續古今和歌集 卷第七 神祇歌
0686 【○無題。】
我賴む 人願を 照すとて 憂世に殘る 三つの燈火
茲は稻荷大明神御歌となん。
稻荷 宇賀御魂命
0687 【○承前。無題。】
我を知れ 釋迦牟尼佛の 世に出て 清けき月の 世を照すとは
茲は春日大明神御歌となむ。
春日明神 春日大社
0688 【○承前。無題。】
撫子の 薄くも濃くも 日暮るれば 見む人分けて 思定めよ
北野天神 菅原道真
0689 【○承前。無題。】
竹節も 我が世も共に 老にしを 朽葉鮮にも 置ける霜哉
北野天神 菅原道真
0690 【○承前。無題。】
松色は 西吹ふ風や 染めつらん 海碧を 初入にして
此三首は北野御歌となん。
北野天神 菅原道真
0691 【○承前。無題。】
唐舟に 乘護にと 來し甲斐は 有ける物を 此泊に
此歌は三井寺にて、新羅明神の詠給へるとなん。
園城寺守護神 新羅明神
0692 【○承前。無題。】
音に聞く 衣笠岡を 未見ねば 待ちつつぞ降る 雨宮には
此歌は雨宮に衣笠を奉らんと願を立てて、遲くしける程に、神の示給けるとなん。
雨宮神
0693 【○承前。無題。】
我有らば 世も消果てし 高野山 高御法の 法之燈火
此歌は高野山に人住まず成りける頃、祈親上人嘆侍て祈念しけるに、此山神明とて、夢に付給けるとなん。
高野山明神
0694 題不知
押並て 天下にも 千早振る 神路山の 神は曇らじ
處處無所餘 放眼天下六合間 千早振稜威 伊勢御杣神路山 皇神莫有稍曇時
凡河內躬恒
0695 三百首歌中に、錦を
小車の 錦手向くる 神路山 復巡逢ふ 年も來にけり
小車模樣之 織錦衣料為手向 御杣神路山 歲歲赤心誠獻貢 巡逢周年復來矣
太上天皇 後嵯峨院
0696 文永二年八月十五夜、內宮御柱立てに當りて侍ければ詠める
宮柱 立つる今宵の 秋月 復幾度か 巡逢ふべき
神宮正殿之 御柱豎立今宵矣 仰天望秋月 此生還復得幾度 有幸巡逢式年哉
荒木田延季
0697 題不知
神風に 心安くぞ 任せつる 櫻宮の 花盛りは
神風吹勁疾 浦安心寧衷平靜 任情隨盪漾 木花咲耶櫻之宮 滿開絢爛此頃時
西行法師 佐藤義清
0698 寶治元年九月十首歌合に、社頭祝
神風や 五十鈴川の 磯宮 常世浪の 音ぞ長閑けき
神風吹勁疾 御裳濯兮五十鈴 川上磯宮矣 常世浪濤雖無盡 其音長閑聞悠然
皇后宮大夫 花山院師繼
0699 建仁元年五十首歌合に
神古て 憐幾世に 成りぬらん 浪に馴れたる 朝熊宮
神古蘊稜威 浩浩蕩蕩歷幾世 屹立而不搖 習於波風慣駭浪 朝熊神社櫻之宮
嘉陽門院越前
0700 大納言通方詠ませ侍ける石清水歌合に、社頭月と云ふ事を詠める
久方の 月桂の 男山 清けき影は 所柄哉
卜部兼直
0701 正治二年七月歌合に、水邊月
石清水 澄みける月の 光にぞ 昔袖を 見る心地する
後鳥羽院御歌
0702 朱雀院御時、臨時祭石清水を初めて行はせ給ふとて、召されける歌
松も生ひ 復も苔生す 石清水 行末遠く 仕奉らん
紀貫之
0703 八幡に籠侍し時
石清水 木隱れたりし 古を 思出れば 澄む心哉
太上天皇 後嵯峨院
0704 石清水後番後番歌合に、述懷を
仕ふべき 我をも捨つ莫 天皇の 百代を護る 神とこそ聞け
六條入道前太政大臣 藤原賴實【經宗男】
0705 大菩薩御詫宣文を歌に詠侍ける中に
久に經て 君君為れど 護るらし 人の國より 我が國の為
平長時
0706 神祇歌中に
潔き 御手洗川の 底深く 心を汲みて 神は知るらん
大宰大貳 藤原高遠
0707 賀茂臨時祭之心を
霧深き 賀茂河原に 迷ひしや 今日祭の 始也けん
關白前左大臣 一條實經
0708 同臨時祭、使勤めて侍ける時、年頃舞人、加陪從等しける事を思出て、神主重保に言遣はしける
君見ずや 櫻山吹 髻首來て 神惠に 斯かる藤浪
藤原隆信朝臣
0709 新院御位時、賀茂行幸之日、空いと晴て、還御後雨降侍ければ詠侍ける
天下 受けける神の 神慮こそ 今日御幸の 後に見えけれ
後深草院少將內侍
0710 百首歌奉りし時、寄社祝
如是しこそ 賀茂社の 木綿鬘 上治まれば 下も亂れね
藤原光俊【葉室光親男】
0711 神祇歌中に
祈置きし 我が兼言の 彌增に 榮行く御代は 神ぞ知るらん
荒木田延成
0712 光明峰寺入道前攝政家歌合に、名所月
小鹽山 尾上松の 秋風に 神代も古りて 澄める月影
藤原信實朝臣
0713 平野社歌合に
難波津に 冬籠為し 花為れや 平野松に 降れる白雪
從二位 藤原家隆
0714 雪朝に野宮方へ罷りて詠侍ける
榊插す 柴垣戶の 數數に 猶懸添ふる 雪白木綿
榊葉真賢木 所插柴垣根所築 戶之數數間 猶懸增綴添餝者 白木綿兮皓雪矣
入道前太政大臣 西園寺實氏
0715 三十首歌詠侍ける中に
世を祈り 神を祈ると 神垣に 我身を知らで 年ぞ經にける
祝部忠成【親成男】
0716 題不知
君を祈る 唯一言の 神のみや 二心無き 程は知るらん
賀茂氏久
0717 遣唐使にて罷渡らんとし侍ける頃、春日祭之日詠侍ける
春日野に 祝ふ御室の 梅花 咲きつつ待てや 歸來る迄
寧樂春日野 齋祭御室神奈備 社間梅花矣 冀汝長榮咲不絕 直至有朝歸來時
參議清行 藤原清河
0718 後一條院春日行幸日、上東門院へ奉ける
其上や 祈置きけん 春日野の 同道にも 尋行哉
法成寺入道前攝政太政大臣 藤原道長
0719 百首歌中に
春日山 神心は 知らねども 祈し儘に 身を賴む哉
入道前太政大臣 西園寺實氏
0720 春日社に詣でて詠侍ける
春日山 手向くる紙垂の 音冴えて 木間月に 秋風ぞ吹く
入道前太政大臣 西園寺實氏
0721 建保三年百首御歌中に、去年行幸事を思し召出て詠ませ給ける
春日野や 去年彌生の 花香に 染めし心は 神ぞ知るらん
順德院御歌
0722 百首歌詠侍ける中に
契有れや 春日山の 松にしも 懸始めける 北藤浪
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0723 筑前國筥崎宮の驗松を詠侍ける
千早振る 神代に植ゑし 筥崎の 松は久しき 証也けり
法印行清
0724 題不知
宮居為し 其始めにも 石上 布瑠社と 人や言ひけん
心嚮曩昔時 神祇宮居肇始際 石上振神宮 稜威嚴靈布瑠社 古人稱亦如是哉
正三位知家 藤原經家【六條重家男】
0725 【○承前。無題。】
如何許 和歌浦風 身に染みて 宮始めけむ 玉津島姬
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0726 正治二年十首歌合に
豫てより 和歌浦路に 跡垂れて 君をや待ちし 玉津島姬
藤原隆信朝臣
0727 光俊朝臣詠ませ侍ける住吉社三十首に、神祇を
西海や 淡木浦の 潮路より 顯出し 住吉神
卜部兼直
0728 家に百首歌詠ませ侍けるに
宮居せし 年も津守の 浦古て 神代覺ゆる 松風哉
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0729 住吉に詣でたりけるに、小松侍けるを、復參りて見れば、老木に成にければ詠める
神垣に 見染めし松も 老にけり 思知らるる 年程哉
前中納言 日野資長
0730 四條院御時、八十島祭使の事承りて侍けるに、事違ひて然も侍らざりければ、其後住吉に詣て、我家に代代此使勤侍ける事等思ひつつけて詠侍ける
禊為し 末とだに見よ 住吉の 神も昔を 忘れ果てずは
兵部卿 藤原隆親【隆衡男】
0731 住吉に奉ける歌に、神祇を詠める
住吉の 神御室の 木綿襷 心に物の 掛からず欲得
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
0732 建保三年六月二日和歌所歌合に、松經年
住吉の 岸瑞垣 神古て 其代も知らぬ 松色哉
衣笠前內大臣 藤原家良
0733 建長五年住江に遊覽之日
今日や復 更に千歲を 契るらん 昔に歸る 住吉松
前太政大臣 西園寺公相
0734 住吉社遷宮後、熊野に詣侍し序に、彼社によみて奉し歌
神よ神 猶住吉と 御覽せ 我世に建つる 宮柱也
太上天皇 後嵯峨院
0735 熊野川舟にて
熊野川 瀨切りに渡す 杉船の 舳浪に袖の 濡れにける哉
紀洲熊野川 急流激瀨水象險 越渡杉船者 舳浪翻起濺水沫 衣袖沾濕漬濡哉
後嵯峨院
0736 熊野に詣侍ける時、神倉にて、太政大臣從一位極めぬる事を思續けて詠侍ける
三熊野の 神倉山の 石疊 登果てても 猶祈る哉
紀洲三熊野 天磐楯兮琴引岩 稜威神倉山 雖踏石疊登頂上 猶盡赤心祈禱哉
入道前太政大臣 西園寺實氏
0737 人勸めて、熊野へ詠みて奉ける
那智山 遙かに落つる 瀧瀨に 濯ぐ心の 塵も殘らじ
熊野那智山 遙遙峻崖宣泄下 落激瀧瀨矣 心為大瀧之所濯 絲毫塵埃不復留
式乾門院御匣
0738 建春門院皇太后宮と申ける時、日吉社に行啟有ける舞人にて侍けるに、御神樂に萬歲猶萬歲と折重ねけるを聞きて
萬世を 重ぬる聲に 著哉 限も知らぬ 君が御代とは
土御門內大臣 源通親
0739 客人宮に奉ける
茲に復 光を分けて 宿す哉 越白根や 雪降る里
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0740 貞應元年大嘗會悠紀方神樂歌、千枝村
榊葉の 千枝村の 木綿紙垂て 豐明の 手向にぞ取る
正三位 藤原家衡
0741 文應元年大嘗會悠紀方神樂歌
深綠 岩戶山の 榊葉を 指してぞ祈る 萬代の為
民部卿 藤原經光
0742 社頭花と云ふ事を
櫻花 老隱るやと 髻首ても 神齋垣に 身こそ古りぬれ
祝部成茂
0743 白河院御時、非ざる外事によりて、御氣色良からず侍ける時、唐鏡を北野宮へ奉るとて、鏡裏に書付けける
身を掐みて 照治めよ 真澄鏡 誰が偽も 曇明らす莫
左京大夫 藤原顯輔
0744 述懷御歌中に
誰故に 塵に交はる 光ぞと 問はばや神の 如何答へん
土御門院御歌
0745 【○承前。述懷御歌中。】
我國は 夜晝護る 神し在れば 賴むぞ軈て 祈る也ける
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0746 光俊朝臣勸侍ける百首歌に
天降る 神香久山 今しもぞ 君が為にと 見るも畏き
前大納言 藤原為家
0747 百首歌奉けるに、寄社祝を
護れ唯 四方社の 天神 君故にこそ 跡も垂るらめ
前內大臣 藤原基家