續後撰和歌集 卷第十 釋教歌
0583 天平廿一年、生駒山麓にて、終取侍ける遺戒歌
假初の 宿かる我ぞ 今更に 物勿思ひそ 佛とを成れ
大僧正行基
0584 天台大師の忌日に詠侍ける
其神の 齋庭に 餘れりし 草筵も 今日や敷くらむ
大僧正慈惠
0585 僧正遍昭に遣はしける
年を經て 甚く莫愛でそ 花山 菩提種に 為らぬ物故
僧正靜觀
0586 題不知
何故か 宿を在所離れ 出でにけむ 射入る月の 光をも見で
叡空上人
0587 山端近く傾く月を見て、禪室に入るとて詠侍ける
山端に 我も入りなむ 月も入れ 夜な夜な每に 復友に為む
高辨上人
0588 無量義經、從一法生
春秋の 花色色 匂へども 種は一つの 蓮也けり
大僧正証觀
0589 法華經譬喻品、號曰華光如來之心を
行末の 花光の 名を聞くに 豫てぞ春に 逢ふ心地する
皇太后宮大夫 藤原俊成
0590 化城喻品
急立て 茲は假寢の 草枕 猶奧深し 御吉野里
八條院高倉
0591 五百弟子品
暗きより 暗きに猶や 迷はまし 衣裏の 玉無かりせば
權大僧都 源信
0592 寂寞無人聲、讀誦此經典
月影や 法樞を 鎖しつらむ 靜かに叩く 峰松風
法橋春誓
0593 乃至以身、而作牀座
古は 敷く人も無く 馴來て さゆる霜夜の 牀と成りけむ
崇德院御製
0594 唯髻中明珠
元結の 中なる法の 玉さかに 解かぬ限りは 識る人ぞ無き
京極前關白家肥後
0595 人人に廿八品歌詠ませ侍ける時、勸持品
上も無き 道を求むる 心には 命も身をも 惜しむ物かは
法成寺入道前攝政太政大臣 藤原道長
0596 壽量品
人目には 世憂き雲に 隱ろへて 猶澄渡る 山端月
法成寺入道前攝政太政大臣 藤原道長
0597 神力品之心を詠侍ける
清かなる 月光の 照さずは 暗道にや 獨行かまし
選子內親王
0598 囑累品
徒に置く 末葉の露は 茂けれど 中に結ぶぞ 玉と見えける
權少僧都延真
0599 如民得王
高屋に 治まれる世を 空に見て 民竈も 煙立也
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0600 嚴王品
尋來る 契りしあれば 行末も 流れて法の 水は絕えせじ
前大納言 藤原公任
0601 止觀月隱重山、擎扇喻之
雪にこそ 閨扇は 喻へしか 心月の 標也けり
崇德院御製
0602 同じき雪山大士、結草為席と云へる心を
羨まし 草筵を 敷忍び 憂世に出でぬ 雪の山人
藤原光俊朝臣
0603 不斷光佛
月も日も 影をば西に 留置きて 絕えぬ光ぞ 身を照しける
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0604 三界唯一心
野邊每の 千千草葉に 結べども 孰も同じ 秋白露
源有仲
0605 題知らず
二つ無き 心は何か 厭ふべき 惑外の 悟為らねば
入道前攝政左大臣 九條道家
0606 生死長夜を
行交る 道だに知らぬ 中空に 虛しき闇ぞ 明くる夜も無き
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0607 弘法大師の法驗事、國史に見ゆる事有らば、記してと申ける人に
葦原の 繁言葉 搔分けて 法道をも 今日見つる哉
中原師光
0608 後法性寺入道前關白家百首歌に、般若心經、色即是空空即是色
雲も無く 凪たる空の 淺綠 虛しき色も 今ぞ知りぬる
皇嘉門院別當
0609 阿彌陀四十八願歌詠侍けるに、聞名見佛
秋風の 峰白雲 拂はずは 有明空に 月を見ましや
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0610 發心の始め詠侍ける
六道 幾巡りして 逢ひぬらむ 十聲一聲 捨てぬ誓ひに
湛空上人
0611 觀無量壽經、說是語時、無量壽佛、住立空中
偽の 無き世人の 言葉を 空に知らする 有明月
蓮生法師
0612 十戒歌詠侍けるに、不自讚毀他
最上河 人を下せば 稻舟の 歸りて沉む 物とこそ聞け
寂然法師
0613 不偷盜戒
植ゑしより 主有る宿の 櫻花 飽かずと如何 家裹に為む
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0614 阿彌陀經、六方護念之心を
置露の 染始めける 言葉に 四方時雨や 色を添ふらむ
信生法師
0615 十界歌詠侍けるに
樣樣に 別くる形も 寔には 一つ佛の 悟也けり
前大僧正慈鎮
0616 前大僧正慈鎮、四天王寺に九品往生傳を繪に描きて、其心を人人に詠ませ侍けるに、上品中生歌
故鄉に 遺る蓮葉 主にて 宿る一夜に 花ぞ開くる
入道前攝政左大臣 九條道家
0617 大日經、心無所畏、故能究竟淨菩提心之心を月に寄せて詠侍ける
秋夜は 心雲も 晴にけり 寔月の 澄むに任せて
法印良守
0618 佛御前に侍ひて、曉出づとて月を見て詠侍ける
晴遣らぬ 心月も 雲間より 此曉ぞ 澄增さりける
攝政前太政大臣 藤原兼經 近衛兼經
0619 題知らず
導無き 我をば闇に 迷はせて 何處に月の 澄渡るらむ
高辨上人
0620 【○承前。無題。】
何故か 浮世空に 巡來て 西を月日の 指して行くらむ
法印隆辨
0621 【○承前。無題。】
歸出でて 後闇路を 照さなむ 心に宿る 山端月
前大僧正慈鎮
0622 【○承前。無題。】
入りぬとも 思はざらなむ 月影の 鷲高嶺に 遠く照せば
法務寬信
0623 法文百首歌詠侍けるに、菩薩清涼月、遊於畢竟空の心を
曇無く 虛しき空に 澄月も 心水に 宿る也けり
素覺法師
0624 仁王經之心を
儚くも 賴みける哉 始めより 在るにも非ぬ 世にこそ有りけれ
選子內親王
0625 恒順眾生
嬉しきも 辛きも異に 分れぬは 人に從ふ 心也けり
選子內親王
0626 題不知
我も無し 人も虛しと 思ひなば 何か此世の 障為るべき
赤染衛門
0627 小野宮堂に詣でて侍けるに、懺法之聲瀧音に類て心澄みければ詠侍ける
今宵こそ 身憂き雲も 晴れぬらめ 月澄む水に 影を宿して
康資王母
0628 上東門院御樣變りて後、八講行はれける捧物調じて奉るとて
唱ふなる 浪數には 非ずとも 如何で蓮の 露に掛からむ
右近大將藤原道綱母
0629 天王寺に詣でて詠侍ける
難波津に 人願を 滿潮は 西を指してぞ 契置きける
前大僧正慈鎮
0630 同寺にて
白石の 玉手水を 手に汲みて 結ぶ契りの 末は濁らじ
前太政大臣 西園寺實氏
0631 彼寺に、戒師初めておくとて詠侍ける
今更に 保たば玉と 成りななむ 難波寺の 人忘貝
前太政大臣 西園寺實氏
0632 前大僧正慈鎮、天台座主に成りて、勸學講と云ふ事を興行侍けるを聞きて遣はしける
磨くなる 玉光の 甲斐有らば 君が御山の 道は曇らじ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0633 日吉十禪師宮に詠みて奉ける歌中に
法に逢ひて 世に有難き 悟有り 心に言ひて 人に語らじ
前大僧正慈鎮
0634 【○承前。於日吉十禪師宮奉詠歌中。】
山風に 法燈火 消たで見よ 穢す塵をば 吹拂ふとも
前大僧正慈鎮