續古今和歌集 卷第五 秋歌下
0434 霧間朝鹿と云ふ事を詠侍ける
秋霧の 朝立つ山に 妻籠めて 未だ夜深しと 鹿鳴くらん
前大納言 藤原為家
0435 文永二年九月十三夜歌合に、野鹿を
寢られずや 妻を戀ふらん 標野行き 紫野行き 鹿ぞ鳴くなる
太上天皇 後嵯峨院
0436 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠野鹿。】
夜寒なる 穗屋薄の 秋風に そよさぞ鹿も 妻を戀ふらん
關白前左大臣 一條實經
0437 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠野鹿。】
忍兼ね 妻や戀ふらん 小壯鹿の 淚も餘る 小野篠原
左大臣 近衛基平【兼經男】
0438 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠野鹿。】
稍寒き 小野淺茅の 秋風に 何時より鹿の 鳴始めけん
前大納言 二條資季
0439 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠野鹿。】
色變る 野原の小萩 誰が秋に 非ぬ物故 鹿鳴くらん
中納言 藤原為氏
0440 龜山仙洞にて五首歌講侍しに、同心を
逢はで來し 妻を戀ふとや 秋野に 笹分けて鳴く 小壯鹿聲
新院辨內侍 後深草院辨內侍
0441 十首歌合侍しに、夜鹿を
由緣も無き 妻をや憑む 秋風の 身に寒夜は 鹿も鳴也
土御門院小宰相
0442 鹿を詠める
秋萩に 亂るる露は 啼鹿の 聲より落る 淚也けり
紀貫之
0443 建保四年百番歌合に、秋を
宮城野に 柵む萩や 散りぬらん 顯れて鳴く 小壯鹿聲
順德院御歌
0444 題不知
夕去れば 小倉山に 啼鹿の 今宵は鳴かず 寐ねにけらしも
每逢夕暮時 喚音迴盪小倉山 求偶啼鹿者 今夜不聞其聲鳴 蓋是獲妻安寢哉
舒明天皇御歌
0445 【○承前。無題。】
此頃の 秋朝明の 霧隱れ 妻喚ぶ鹿の 聲清けさ
人丸 柿本人麻呂
0446 十首歌合に
天川 秋一夜の 契りだに 交野に鹿の 音をや鳴くらん
從二位 藤原家隆
0447 鹿聲何方と云ふ事を詠ませ給ける
山里は 秋寢覺めぞ 哀為る 其處とも知らぬ 鹿鳴音に
後白河院御歌
0448 千五百番歌合に
照射為し 端山繁山 忍來て 秋には耐へぬ 小壯鹿聲
參議 藤原雅經
0449 弘長元年百首に、鹿を
小倉山 秋は習と 鳴鹿を 何時とも判ぬ 淚にぞ聞く
前大納言 藤原為家
0450 家七首歌合に、月下鹿と云ふ事を
三笠山 月指昇る 空晴れて 峰より高き 小壯鹿聲
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0451 建保四年內裏歌合に、秋歌
雄鹿鳴く 端山蔭の 深ければ 嵐待間の 月ぞ少なき
前中納言 藤原定家
0452 百首歌中に
我のみと 聲にも鹿の 立つる哉 月は光に 見せぬ秋かは
前中納言 藤原定家
0453 秋歌とて詠める
月影に 鹿音聞ゆ 高砂の 尾上萩の 花や散るらん
平兼盛
0454 【○承前。詠秋歌。】
秋田の 遲稻色付く 今よりや 寢られぬ庵の 夜寒成るらん
雅成親王
0455 桂にて、稻花風を
引板延へて 守る注連繩の 撓む迄 秋風ぞ吹く 小山田庵
大納言 源經信
0456 秋歌中に
足引の 山田稻の 片よりに 露扱垂れて 秋風ぞ吹く
行念法師
0457 【○承前。秋歌中。】
白露の 置くての遲稻 打靡き 田中井戶に 秋風ぞ吹く
入道前太政大臣 西園寺實氏
0458 【○承前。秋歌中。】
秋來ぬと 雲居雁の 聲す也 小萩が本や 露けかるらん
大宮院權中納言 藤原為子
0459 【○承前。秋歌中。】
初雁の 聲に付けてや 久方の 空秋をば 人知るらん
紀貫之
0460 曉雁を
哀ども 知らでや雁の 過ぎつらん 寢覺めに落る 老淚を
前內大臣 藤原基家
0461 建保二年內裏十五首歌合に
雁音の 聞ゆる空や 明けぬらん 枕に薄き 窗月影
從二位 藤原家隆
0462 名所擣衣と云ふ事を詠ませ給ける
深草や 誰が故鄉と 知らねども 昔忘れず 衣擣つ也
土御門院御歌
0463 承久元年內裏歌合に、聞擣衣
長夜の 曉方の 木枯に 寢覺めも著く 搗衣哉
入道前太政大臣 西園寺實氏
0464 千五百番歌合歌
浦風や 夜寒為るらん 松島や 海人苫屋に 衣擣つ也
土御門內大臣 源通親
0465 【○承前。千五百番歌合歌。】
來ぬ人を 待夜津守の 浦風に 遠里小野は 衣擣つ也
源具親朝臣
0466 海邊擣衣と云ふ事を詠侍ける
間遠にて 音も聞ゆる 須磨海人の 鹽燒きごろも 擣進むらし
藤原隆博
0467 名所擣衣と云ふ心を
真萩散る 遠里小野の 秋風に 花摺衣 今や擣つらん
中務卿 宗尊親王
0468 秋歌之中に
誰が為と 知らぬ砧の 音にさへ 淚打添ふ 餘所衣手
靜仁法親王
0469 【○承前。秋歌之中。】
然らでだに 身に沁む夜半の 秋風に 如何なる色の 衣擣つらん
藻璧門院少將
0470 【○承前。秋歌之中。】
今よりは 身に沁む物と 秋風の 吹くに付けてや 衣擣つらん
從二位 藤原成實【親實男】
0471 山家擣衣を
山彥の 答ふる宿の 小夜衣 我が擣音や 外に聞くらん
太上天皇 後嵯峨院
0472 十首歌合に、聞擣衣と云ふ事を
秋風は 至らぬ袖も 無き物を 誰が里よりか 衣擣つらん
順德院御歌
0473 名所百首歌人人に召しけるに、更級里之秋
更級や 夜渡る月の 里人も 慰難ねて 衣擣つ也
順德院
0474 題不知
久方の 桂里の 小夜衣 織延へ月の 色に擣つなり
前中納言 藤原定家
0475 九月十三夜、明石浦にて十首歌詠侍ける中に
明石潟 昔跡を 尋來て 金宵も月に 袖濡らしつる
前大納言 藤原為家
0476 文永二年九月十三夜、龜山仙洞にて歌合侍しに、川月を
龜尾の 瀧川浪 玉散りて 千代之數見る 秋夜月
大納言 源通成
0477 百首御歌中に
秋山の 四方草木や 萎るらん 月は色添ふ 嵐為れども
順德院御歌
0478 月を詠める
小壯鹿の 入野薄 霜枯れて 手枕寒き 秋夜月
素暹法師
0479 古寺曉月と云ふ事を
葛城や 豐浦寺の 秋月 西に成る迄 影をこそ見れ
源具氏朝臣
0480 秋歌中に
長夜も 飽かずぞ見つる 久堅の 天戶渡る 有明月
後鳥羽院御歌
0481 正治二年百首歌中に
三日月の 有明影に 變る迄 秋幾夜を 眺來ぬらん
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0482 葉月廿日頃、月隈無かりける夜、蟲聲甚哀なりければ
有曙の 月は袂に 流れつつ 悲しき頃の 蟲聲哉
赤染衛門
0483 深夜蟲を
聞けば猶 鳴きこそ增され 月影の 更くるや蟲の 恨為るらん
藤原秀茂
0484 建保百首、秋歌
蟲音も 如何に恨みて 真葛這ふ 小野淺茅の 色變り行く
參議 藤原雅經
0485 題不知
蟲音も 髣髴に成りぬ 花薄 秋末葉に 霜や置くらん
鎌倉右大臣 源實朝
0486 千五百番歌合歌に
裏枯れて 下葉色付く 秋萩の 露散る風に 鶉鳴く也
皇太后宮大夫藤原俊成女
0487 秋歌中に
吹風も 嘸寒からし 鶉鳴く 勝野小野の 秋夕暮
關白前左大臣 一條實經
0488 【○承前。秋歌中。】
深草の 山裾野の 淺茅生に 夕風寒み 鶉鳴く也
寂超法師
0489 建保四年內裏秋十首歌中に
深草や 竹葉山の 夕霧に 人こそ見えね 鶉鳴く也
從二位 藤原家隆
0490 行路霧と云ふ事を詠ませ給ける
秋野に 旅寢為よとや 夕霧の 行くべき方を 立隔つらん
後三條院御歌
0491 秋歌之中に
須磨海人の 藻鹽煙 立添ひて 行方知らぬ 關夕霧
月華門院 綜子內親王
0492 【○承前。秋歌之中。】
秋霧の 絕間絕間を 眺むれば 空に浮きたる 月ぞ流るる
淑景舍女御
0493 文永二年八月、殿上人詩を作りて歌に合侍しに、水鄉秋望と云ふ事を
誰をかも 心も浮きて 河霧の 空に待つらん 宇治橋姬
太上天皇 後嵯峨院
0494 嵯峨陲に罷りて、數多歌詠侍けるに
明けぬとも 得こそ思はね 川霧の 今朝も小倉の 山麓は
關白前左大臣 一條實經
0495 題不知
甚復 夜を長月の 名に立てて 明くるも知らぬ 山秋霧
正三位 藤原知家
0496 君子內親王、賀茂齋院に御坐しましける時、菊花に付けて奉らせ給ける
行きて見ぬ 人為にと 思はずは 誰が折らまし 庭白菊
雖然蹈千里 唏噓徒嘆莫得逢 若非為汝命 誰將折枝取來哉 吾宿庭苑白菊矣
亭子院御歌 宇多天皇
0497 延喜御時菊宴歌
初霜と 一つ色には 見ゆれども 香こそ知るけれ 白菊花
藤原後蔭朝臣
0498 晩風知菊と云ふ心を
夕暮の 風吹かずは 菊花 匂ふ籬を 如何で知らまし
白河院御歌
0499 百首御歌中に
餘所に行く 秋日數は 移へど 未だ霜疎き 庭白菊
土御門院御歌
0500 題不知
今よりや 外山色も
變るらん 秋風寒し 信樂里
中務卿 宗尊親王
0501 【○承前。無題。】
秋色を 如何に待見む 常磐山 時雨も露も 染めじと思へば
權少僧都公朝
0502 建長六年龜山仙洞にて、五首和歌講じ侍しに、初紅葉を
此里は 何時時雨けん 小倉山 他に色見ぬ 峰紅葉
衣笠前內大臣 藤原家良
0503 【○承前。建長六年於龜山仙洞侍五首和歌講,詠初紅葉。】
龍田姬 時雨れぬ先の 初入は 何に染めたる 峰紅葉
正三位 藤原基雅
0504 題不知
聲立てて 鹿そ鳴くなる 神奈備の 岩瀨社は 紅葉すらしも
中納言 藤原為氏
0505 寶治二年百首に、杜紅葉
今よりの 時雨も露も 如何為らん 移初めし 神奈備杜
入道前太政大臣 西園寺實氏
0506 秋歌之中に
昨日今日 時雨ると見ゆる 叢雲の 懸かれる山は 紅葉しぬらん
入道前太政大臣 西園寺實氏
0507 【○承前。秋歌之中。】
時雨ぬと 見ゆる空哉 雁鳴きて 色付山の 秋叢雲
中務卿 宗尊親王
0508 洞院攝政家百首歌に、紅葉を
梔子の 一入染めの 薄紅葉 岩手山は 嘸時雨れけん
前大納言 藤原為家
0509 文永二年九月十三夜歌合に、山紅葉を
外よりは 時雨も如何 染めざらん 我が植ゑて見る 山紅葉
太上天皇 後嵯峨院
0510 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠山紅葉。】
初時雨 山木間を 漏始めて 心盡しの 下紅葉哉
參議 源資平
0511 【○承前。文永二年九月十三夜歌合,詠山紅葉。】
小倉山 今一度も 時雨為ば 行幸待間の 色や勝らん
藤原光俊朝臣【知家男】
0512 題不知
隱江の 泊瀨山は 色付きぬ 時雨雨は 降りに蓋しな
坂上郎女
0513 【○承前。無題。】
春日野に 時雨降る見ゆ 明日よりは 紅葉餝さむ 高圓山
式部卿 藤原真楯
0514 百首歌中に
雲と也 雨と成りてや 龍田姬 秋紅葉の 色を染むらん
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0515 林葉漸變と云へる心を詠ませ給ける
柞原 時雨る數の 積ればや 見る度每に 色變るらん
白河院御歌
0516 紅葉を詠める見る儘に 移ひにけり 時雨行く 氣色社の 秋紅葉
見る儘に 楢葉柏 紅葉して 佐保渡の 山ぞ時雨るる
藤原信實朝臣
0517 紅葉を詠める
見る儘に 移ひにけり 時雨行く 氣色社の 秋紅葉
左近中將 二條教良
0518 內裏百首に、松間紅葉
朝な朝な 時雨れて見ゆる 梢こそ 外山松の 絕間也けれ
右近中將 衣笠經平【家良男】
0519 洞院攝政家百首歌に、紅葉
秋色に 時雨れぬ松も 無かりけり 這木數多の 葛城山
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男。】
0520 【○承前。洞院攝政家百首歌,紅葉。】
時雨るれど 餘所にのみ聞く 秋色を 松に懸けたる 蔦紅葉
皇太后宮大夫藤原俊成女
0521 題不知
染めてけり 間無く時無く 露霜の 重なる山の 峰紅葉
前左大臣 洞院實雄
0522 【○承前。無題。】
下葉迄 露も時雨も 漬ちつつ 漏りける山は 移ひにけり
左大臣 近衛基平【兼經男】
0523 寶治二年百首に、山紅葉
露時雨 漏らぬ三笠の 山端も 秋紅葉の 色は見えけり
太宰權帥 吉田為經【藤原資經男】
0524 秋歌之中に
染めてけり 露より後も 楉結ふ 葛城山の 秋紅葉
從三位 源通氏
0525 建長三年九月十首歌合に、行路紅葉を
猶も復 山路末の 時雨るるは 茲より深き 紅葉をや見ん
鷹司院帥
0526 日吉社歌合に、紅葉添雨
降增さる 淚も雨も 漬ちつつ 袖色なる 秋山哉
前中納言 藤原定家
0527 百首歌詠ませ侍し時、社紅葉
村時雨 幾入染めて 渡海の 渚社の 紅葉しぬらん
衣笠前內大臣 藤原家良
0528 泊瀨に詣侍けるに、三輪山に紅葉見え侍ければ
色變へぬ 三輪神杉 時雨れつる 驗は餘所の 紅葉也けり
藤原則俊
0529 二百首御歌中に
秋風に 靡く淺茅は 霜枯れて 色異に為る 峯紅葉
順德院御歌
0530 千五百番歌合に
昨日見て 今日見ぬ程の 風間に 文無く脆き 峰紅葉
西園寺入道前太政大臣 藤原公經【實宗男】
0531 九月頃、真觀龜山仙洞に參りて侍し又日遣侍し
昨日今日 散りこそ增され 見し人の 心も留めぬ 宿紅葉
太上天皇 後嵯峨院
0532 返し
よも散らじ 君が千歲の 宿為れば 色ぞ增さらん 秋紅葉
藤原光俊朝臣【知家男】
0533 亭子院御屏風に
浮沉み 淵賴流るる 紅葉は 深淺ぞ 色も見えける
伊勢
0534 延喜十三年陽成院歌合に
惜しめども 秋は留らぬ 龍田山 紅葉を幣と 空に手向けて
讀人不知
0535 前內大臣基家家百首歌合に
龍田川 紅葉流れて 行秋の 遂に寄る瀨や 何方成るらん
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
0536 百首歌中に
然らでだに 眺侘びぬる 夕暮の 秋形見と 成るぞ悲しき
入道前太政大臣 西園寺實氏
0537 秋歌とて
行秋の 露形見も 留めじとや 草葉を風の 吹亂るらん
前大納言 藤原忠良
0538 九月盡日、內裏にて三首歌講せられけるに、暮秋菊
行秋の 形見とだにも 契置け 移ふ菊の 花白露
中納言 藤原為氏
0539 人人に詠ませ侍し百首歌中に、暮秋を
嵐吹く 山木葉の 空にのみ 誘はれて行く 秋暮哉
中納言 藤原為氏
0540 九月盡夜、雨降侍ければ
空も猶 秋別や 惜しむらん 淚に似たる 夜半村雨
中務卿 宗尊親王