續後撰和歌集 卷十五 戀歌五
0940 題知らず
三輪山 兆杉は 判ずとも 誰かは人の 我を尋ねむ
佚名 讀人知らず
0941 【○承前。無題。】
果ては身の 富士山とも 成りぬるか 燻ゆる思火の 煙絕えねば
佚名 讀人知らず
0942 「幾重ね。」と言遣せたる人の返事に
問へと思ふ 心ぞ絕えぬ 忘るるを 且三熊野の 浦濱木綿
和泉式部
0943 今更物申ける人に
今よりと 云ふ行末も 如何為らむ 昔契りし 物忘れせば
赤染衛門
0944 戀歌中に
忘られぬ 未だ面影は 其ながら 別れし事の 古りにける哉
權大納言 藤原長家
0945 女に遣はしける
憂しと思ふ 心の越ゆる 松山は 賴めし甲斐も 無く成りにけり
源信明朝臣
0946 返し
秋と云へど 色も變らぬ 松山は 立つとも浪の 越えむ物かは
中務
0947 戀歌中に
浪越さば 怨みむとこそ 契りしか 如何成行く 末松山
皇太后宮大夫 藤原俊成
0948 「誓へ」と申ける人に
徒浪を 岩こそ越さめ 年經とも 我が松山は 色も變らじ
祐子內親王家紀伊
0949 語らひける男、「無からむ世迄忘れじ。」と賴めけるが、惱む事侍けるを久しく問はざりけるに遣はしける
偲ばれむ 物とも見えぬ 我身哉 有る程だにも 誰か問ひける
和泉式部
0950 家戀十首歌合に、寄船戀
新玉の 年緒長く 松浦舟 幾世に成りぬ 浪路隔てて
入道前攝政左大臣 九條道家
0951 【○承前。家戀十首歌合,寄船戀。】
濁江に 憂身焦るる 藻刈船 果ては往來の 影だにも見ず
後堀河院民部卿典侍
0952 戀歌中に
難波女が 蘆火煙 立つと見ば 憂伏每に 燃ゆと知らなむ
藤原光俊朝臣
0953 被忘戀心を
思出る 甲斐こそ無けれ 繰返し 契りし物を 倭文苧環
前大僧正慈鎮
0954 題知らず
思侘び 然ても待たれし 夕暮の 餘所なる物に 成りにける哉
順德院御製
0955 【○承前。無題。】
忘らるる 身は衷觸れぬ 唐衣 然ても立ちにし 名こそ惜しけれ
鎌倉右大臣 源實朝
0956 【○承前。無題。】
今はとて 思絕ゆべき 槙戶を 鎖さぬや待ちし 習成るらむ
源具親
0957 【○承前。無題。】
賴めつつ 來ぬを辛さの 限りとて 待たじと思ふ 夕暮も無し
寂緣法師
0958 久安百首歌中に
忘れにし 人は名殘も 見えねども 面影のみぞ 立ちも離れず
待賢門院堀河
0959 人に遣はしける
如何にして 忘るる事を 習ひけむ 訪はぬ人にや 問ひて知らまし
相模
0960 題知らず
如何に為む 雲上飛ぶ 雁音の 餘所に成行く 人心を
前攝政左大臣 藤原實經 一條實經
0961 【○承前。無題。】
契來し 心程を 見つる哉 せめて命の 長き餘りに
赤染衛門
0962 【○承前。無題。】
類無く 悲しき物は 今はとて 待たぬ夕の 眺成りけり
和泉式部
0963 百首歌奉し時、寄鏡戀
偲ぶとて 影たに見えじ 真澄鏡 映りはてにし 人心は
前太政大臣 藤原實氏 西園寺實氏
0964 入道前攝政家戀十首歌合に、同心を
留置きて 去らぬ鏡の 影にだに 淚隔てて 得やは見えける
後堀河院民部卿典侍
0965 題知らず
山鳥の 初尾の鏡 掛けてのみ 長別れの 影を戀ひつつ
行念法師
0966 絕戀之心を
我ながら 知らでぞ過ぎし 忘られて 猶同世に 有らむ物とは
土御門院小宰相
0967 【○承前。詠絕戀之趣。】
偽と 思はで人も 契りけむ 變る習の 世こそ辛けれ
尚侍家中納言
0968 九月十三夜十首歌合に、寄月恨戀
來ぬ人に 餘所へて待ちし 夕より 月云ふ物は 恨始めてき
太上天皇 後嵯峨院
0969 【○承前。九月十三夜十首歌合,寄月恨戀。】
月宿す 袖にも知るや 憂き人の 面影添へて 恨侘ぶとは
權大納言 藤原公基 西園寺公基
0970 千五百番歌合に
長月の 月見る甲斐は 無けれども 賴めし物を 有明頃
後鳥羽院御製
0971 戀歌中に
契來し 其兼言は 昔にて 有明月の 飽かずも有哉
前內大臣 藤原基家 九條基家
0972 【○承前。戀歌中。】
由緣無しと 言ひても今は 有明の 月こそ人の 形見成りけれ
內大臣 藤原公親 三條公親
0973 百首歌奉し時、寄月戀
待侘る 今宵も辛し 有明の 月は別の 物と見しかど
右近大將 西園寺公相
0974 同心を
來ぬ宵も 辛からぬかは 月影を 曉許 何恨みけむ
右近中將 藤原忠基
0975 【○承前。詠同心。】
山端に 待つ宵とこそ 契りしか 月さへ有らぬ 有明空
藤原信實朝臣
0976 九月十三夜十首歌合に、寄月恨戀
思侘び 憂面影や 慰むと 見れば悲しき 有明月
權中納言 藤原師繼 花山院師繼
0977 遇不逢戀
辛しとは 思ふ物から 有明の 憂かりし月ぞ 形見ける
修明門院大貳
0978 【○承前。遇不逢戀。】
今來むと 言ひしはことの 情けにて 幾夜に成りぬ 有明月
藤原永光
0979 【○承前。遇不逢戀。】
憂しとのみ 思ひし物を 曉の 木綿付鳥は 今ぞ戀しき
藤原為教朝臣
0980 入道前攝政家歌合に、寄鳥戀
歎侘び 寢ぬ夜空の 明け遣らで 憂かりし鳥の 音こそ待たるれ
正三位 藤原知家
0981 曉戀と云ふ事を
然りともと 待夜も過ぎぬ 徒に 明行鳥の 音のみ勿かれて
賀茂種平
0982 「忘るる草種をだに。」と言ひける人の返事に
忘草 植うとだに聞く 物為らば 思ひけりとは 知りもしなまし
在原業平朝臣
0983 題知らず
忘られぬ 心ぞ今は 恨めしき 且は限りと 思ふ物から
佚名 讀人知らず
0984 【○承前。無題。】
伊勢海に 海人取る云ふ 忘貝 忘れに蓋し 君も來坐さず
佚名 讀人知らず
0985 【○承前。無題。】
今は唯 問はで年經る 君よりも 憂きに堪へたる 身をぞ恨むる
藤原成宗
0986 【○承前。無題。】
今更に 忘ると人を 恨むれば 賴みし程の 見えぬべき哉
寂緣法師
0987 【○承前。無題。】
恨侘 寢ぬ夜累なる 唐衣 夢にも人は 遠離りつつ
惟宗盛長
0988 被忘戀
今は唯 馴れし其夜を 思出て 我身さへこそ 戀しかりけれ
藤原盛方朝臣
0989 戀歌中に
淺からむ 事をだにこそ 思ひしか 絕えや果つべき 山井水
藤原興風
0990 彈正尹元平親王、久しく通絕えて後、立ちよりて侍けるに逢侍らざりければ、歸りて恨遣はしたりける返事に
堰か無くに 絕えと絕えにし 山水の 誰偲べとか 聲を聞かせむ
藤原後蔭女
0991 早う物申渡りける男、必ず逢ふべき由申遣はしたりけれは
忘られて 古野道の 草繁み 露分行かむ 心地こそせね
高陽院木綿四手
0992 題知らず
足引の 山田引板の 頓に 忘るる人を 驚かす哉
人丸 柿本人麻呂
0993 【○承前。無題。】
知る人も 知られざりけり 泡沫の 憂身も今や 物忘れして
小野小町
0993b 【○承前。無題。】
白波の 立寄る浦の 濱千鳥 跡や絕えぬる 導為るらむ
中納言 藤原朝忠
0994 千五百番歌合に
跡絕えぬ 誰に問はまし 陸奧の 思忍ぶの 奧通路
前大納言 藤原忠良
0995 百首歌詠侍けるに
縱然らば 忘るとならば 頓に 逢見きとだに 思出づなよ
殷富門院大輔
0996 百首歌奉し時、寄關戀
何時迄か 我が通路と 恨みけむ 行來絕えたる 餘所關守
前大納言 近衛基良
0997 絕戀心を
さしも我が 絕えず忍びし 中にしも 渡してけりな 久米岩橋
前大僧正慈鎮
0998 久安百首歌中に
人をのみ 何恨むらむ 憂きを猶 戀ふる心も 由緣無かりけり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0999 法性寺入道前關白家に、恨戀と云ふ心を
辛しとて 心儘に 怨みても 後は思ひに 堪へむ物かは
左京大夫 藤原顯輔
1000 戀歌中に
己から 恨むる方も 有なまし 身を憂物と 思ひなさずは
寂蓮法師
1001 【○承前。戀歌中。】
身を替へて 復も此世に 巡逢はば 我辛からむ 事さへぞ憂き
八條院高倉
1002 恨戀之心を
枯果てて 言葉も無き 真葛原 何を恨みの 野邊秋風
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
1003 【○承前。恨戀之趣。】
浮名のみ 雄島海人に 身を替へて 如何に恨みむ 人心を
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
1004 【○承前。恨戀之趣。】
跡絕えて 今は來ぬ身の 濱楸 幾世浪の 下に朽ちなむ
從二位 藤原家隆
1005 題知らず
波寄する 礒邊蘆の 折伏して 人憂きには 音ぞ泣かれける
藤原基俊
1006 【○承前。無題。】
海人漕ぐ 棚無し小舟 跡も無く 思ひし人を 恨みつる哉
凡河内躬恒
1007 絕えにける人に
殊更に 恨むとも無し 此頃の 寢覺許を 知らせてしがな
三條院女藏人左近