續古今和歌集 卷第三 夏歌
0182 更衣之心を詠ませ給ける
昨日迄 慣れし袂の 花香に 代へまく惜しき 夏衣哉
土御門院御歌
0183 文治六年女御入內屏風に
今日よりは 千代を重ねん 始とて 先一重為る 夏衣哉
後京極攝政前太政大臣 藤原良經【兼實男】
0184 首夏之心を
花染めの 袖さへ今日は 裁替へて 更に戀しき 山櫻哉
中務卿親王 宗尊親王
0185 三百首歌中に
雲居る 遠山鳥の 遲櫻 心長くも 殘る色哉
宗尊親王
0186 殘花之心を
尋ねばや 青葉山の 遲櫻 花殘るは 春留るか
太上天皇 後嵯峨院
0187 【○承前。詠殘花之趣。】
櫻だに 散殘らばと 言ひしかど 花見てしもぞ 春は戀しき
源俊賴朝臣【經信男】
0188 弘長二年百首歌中に、卯花を
飽かざりし 春隔てと 見るからに 垣根も辛き 宿卯花
中務卿親王 宗尊親王
0189 垣卯花と云ふ事を
咲てこそ 隔ても見ゆれ 山賤の 有るか無きかに 圍ふ卯花
左近大將 藤原家經【一條實經男】
0190 文永二年七月七日、題を探りて七百首歌人人に詠ませ侍しに、卯花を
卯花の 籬は雲の 何處とて 明けぬる月の 影宿すらむ
大納言 藤原為家
0191 夏歌中に
乙女子が 結ふ神山の 玉鬘 今日は葵を 懸けや添ふらん
從二位 藤原家隆
0192 承元二年、祭使神館に泊りたる朝、言遣はしける
思遣る 假寢野邊の 葵草 君を心に 懸くる今日哉
前中納言 藤原定家
0193 堀川院御時百首歌に
年を經て 松尾山の 葵こそ 色も變らぬ 髻首為りけれ
祐子內親王家紀伊
0194 0194題不知
鳴きぬとも 人に語らじ 郭公 唯忍音は 我に聞かせよ
小辨
0195 郭公、月を待つに勝れりと云ふ事を
月よりも 待ちぞ兼ねつる 時鳥 深山を出でん 程を知らねば
前大納言 藤原公任
0196 題不知
如此許 待乳山の 時鳥 心知らでや 餘所に鳴くらん
天曆御歌 村上天皇
0197 【○承前。無題。】
何故に 忍ぶ為るらん 郭公 聲立てぬ音は 苦しき物を
花山院御歌
0198 寶治二年百首歌に、待郭公と云ふ事を
身に知らば 初音聞かせよ 時鳥 五月を待つも 苦しかるらん
太上天皇 後嵯峨院
0199 家に百首歌詠侍けるに
鶯の 古巢竹の 時鳥 夜を數へてや 五月待つらん
洞院攝政左大臣 九條教家【教實】
0200 中務卿親王家百首歌に
時鳥 汝よ何とて 鳴聲の 五月待は 由緣無かるらん
源具氏朝臣
0201 建長三年十首歌中に
賴めぬを 我のみ待ちて 時鳥 由緣無き物と 言ひや為すべき
衣笠前內大臣 藤原家良
0202 百首歌中に
待詫びぬ 如何なる里の 寢覺めにか 山霍公鳥 初音鳴くらん
前右大臣 藤原忠家【教實男】
0203 名所歌に
時鳥 三輪神杉 過遣らで 問ふべき物と 誰を待つらん
後久我前太政大臣 源通光
0204 題不知
時鳥 待つ夕暮の 村雨は 來鳴かぬ先に 袖濡らしけり
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0205 【○承前。無題。】
待ち明かす 宿には鳴かで 郭公 雲居ながらも 過ぎぬ為る哉
禖子內親王
0206 大納言經信賴めて侍ける夕暮、郭公鳴を聞きて
聞かましや 山霍公鳥 一聲も 待てと賴むる 人無かりせば
小左近
0207 延喜十五年內裏屏風歌
郭公 夜深き聲は 月待つと 起きて寐を寢ぬ 人ぞ聞きける
凡河內躬恒
0208 同御時奉ける歌中に
郭公 待つ所には 音もせで 孰里の 月に鳴くらん
紀貫之
0209 郭公を
待侘ぶる 宿とも知らず 郭公 雲何方の 月に鳴くらん
月華門院 綜子內親王
0210 人人に詠ませ侍ける百首に、郭公
一聲を 飽かずも月に 鳴捨てて 天門渡る 郭公哉
中務卿親王 宗尊親王
0211 山路郭公と云ふ事を
行遣らで 暮せる山の 時鳥 今一聲は 月に鳴くなり
宗尊親王
0212 題不知
足引の 八重山越えて 時鳥 卯花隱れ 鳴渡る也
山邊赤人
0213 【○承前。無題。】
我が如く 物思ふ時や 時鳥 身を卯花の 蔭に鳴くらん
權中納言 藤原敦忠
0214 正治二年、人人に百首歌召しける次に詠ませ給ける
卯花の 陰無かり為ば 郭公 空にや今日の 初音鳴かまし
後鳥羽院御歌
0215 夏御歌中に
神山に 夕掛けて鳴く 郭公 椎柴隱れ 暫語らへ
後鳥羽院
0216 內裏に百首歌奉ける時、卯月郭公
榊取り 標結ふ森の 時鳥 卯月を掛けて 忍音ぞ鳴く
中納言 藤原為氏
0217 西園寺入道前太政大臣家にて、海邊郭公と云ふ事を詠侍ける
今は復 音に顯れぬ 郭公 浪越す浦の 待つとせし間に
前大納言 藤原為家
0218 弘長二年龜山仙洞十首に、野郭公を
人よりも 先聞けとてや 時鳥 我が標野の 方に鳴くらん
侍從 藤原行家【知家男】
0219 五十首歌に、寢覺郭公を
時鳥 鳴く一聲も 明遣らず 猶夜を殘す 老の寢覺に
大納言 藤原為家
0220 弘長四年百首に、郭公を
變らずと 人に語らむ 郭公 昔聲は 我のみぞ聞く
入道前太政大臣 西園寺實氏
0221 建長五年三首歌に、里郭公
古りにける 飛鳥里の 時鳥 鳴音許や 變らざるらん
岡屋入道前攝政太政大臣 藤原兼經
0222 權大納言顯朝家にて、人人題を探りて千首歌詠侍けるに、郭公を
朝戶開けに 立出て聞けば 郭公 山端見ゆる 方に鳴く也
藤原信實朝臣
0223 夏歌中に
飽がてこそ 遠離る成れ 時鳥 其をだに後と 誰に契りて
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0224 【○承前。夏歌之中。】
未聞かぬ 人為には 時鳥 幾度鳴くも 初音也けり
寂身法師
0225 【○承前。夏歌之中。】
草名に 忘れやしぬる 時鳥 五月も訪はぬ 住吉里
津守國平
0226 寶治元年十首歌合に、五月郭公
里判ず 鳴けや五月の 時鳥 忍びし頃は 恨みやは為し
土御門院小宰相
0227 【○承前。寶治元年十首歌合,詠五月郭公。】
郭公 忍びし頃の 一聲を 今は五月と 鳴きや古りなむ
中宮大夫 源雅忠
0228 雨中郭公を
限無き 淚と見せて 郭公 己五月の 雨に啼く也
蓮生法師
0229 題不知
水隱れて 生ふる五月の 菖蒲草 長例に 人は引かなん
紀貫之
0230 【○承前。無題。】
玉藻苅る 池汀の 菖蒲草 引くべき程に 成にける哉
堀川院御歌 堀河院
0231 人許に藥玉に付
けて遣はしける
身憂きに 引ける菖蒲の 味氣無く 人袖迄 根をや掛くべき
和泉式部
0232 百首御歌中に
菖蒲生る 沼岩垣 搔曇り 然も五月雨るる 昨日今日哉
土御門院御歌
0233 寶治二年百首歌に、早苗を詠める
小山田に 引する水の 淺みこそ 袖は漬らめ 早苗採るとて
新院辨內侍【後深草院辨內侍】
0234 【○承前。寶治二年百首歌中、詠早苗。】
暮掛かる 山田田子の 濡衣 干さでや明日も 早苗採るべき
兵部卿 藤原隆親【隆衡男】
0235 延喜二年中宮屏風に
時過ぎば 早苗も甚く 老ぬべし 雨にも田子は 障らざらなん
紀貫之
0236 早苗を
今朝だにも 夜を籠めて採れ 芹川や 竹田早苗 節立ちにけり
佚名 讀人不知
0237 五月雨を
五月雨は 種井に漏りし 細水の 畔越す迄に 成にける哉
崇德院御歌
0238 【○承前。詠五月雨。】
夏苅の 蘆丸屋の 煙だに 立空も無き 五月雨頃
洞院攝政左大臣 九條教家【教實】
0239 洞院攝政家百首歌に
五月雨に 水之水上 澄遣らで 晒す甲斐無き 布引瀧
從三位 藤原行能
0240 【○承前。洞院攝政家百首歌中。】
玉鉾や 通直路も 川と見て 渡らぬ中の 五月雨頃
前中納言 藤原定家
0241 題不知
思川 如何なる頃の 五月雨に 堰かでも水の 淵と成るらん
藻璧門院少將
0242 【○承前。無題。】
五月雨に 水嵩增りて 浮きぬれば 指してぞ渡る 佐野船橋
祐盛法師
0243 【○承前。無題。】
五月雨の 續てし降れば 飛鳥川 同淵にて 變る瀨も無し
雅成親王
0244 海邊五月雨を
中中に 潮汲弛む 海人の 袖や干すらん 五月雨頃
從二位 藤原家隆
0245 題不知
五月雨は 晴行空の 郭公 己鳴音は 小止だにす莫
從二位 藤原家隆
0246 百首御歌中に
誰が袖の 匂ひを風の 誘來て 花橘に 移し始めけん
土御門院御歌
0247 【○承前。百首御歌中。】
昔をば 花橘に 偲びてん 行末を知る 袖香欲得
土御門院
0248 正治に奉ける百首の、夏歌
軒近き 花橘の 匂來て 寢ぬ夜の夢は 昔也けり
寂蓮法師
0249 守覺法親王家五十首に
勾來る 花橘の 袖香に 淚露けき 轉寢夢
皇太后宮大夫 藤原俊成【俊忠男】
0250 千五百番歌合に
手折つる 花橘に 香を染めて 我が手枕に 置しき袖哉
二條院讚岐
0251 題不知
誰が袖の 淚為るらん 故鄉の 花橘に 露ぞ零るる
慈鎮大僧正 慈圓
0252 【○承前。無題。】
橘の 花散る里の 時鳥 片戀しつつ 鳴かぬ日も無し
大納言 大伴旅人
0253 【○承前。無題。】
照射して 今宵も明けぬ 玉櫛笥 二村山の 峰橫雲
順德院御歌
0254 正治二年百首歌に
片絲を 縒る縒る峰に 灯火に 逢はずは鹿の 身をも替へじを
前中納言 藤原定家
0255 鵜川を
早瀨川 水脈溯る 篝火の 淀むとすれば 明くる東雲
後久我前太政大臣 源通光
0256 寬和二年內裏歌合に
漁火の 浮かべる影と 見えつるは 波寄る知る 螢也けり
權大納言 藤原行成
0257 夏歌中に
燒捨てし 跡とも見えぬ 夏草に 今將燃えて 行螢哉
中務卿親王 宗尊親王
0258 前內大臣基家百首歌合に
下燃えや 苦しかるらん 鳴聲も 聞えぬ蟲の 夜半思は
鷹司院帥
0259 百首歌奉けるに、沼螢を
飛ぶ螢 思ひや猶も 隱沼の 下匍蘆の 根は忍べども
侍從 藤原行家【知家男】
0260 夏歌中に
夏夜は 待つ人も無き 槙戶も 開けながらのみ 明かしつる哉
源重之女
0261 【○承前。夏歌之中。】
月射す 槙板戶と 知りながら 誰開けよとて 叩く水雞ぞ
中務命婦
0262 夏月を
手に結ぶ 岩井清水 底見えて 影も濁らぬ 夏夜月
入道前太政大臣 西園寺實氏
0263 【○承前。詠夏月。】
然らぬだに 見る程も無き 夏夜を 待たれて出る 月影哉
覺性法親王
0264 【○承前。詠夏月。】
曉の 空とは言はじ 夏夜は 未宵ながら 有明月
前太政大臣 西園寺公相
0265 題不知
夏山の 楢葉戰ぎ 吹風に 入日涼しき 蜩聲
後鳥羽院御歌
0266 家百首歌合に
鳴蟬の 羽に置露に 秋掛けて 木陰涼しき 夕暮聲
後京極攝政前太政大臣 藤原良經【兼實男】
0267 百首歌奉し時
松風も 激しく成りぬ 高砂の 尾上雲の 夕立空
中務卿親王 宗尊親王
0268 後鳥羽院に奉ける百首歌中に
風騷ぐ 信太社の 夕立に 雨を殘して 晴るる叢雲
入道前太政大臣 西園寺實氏
0269 村夕立と云事を
蚊遣火の 煙ぞ殘る 夕立の 雲は過ぎぬる 彼方山本
正三位 藤原知家
0270 題不知
暮難き 夏日暮し 眺むれば 其事と無く 物ぞ悲しき
在原業平朝臣
0271 瞿麥を
露をだに 打ちも拂はぬ 常夏は 誰が憂中の 花に咲くらん
侍從 藤原行家【知家男】
0272 夕顏咲けるを見て詠める
道邊の 埴生小屋の 程無きに 餘りて掛かる 夕顏花
平政村朝臣
0273 正治二年百首歌に
咲きにけり 遠方人に 言問ひて 名を知初めし 夕顏花
太皇太后宮小侍從
0274 百首御歌に
梯立の 倉橋川に 苅草の 長日暮し 涼む頃哉
後鳥羽院御歌
0275 夏歌中に
杣川の 山陰下す 筏士よ 如何浮寢の 床は涼しき
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實
0276 百首歌中に、夏歌
此頃は 流るる水を 堰入れて 木陰涼しき 中川宿
藤原光俊朝臣【葉室光親男】
0277 二品守覺法親王家五十首歌中に
打靡く 茂みが下の 小百合葉の 知られぬ程に 通ふ秋風
前中納言 藤原定家
0278 杜納涼杜納涼と云事を
夕涼み 身に染む許 成にけり 秋氣色の 杜下風
從二位 藤原成實【親實男】
0279 弘長元年百首歌に、納涼を
津國の 難波里の 夕涼み 蘆忍びに 秋風ぞ吹く
藤原信實朝臣
0280 夏風と云ふ事を
夕去れば 篠野小笹を 吹風の 夙に秋の 景色なる哉
德大寺左大臣 藤原實定
0281 夏祓を
禊川 小夜更方に 歸浪の 返るや夏の 別為るらん
權中納言 藤原長雅
0282 【○承前。詠夏祓。】
夏暮れて 流るる麻の 結八川 誰水上に 禊しつらん
從二位 藤原家隆
0283 建保百首歌奉けるに
明日香川 行瀨浪に 禊して 速くぞ年の 半ば過ぎぬる
前中納言 藤原定家