續後撰和歌集 卷第八 冬歌
0457 道助法親王家五十首歌に、朝時雨
冬來ぬと 言ふ許にや 神無月 今朝は時雨の 降增さりつつ
藤原信實朝臣
0458 冬初之歌とて
冬來て 時雨るる時ぞ 神奈備の 杜木葉も 降始めける
藤原光俊朝臣
0459 【○承前。初冬之歌。】
東屋の 餘りにも降る 時雨哉 誰かは知らぬ 神無月とは
西行法師 佐藤義清
0460 【○承前。初冬之歌。】
草葉に 結びし露の 今朝見れば 何時しか霜に 成りにける哉
大炊御門右大臣 藤原公能 德大寺公能
0461 【○承前。初冬之歌。】
紅葉の 降隱してし 我が宿に 道も惑はず 冬は來にけり
土御門院御製
0462 【○承前。初冬之歌。】
神無月 時雨るる頃と 云ふ事は 間無く木葉の 降れば也けり
正三位 藤原知家
0463 百首歌召されし次に、初冬時雨
冬來ては 衣干す云ふ 隙も無く 時雨るる空の 天香具山
太上天皇 後嵯峨院
0464 題知らず
片岡の 朝明風も 吹返へて 冬景色に 散る木葉哉
前內大臣 藤原基家 九條基家
0465 【○承前。無題。】
吹變る 嵐ぞ著き 常磐山 由緣無き色に 冬は見えねど
前內大臣 衣笠家良
0466 【○承前。無題。】
色變る 柞梢 如何為らむ 石田小野に 時雨降る也
後鳥羽院御製
0467 【○承前。無題。】
外山為る 柾木葛 冬暮れは 深くも色の 成增さる哉
和泉式部
0468 【○承前。無題。】
木葉散る 嵐風の 吹く頃は 淚さへこそ 落增さりけれ
相模
0469 【○承前。無題。】
誰か復 槙板屋に 寢覺して 時雨音に 袖濡らすらむ
寂然法師
0470 【○承前。無題。】
時雨かと 寢覺床に 聞ゆるは 嵐に堪へぬ 木葉也けり
西行法師 佐藤義清
0471 紅葉浮水と云へる心を
木梢をや 峰嵐の 渡るらむ 紅葉柵む 山川水
八條太政大臣 藤原實行
0472 延喜七年、大井川に行幸時
紅葉の 落ちて流るる 大井川 瀨瀨柵み 掛けも留めなむ
坂上是則
0473 名所歌奉ける時
大井川 稀行幸に 年經ぬる 紅葉舟路 跡は有けり
前中納言 藤原定家
0474 家百首歌詠侍けるに
大井川 風柵み 掛けてけり 紅葉筏 行遣らぬ迄
洞院攝政左大臣 藤原教實 九條教實
0475 落葉之心を
山颪の 風無かりせば 我宿の 庭木葉を 誰拂はまし
藤原清輔朝臣
0476 【○承前。詠落葉之趣。】
踏分けて 更に訪ぬる 人も無し 霜に朽ちぬる 庭紅葉
皇太后宮大夫 藤原俊成女
0477 圓融院に一本菊奉るとて
時雨つつ 時降りにける 花為れど 雲居に移る 色は變らず
尚侍藤原灌子朝臣
0478 御返し
古を 戀ふる淚の 時雨にも 猶降難き 花とこそ見れ
圓融院御製
0479 後一條院御時、中宮齋院に行啟侍けるに、庚申夜、月照殘菊と云へる心を詠侍ける
色寒み 枝にも葉にも 霜降りて 有明月を 照す白菊
天冷夜色寒 無論其枝或其葉 霜降不留情 但有懸空有明月 惜照殘菊映儀白
權大納言 藤原長家
0480 建保六年內裏歌合、冬山霜
冬日も 餘所に暮行く 山蔭に 朝霜消たぬ 松下柴
前中納言 藤原定家
0481 題知らず
野邊に置く 露の名殘も 霜枯れぬ 徒なる秋の 忘形見に
大納言 源通具
0482 【○承前。無題。】
淺茅生の 下葉も今は 末枯れて 夜な夜な甚く 冴ゆる霜哉
藤原經平朝臣
0483 【○承前。無題。】
消ぬが上に 重ねて霜や 奧山の 夕日隱れの 谷下草
真昭法師
0484 【○承前。無題。】
霜凍る 門田面に 立鴫の 羽音も寒き 朝朗け哉
左近中將 藤原公衡
0485 【○承前。無題。】
風を疾み 苅田鴫の 臥詫びて 霜に數書く 明方空
惟明親王
0486 【○承前。無題。】
拂兼ね 憂寢に堪へぬ 水鳥の 羽易山も 霜や置くらむ
前內大臣 衣笠家良
0487 建保六年歌合、冬關月
風冴ゆる 夜半衣の 關守は 寢られぬ儘の 月や見るらむ
順德院御製
0488 千五百番歌合に
淡路島 波以て結へる 山端に 凍りて月の 冴渡る哉
前大納言 藤原忠良
0489 百首歌、召されし次に、豐明節會
天少女 玉裳裾引く 雲上の 豐明は 面影に見ゆ
太上天皇 後嵯峨院
0490 【○承前。奉召百首歌,詠豐明節會。】
月冴ゆる 豐明の 雲上に 乙女袖も 光添へつつ
權大納言 洞院實雄
0491 冬月
楸生ふる 清河原の 霜上に 重ねて冴ゆる 冬夜月
藤原經朝朝臣
0492 元久二年冬、月明かりける夜、和歌所殿上人伴ひて大井川に罷りて、河邊寒月と云ふ事を詠侍ける
空冴ゆる 桂里の 河上に 契有りてや 月も澄むらむ
藤原清範
0493 冬歌中に
小夜千鳥 浦傳行く 浪上に 傾く月も 遠離りつつ
醍醐入道太政大臣 藤原良平 九條良平
0494 文治頃、百首歌詠侍けるに
浦風や 永久に浪越す 濱松の 根に現れて 鳴く千鳥哉
前中納言 藤原定家
0495 題知らず
瀛浪 寄せ來る礒の 村千鳥 心為らずや 浦傳ふらむ
長覺法師
0496 【○承前。無題。】
結八川 岩下菅の 根に立てて 長夜飽かず 鳴く千鳥哉
行念法師
0497 【○承前。無題。】
難波江に 我が待舟は 漕來らし 御津濱邊に 千鳥鳴く也
佚名 讀人知らず
0498 和歌所にて、釋阿に九十賀給はせける時の屏風に
初瀨女の 白木綿花は 落ちも來ず 冰に堰ける 山川水
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0499 百首歌奉し時、池冰
甚復 誘はぬ水に 根を止めて 冰に閉づる 池浮草
後鳥羽院下野
0500 天曆御時、御屏風に
冰りぬる 池汀は 水鳥の 羽風に浪も 騷がざりけり
中務
0501 江邊冰と云へる心を
湊風 寒く吹くらし 鶴鳴く 奈吳入江に 冰居にけり
權中納言 藤原長方
0502 久安百首歌に、霰
然らぬだに 寢覺勝なる 冬夜を 楢枯葉に 霰降る也
左京大夫 藤原顯輔
0503 同心を
天川 冰を結ぶ 岩浪の 碎けて散るは 霰也けり
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0504 【○承前。詠同心。】
霰降る 賤が笹屋の そよさらに 一夜許の 夢をやは見る
前中納言 藤原定家
0505 題不知
夜を寒み 朝戶を開けて 今朝見れば 庭も斑に 雪降りにけり
人丸 柿本人麻呂
0506 【○承前。無題。】
高山の 巖に生ふる 菅根の 嶺も白妙に 降れる白雪
井手左大臣 橘諸兄
0507 【○承前。無題。】
大夫が 小坂道も 跡絕えて 雪降りにけり 衣鹿背山
權大納言 藤原公實
0508 【○承前。無題。】
手向山 紅葉幣は 散りにけり 雪白木綿 懸けぬ日ぞ無き
入道前攝政左大臣 九條道家
0509 道助法親王家五十首歌に、松雪
我が宿は 今朝降雪に 埋れて 松だに風の 音信もせず
前太政大臣 西園寺實氏
0510 【○承前。道助法親王家五十首歌,詠松雪。】
草原 枯にし人は 音もせで 在らぬ外山の 松雪折れ
從二位 藤原家隆
0511 西園寺入道前太政大臣家卅首歌中に
下折れの 音のみ杉の 徵にて 雪底なる 三輪山本
藤原信實朝臣
0512 雪歌とて
千早振る 三輪神杉 今更に 雪踏分けて 誰か訪ふべき
中納言 藤原資季 二條資季
0513 松枝に雪凍れるを折りて、人許に遣はすとて
奧山の 松葉に凍る 雪よりも 我が身世に經る 程ぞ悲しき
紫式部
0514 題知らず
冬山の 雪吹萎る 木枯しに 方も定めぬ 曉鐘
後鳥羽院御製
0515 千五百番歌合に
山里は 幾重か雪の 積るらむ 軒端に懸かる 松下折れ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0516 雪を
庭雪に 今日來む人を 哀とも 踏分けつべき 程ぞ待たれし
寂蓮法師
0517 【○承前。詠雪。】
消ぬが上に 然こそは雪の 積るらめ 名に古りにける 越白山
安嘉門院甲斐
0518 【○承前。詠雪。】
時知らぬ 山とは云へど 富士嶺の 深雪も冬ぞ 降增さりける
藤原基雅朝臣
0519 承曆四年內裏後番歌合に
難波潟 蘆葉凌ぎ 降雪に 昆陽篠屋も 埋れにけり
前中納言 大江匡房
0520 冬歌中に
夕去れば 潮風寒し 浪間より 見ゆる小島に 雪は降りつつ
鎌倉右大臣 源實朝
0521 海邊雪
降積る 雪吹返す 潮風に 現はれ渡る 松浦島
藤原光俊朝臣
0522 久安百首歌に
白妙の 雪吹下す 風越の 峰より出る 冬夜月
藤原清輔朝臣
0523 歲暮心を
白雪の 積れる年を 數ふれば 我身も共に 古りにける哉
待賢門院堀河
0524 【○承前。詠歲暮之趣。】
人問はぬ 都外の 雪中も 春隣に 近付きにけり
式子內親王
0525 【○承前。詠歲暮之趣。】
雪中に 遂に葉紅ぬ 松葉の 由緣無き山も 暮るる年哉
從二位 藤原家隆
0526 【○承前。詠歲暮之趣。】
年暮るる 鏡影も 白雪の 積れば人の 身さへ古りつつ
正三位 藤原知家
0527 道助法親王家五十首歌に、惜歲暮
思へども 甲斐無き御津の 渡守 送迎ふる 歲暮哉
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0528 千五百番歌合に
心有らば 杣山川の 筏師も 暫しは年の 暮を止めよ
按察使 藤原兼宗 中山兼宗
0529 太神宮に詠みて奉ける百首歌中に
如何に為む 獨昔を 戀兼ねて 老枕に 年暮れぬる
前大僧正慈鎮
0530 老後、歲暮に詠侍ける
中中に 昔は今日も 惜しかりき 年や歸ると 今は待つ哉
皇太后宮大夫 藤原俊成