明月
寂蓮法師
0817 龜山仙洞持佛堂供養に、法印聖憲を導師に召して、女郎花枝に菩提子念珠を掛けて布施に給はすとて付侍し
名に愛でし 嵯峨野秋の 女郎花 茲も菩提の 種と知らずや
太上天皇 後嵯峨院
0818 念珠を求失ひて朝に、袈裟に奉はりて有けるを見て
夢覺めて 衣裏を 今朝見れば 珠懸けながら 迷ひぬる哉
慈惠大僧正