續後撰和歌集 卷十二 戀歌二
0710 題知らず
如是てのみ 戀や渡らむ 玉限る 命も知らず 年は經にけり
柿本人丸 柿本人麻呂
0711 【○承前。無題。】
貫亂る 淚も暫し 止るやと 玉緒許 逢由欲得
紀貫之
0712 賴めける男、得待付くまじき由申ける返事に
逢事の 有や無やも 見も果てで 絕えなむ玉の 緒を如何に為む
和泉式部
0713 戀歌中に
戀しきに 死ぬる物とは 聞かねども 世例にも 成りぬべき哉
伊勢
0714 【○承前。戀歌中。】
由緣無きを 歎くも苦し 白露の 消ゆるに伉ふ 命と欲得
權中納言 藤原定賴
0715 右大臣に侍ける時、家に百首歌詠侍けるに、忍戀
忍ぶるに 絕えずなりなば 如何為む 逢ふに替へむと 思ふ命を
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0716 俊惠法師歌合に
戀死なば 後世とだに 言ふべきに 逢はでは其も 得こそ契らね
道因法師
0717 郁芳門院歌合に
然りともと 思許や 我が戀の 命を懸る 賴為るらむ
修理大夫 藤原顯季
0718 題知らず
戀死なむ 身をやは惜しむ 逢事に 替へぬ命の 猶辛き哉
正三位 藤原知家
0719 【○承前。無題。】
然りともと 死なぬ命の 由緣無さや 辛きながらの 憑為るべき
侍從 藤原伊成
0720 【○承前。無題。】
賴むべき 逢ふを限の 命だに 儚き世には 待たれやはせむ
源孝行
0721 【○承前。無題。】
逢事も 誰が為成れば 玉緒の 命も知らず 物思ふらむ
寂延法師
0722 【○承前。無題。】
逢迄の 人心の 片絲に 淚を懸けて 縒るぞ悲しき
平重時朝臣
0723 久戀
年を經て 辛き心の 限をも 見果てで弱る 玉緒欲得
土御門院小宰相
0724 【○承前。久戀。】
片絲の 逢見む迄と 年も經ぬ 由緣無き人を 玉緒にして
源家長朝臣
0725 戀歌中に
恨侘猶返せども 小夜衣 夢にも同じ 辛さ成りけり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0726 十首歌奉りし時、戀心を
由緣無さも 縱や歎かじ 逢ふとのみ 見る夜夢の 誠為らねば
大納言 藤原隆親 四條隆親
0727 不逢戀之心を
微睡まぬ 我身の他の 夢にだに 見るとし聞かば 猶も賴まむ
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0728 【○承前。不逢戀之趣。】
思寢の 夢より外に 道も無き 心を通ふ 幻欲得
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0729 如何なりける時にか、人に遣はしける
嘆きつつ 甚切覺束無 唐衣 濡增さるらむ 袖を見ぬ間は
本院侍從
0730 名所百首歌召しける時
菅原や 伏見里の 笹枕 夢も幾夜の 人目避くらむ
順德院御製
0731 戀十首歌合に、寄莚戀
笛竹の 伏見里の 菅莚 音にのみ泣きて 獨かも寢む
入道前攝政左大臣 九條道家
0732 戀歌中に
長夜の 寢覺に物を 思ふとも 知らでや人の 月を見るらむ
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0733 建保四年百首歌に
終夜 月に憂へて 音をぞ泣く 命に向ふ 物思ふとて
前中納言 藤原定家
0734 題不知
影なれて 宿る月哉 人知れず 夜な夜な騷ぐ 袖湊に
式子內親王
0735 百首歌奉し時、寄湊戀
海士小舟 寄る方も無し 淚川 袖湊は 名のみ騷げど
前太政大臣 西園寺實氏
0736 戀歌中に
行きて見ぬ 思ひ許を 導にて 餘所にや戀ひむ 浦初島
從三位 藤原賴氏
0736b 【○承前。戀歌中。】
干詫びぬ 海人苅藻に 鹽垂れて 我から懸かる 袖浦浪
皇太后宮大夫 藤原俊成
0736c 亭子院に侍ひける女に遣はしける
長夜を 明石浦に 燒鹽の 煙は空に 立ちや登らむ
源嘉種
0737 題知らず
鹽竈の 浦とは無しに 君戀ふる 煙も絕えず 成りにける哉
佚名 讀人知らず
0738 【○承前。無題。】
陸奧の 千賀鹽竈 近ながら 辛きは人に 逢はぬ也けり
佚名 讀人知らず
0739 【○承前。無題。】
伊勢海の 小野湊の 流江の 流れても見む 人心を
佚名 讀人知らず
0740 中納言家成家歌合に
君戀ふる 淚は海と 成りぬれど 海松は刈らぬ 袖浦哉
藤原通憲
0741 戀歌中に
難波潟 浦より彼方に 立浪の 餘所に聞きつつ 戀や渡らむ
鎌倉右大臣 源實朝
0742 家に百首歌詠侍ける時、戀歌
漁する 與謝海人 今宵さへ 逢事無みに 袖濡らせとや
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0743 久安百首歌に
戀をのみ 須磨浦迴に 鹽垂れて 燒くとも袖を 腐す頃哉
郁芳門院安藝
0744 題知らず
人知れず 物思ふ袖に 較べばや 滿來る潮の 浪下草
式子內親王
0745 【○承前。無題。】
白浪の 荒藺崎の 磯馴松 變らぬ色の 人ぞ由緣無き
源家長朝臣
0746 【○承前。無題。】
世と共に 荒萎るる 袂哉 飾磨海士の 袖も乾ぬを
藤原親盛
0747 【○承前。無題。】
思遣れ 我が衣手は 難波為る 蘆裏葉の 乾く夜ぞ無き
源重之
0748 【○承前。無題。】
玉藻苅る 伊良子海士も 我が如や 乾く間無くて 袖は濡るらむ
藤原道經
0749 【○承前。無題。】
憂名のみ 雄島海人の 濡衣 濡ると莫言ひそ 朽ちは果つとも
鎌倉右大臣 源實朝
0750 道助法親王家五十首歌に、寄煙戀
如何に為む 海人藻鹽火 絕えず立つ 煙に弱る 浦風も無し
中納言 藤原定家
0751 【○承前。道助法親王家五十首歌,寄煙戀。】
尋ねばや 煙を何に 紛ふらむ 忍浦の 海人藻鹽火
從二位 藤原家隆
0752 百首歌奉りし時、同心を
藻屑焚く 藻鹽煙 靡け唯 恨みし末の 導とも見む
右近大將 西園寺公相
0753 【○承前。奉百首歌時,詠同心。】
松島や 海人藻鹽木 其為らで 伐りぬ思火に 立つ煙哉
權大納言 洞院實雄
0754 【○承前。奉百首歌時,詠同心。】
海人焚く 藻鹽煙 我が方に なひかぬ戀の 身を焦す哉
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0755 【○承前。奉百首歌時,詠同心。】
瓦屋の 下に焦るる 夕煙 絕えぬ思火の 在とだに見よ
權中納言 藤原師繼 花山院師繼
0756 入道前攝政家戀十首歌合に、寄網戀
絕えず引く 網浮繩 憂きてのみ 寄る邊苦しき 身契哉
藻璧門院少將
0757 建保二年內大臣家百首歌、名所戀
世と共に 吹上濱の 潮風に 靡く砂の 碎けてぞ思ふ
前中納言 藤原定家
0758 題知らず
風を猶 恨みつる哉 藻鹽燒く 煙靡く 方を知らねば
權大納言 藤原長家
0759 【○承前。無題。】
難波江の 蘆苅小舟 行返り 憂身焦れて 世をや盡くさむ
前內大臣 衣笠家良
0760 【○承前。無題。】
如何に為む 淚袖に 海は在れど 同渚に 寄る舟も無し
前內大臣 衣笠家良
0761 【○承前。無題。】
思侘び 身を盡してや 同江に 又立歸り 戀渡りなむ
正三位 藤原成實
0762 寄船戀
海松布無き 志賀津海士の 漁舟 君をば餘所に 焦れてぞ經る
洞院攝政左大臣 藤原教實 九條教實
0763 名所歌數多詠ませ給ける中に、戀
逢はで經る 淚末や 增さるらむ 妹背山の 中瀧瀨
土御門院御製
0764 戀歌中に
逢瀨無き 淚河の 底見れば 戀に沉める 影ぞ悲しき
京極前關白家肥後
0765 【○承前。戀歌中。】
堰かぬる 淚川の 憂枕 浮きて水泡の 寄るぞ消ぬべき
荒木田延成
0766 【○承前。戀歌中。】
堰返す 淚は淵と 成果てて 逢瀨も見えぬ 袖柵
藤原永光
0767 【○承前。戀歌中。】
知らせばや 物思ふ袖の 中に墮つる 淚河の 激つ心を
源家清
0768 洞院攝政家百首歌に、不逢戀
岩注く 水蔭に茂る 菅根の 長くや袖を 腐し果てなむ
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0769 戀心を
信濃路や 木曾御坂の 小篠原 分行く袖も 如是や露けき
權中納言 藤原長方
0770 【○承前。詠戀心。】
思遣る 心盡しの 遙けさに 生松こそ 甲斐無かりけれ
待賢門院堀河
0771 女に遣はしける
何か其 通はむ道の 語からむ 踏始めたる 跡を賴めば
東三條入道前攝政太政大臣 藤原兼家
0772 千五百番歌合に
餘所ながら 掛けてぞ思ふ 玉蔓 葛城山の 峰白雲
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0773 正治百首歌奉ける時
久堅の 天照神の 木綿葛 懸けて幾世を 戀渡るらむ
前中納言 藤原定家
0774 題知らず
侘人の 心中を 較ぶるに 富士山とや 下焦れける
壬生忠岑
0775 【○承前。無題。】
年を經る 思火也けり 駿河為る 富士高嶺に 絕えぬ煙は
京極前關白太政大臣 藤原師實
0776 百首歌奉し時、寄煙戀
如何に為む 富士煙の 年經れど 忘るる程に 成らぬ思火を
鷹司院按察
0777 【○承前。奉百首歌時,寄煙戀。】
煙立つ 空にも知るや 不盡嶺の 燃えつつ永久に 思火有りとは
少將內侍
0778 【○承前。奉百首歌時,寄煙戀。】
我許 思焦れぬ 瓦屋の 煙も猶ぞ 下咽ぶなる
前大納言 近衛基良
0779 【○承前。奉百首歌時,寄煙戀。】
戀しなば 室八島に 非ずとも 思程は 煙にも見よ
前參議 藤原忠定 中山忠定
0780 戀歌とて
身に替へて 思ひけりとは 知らるとも さて戀死なば 甲斐や無からむ
前大僧正慈鎮
0781 不逢戀を
知難き 命程も 顧見ず 何時迄と待つ 夕為るらむ
前內大臣 藤原基家 九條基家
0782 同心を
岩に生ふる 例を何に 賴みけむ 遂に由緣無き 松色哉
前大納言 藤原伊平 鷹司伊平
0783 寄松戀
餘所にのみ 御津濱松 年を經て 由緣無き色に 懸かる浪哉
左衛門督 源通成
0784 家五十首歌に、寄露戀
君か棲む 邊草に 宿しても 見せばや袖に 餘る白露
入道二品親王道助
0785 戀歌中に
逢迄の 戀ぞ命に 成りにける 年月長き 物思へとて
前大納言 藤原為家
0786 入道前攝政家歌合に、寄鳥戀
足曳の 山鳥尾の 永らへて 在らば逢夜を 泣く泣くぞ待つ
源家清
0787 題知らず
我待つと 君か濡れけむ 足引の 山雫に ならまし物を
石川郎女
0788 【○承前。無題。】
世中の 憂きも辛きも 悲しきも 誰に言へとか 人の由緣無き
佚名 讀人知らず
0789 【○承前。無題。】
思へども 消えぬ憂身を 如何にして 邊風に 有りと知らせむ
佚名 讀人知らず
0790 由緣無かりける女に遣はしける 【○後拾遺0638。】
戀始めし 心をのみぞ 恨みつる 人辛さを 我に為しつつ
平兼盛
0791 戀歌中に
哀云ふ 言を緒にして 貫玉は 逢はで忍ぶる 淚也けり
紀貫之