續後撰和歌集 卷第七 秋歌下
0390 人人に百首歌召されし次に、擣衣
夜や寒き 倭文苧環 繰返し 賤しき閨に 衣擣也
太上天皇 後嵯峨院
0391 【○承前。召人人獻百首歌,詠擣衣。】
餘所ながら 寢ぬ夜の友と 知らせばや 獨や人の 衣擣つらむ
辨內侍
0392 後京極攝政家に、十首歌詠侍けるに
川風に 夜渡る月の 寒ければ 八十氏人も 衣擣也
前中納言 藤原定家
0393 名所歌召しける序に
雲居飛ぶ 雁羽風に 月冴えて 鳥羽田里に 衣擣也
後鳥羽院御製
0394 擣衣之心を
淺茅原 拂はぬ霜の 故鄉に 誰我が為と 衣擣つらむ
土御門院御製
0395 【○承前。詠擣衣之趣。】
小倉山 裾野里の 夕霧に 宿こそ見えね 衣擣也
順德院御製
0396 【○承前。詠擣衣之趣。】
烏羽玉の 夜風を寒み 故鄉に 獨在る人の 衣擣つらし
雅成親王
0397 【○承前。詠擣衣之趣。】
山鳥の 尾上里の 秋風に 長夜寒の 衣擣也
前內大臣 衣笠家良
0398 【○承前。詠擣衣之趣。】
夜を累ね 身に沁增さる 秋風を 恨顏にも 衣擣つ哉
正三位 藤原成實
0399 入道前攝政家歌合に、風前擣衣
吹下す 比良山風や 寒からむ 真野浦人 衣擣也
後鳥羽院下野
0400 秋歌中に
初霜の 故鄉寒き 秋風に 弛む時無く 擣衣哉
平重時朝臣
0401 海邊擣衣と云ふ事を
松島や 海人苫屋の 夕暮に 潮風寒み 衣擣也
權律師公猷
0402 千五百番歌合に
世と共に 灘鹽燒き 暇無み 浪寄るさへ 衣擣也
二條院讚岐
0403 題知らず
終夜 打ちも撓まず 唐衣 誰が為誰か 急ぐ成るらむ
良暹法師
0404 【○承前。無題。】
風音に 驚かれてや 吾妹子か 寢覺床に 衣擣つらむ
伊勢大輔
0405 忠義公家にて人人歌詠侍けるに
秋深く 成行く野邊の 蟲音は 聞人さへぞ 露氣かりける
紀時文
0406 蟲を
身憂きも 誰かは辛き 淺茅生に 恨みても無く 蟲聲哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0407 名所百首歌召しける序に
水莖の 岡淺茅の 蛬 霜降りはや 夜寒成るらむ
順德院御製
0408 秋歌中に
蟲音も 末枯初むる 淺茅生に 影さへ弱る 有明月
前太政大臣 西園寺實氏
0409 【○承前。秋歌之中。】
秋萩の 枝も撓に 霜置きて 寒き時にも 成りにける哉
佚名 讀人知らず
0410 【○承前。秋歌之中。】
秋去れば 妹に見せむと 植ゑし萩 露霜置きて 散りにけらしも
人丸 柿本人麻呂
0411 菊を詠侍ける
移ろはむ 色を見よとて 菊花 露も心を 置ける也けり
源公忠朝臣
0412 閏九月菊と云へる心を
大方の 秋よりも猶 長月の 餘る日數に 匂ふ白菊
從二位 藤原顯氏
0413 正治百首歌奉ける時
隱江の 杉綠は 變らねど 初瀨山は 色付きにけり
土御門內大臣 源通親
0414 題不知
秋山の 木葉も今は 紅變つつ 今朝吹く風に 霜置きにけり
人丸 柿本人麻呂
0415 【○承前。無題。】
鶉鳴く 裾野小萩 末枯れて 峰真拆ぞ 色付きにける
俊惠法師
0416 【○承前。無題。】
長月の 末原野の 初紅葉 時雨も堪へず 色付きにけり
法印良算
0417 【○承前。無題。】
初時雨 振放見れば 茜射す 三笠山は 紅葉しにけり
源家長朝臣
0418 建保五年四月庚申、秋朝
小倉山 時雨るる頃の 朝な朝な 昨日は薄き 四方紅葉
前中納言 藤原定家
0419 秋歌中に
雲懸かる 木梢色付く 初瀨山 時雨や秋の 錦織るらし
入道前攝政左大臣 九條道家
0420 建長二年九月、山中秋興と云ふ題にて詩歌を合せられし序に
古の 跡を尋ねて 小倉山 峰紅葉や 行きて折らまし
太上天皇 後嵯峨院
0421 九月十三夜十首歌合に、行路紅葉
玉鉾の 道行人の 袖色も 移る許に 染むる紅葉
權大納言 洞院實雄
0422 秋歌中に
晴曇り 時雨るる數は 知らねども 濡れて千入の 秋紅葉
藤原信實朝臣
0423 寬喜元年女御入內屏風に、紅葉
龍田山 餘所紅葉の 色にこそ 時雨れぬ松の 程も見えけれ
前大納言 藤原為家
0424 紅葉を
尋見む 今日も時雨は 信樂の 外山紅葉 色や增さると
從三位 源通氏
0425 【○承前。詠紅葉。】
奧山の 千入紅葉 色ぞ濃き 都時雨 如何染むらむ
土御門院御製
0426 【○承前。詠紅葉。】
時雨行く 雲極の 折からや 山錦も 色增さるらむ
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0427 法成寺入道前攝政、長月頃、宇治に罷れりけるに伴ひて、紅葉を折りて、都なる人許に送遣はすとて
見れど猶 飽かぬ紅葉の 散らぬ間は 此里人に 成りぬべき哉
從一位 源倫子
0428 返し
爰にだに 淺くは見えぬ 紅葉の 深山路を 思ひこそやれ
枇杷皇太后宮 藤原妍子
0429 寬平御時、后宮歌合歌
秋山は 韓紅に 成りにけり 幾入時雨 降りて染むらむ
佚名 讀人知らず
0430 秋歌中に
紅に 色取る山の 梢にぞ 秋深さも 先知られける
惠慶法師
0431 【○承前。秋歌之中。】
世と共に 萌えて年經る 伊吹山 秋は草木の 色に出でつつ
寂緣法師
0432 【○承前。秋歌之中。】
秋霧の 絕間に見ゆる 紅葉や 立遺したる 錦為るらむ
參議 平經盛
0433 建保二年內大臣家百首歌に、遠村紅葉
山本の 紅葉主 疎けれど 露も時雨も 程は見えけり
前中納言 藤原定家
0434 題知らず
散積る 紅葉に橋は 埋もれて 跡絕果つる 秋故鄉
土御門院御製
0435 【○承前。無題。】
音羽河 秋堰く水の 柵に 餘るも山の 木葉也けり
順德院御製
0436 【○承前。無題。】
秋深み 戶無瀨に瀧つ 紅葉は 名に立つ山の 嵐也けり
大藏卿 藤原有家
0437 百首歌奉し時、河紅葉
行水の 淵瀨も判ず 飛鳥河 秋紅葉の 色に出でつつ
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0438 題知らず
足引の 山路は秋そ 惑ひける 積れる紅葉 跡し無ければ
佚名 讀人知らず
0439 清慎公家屏風に
時雨降る 神無月こそ 近からし 山押並て 色付きにけり
紀貫之
0440 田家時雨と云へる心を詠侍ける
假葺きの 草庵の 隙を粗み 時雨と共に 山田をぞ守る
法性寺入道前關白太政大臣 藤原忠通
0441 題知らず
吹散らす 峰嵐ぞ 恨めしき 未秋果てぬ 可惜木葉を
藤原基俊
0442 建長二年九月、詩歌を合せられ侍し時、山中秋興
染めも堪へず 時雨るる儘に 手向山 紅葉を幣と 秋風ぞ吹く
前大納言 藤原為家
0443 秋歌中に
秋行く 山は手向の 名に舊りて 木葉や幣と 散紛ふらむ
藤原伊嗣朝臣
0444 【○承前。秋歌之中。】
嵐吹く 紅葉錦 神世より 秋手向の 色ぞ變らぬ
藤原親繼
0445 秋暮歌
風吹けば 幣と散交ふ 紅葉こそ 過行秋の 手向也けれ
藤原清正
0446 【○承前。秋暮歌。】
我為らぬ 人も嘸見む 長月の 有明月に 及じ哀れは
和泉式部
0447 【○承前。秋暮歌。】
類無く 心細しや 行秋の 少殘れる 有明月
殷富門院大輔
0448 【○承前。秋暮歌。】
如何に為む 競ふ木葉の 木枯しに 絕えず物思ふ 長月空
前中納言 藤原定家
0449 祐子內親王家歌合に
音に聞く 秋湊は 風に散る 紅葉舟の 渡也けり
紀伊
0450 百首歌奉し時、暮秋
幾秋か 暮れぬと許 惜しむらむ 霜降果つる 身をば忘れて
前大納言 近衛基良
0451 【○承前。奉百首歌時,暮秋。】
暫しだに 猶立歸れ 真葛原 末枯れて行く 秋別路
權大納言 洞院實雄
0452 秋暮歌とて
初霜の 古幹小野の 真葛原 末枯れてのみ 歸る秋哉
藤原教雅朝臣
0453 【○承前。秋暮歌。】
紅葉を 風に委する 手向山 幣も取敢へず 秋は去ぬめり
藤原信實朝臣
0454 【○承前。秋暮歌。】
山路をば 送りし月も 有物を 捨てても暮るる 秋空哉
皇太后宮大夫 藤原俊成
0455 堀河院に百首歌奉ける時
偶然に 逢ひて別れし 人よりも 增さりて惜しき 秋暮哉
祐子內親王家紀伊
0456 題知らず
紅葉に 道は埋れて 跡も無し 何處よりかは 秋行くらむ
素性法師