續後撰和歌集 卷十四 戀歌四
0864 寬平御時后宮歌合歌
厭はれて 今は限りと 知りにしを 更に昔の 戀しかるらむ
佚名 讀人知らず
0865 心變りたる人に遣はしける
戀しさは 辛さに代て 止みにしを 何殘りて 如是は悲しき
辨乳母 藤原明子
0866 後法性寺入道前關白家百首歌に、遇不逢戀
忘る莫よ と許言ひて 別れにし 其曉や 限成りけむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0867 戀歌中に
限無く 憂かりし中を 懲ず間に 思ひも知らで 復歎けとも
前大納言 源資賢
0868 【○承前。戀歌中。】
一筋に 憂きに成しても 憑まれず 變るに易き 人心は
順德院御製
0869 【○承前。戀歌中。】
押返し 何處を忍ぶ 淚ぞと 思へば甚 濡るる袖哉
尚侍家中納言
0870 【○承前。戀歌中。】
戀死なむ 後迄とこそ 賴めしか 同世にだに 掛かりける身を
前內大臣 藤原基家 九條基家
0871 十首歌合に、逢不逢戀
由緣無くぞ 生きて辛さを 歎きける 逢ふに換へてし 命為らずや
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0872 同心を詠侍ける
復も逢ふ 契や有ると 賴まずは 何故惜しき 命為らまし
從三位 源泰光
0873 別戀
後世と 賴めも置かぬ 別道に 永らふべくも 無き命哉
中臣祐茂
0874 【○承前。別戀。】
後に復 在らば逢世の 賴みだに 我が老いらくの 身には待たれず
源有長朝臣
0875 家に百首歌詠侍ける時、遇不逢戀
心こそ 契りし儘に 變るとも 同空なる 月や見るらむ
洞院攝政左大臣 藤原教實 九條教實
0876 同心を
我が為に 心變らぬ 月だにも 在しに似たる 影をやは見る
前內大臣 衣笠家良
0877 後堀河院御時、殿上人寄月戀と云ふ心を詠侍けるに
巡逢ふ 忘形見の 夜半月 淚を掛けて 契やはせし
大納言 藤原隆親 四條隆親
0878 入道前攝政家戀十首歌合に、寄莚戀
一夜寢し 假初臥しの 萱莚 今は淚を 重ねてぞ敷く
藻璧門院但馬
0879 久しく絕えたる男の、訪れたる女に代りて
夢とのみ 思成しつつ 有物を 何中中に 驚かすらむ
前中納言 大江匡房
0880 題知らず
思ひきや 累ねし夜半の 唐衣 返して君を 夢に見むとは
大炊御門右大臣 藤原公能 德大寺公能
0881 【○承前。無題。】
儚くて 速忘れにし 轉寢を 思合はする 夜半夢哉
中原師尚
0882 【○承前。無題。】
逢事は 昔語りの 夢為れど 驚かさばや 思出やと
藤原信實朝臣
0883 【○承前。無題。】
逢ふと見て 醒めにしよりも 儚きは 現の夢の 名殘成りけり
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0884 【○承前。無題。】
己から 思合はする 人も有らば 語らぬ夢の 世にや漏りなむ
鷹司院按察
0885 【○承前。無題。】
賴まじな 思侘びぬる 宵宵の 心は行きて 夢に見ゆとも
前大納言 藤原為家
0886 【○承前。無題。】
如何に寢て 儚く覺めし 夢為れば 其面影の 限成るらむ
藤原為繼朝臣
0887 【○承前。無題。】
迷來し 闇現の 名殘とて 見ゆとは見えぬ 夢も怨めし
真昭法師
0888 【○承前。無題。】
嘸歎く 戀を駿河の 宇津山 現の夢の 復と見えねば
前中納言 藤原定家
0889 百首歌奉し時、寄橋戀
夢にだに 通ひし中は 絕果てぬ 見しや其夜の 真間繼橋
前太政大臣 西園寺實氏
0890 【○承前。奉百首歌時,詠寄橋戀。】
葛城の 夜半契の 岩橋や 絕えて通はぬ 類成るらむ
中納言 藤原資季 二條資季
0891 同心を詠ませ給うける
夢為らで 復や通はむ 白露の 置別れにし 真間繼橋
土御門院御製
0892 建保二年內大臣家百首歌に、名所戀
忘られぬ 真間繼橋 思寢に 通ひし方は 夢に見えつつ
前中納言 藤原定家
0893 【○承前。建保二年內大臣家百首歌,名所戀。】
白玉の 緒絕橋の 名も辛し 碎けて落つる 袖淚に
前中納言 藤原定家
0894 題知らず
人知れず 渡始めけむ 橋為れや 思ひながらに 絕えにける哉
壬生忠見
0895 【○承前。無題。】
忘る莫よ 瀨田長橋 永らへて 猶世中に 住みも渡らば
橘俊綱朝臣
0896 人に給はせける
淚川 流るる水脈の 憂事は 人の淵瀨を 知らぬ也けり
光孝天皇御製
0897 題知らず
侘びつつも 此世は經なむ 渡河 後淵瀨を 誰に問はまし
中務
0898 【○承前。無題。】
契きな 復忘れずよ 初瀨川 古河邊の 二本杉
寂蓮法師
0899 【○承前。無題。】
朽ちね唯 猶物思ふ 名取河 憂かりし瀨瀨に 殘る埋木
祝部成賢
0900 堀河院御時、百首歌奉ける時、片思
合絲を 縒りも合はせぬ 玉緒の 片戀すらく 誰故にかは
藤原基俊
0901 入道前攝政家戀十首歌合に、寄網戀
置網の 繁き人目に 言寄せて 復異浦に 引く心哉
藻璧門院但馬
0902 忍びて物申ける女、「異樣に成りぬべし。」と聞きて遣はしける
人知れぬ 入江浪に 潮垂れて 如何なる浦の 煙とか見む
皇太后宮大夫 藤原俊成
0903 戀歌中に
蘆火焚く 篠屋煙 心から 燻ゆる思火に 噎ぶ頃哉
京極前關白家肥後
0904 久しく音せざりける人に遣はしける
逢事の 無ぎさ為ればや 都鳥 通ひし跡も 絕えて問來ず
法成寺入道前攝政太政大臣 藤原道長
0905 返し
問はぬ間は 袖朽ちぬべし 數為らぬ 身より餘れる 淚零れて
馬內侍
0906 題知らず
春立てば 草木上に 置霜の 消えつつ我は 戀や渡らむ
山部赤人
0907 【○承前。無題。】
思兼ね 見しや如何にと 春夜の 儚き夢を 驚かす哉
前內大臣 衣笠家良
0908 齋院にて物申ける人、內邊に參れる由聞きて、葵に書付けて遣はしける
年經れど 變らぬ物は 其神に 祈懸けてし 葵成けり
歷年雖日久 經歲常保不變者 是乃向賀茂 稜威其神祈懸之 潔淨齋葵是也矣
前大納言 藤原公任
0909 題知らず
今日のみや 懸けてだに見む 諸鬘 憂身は餘所に 名を忘るとも
式乾門院御匣
0910 【○承前。無題。】
我が袖を 田子裳裾に 較べばや 孰か甚く 濡れは勝ると
西行法師 佐藤義清
0911 【○承前。無題。】
夏草に 非ぬ物から 人戀ふる 思深く 成りにける哉
佚名 讀人知らず
0912 人許に空蟬を遣るとて
夏山の 梢に止る 空蟬の 我から人は 辛き也けり
京極前關白家肥後
0913 女許より、撫子を折りて遣はしたりけるに
誰にかは 思准へて 折りつらむ 定めても寢ぬ 常夏花
左近大將 藤原朝光
0914 夏戀
夜は萌え 晝は折延へ 鳴暮し 螢も蟬も 身をば離れず
源家長朝臣
0915 建保二年內大臣家百首歌に、名所戀
蘆屋に 螢や紛ふ 海人や焚く 思火も戀も 夜は萌えつつ
前中納言 藤原定家
0916 七月七日、女御徽子女王に遣はしける
今宵さへ 餘所にや聞かむ 我が為の 天河原は 渡る瀨も無し
天曆御製 村上帝
0917 七夕夜、人許より申したる返事に
七夕を 何か羨む 逢事の 稀なる程は 劣りしもせじ
小辨
0918 題不知
身に沁みて 哀為る哉 如何為りし 秋吹く風を 音に聞來る
和泉式部
0919 【○承前。無題。】
夕去れば 天空為る 秋風に 行方も知らぬ 人を戀ひつつ
前太政大臣 西園寺實氏
0920 【○承前。無題。】
淚散る 袖に玉纏く 葛葉に 秋風吹くと 問はば應へよ
土御門院御製
0921 【○承前。無題。】
秋は來ぬ 行方も知らぬ 歎哉 賴めし事は 木葉降りつつ
式子內親王
0922 入道前攝政家戀十首歌合に、寄衣戀
月草の 花摺衣 徒にのみ 心色の 移行く哉
中納言 藤原資季 二條資季
0923 道助法親王家五十首歌に、寄露戀
徒人の 心秋の 露よりぞ 見し言葉も 色變行く
正三位 藤原知家
0924 戀歌中に
宿為し 假庵萩の 露許 消えなで袖の 色に戀ひつつ
前中納言 藤原定家
0925 【○承前。戀歌中。】
眺めじと 思ふ心も 懲果てず 逢はで年經る 秋夕暮
從二位 藤原家隆
0926 【○承前。戀歌中。】
秋萩の 下葉色を 見る時ぞ 獨在る人は 思知らるる
九條右大臣 藤原師輔
0927 宣耀殿女御、里に罷でけるに
白露は 我が標結ひし 花為れど 他に置きては 靜心無し
天曆御製 村上帝
0928 戀心を
肌寒く 風は夜每に 吹增さる 我が見し人は 音信もせず
曾禰好忠
0929 【○承前。詠戀心。】
大方の 秋をば言はず 物每に 移逝くを 哀とぞ見る
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0930 【○承前。詠戀心。】
紅の 淺葉野らの 露上に 我が敷く袖ぞ 人莫咎めそ
從二位 藤原家隆
0931 昌泰四年八月十五夜歌合に、戀
押並て 移ろふ秋も 哀云ふ 言葉のみぞ 變らざりける
佚名 讀人知らず
0932 題知らず
紅葉に 色見え分かで 散る物は 物思ふ秋の 淚也けり
伊勢
0933 【○承前。無題。】
秋野に 朝立つ鹿の 根に立てて 鳴きぬ許も 戀渡る哉
權中納言 藤原定賴
0934 【○承前。無題。】
秋夜の 月と賴めし 一言に 冬空迄 眺めつる哉
佚名 讀人知らず
0935 【○承前。無題。】
霜枯に 成りにし野邊と 知らねばや 儚く人の 獵に來つらむ
佚名 讀人知らず
0936 戀歌中に
契置きし 末原野の 本柏 其とも知らじ 餘所霜枯
前中納言 藤原定家
0937 【○承前。戀歌之中。】
濱千鳥 跡だに今は 搔絕えて 敏馬浦に 濡るる袖哉
前大納言 近衛基良
0938 「文を人に見す。」と聞きける人に遣はしける
如何に為む 鹽干礒の 濱千鳥 踏行く跡も 隱無き身を
相模
0939 題知らず
逢事の 暫しも降れば 沫雪の 積る思ひに 消えぞ死ぬべき
清原元輔