續後撰和歌集 卷第六 秋歌中
0310 是貞親王家歌合に
天原 宿かす人の 無ければや 秋來る雁の 音をば鳴くらむ
壬生忠岑
0311 題不知
秋霧に 妻惑はせる 雁音の 雲隱行く 聲聞ゆる
中納言 大伴家持
0312 【○承前。無題。】
天空 雲極の 秋風に 誘はれ渡る 初雁聲
前內大臣 衣笠家良
0313 前太政大臣家に、十五首歌詠侍ける時
縱然らば 越路を旅と 言ひなさむ 秋は都に 歸る雁音
右近大將 西園寺公相
0314 題不知
今朝朝明 雁音寒み 鳴く共に 野邊淺茅ぞ 色付きにける
聖武天皇御製
0315 堀河院御時、百首歌奉ける時、霧
吉野川 渡も見えぬ 夕霧に 梁瀨浪の 音のみぞする
權大納言 源師賴
0316 西園寺入道前太政大臣家卅首歌詠侍けるに、秋歌
朝日射す 高嶺深雪 空晴れて 立ちも及ばぬ 富士川霧
從二位 藤原家隆
0317 題不知
朝日出でて 空より晴るる 河霧の 絕間に見ゆる 遠山本
後鳥羽院御製
0318 【○承前。無題。】
立籠めて 其處とも知らぬ 山本の 霧上より 明くる東雲
後久我太政大臣 源通光
0319 【○承前。無題。】
須磨浦の 苫屋も知らぬ 夕霧に 絕え絕え照す 海士漁火
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0320 建保二年、秋十首歌召しける次に
敷島や 高圓山の 秋風に 雲無き峰を 出づる月影
後鳥羽院御製
0321 百首歌奉りし時、山月
天空 清夕の 秋風に 山端昇る 月を見る哉
前太政大臣 西園寺實氏
0322 月歌中に
心こそ 行方も知らね 秋風に 誘はれ出づる 月を眺めて
如願法師
0323 【○承前。月歌之中。】
天原 同岩戶を 孰ども 光異なる 秋夜月
西行法師 佐藤義清
0324 長承二年、內裏にて、月不如秋と云へる心を人人詠侍けるに
世と共に 同雲居の 月為れど 秋は光ぞ 照增さりける
德大寺左大臣 德大寺實能
0325 月歌數多詠侍ける中に
天川 雲の水脈行く 月影を 堰入れて映す 宿池水
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0326 家屏風に
雲路より 水底迄に 澄月は 上下照す 鏡とぞ見る
法成寺入道前攝政太政大臣 藤原道長
0327 【○承前。家屏風上。】
曇無き 空鏡と 見る迄に 秋夜長く 照す月影
紫式部
0328 題知らず
三笠山 峰より出る 月影の 天空にも 照增さる哉
京極前關白太政大臣 藤原師實
0329 建保四年百首歌召しける序に
久堅の 月影清し 天原 雲居を渡る 夜半秋風
後鳥羽院御製
0330 正治百首歌奉ける時
天風 研きて渡る 久堅の 月都に 玉や敷くらむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0331 月歌中に
月清み 都秋を 見渡せば 千里に敷ける 冰也けり
皇太后宮大夫 藤原俊成
0332 八月十五夜に詠侍ける
名に立てて 秋半ばは 今宵ぞと 思顏なる 月影哉
寂然法師
0333 入道前攝政家、八月十五夜歌合に、名所月
初瀨山 弓槻下も 現れて 今宵月の 名こそ隱れね
後鳥羽院下野
0334 賀茂重保歌合に詠みて遣はしける
昔より 同御空の 月為れど 秋例や 今宵成るらむ
前大納言 藤原經房 吉田經房
0335 二條關白太政大臣家、八月十五夜歌合に
如此許 清けき影は 古の 秋空にも 非じとぞ思ふ
周防內侍
0336 花山院に歌召されける時
行末も 今宵月を 思出て 清けかりきと 人に語らむ
戒秀法師
0337 昌泰四年八月十五夜歌合歌
月影の 初霜とのみ 見ゆればや 甚夜寒に 成增さるらむ
佚名 讀人知らず
0338 題知らず
秋田の 頻に押靡み 吹風に 月以て琢く 露白玉
後鳥羽院御製
0339 河上月と云へる心を
駒止る 檜隈川の 底清み 月さへ影を 映しつる哉
權中納言 藤原長方
0340 駒迎之心を
逢坂の 關立出る 影見れば 今宵ぞ秋の 望月駒
大藏卿 源雅具
0341 建保四年百首歌に
秋月 河音澄みて 明かす夜に 遠方人の 誰を訪ふらむ
前中納言 藤原定家
0342 建仁元年八月十五夜和歌所撰歌合に、河月似冰と云へる事を
月影は 冰と見えて 吉野川 岩越す浪に 秋風ぞ吹く
嘉陽門院越前
0343 正治百首歌に
辛崎や 鳰照る沖に 雲消えて 月冰に 秋風ぞ吹く
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0344 九月十三夜十首歌合に、昔長柄橋橋柱にて造りたる文台にて講せられ侍し時、名所月
月も猶 長柄に朽ちし 橋柱 在とや此處に 住渡るらむ
太上天皇 後嵯峨院
0345 【○承前。九月十三夜十首歌合,侍講昔長柄橋橋柱所造文台時,詠名所月。】
秋夜は 須磨關守 住替へて 月や行來の 人留むらむ
左衛門督 源通成
0346 【○承前。九月十三夜十首歌合,侍講昔長柄橋橋柱所造文台時,詠名所月。】
問へかしな 蘆屋里の 晴るる夜に 我が住む方の 月は如何にと
少將內侍
0347 題不知
澄月も 幾世に成りぬ 難波潟 古都の 秋浦風
前內大臣 藤原基家 九條基家
0348 十首歌合に、海邊月と云へる心を詠ませ給ける
鹽竈の 浦煙は 絕えにけり 月見むとての 海士仕業に
太上天皇 後嵯峨院
0349 【○承前。於十首歌合,詠海邊月之趣。】
真澄鏡 敏馬浦は 名のみして 同影なる 秋夜月
藤原為教朝臣
0350 【○承前。於十首歌合,詠海邊月之趣。】
須磨海人の 潮垂れ衣 干し遣らで 宛ら宿す 秋夜月
源俊平
0351 月歌中に
里海人の 浪掛け衣 夜さへや 月にも秋は 藻鹽垂るらむ
蓮生法師
0352 【○承前。月歌之中。】
玉拾ふ 由良湊に 照月の 光を添へて 寄する白浪
平重時朝臣
0353 【○承前。月歌之中。】
都にて 如何に語らむ 紀國や 吹上濱の 秋夜月
藤原基綱
0354 九月十三夜十首歌合に、名所月
瀛風 吹上濱の 白妙に 猶澄昇る 秋夜月
權大納言 洞院實雄
0355 入道前攝政家歌合に、同心を
幾返り 須磨浦人 我が為の 秋とは無しに 月を見るらむ
後堀河院民部卿典侍
0356 十首歌合に、海邊月
難波潟 海人栲繩 長しとも 思ひぞ果てぬ 秋夜月
右近大將 源通忠 久我通忠
0357 題知らず
明石潟 海士苫屋の 煙にも 暫しぞ曇る 秋夜月
順德院御製
0358 【○承前。無題。】
訪人も 有らじと思ふを 三輪山 如何に澄むらむ 秋夜月
藻璧門院少將
0359 九月十三夜十首歌合に、名所月
餘所に見し 雲だにも無し 葛城や 嵐吹夜の 山端月
前參議 藤原忠定 中山忠定
0360 【○承前。九月十三夜十首歌合,詠名所月。】
秋每に 慰難き 月ぞとは 馴れても知るや 姨捨山
參議 藤原為氏 二條為氏
0361 【○承前。九月十三夜十首歌合,詠名所月。】
時知らぬ 雪に光や 冴えぬらむ 富士高嶺の 秋夜月
藤原教定朝臣
0362 田家月
秋田の 露敷く床の 稻蓆 月宿とも 守る庵哉
後鳥羽院下野
0363 【○承前。田家月。】
引植ゑし 御戶代小田に 庵締めて 穗に出づる秋の 月を見る哉
祝部成茂
0364 同心を詠める
終夜 庵守る賤は 秋田の 寢難てにのみ 月や見るらむ
法印耀清
0365 題不知
何をかは 世に經る甲斐と 思はまし 天照る秋の 月見ざりせば
刑部卿 藤原範兼
0366 【○承前。無題。】
何處にか 思事をも 忍ぶべき 隈無く見ゆる 秋夜月
相模
0367 【○承前。無題。】
誰とかも 積れる秋を 語らまし 獨軒端の 月を眺めて
藤原仲實朝臣
0368 正治百首歌中に
憂身をも 思ひ莫捨てそ 秋月 昔より見し 友為らぬかは
前大納言 藤原隆房
0369 月歌中に
昔だに 猶故鄉の 秋月 知らず光の 幾巡とも
前中納言 藤原定家
0370 【○承前。月歌之中。】
世憂きに 一方為らず 浮行く 心定めよ 秋夜月
西行法師 佐藤義清
0371 【○承前。月歌之中。】
眺むれば 見し世の秋も 忘られず 月に昔の 影や添ふらむ
正三位 藤原知家
0372 【○承前。月歌之中。】
古の 形見と無しの 月色も 三十暮ぬる 秋ぞ悲しき
入道二品親王道助
0373 【○承前。月歌之中。】
曇れとや 老淚も 契けむ 昔より見る 秋夜月
藤原信實朝臣
0374 【○承前。月歌之中。】
老となる 辛さは知りぬ 然りとて 背かれ無くに 月を見る哉
藤原信實朝臣
0375 【○承前。月歌之中。】
秋月 眺め眺めて 老いが世も 山端近く 傾きにけり
源家長朝臣
0376 題不知
秋夜の 長思を 如何為む 月に慰む 心為らずは
土御門院小宰相
0377 【○承前。無題。】
秋夜も 稍更けにけり 山鳥の 尾ろの初尾に 懸かる月影
土御門院御製
0378 建保二年、秋十首歌奉けるに
忍侘び 小野篠原 置露に 餘りて誰を 松蟲聲
從二位 藤原家隆
0379 秋歌中に、蟲を
身に知れば 夜鳴く蟲ぞ 哀為る 浮世を秋の 長思に
前大納言 藤原忠良
0380 【○承前。秋歌中,詠蟲。】
置露の 阿太大野の 真葛原 裏見顏なる 松蟲聲
後鳥羽院御製
0381 【○承前。秋歌中,詠蟲。】
淺茅生の 秋夕の 蟋蟀 音に鳴きぬべき 時は知りけり
藤原信實朝臣
0382 【○承前。秋歌中,詠蟲。】
人問はぬ 淺茅原の 秋風に 心長くも 松蟲鳴く
土御門院御製
0383 百首歌奉し時、曉蟲
心して 甚莫鳴きそ 蟋蟀 託言がましき 老の寢覺に
後鳥羽院下野
0384 題知らず
蟋蟀 長恨みを 菅根の 思亂れて 泣かぬ夜ぞ無き
正三位 藤原知家
0385 【○承前。無題。】
哀にも 枕下の 蟋蟀 六十夢の 寢覺をぞ問ふ
法印幸清
0386 【○承前。無題。】
遙かなる 聲許して 蟋蟀 寢無くに秋の 夜を明しつる
壬生忠見
0387 【○承前。無題。】
秋田の 庵に更ける 苫を荒み 漏來る露の 彌は寢らるる
和泉式部
0387b 【○承前。無題。】
秋夜は 山田庵 稻妻の 光のみこそ 守明しけれ
紫式部
0388 【○承前。無題。】
晚稻干す 山田秋の 假枕 慣らはぬ程の 袖露哉
式子內親王
0389 正治百首歌に
吹萎る 野邊草葉の 如何為らむ 袖だに堪へぬ 秋嵐に
從二位 藤原家隆