續後撰和歌集 卷十一 戀歌一
0635 題知らず
覺束無 何色とも 知らねども 唯深くのみ 思初めけむ
佚名 讀人知らず
0636 【○承前。無題。】
妹背川 靡く玉藻の 水隱れて 我は戀ふとも 人は知らじな
佚名 讀人知らず
0637 【○承前。無題。】
礒上に 生ひたる蘆の 名を惜しみ 人に知られて 戀ひつつぞ生る
人麿 柿本人麻呂
0638 【○承前。無題。】
淚にそ 浮きて流るる 水鳥の 濡れては人に 見えぬ物から
伊勢
0639 【○承前。無題。】
夏野の 草下隱れ 行水の 絕えぬ心有る 我と知らずや
佚名 讀人知らず
0640 寬平御時、后宮歌合歌
人知れず 下に流るる 淚川 堰止めなむ 影や見ゆると
佚名 讀人知らず
0641 女に遣はしける
奧山の 岩間瀧津 沸返り 音にや人を 聞きて止みなむ
權中納言 藤原定賴
0642 堀河院御時、艷書歌を人人に召して、女房許に遣はして返しを召しける時、詠侍ける
人知れぬ 戀路に惑ふ 心には 淚許ぞ 先に立ちける
大納言 藤原忠教
0643 返し
戀路には 文だに見じと 思ふ身に 何かは懸かる 淚為るらむ
禎子內親王家攝津
0644 同艷書に
流出る 雫に袖は 朽果てて 抑る方も 無きぞ悲しき
權中納言 源國信
0645 戀歌中に
如何に為む 玉江蘆の 下根のみ 世を經て泣けど 知る人無き
左京大夫 藤原顯輔
0646 【○承前。戀歌之中。】
我が戀は 人知らぬ間の 浮蓴 苦しや甚 水隱りにして
俊惠法師
0647 【○承前。戀歌之中。】
我が戀は 初山藍の 摺衣 人こそ知らね 亂れてぞ思ふ
鎌倉右大臣 源實朝
0648 【○承前。戀歌之中。】
知るらめや 心は人に 月草の 染めのみ增さる 思有りとは
式子內親王
0649 【○承前。戀歌之中。】
如何に為む 岸搏浪の 懸けてだに 知られぬ戀に 身を碎きつつ
式子內親王
0650 【○承前。戀歌之中。】
知るやとて 枕だにせぬ 宵宵の 心外に 漏る淚哉
正三位 藤原知家
0651 寄草戀と云へる心を
深江の 蘆間に生ふる 白菅の 知らず幾夜か 思亂れむ
雅成親王
0652 百首歌詠侍けるに、忍戀
難波女が 小屋に折焚く 萎蘆の 忍びに燃ゆる 物をこそ思へ
殷富門院太輔
0653 同心を
隱沼の 下匍ふ蘆の 水隱りに 我ぞ物思ふ 行方知らねば
鎌倉右大臣 源實朝
0654 女の、「蘆八重葺き。」と書けりける手習を見て、書添侍ける
蘆屋の 昆陽篠屋の 忍びにも 人に知られぬ 節を見せなむ
源重之
0655 忍戀之心を
早瀨川 靡く玉藻の 下亂れ 苦しや心 水隱れてのみ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0656 家六百番歌合に
潮風の 吹來す海人の 苫庇 下に思火の 燻ゆる頃哉
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0657 建保二年內大臣家百首歌に、名立戀
我が袖に 虛しき浪は 懸始めつ 契も知らぬ 鳥籠浦風
前中納言 藤原定家
0658 左京大夫顯輔家歌合に
伊勢島や 海士炊火の 髣髴にも 見ぬ人故に 身を焦す哉
藤原清輔朝臣
0659 戀歌中に
徒に 海人漁火 栲繩の 苦しき程を 知人も無し
前大納言 近衛基良
0660 九月十三夜十首歌合に、寄煙忍戀
難波為る 蘆篠屋の 下咽び 立てじや煙 行方も無し
鷹司院帥
0661 百首歌召しける序に
思のみ 積りの海人の 浮緒の 絕えねばとても 來る由も無し
後鳥羽院御製
0662 戀心を
由緣も無き 人心の 浮蓴 苦しき迄ぞ 思亂るる
權大納言 藤原宗家
0663 洞院攝政家百首歌に、忍戀
住吉の 淺香浦の 澪標 然てのみ下に 朽ちや果てなむ
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0664 同心を
下にのみ 思ふ心の 常磐山 如何に時雨て 色に出でまし
寂緣法師
0665 【○承前。詠同心。】
思ふとも 戀ふとも知らじ 山城の 常磐杜の 色し見えねば
土御門院小宰相
0666 【○承前。詠同心。】
道絕えて 我が身に深き 忍山 心奧を 知る人も無し
入道前攝政左大臣 九條道家
0667 【○承前。詠同心。】
如何に為む 忍山に 道絕えて 思入れども 露深さを
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0668 【○承前。詠同心。】
君故と 云ふ名は立てじ 消果てむ 夜半煙の 末迄も見よ
式子內親王
0669 九月十三夜十首歌合に、寄煙忍戀
煙だに 其とは見えじ 味氣無く 心に焦す 下思火は
前太政大臣 西園寺實氏
0670 【○承前。九月十三夜十首歌合,寄煙忍戀。】
戀詫びて 消なむ後の 煙だに 思有りきと 人に知らす莫
左近大將 藤原定雅 花山院定雅
0671 【○承前。九月十三夜十首歌合,寄煙忍戀。】
味氣無く 何ど下燃えと 成りにけむ 富士煙も 空にこそ立て
辨內侍
0672 百首歌奉し時、寄煙戀
徒に 立名ぞ惜しき 下燃の 思火煙 然ても消えなば
源俊平
0673 忍戀を
知られじな 心一つに 嘆くとも 言はでは見ゆる 思為らねば
參議 藤原為氏 二條為氏
0674 寄雲戀
知られじな 夕雲を 其とだに 言はで思の 下に消えなば
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0675 人人に十首歌召されし序に
忍ぶるぞ 叶はざりける つらきをも 憂きをも知るは 淚為れども
太上天皇 後嵯峨院
0676 十首歌合に、忍久戀
人知れぬ 心に古す 年月の 命となれる 程ぞ由緣無き
土御門院小宰相
0677 【○承前。十首歌合中,忍久戀。】
抑ふべき 袖は昔に 朽果てぬ 我が黑髪よ 淚漏す莫
少將內侍
0678 戀歌中に
袖にのみ 裹む習と 思ひしに 人目を漏るる 淚也けり
素暹法師
0679 【○承前。戀歌中。】
然ても猶 忍べばとこそ 思ひつれ 誰が心より 墮つる淚ぞ
蓮生法師
0680 寄草戀
知らせばや 尾花が下の 草名に 置居る露の 消えぬべき身を
祝部成茂
0681 題知らず
谷深み 水蔭草の 下露や 知られぬ戀の 淚成るらむ
俊賴朝臣
0682 【○承前。無題。】
櫻麻の 麻生下草 下にのみ 戀ふれば袖ぞ 露氣かりける
藤原基俊
0683 後法性寺入道前關白家百首歌詠侍けるに、忍戀
人問はば 袖をば露と 可謂 淚色を 如何應へむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0684 刑部卿賴輔家歌合に、同心を
淚川 人目裹みに 堰かれつつ 君にさへこそ 漏らしかねつれ
前參議 藤原教長
0685 戀歌中に
君が名に 思へば袖を 裹めども 知らせよ淚 漏らば漏るとも
式子內親王
0686 百首歌召されし次に、寄瀧戀
音に聞く 吉野瀧も 縱や我が 袖に落ちける 淚也けり
太上天皇 後嵯峨院
0687 內大臣に侍ける時、家百首歌詠侍けるに
懸けてだに 知らじな餘所に 思河 浮かぶ水泡の 消返るとも
入道前攝政左大臣 九條道家
0688 戀歌とて
物思ふ 袖に降來る 瀧瀨の 淀迄漏るは 憂名也けり
從三位 藤原行能 世尊寺行能女
0689 題不知
片絲以て 貫たる玉の 緒を弱み 亂れやしなむ 人知るべく
佚名 讀人知らず
0690 女に遣はしける
音羽川 音にのみこそ 聞渡れ 住むなる人の 影を賴みて
九條右大臣 藤原師輔
0691 忍びて人に遣はしける
人知れず 思初めてし 山川の 岩間水を 漏しつる哉
佚名 讀人知らず
0692 返し
甲斐無しや 岩間水を 漏しても 澄むべき事の 此世為らねば
祐子內親王家紀伊
0693 戀歌中に
知らざりき 音に聞きこし 三輪川の 流れて人を 戀ひむ物とは
如願法師
0694 業平朝臣許より、「君に心を。」と言へりける返事に
隱江に 思ふ心を 如何でかは 舟指す棹の 指して知るべき
佚名 讀人知らず
0695 題知らず
渡海の 千尋底も 限有れば 深き心を 何に譬へむ
佚名 讀人知らず
0695b 【○承前。無題。】
海底 潛きて知らむ 人知れず 思ふ心の 深さ較べに
佚名 讀人知らず
0696 【○承前。無題。】
谷深み 岩片隱れ 行水の 影許見て 袖濡らせとや
皇太后宮大夫 藤原俊成
0697 【○承前。無題。】
水增さる 高瀨淀の 真菰草 僅かに見ても 濡るる袖哉
殷富門院大輔
0698 入道前攝政家戀十首歌合に、寄枕戀
菰枕 高瀨淀に 差す小網の 偖や戀路に 萎果つべき
源家長朝臣
0699 寄船戀と云ふ事を
稀にだに 敏馬浦の 蜑小舟 如何なる風に 寄邊定めむ
權大僧都有果
0700 戀歌中に
奈吾海や 門渡舟の 行きずりに 仄見し人の 忘られぬ哉
權中納言 藤原俊忠
0701 【○承前。戀歌中。】
葛飾の 浦間浪の 打付けに 見初めし人の 戀しきやなぞ
藤原道經
0702 【○承前。戀歌中。】
友戀ふる 遠山鳥の 真澄鏡 見るに慰む 袖儚さ
待賢門院堀河
0703 【○承前。戀歌中。】
如是戀は 堪へず死ぬべし 餘所に見し 人こそ己が 命也けれ
和泉式部
0704 【○承前。戀歌中。】
夕月夜 曉闇の 髣髴にも 見し人故に 戀や渡らむ
佚名 讀人知らず
0705 七條后宮の武藏に遣はしける
百敷の 數多袖は 見えしかど 別きて思の 色ぞ戀しき
平定文
0706 女に遣はしける
淚にそ 濡れつつ萎る 世人の 辛き心は 袖雫か
在原業平朝臣
0707 戀歌中に
如何に為む 戀ぞ死ぬべき 逢迄と 思ふに懸かる 命為らずは
式子內親王
0708 堀河院艷書歌に
辛さには 思絕えなむと 思へども 叶はぬ物は 淚也けり
大納言 藤原忠教
0709 返し
浮引かぬ 海人小舟の 綱手繩 絕ゆとて何か 苦しかるべき
京極前關白家肥後