續後撰和歌集 卷十六 雜歌上
1008 家に百首歌詠侍ける時
風音も 神古增さる 久堅の 天香具山 幾世經ぬらむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
1009 堀河院に百首歌奉ける時、山を
神古る 葛城山の 高ければ 朝居る雲の 晴るる間ぞ無き
權大納言 藤原公實
1010 【○承前。奉堀河院百首歌時,詠山。】
日影はふ 茂みか下に 苔生して 綠深き 山奧哉
權中納言 源國信
1011 【○承前。奉堀河院百首歌時,詠山。】
奧山の 岩根上の 苔筵 立居る雲の 跡だにも無し
藤原基俊
1012 東北院渡殿の遣水に影を見て詠侍ける
影見ても 憂き我が淚 落沿ひて 託言がましき 瀧音哉
紫式部
1013 前參議に侍ける時、布引瀧見に罷りて詠侍ける
音にのみ 聞こし瀧も 今日ぞ見る 在りて憂世の 袖や劣ると
前中納言 藤原定家
1014 名所歌召しける序に
布引の 瀧の白絲 打延へて 誰山風に 掛けて干すらむ
後鳥羽院御製
1015 布引瀧を詠侍ける
天川 雲水脈より 行水の 餘りて落る 布引瀧
從二位 藤原賴氏
1016 題知らず
河上に 折伏す蘆の 亂葉に 標結掛くる 岸白浪
大炊御門右大臣 藤原公能 德大寺公能
1017 【○承前。無題。】
吉野川 空や村雨 降りぬらむ 岩間に瀧つ 音響む也
藤原基俊
1018 人人に百首歌召しける序に
飛鳥川 七瀨淀に 吹風の 徒にのみ 行く月日哉
順德院御製
1019 題知らず 【○萬葉集1108。】
初瀨川 流るる水脈の 瀨を速み 井手越す波の 音ぞ清けき
隱國初瀨川 澪脈逝水去不止 以彼湍瀨速 波越井手音清澈 潺潺入耳曠神怡
佚名 讀人不知
1020 八幡御神樂に參りて詠める
幾歲か 高瀨淀の 菰枕 假初ながら 結來ぬらむ
勝命法師
1021 題不知
蘆邊より 吹來る風に 白浪の 花とのみこそ 見え渡りけれ
山部赤人
1022 【○承前。無題。萬葉集0283。】
住吉の 得名津に立ちて 見渡せば 武庫浦より 出づる舟人
立於墨江兮 住吉得名津之上 放眼眺望者 見得武庫之浦間 漕舟出港舸船人
佚名 讀人知らず
1023 【○承前。無題。】
綱手引く 灘小舟や 入りぬらむ 難波田鶴の 浦渡りする
權中納言 源國信
1024 名所歌數多詠侍し中に
陸奧の 籬島は 白妙の 浪以て結へる 名にこそ有けれ
前大納言 藤原為家
1025 修行し侍ける時、詠侍ける
哀為る 海人苫屋の 住居哉 滿來る潮の 程も無き世に
覺仁法親王
1026 百首歌奉し時、潟千鳥
和歌浦や 鹽干潟に 住千鳥 昔跡を 見るも畏し
前太政大臣 西園寺實氏
1027 長柄を過ぐとて
朽果つる 長柄橋の 跡に來て 昔を遠く 戀渡る哉
律師經圓
1028 寄橋述懷と云へる心を
一人のみ 我や古りなむ 津國の 長柄橋は 跡も無き世に
兵部卿 源有教
1029 老を嘆きて詠侍ける
大伴の 御津松原 待つ事の 有とは無しに 老いぞ悲しき
從三位 藤原行能 世尊寺行能
1030 【○承前。嘆老侍詠。】
昔見し 片枝も如何に 成りぬらむ 身は徒に 生浦梨
前參議 藤原忠定 中山忠定
1031 延喜十四年女四宮屏風に
新しき 年とは云へど 然かすがに 我身古行く 今日にぞ有ける
紀貫之
1032 同廿一年、京極御息所春日社に詣侍ける日、大和國司に代はりて詠める
年每に 若菜摘みつつ 春日野の 野守も今日や 春を知るらむ
凡河内躬恒
1033 枇杷左大臣始めて大臣に成りて侍ける喜びに罷りて
折りて見る 甲斐も有哉 梅花 二度春に 逢ふ心地して
貞信公 藤原忠平
1034 返し
埋木に 花咲く春の 無かりせば 真近き枝も 誰か折らまし
枇杷左大臣 藤原仲平
1035 貫之、土佐任果てて上侍ける道にて、渚院梅花を見て詠侍ける
君戀ひて 世を經る宿の 梅花 昔香にぞ 猶匂ひける
佚名 讀人知らず
1036 春歌中に
淺綠 山は霞に 埋もれて 有るか無きかの 身を如何に為む
曾禰好忠
1037 心為らず里に侍ける頃、內より花盛見せ真欲しき由仰事有りければ
諸共に 見る世も有りし 花櫻 人傳てに聞く 春ぞ悲しき
赤染衛門
1038 題知らず
惜しむ身ぞ 今日とも知らぬ 徒に散る 花は孰の 世にも變らじ
藤原清輔朝臣
1039 【○承前。無題。】
七十の 春を我身に 數へつつ 今年も花に 逢見つる哉
源兼朝
1040 大峰にて花を見て詠侍ける
世を背く 吉野は春の 宿為れば 身を捨ててこそ 花に馴れぬれ
靜仁法親王
1041 花歌中に
花も復 長別や 惜しむらむ 後の春とも 人を賴まで
雅成親王
1042 建保四年百首歌奉ける時
垂乳根の 親戒めの 絕えしより 花に長雨の 春ぞ經にける
入道前攝政左大臣 九條道家
1043 參議雅經植置きて侍ける鞠懸櫻を思遣りて詠侍ける
故鄉に 殘る櫻や 朽ちぬらむ 見しより後も 年は經にけり
藤原教定朝臣
1044 為雅朝臣、石清水臨時祭使に侍ける年、舞人にて歸りて又日、髻首花に插して遣はしける
桂川 髻首花の 影見えし 昨日淵ぞ 今日は戀しき
藤原實方朝臣
1045 陪從にて年久しく仕へて詠侍ける
移ろはば 忘形見の 髻首哉 流石に狎れし 山吹花
藤原親繼
1046 暮春之心を詠める
老いぬれば 甚春こそ 惜しまるれ 今幾歲か 花も逢見む
賀茂幸平
1047 【○承前。詠暮春之趣。】
後に復 逢見む事も 賴まれず 身も老いらくの 春別は
正三位 藤原知家
1048 【○承前。詠暮春之趣。】
古に 我身春は 別に來 何か彌生の 暮は悲しき
右兵衛督 藤原基氏 園基氏
1049 四月廿日餘頃、駿河富士社に籠りて侍けるに、櫻花盛りにみえけれは詠侍ける
富士嶺は 開きける花の 習にて 猶時知らぬ 山櫻哉
法印隆辨
1050 上東門院に、花橘奉るとて
育みし 昔袖の 戀しさに 花橘の 香を慕ひつつ
權大納言 藤原長家
1051 御返し
橘の 匂許も 通來ば 今も昔の 影は見てまし
上東門院 藤原彰子
1052 夏歌中に
老いぬるは 有るも昔の 人為れば 花橘に 袖香ぞする
從二位 藤原家隆
1053 【○承前。夏歌之中。】
枕とて 結ぶ許ぞ 菖蒲草 寢ぬに明けぬる 夏夜為れば
藤原孝繼
1054 【○承前。夏歌之中。】
身は如是て 浮沼池の 菖蒲草 惹く人も無き 音こそ盡きせね
正三位 藤原知家
1055 歎く事侍ける頃
思遣れ 干す方も無き 五月雨に 浮海布刈りつむ 海人笘屋を
堀河院中宮上總
1056 題知らず
水增さる 難波入江の 五月雨に 蘆邊を指して 通ふ舟人
平長時
1057 【○承前。無題。】
徒に 老曾杜の 時鳥 唯古を 忍音ぞ無く
信阿法師
1058 寬平御時后宮歌合歌
假初の 世や賴まれぬ 夏日を 何ど空蟬の 鳴暮しつる
佚名 讀人知らず
1059 七夕朝
明けぬとも 天河霧 立籠めて 猶夜を殘せ 星合空
平泰時朝臣
1060 【○承前。七夕之朝。】
天風 猶吹閉ぢよ 七夕の 明くる別れの 雲通路
中原師員
1061 秋歌中に
身を抓めば 草葉に如何で 言問はむ 何故如是は 置ける露ぞと
寂蓮法師
1062 槿を
山賤の 柴袖垣 朝顏の 花故ならで 誰か訪はまし
參議 藤原定經
1063 題知らず
秋は猶 鹿鳴く時と 思ひしに 唯山里の 夕暮空
入道親王道覺
1064 家五十首歌詠侍ける時、曉鹿
契置く 深山秋の 曉を 猶憂物と 鹿ぞ鳴くなる
入道二品親王道助
1065 秋歌中に
歸來む 程をば何時と 白露の 蜾蠃鳴く野に 秋風ぞ吹く
僧正行意
1066 【○承前。秋歌之中。】
夢よりも 猶儚きは 秋田の 穗浪露に 宿る稻妻
大納言 源通方 中院通方
1067 【○承前。秋歌之中。】
老いぬれば 避らぬ別も 身に添ひぬ 何時迄か見む 秋夜月
從二位 藤原家隆
1068 【○承前。秋歌之中。】
眺めつつ 積れば人の 老いが世に 月も見しよの 秋や戀しき
津守經國
1069 八月十五夜に詠める
暮るるより 同空とも 見えぬ哉 秋之今宵の 山端月
平政村朝臣
1070 ○
今宵とや 豫て嵐の 払らん 空に雲無き 山端月
藤原泰綱
1071 月歌中に
幾秋か 雲居餘所に 成果てて 見し夜空の 月を戀ふらむ
前參議 藤原忠定 中山忠定
1072 後法性寺入道前關白家百首に、月
世中を 背きて見れど 秋月 同空にぞ 猶巡りける
皇太后宮大夫 藤原俊成
1073 九月十三夜十首歌合に、老後始めて召出だされて、名所月と云へる事を
我身さて 布瑠山邊の 木隱れを 月標に 出でにける哉
藤原信實朝臣
1074 久しく年經て都に歸上りて侍ける九月十三夜、月隈無かりけるに、昔物申ける人許に遣はしける
都にて 今も變らぬ 月影に 昔秋を 映してぞ見る
平泰時朝臣
1075 秋歌中に
身に積る 秋を數へて 眺むれば 獨悲しき 有明月
藤原基綱
1076 【○承前。秋歌之中。】
片絲の 夜鳴く蟲の 織機に 淚露の 緯や亂れむ
經乘法師
1077 西山に住侍ける頃、蟲を聞きて
草深き 宿主と 諸共に 浮世を侘ぶる 蟲聲哉
前大僧正慈鎮
1078 題知らず
我が事や 秋更け方の 蟋蟀 殘少なき 音をば鳴くらむ
中務
1079 【○承前。無題。】
堪へてやは 人をも身をも 恨むべき 木葉時雨るる 秋山里
光西法師
1080 九月十三夜十首歌合に、行路紅葉
七十の 老坂行く 山越えて 猶色深き 紅葉をぞ見る
祝部成茂
1081 秋暮に詠侍ける
形見とて 殘る淚の 幾返り 秋別に 時雨來ぬらむ
後堀河院民部卿典侍
1082 【○承前。秋暮侍詠。】
身を秋の 木葉後の 山風に 絕えず落つるは 淚也けり
前大納言 近衛基良
1083 重く煩侍ける秋暮、限りに覺えければ、後德大寺左大臣許に申遣はしける
昔より 秋暮をば 惜見しを 今年は我ぞ 先立ちぬべき
皇太后宮大夫 藤原俊成
1084 秋暮歌とて
長月の 名殘を惜しと 云云て 何時か我身の 秋に別れむ
寂身法師
1085 題知らず
思ふ事 晴れせぬ頃は 搔闇す 時雨も餘所の 物とやは見る
左京大夫 藤原顯輔
1086 【○承前。無題。】
物思ふ 袂に似たる 紅葉哉 時雨や何の 淚為るらむ
荒木田成長女
1087 思事侍ける頃
世中に 吹寄る方も 無き物は 木葉散りぬる 木枯しの風
小野宮右大臣
1088 萩を
微睡まず 音をのみぞ泣く 萩花 色めく秋は 過ぎにし物を
菅贈太政大臣 菅原道真
1089 題不知
何事と 思判ねど 神無月 時雨るる頃は 物ぞ悲しき
前關白左大臣 二條良實
1090 【○承前。無題。】
降果つる 我身六十の 神無月 袖は何時より 時雨始めけむ
正三位 藤原知家
1091 事謀りて後、人人に誘はれて法輪寺に詣でて詠侍ける
昔見し 嵐山に 誘はれて 木葉先に 散る淚哉
如願法師
1092 都を遠離れて住侍ける神無月頃、曉時雨を聞きて詠める
打時雨 猶驚かす 寢覺哉 思捨てし 故鄉之空
藤原清範
1093 題知らず
夜を寒み 閨衾の さゆるにも 藁屋風を 思ひこそ遣れ
後鳥羽院御製
1094 貞應元年豐明夜、月隈無きに思出る事多くて、前中納言定家許に遣はしける
月行く 雲通路 變れども 乙女姿 忘れしもせず
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
1095 返し
忘られぬ 乙女姿 世世を古りて 我が見し空の 月ぞ遙けき
前中納言 藤原定家【于時參議。】
1096 前太政大臣、參議に侍ける時、豐明夜小忌衣著て侍けるを見て遣はしける
別きて見む 神司の 占會ひて 灼き日影の 山藍之袖
佚名 讀人知らず
1097 返し
別きて見る 心色も 賴まれず 其とも知らぬ 豐宮人
前太政大臣 西園寺實氏
1098 臨時祭社頭より歸參りけるに、片方舞人に雪降懸かりけるを見て詠める
打拂ふ 衣雪の 消難に 亂れて見ゆる 山藍之袖
藤原永光
1099 大峰にて詠侍ける
入りしより 雪さへ深き 山路哉 跡尋ぬべき 人も無き身に
前大僧正行尊
1100 年暮に詠侍ける
何時迄か 世人事に 紛れけむ 在りしにも非ぬ 歲暮哉
前攝政左大臣 藤原實經 一條實經
1101 【○承前。年暮侍詠。】
年暮て 迎ふる春は 餘所為れど 身老いらくぞ 憂きも嫌はぬ
法印覺寬
1102 【○承前。年暮侍詠。】
徒に 行きては歸る 年月の 積る憂き身に 物ぞ悲しき
源親行
1103 【○承前。年暮侍詠。】
六十迄 身思出は 變れども 惜しきは同じ 歲暮哉
信阿法師
1104 歲暮に、基俊許に遣はしける
儚くて 今年も暮れぬ 如是しつつ 幾世を經べき 我身為るらむ
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通