續後撰和歌集 卷十九 羈旅歌
1275 藤原助信、信濃へ湯浴に罷りける時、御衣給はすとて
唐衣 馴れぬる人の 別れには 袖こそ濡るる 形見とも見よ
天曆御製 村上帝
1276 東へ罷りける人に
思遣る 心し先に 立濡れは 留る我が身は 有る甲斐も無し
中納言 藤原兼輔
1277 旅に罷りける人に遣はしける
旅を行く 草枕の 露けくは 後るる人の 淚とを知れ
藤原高光
1278 源公忠朝臣、近江守に成りて下りけるに
別れをし 君に未我が 習はねば 思ふ心ぞ 後れざりける
紀貫之
1279 寂昭上人入唐時、遣はしける
夢中に 別れて後は 長夜の 寢ぶり覺めてぞ 復は逢ふべき
性空上人
1280 祭主輔親物へ罷りけるに、扇遣はすとて
別路の 草葉に置かむ 露よりも 儚き旅の 形見ともみよ
佚名 讀人知らず
1281 遠所に罷れりける人に
露命 儚き物を 朝夕に 生きたる限り 相見てしがな
小野小町
1282 別心を
別れては 何時を待てとか 契るべき 行くも止るも 定無ければ
宜秋門院丹後
1283 【○承前。詠離別之趣。】
終に行く 道よりも異に 悲しきは 命中の 別成りけり
雅成親王
1284 【○承前。詠離別之趣。】
儚さの 命も知らぬ 別路は 待てども得こそ 契らざりけれ
正三位 藤原知家
1285 【○承前。詠離別之趣。】
心にも 叶はぬ道の 悲しきは 命に勝る 別也けり
藤原教定朝臣
1286 修行に出るとて詠侍ける
命有らば 復も逢見むと 賴めずと 何か怨むる 定無き世に
前大僧正行尊
1287 老後、妹の齋宮群行に下りけるに詠みて遣はしける
老いてこそ 甚別れは 悲しけれ 復逢見むと 言ふべくも無し
權僧正永緣
1288 成尋法師入唐時、母の詠める
消返り 露命は 永らへて 淚玉ぞ 留侘びぬる
權僧正永緣
1289 同時、彼母許に遣はしける
思遣る 心中の 悲しさを 哀れ如何にと 言はぬ日ぞ無き
佚名 讀人知らず
1290 縣へ罷りける人に遣はしける
別路の 袂に懸かる 淚川 ほさでや後の 形見とも見む
前中納言 大江匡房
1291 物へ罷りける人の訪れざりければ
秋しもあれ 立別れぬる 唐衣 恨むと風の 傳に告げばや
京極前關白家肥後
1292 彌生頃、物へ罷りける人に
春霞 立遲れぬる 淚こそ 徃人よりも 留難けれ
大納言藤原忠家母
1293 遠行別と云ふ事を
程經れば 同都の 中だにも 覺束無さは 問は真欲きを
西行法師 佐藤義清
1294 下野國に罷りける人に
立添ひて 其とも見ばや 音に聞く 室八島の 深煙を
前中納言 藤原定家
1295 返し
思遣る 室八島を 其と見ば 聞くに煙の 立ちや增さらむ
蓮生法師
1296 東方に罷りける人、程無く歸るべき由申けるが、又年秋迄音せざりければ、便に付けて申遣はしける
年月は 有るに任せし 命さへ 復逢ふ迄と 思成りぬる
法印耀清
1297 久安百首歌に、旅歌
四極山 楢下葉を 折敷きて 今宵は小寢む 都戀しみ
皇太后宮大夫 藤原俊成
1298 題知らず
雲深き 岩懸道 日數へて 都山の 遠離りぬる
入道二品親王道助
1299 旅心を
立別れ 孰都の 堺とも 知らぬ山路に 懸かる白雲
入道前攝政左大臣 九條道家
1300 【○承前。詠旅趣。】
微睡めば 夢を都の 形見にて 草葉片敷き 幾夜寢ぬらむ
前左近大將 藤原實有 一條實有
1301 【○承前。詠旅趣。】
旅人の 草枕と 白露と 孰夕に 先結ぶらむ
雅成親王
1302 十首歌合に、旅宿嵐
嵐吹く 峰笹屋の 草枕 假寢夢は 結ぶとも無し
右近大將 西園寺公相
1303 旅宿松風
慣れぬ夜の 旅寢惱す 松風に 此里人や 夢結ぶらむ
前中納言 藤原定家
1304 旅宿夏月
夏衣 裾野原の 草枕 結ぶ程無く 月ぞ傾く
權中納言 藤原顯朝
1305 旅歌とて
幾里の 木綿付鳥に 別來ぬ 同旅寢の 曉空
真昭法師
1306 初瀨に詣でける道にて詠侍ける
行方無き 旅空にも 遲れぬは 都を出でし 有明月
菅原孝標女
1307 羈中秋と云ふ事を
露霜の 寒き朝明の 山風に 衣手薄き 秋旅人
藤原永光
1308 旅時雨を
旅衣 萎ると告げよ 村時雨 都方の 山巡為ば
法印覺寬
1309 神無月頃、東方へ罷りけるに、小夜中山にて時雨の時化れば詠める
甲斐嶺は 速雪著し 神無月 時雨れて過ぐる 小夜中山
蓮生法師
1310 同道にて詠める
餘所に見て 幾日來ぬらむ 東路は 宛ら富士の 山麓を
源兼明
1311 【○承前。同道所詠。】
行止る 所とてやは 東路の 尾花許を 宿と定めむ
寂緣法師
1312 箱根に詣づとて
筥根路を 我が越來れば 伊豆海や 沖小島に 浪祭る見ゆ
鎌倉右大臣 源實朝
1313 旅心を
未知らぬ 山より山に 移來ぬ 跡無き雲の 跡を尋ねて
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1314 建曆二年內裏詩歌を合せられ侍ける時、羈中眺望
高島の 勝野原に 宿問へば 今日やは行かむ 遠白雲
從二位 藤原家隆
1315 名所百首歌奉ける時
藤代の 御坂を越えて 見渡せば 霞も遣らぬ 吹上濱
僧正行意
1316 題知らず
朝朗け 濱名橋は 途絕えして 霞を渡る 春旅人
前內大臣 衣笠家良
1317 物へ罷るとて、野中清水を見て
昔見し 野中清水 變らねば 我が影をもや 思出づらむ
西行法師 佐藤義清
1318 題知らず 【○萬葉集3176。】
草枕 旅にし有れば 苅菰の 亂れて妹に 戀ひぬ日は無し
草枕在異地 孤身羈旅客鄉者 苅薦紊亂兮 方寸戀慕情意亂 日日無闕戀伊人
佚名 讀人不知
1319 【○承前。無題。萬葉集2771。】
吾妹子か 袖を賴みて 真野浦の 小菅笠を 著ずて來にけり
親親吾妹子 枕憑汝袖待衣乾 我惜相依時 真野浦間小菅笠 不著而來為雨濡
人麿 柿本人麻呂
1320 【○承前。無題。萬葉集0575。】
草香江の 入江に漁る 蘆田鶴の 甚切たづたづし 友無しにして
日下草香江 入江之間求食漁 葦鶴之所如 嗚呼仄暗形矇矓 無友相伴心忐忑
大納言 大伴旅人
1321 【○承前。無題。萬葉集0246】
葦北の 野坂浦に 舟出して 三島に行かむ 浪立つ莫勤
吾等自葦北 野坂之浦發船行 渡海涉滄溟 將排海路去水嶋 還願駭浪莫高起
長田王
1322 【○承前。無題。萬葉集4380】
難波戶を 漕出て見れば 神古る 伊駒嵩に 雲そ棚引く
押照難波戶 漕出船舳而見者 神古蘊稜威 大和生駒嵩嶽上 雲霞棚引飄霏霺
佚名 讀人知らず
1323 海路之心を
限有れば 八重潮路に 漕出ぬと 我が思ふ人に 如何で告げまし
前中納言 大江匡房
1324 旅心を
里海人の 燒荒びたる 藻鹽草 復搔集めて 煙立てつる
寂蓮法師
1325 【○承前。旅情。】
都人 瀛津小島の 濱庇 久しく成りぬ 浪路隔てて
式子內親王
1326 【○承前。旅情。】
旅にして 秋去衣 寒けきに 甚莫吹きそ 武庫浦風
待賢門院堀河
1327 【○承前。旅情。】
雎鳩居る 礒松根 枕にて 潮風寒み 明かしつる哉
登蓮法師
1328 道助法親王家五十首歌に、海旅
雨衣 田蓑島に 宿問へば 夕潮滿ちて 鶴ぞ鳴くなる
前太政大臣 西園寺實氏
1329 前太政大臣の吹田家に御幸有りし時、人人に十首歌召されし次に、旅
河舟の 指して何處か 我がならぬ 旅とは言はじ 宿と定めむ
太上天皇 後嵯峨院