續古今和歌集 卷第四 秋歌上
0284 秋立日詠侍ける
時は今は 秋ぞと思へば 衣手に 吹來る風の 著くも有哉
中納言 大伴家持
0285 百首御歌中に
限有れば 昨日に增さる 露も無し 軒の忍草の 秋初風
順德院御歌
0286 建長三年影供歌合に
白露の 玉敷く小野の 淺茅原 風より先に 秋は來にけり
入道前太政大臣 西園寺實氏
0287 【○承前。建長三年影供歌合。】
露結ぶ 衣手涼し 寢ぬる夜の 身に知られてぞ 秋は來にける
前右大臣 西園寺公基
0288 秋初之歌
秋來ては 幾日も有らじを 吹風の 身に沁む許 成にける哉
式子內親王
0289 寶治二年百首歌に、早秋之心を
秋來ぬと 言はぬを知るは 吹風の 身に沁む時の 心也けり
新院少將內侍 後深草院少將內侍
0290 【○承前。寶治二年百首歌中,詠早秋之趣。】
吹始めて 幾日も有らぬ 秋風に 甚早袖の 露けかるらん
前左大臣 洞院實雄
0291 秋歌之中に
淚より 且且袖に 露散りて 待ちしか人の 秋初風
慈鎮大僧正 慈圓
0292 後鳥羽院御時、秋十首撰歌合に
藻鹽燒く 海人苫屋の 導かは 恨みてぞ吹く 秋初風
前中納言 藤原定家
0293 江早秋と云事を
湊越す 夕浪涼し 伊勢海の 小野古江の 秋初風
中務卿 宗尊親王
0294 道助法親王家五十首に、早秋
空蟬の 羽に置露も 顯れて 薄袂に 秋風ぞ吹く
參議 藤原雅經
0295 題不知
今よりは 涼しく成りぬ 蜩の 鳴く山蔭の 秋夕風
鎌倉右大臣 源實朝
0296 嘉保二年郁芳門院前栽合歌
真葛這ひ 荻繁らぬ 宿為らば 遲くや秋の 風を聞かまし
權大納言 藤原公實
0297 秋御歌中に
秋來ては 如是こそ有けれ 吹風の 音さへ辛き 庭荻原
今上御歌 龜山院
0298 【○承前。秋御歌中。】
身に沁むは 如何なる色の 辛さとも 知らで悲しき 秋初風
東二條院兵衛佐
0299 中務卿親王家百首歌に
吹けばこそ 荻上葉も 悲しけれ 思へば辛し 秋初風
平政村朝臣
0300 秋歌之中に
荻葉に 戰と聞えて 吹風に 落る淚や 露と置くらん
安法法師 源趁
0301 後鳥羽院御時、秋十首撰歌合侍けるに
秋風は 然てもや物の 悲しきと 荻葉為らぬ 夕暮欲得
從二位 藤原家隆
0302 千五百番歌合に
恨みよと なれる夕の 景色哉 賴めぬ宿の 荻上風
後鳥羽院御歌
0303 百首御歌中に
夕去れば 籬荻を 吹風の 目に見ぬ秋を 知る淚哉
土御門院御歌
0304 朱雀院御時、藏人所歌合に、荻を
吹過ぐる 音はすれども 秋風の 宿るは荻の 上葉也けり
佚名 讀人不知
0305 荻風を
荻葉に 有ける物を 花故に 春も憂かりし 風宿は
天台座主澄覺 澄覺法親王
0306 秋歌之中に
吹寄れば 身にも沁みける 秋風を 色無き物と 思ひける哉
紀友則
0307 【○承前。秋歌之中。】
天川 水蔭草の 秋風に 靡くを見れば 時は來にけり
山邊赤人
0308 【○承前。秋歌之中。】
天川 安河原に 船浮けて 秋風吹くと 妹に告げこせ
山邊赤人
0309 七夕歌
天川 霧立渡り 今日今日と 我が待つ君の 船出すらしも
北鄉贈太政大臣 藤原房前
0310 七月七日、東三條院に奉らせ給ける
暮を待つ 雲居程も 覺束無 文見真欲き 鵲橋
上東門院 藤原彰子
0311 御返し
鵲の 橋絕間を 雲居にて 行交空を 猶ぞ羨む
東三條院 藤原詮子
0312 建保四年百首に、秋歌
天川 雲居を渡る 秋風に 行交を待つ 鵲橋
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0313 七夕之心を
天川 今日船出は 程も無し 契りぞ遠き 渡也ける
素暹法師
0314 光明峰寺入道前攝政家秋三十首に
鵲の 雲居橋の 遠ければ 渡らぬ中に 行く行月日哉
正三位 藤原知家
0315 弘長二年百首に、七夕を
七夕の 戀や積りて 天川 稀なる中の 淵と成るらん
中務卿 宗尊親王
0316 馨子內親王家にて、人人歌詠侍けるに
如何許 嬉しからまし 七夕の 待夜之數の 逢世なり為ば
六條右大臣 源顯房
0317 題不知
逢ふとても 馴れずや有らん 七夕の 間遠に來る 天羽衣
康資王母
0318 七夕之心を
天川 未初秋の 短夜を 何ど七夕の 契始めけん
前中納言 大江匡房
0319 秋御歌中に
幾歲の 秋一夜を 重ぬらん 思へば久し 星逢空
今上御歌 龜山院
0320 【○承前。秋御歌中。】
天川 如何に流れて 七夕の 年に逢瀨は 變らざるらん
中納言 藤原為氏
0321 【○承前。秋御歌中。】
銀河 紅葉橋や 秋を經て 渡れど絕えぬ 錦成るらむ
天台座主澄覺 澄覺法親王
0322 千五百番歌合に
竹葉に 朝引絲や 七夕の 一夜臥しの 亂成るらん
前大納言 藤原忠良
0323 七夕別と云ふ事を
天川 曉闇の 歸際に 復辿らるる 淺瀨白浪
左近大將 藤原家經【一條實經男】
0324 七夕後朝を
立歸る 天川浪 吹風の 身に沁む許 辛き今日哉
太皇太后宮大夫 源師時
0325 光明峰寺入道前攝政家秋三十首歌に
甚早も 咲匂ふらし 小山田の 假庵宿の 秋萩花
關白前左大臣 一條實經
0326 秋萩之露に月宿れるを
秋萩の 下葉に月の 宿らずは 明けてや露の 數を知らまし
源俊賴朝臣【經信男】
0327 正治百首歌に
狩衣 亂れにけりな 梓弓 引馬野邊の 萩朝露
式子內親王
0328 萩を
消ゆるだに 惜しげに見ゆる 秋萩の 露吹落す 木枯風
大貳三位 藤原賢子
0329 寶治二年百首歌に、萩露はぎのつゆ
問へかしな 庭秋萩 露けさの 是より勝る 宿は有らじを
鷹司院按察
0330 十首歌奉ける時
獨寢る 床は夜寒の 秋風に 下葉色付く 庭之萩原
前左大臣 洞院實雄
0331 題不知
萩花 散らば惜しけん 秋雨 暫莫降りぞ 色付く迄
人麿 柿本人麻呂
0332 藤壺女御前栽合歌を判せさせ給ふとて、詠ませ給ける
花色は 此方彼方に 見ゆれども 秋心は 一つ也けり
延喜御歌 醍醐天皇
0333 秋野原花を見て
咲花を 見れども飽かぬ 秋野は 行くも遣られず 止るとも無し
伊勢
0334 草花を詠める
夕霧に 髣髴に見ゆる 女郎花 我より先に 露や結ばん
中務卿具平親王
0335 【○承前。詠草花。】
何事を 信夫岡の 女郎花 思萎れて 露けかるらん
俊惠法師
0336 本院贈太政大臣家前栽合に、女郎花を
靡くとや 人は見るらん 女郎花 思ふ方にぞ 風も吹きける
佚名 讀人不知
0337 五百首御歌中に
女郎花 花袂に 露置きて 誰が夕暮の 契待つらん
後鳥羽院御歌
0338 建長三年九月影供歌合に、朝草花と云ふ事を
白露の 手枕野の 女郎花 誰と交せる 今朝名殘ぞ
右近中將 衣笠經平【家良男】
0339 廉義公家歌合に、岸邊秋花
行水に 影を映せる 女郎花 下心を 誰に寄すらん
紀時文
0340 長久二年八月、松尾社に行幸侍けるを、春宮女房車より草花を髻首して、嵯峨野笹上に立並めて物見侍けるを、近衛司にて仕奉りて侍けるが、薄車許に打寄せて詠みける
打招く 景色異なる 花薄 行過難く 見ゆる野邊哉
中納言 源資綱
0341 と、言掛けて過侍けるに、取も敢へず車より言出し侍ける
行過ぎぬ 氣色とも見ず 花薄 招くに止る 人し無ければ
辨乳母
0342 題不知
花薄 風に靡きて 亂るるは 結置きてし 露や解くらん
清原深養父
0343 中務卿親王家百首歌に
物思ふ 人袖には 有らねども 露けかりける 花薄哉
中納言 藤原親子【典侍親子朝臣】
0344 六帖題にて歌詠侍し時、薄を
絲薄 此方彼方に 植置きて 徒なる露の 玉緒に為ん
太上天皇 後嵯峨院
0345 建仁頃、百首歌奉りけるに
外山なる 楢葉迄は 激しくて 尾花が末に 弱る秋風
後鳥羽院宮內卿
0346 秋歌之中に
花薄 多かる野邊は 唐衣 袂寬に 秋風ぞ吹く
中務卿 宗尊親王
0347 【○承前。秋歌之中。】
夢路にぞ 咲くべかりける 起きて見むと 思ふを待たぬ 朝顏花
宗尊親王
0348 百首御歌中に
東雲と 契りて咲ける 朝顏に 誰が歸際の 淚置くらん
後鳥羽院御歌
0349 建保四年百首歌に
起きて行く 誰が通路の 朝露ぞ 草袂も 絞る許に
前中納言 藤原定家
0350 題不知
猶深く 哀や添はん 藤袴 主定めたる 匂ひと思はば
土御門院小宰相
0351 【○承前。無題。】
露緯 徒に折る云ふ 藤袴 秋風待たで 誰に貸さまし
土御門院御歌
0352 【○承前。無題。】
夕暮は 葎宿の 白露も 思有ればや 袖に置くらん
土御門院
0353 百首歌中に
如何に為ん 露は拂はで 秋風の 吹くに付けても 濡るる袂を
中務卿 宗尊親王
0354 承久元年內裏十首歌合に、秋夕露を
吹拂ふ 野原風の 夕暮も 袖に留るは 秋白露
入道前太政大臣 西園寺實氏
0355 同心を詠める
秋は猶 夕よ如何に 小にも 知られぬ露の 袖に置くらん
權大納言 藤原顯朝
0356 寶治二年百首に、秋夕を
此秋は 六十路餘に 露ぞ置く 老や夕の 哀とはなる
正三位 藤原知家
0357 日吉社百首歌に
夕間暮 鴫立つ澤の 忘れ水 思出とも 袖は濡れなん
慈鎮大僧正 慈圓
0358 秋夕を
秋よ唯 眺捨てても 出でなまし 此里のみの 夕と思はば
前中納言 藤原定家
0359 建仁元年五十首歌合に
何時も如是 寂しき物か 津國の 葦屋里の 秋夕暮
從二位 藤原家隆
0360 建永頃、太神宮に奉らせ給ける三十首御歌中に
覺えずよ 孰秋の 夕より 露置く物と 袖成りけん
後鳥羽院御歌
0361 【○承前。建永頃,奉太神宮三十首御歌中。】
御吉野の 岩懸路を 慣らしても 猶憂き時か 秋夕暮
後鳥羽院
0362 建仁頃、同じく奉らせ給ける百首御歌に
袖露を 如何に託たん 言問へど 答へぬ空の 秋夕暮
後鳥羽院
0363 秋十首歌、人人に召しける時
中中に 風も音為ぬ 夕暮の 深山秋は 心澄みけり
後鳥羽院
0364 題不知
夕暮は 如何なる色の 變ればか 虛しき空に 秋見ゆらん
權大納言 九條教家
0365 【○承前。無題。】
袖上に とすれば掛かる 淚哉 甚切言知しらず 秋夕暮
中務卿 宗尊親王
0366 光明峰寺入道前攝政家秋三十首歌に
何事と 心に物は 判ねども 哀とぞ思ふ 秋夕暮
前關白左大臣 二條良實
0367 寶治二年百首に、秋夕
眺むれば 心に墮る 淚哉 如何なる時ぞ 秋夕暮
入道前太政大臣 西園寺實氏
0368 秋歌之中に
我ながら 思ひも判ぬ 淚哉 黃昏時の 秋習は
太上天皇 後嵯峨院
0369 【○承前。秋歌之中。】
如何なれば 何時とも判ぬ 夕暮の 風さへ秋は 悲しかるらん
月華門院 綜子內親王
0370 前內大臣家百首歌合に
淚さへ 秋物とは 何時成りて 暮るれば人の 袖濡らすらん
土御門院小宰相
0371 題不知
今よりも 重ねて物の 悲しくは 耐へても如何 秋夕暮
平重時朝臣
0372 【○承前。無題。】
物をのみ 然も思はする 前世の 報ひや秋の 夕成るらん
藤原信實朝臣
0373 【○承前。無題。】
吹風も 別きて身に沁む 時ぞとは 誰が習の 秋夕暮
左近中將 藤原公雄
0374 【○承前。無題。】
寂しさは 何方も同じ 理に 思為されぬ 秋夕暮
平長時
0375 百首歌中に
其事と 思はで物の 悲しきや 秋夕の 習為るらん
右近中將 衣笠經平【家良男】
0376 【○承前。百首歌中。】
鳴蟲の 聲色には 見えねども 憂きは身に沁む 秋夕暮
藻璧門院少將
0377 二品守覺法親王家五十首歌に
秋は玆 如何なる時ぞ 我為らぬ 野原蟲も 露に鳴く也
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0378 三百首歌中に
露に鳴く 尾花が許の 蟋蟀 誰が手枕の 淚添ふらん
中務卿 宗尊親王
0379 天祿三年八月野宮歌合歌
淺茅生の 露吹結ぶ 木枯らしに 亂れても鳴く 蟲聲哉
規子內親王家但馬
0380 百首歌詠侍けるに
夕去れば 露吹落す 秋風に 業末片寄る 小野篠原
衣笠前內大臣 藤原家良
0381 秋御歌中に
里海人の 焚藻煙 心せよ 月出潮の 空晴れにけり
後鳥羽院御歌
0382 月を待つ心を
出でぬ間の 山彼方を 思越す 心や先に 月を見るらん
從三位 源賴政
0383 文永二年八月十五夜歌合に、未出月
大空の 雲も殘さず 吹成して 風も月待つ 景色為る哉
太上天皇 後嵯峨院
0384 承久二年內裏にて、待月と云ふ事を仕奉ける
見し人の 賴めて更けし 宵宵の 辛さに似たる 山端月
正三位 藤原知家
0385 山月を詠める
誰しかも 雲居遙かに 豐國の 木綿山出る 月を見るらん
正三位 藤原知家
0386 洞院攝政家百首歌に、月
筑波嶺の 山鳥尾の 真澄鏡 掛けて出でたる 秋夜月
從二位 藤原家隆
0387 後鳥羽院に奉ける百首歌に
立昇る 川瀨霧や 晴れぬらん 槙尾山を 出る月影
入道前太政大臣 西園寺實氏
0388 月を詠める
何處より 行きては歸る 月為れば 夜な夜な同じ 山を出づらん
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0389 題不知
穴師吹く 弓月岳に 雲消えて 檜原上に 月渡る見ゆ
前內大臣 藤原基家
0390 【○承前。無題。】
富士嶺の 月に嵐や 拂ふらん 神だに消たぬ 煙為れども
後鳥羽院御歌
0391 位に御坐しましける時、月を御覽じて詠ませ給ける
玆をこそ 雲上とは 思ひつれ 遙かに月の 澄昇る哉
崇德院御歌 崇德院
0392 建保六年、秋庭月と云ふ事を人人仕奉ける次に
心有らば 衛士焚火も 弛むらん 今宵ぞ秋の 月は見るべき
順德院御歌
0393 湖上月を
細浪や 國津御神の 真澄鏡 懸けても澄める 御代月哉
光明峰寺入道前攝政左大臣 藤原道家
0394 月百首歌に
如何為れば 須磨關屋を 漏月の 明石浦に 名を留むらん
前大納言 藤原忠良
0395 海邊月と云ふ事を
紀國や 由良岬の 月清み 玉寄せ掛くる 瀛津白浪
源師光【師賴男】
0396 鳥羽にて、里月
里名も 久しく成りぬ 山城の 永久に逢見ん 秋夜月
太上天皇 後嵯峨院
0397 建長二年八月歌合に、月前風
澄月の 影凄まじく 更くる夜に 甚秋為る 荻上風
入道前太政大臣 西園寺實氏
0398 法性寺入道前關白家にて
覺束無 如何なる昔 冴始めて 今宵月の 名を殘しけん
源俊賴朝臣【經信男】
0399 文永二年八月十五夜歌合に、停午月
水面に 數へし秋の 月見れば 空にも今ぞ 半ば也ける
鷹司院帥
0400 月照流水と云ふ事を
月影を 冰と見てや 過ぎなまし 岩漏る水の 音せざり為ば
登蓮法師
0401 土御門右大臣家歌合に、秋夜月
長閑にも 見ゆる空哉 雲晴れて 入る事遲き 秋夜月
侍從乳母
0402 鳥羽にて、池上月を
大空も 池面も 曇無く 今宵は滿ちて 澄める月哉
京極前關白太政大臣 藤原師實
0403 修行し侍ける時、月を見て
今宵我 吉野岳の 高嶺にて 雲も及ばぬ 月を見る哉
僧正行意
0404 野外月と云ふ事を
雲こそは 空に眺らめ 東野の 煙も見えぬ 夜半月哉
法印實伊
0405 弘長元年百首歌に、月
指昇る 豬名湊の 夕潮に 光滿ちたる 秋夜月
入道前太政大臣 西園寺實氏
0406 海邊月を
風渡る 由良湊の 夕潮に 影指昇る 月清けさ
平政村朝臣
0407 浦月を
敷妙の 鳥籠浦曲の 波枕 宿るや月の 浮寢為るらん
權大僧都定圓【葉室光俊男】
0408 【○承前。詠浦月。】
名にし負ふ 境や何方 明石潟 猶浦遠く 澄める月哉
藤原信實朝臣
0409 河月を
水無瀨川 凍るも月の 影為れば 猶在て行く 水白浪
平時直
0410 題不知
見る人の 心は空に 在所離れて 月影のみ 澄める宿哉
大納言源經信母
0411 千五百番歌合に
心のみ 唐土迄も 浮かれつつ 夢路に遠き 月頃哉
前中納言 藤原定家
0412 名所御歌中に
味氣無く 慰難ねつ 更級や 如斯らぬ山も 月は澄むらん
後鳥羽院御歌
0413 月五十首歌詠侍けるに
搔曇る 心厭ふ莫 夜半月 何故落る 秋淚ぞ
後京極攝政前太政大臣 九條良經【兼實男】
0414 月歌數多詠侍けるに
誰と無く 心に人の 待たるるや 眺むる月の 誘ふなるらん
慈鎮大僧正 慈圓
0415 建仁三年八月十五夜和歌所月五首に
君が來ぬ 情程を 顯さで 暫は月に 雲懸かれる
前中納言 藤原定家
0416 吹田にて人人に十首歌詠ませ侍しに、秋を
人をこそ 待たずも有らめ 曇れとは 如何思はん 秋夜月
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0417 月歌中に
人訪はぬ 葎宿の 月影に 露こそ見えね 秋風ぞ吹く
中務卿 宗尊親王
0418 【○承前。月歌中。】
袖上 枕下に 宿來て 幾歲慣れぬ 秋夜月
前中納言 藤原定家
0419 五十首中に、見月
幾巡 馴れぬる秋を 思ふにも 老ひてぞ月に 憐添ひける
太上天皇 後嵯峨院
0420 百首歌奉りし時、月を
眺來て 然のみ盡きせぬ 淚とも 老ひて知りぬる 秋夜月
衣笠前內大臣 藤原家良
0421 光明峰寺入道前攝政家秋三十首に
秋夜の 月こそ有けれ 世中に 今も昔の 形見許は
中納言 藤原為氏
0422 內裏にて十首歌人人仕奉し時、月前草露を
我為らぬ 草葉に月の 宿りてや 袖より外の 露を知るらん
侍從 藤原行家【知家男】
0423 崇德院御時、百首歌奉ける時
露繁き 花枝每に 宿りけり 野原や月の 住處為るらん
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0424 寶治二年百首歌に、野月を詠侍ける
草原 野も狹露に 宿借りて 空に急がぬ 月影哉
前大納言 藤原為家
0425 建保三年內裏歌合に
武藏野は 月入るべき 嶺も無し 尾花末に 懸かる白雲
大納言 源通方
0426 光俊朝臣、人人に百首歌詠ませ侍けるに
更行けば 天空なる 雲も無し 心長くぞ 月は見るべき
正三位 藤原知家
0427 月歌中に
見る儘に 秋風寒し 天原 門渡る月の 夜ぞ更けにける
前大納言 藤原為家
0428 題不知
山端は 清く見ゆれど 天空 漂ふ雲の 月や隱さん
柿本人麿 柿本人麻呂
0429 【○承前。無題。】
烏玉の 夜は更けぬらし 玉櫛笥 二上山に 月傾きぬ
中納言 大伴家持
0430 文永二年八月十五夜歌合に、漸傾月を
長夜は 何時の人間に 更けぬらん 目離れぬ月ぞ 西に成行く
前太政大臣 西園寺公相
0431 【○承前。文永二年八月十五夜歌合,詠漸傾月。】
別きて猶 更行影の 清けきは 西こそ秋と 月や澄むらん
參議 源資平
0432 欲入月
有明の 空にぞ似たる 山端に 入掛かりぬる 月面影
太上天皇 後嵯峨院
0433 題不知
月入る 梢は高く 現れて 河霧深き 彼方山本
雅成親王