續後撰和歌集 卷第五 秋歌上
0238 初秋之心を
此寢ぬる 朝明風の 娘子兒が 袖振る山に 秋や來ぬらむ
後鳥羽院御製
0239 【○承前。初秋之心。】
風音に 今日より秋の 龍田姬 身に沁む色を 如何で染むらむ
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0240 千五百番歌合に
濱風に 涼しく靡く 夏草の 野島崎に 秋は來にけり
大藏卿 藤原有家
0241 寬喜元年女御入內屏風に、海邊秋風
海原 朝滿潮の 彌增しに 涼しく成りぬ 秋初風
正三位 藤原知家
0242 初秋之心を詠侍ける
今更に 聞けば物こそ 悲しけれ 兼ねて思ひし 秋初風
藤原隆信朝臣
0243 久安百首歌に、秋初之歌
何時しかと 今朝吹く風の 身に沁みて 秋色にも 成りにける哉
大炊御門右大臣 藤原公能 德大寺公能
0244 清慎公家屏風に
何時も吹く 風とは聞けど 荻葉の 戰ぐ音にぞ 秋は來にける
紀貫之
0245 題知らず
眺めつつ 過ぐる月日も 知らぬ間に 秋景色に 成りにける哉
小野小町
0246 【○承前。無題。】
荻葉ぞ 風に亂れて 音すなる 物思ふ程に 秋や來ぬらむ
山田法師
0247 九月十三夜、十首歌合に、初秋露
置露は 草葉上と 思ひしに 袖さへ濡れて 秋は來にけり
辨內侍
0248 名所歌奉ける時
秋とだに 吹堪へぬ風に 色變る 生田杜るの 露下草
前中納言 藤原定家
0249 建曆二年、松尾社歌合に、初秋風
新玉の 今年も半ば 徒に 淚數添ふ 荻上風
前中納言 藤原定家
0250 建保三年五首歌合に、行路秋
玉鉾の 道も宿も 白露に 風吹頻く 小野篠原
從二位 藤原家隆
0251 題知らず
今よりの 秋夜風や 如何ならむ 今朝だに葛の 裏見顏なる
寂蓮法師
0252 【○承前。無題。萬葉集2041。】
秋風の 吹漂はす 白雲は 織女の 天領巾哉
蕭瑟秋風之 所吹漂蕩白雲者 蓋為織機女 惜別揮舞送良人 六銖天之領巾哉
佚名 讀人知らず
0253 【○承前。無題。】
一歲に 唯今宵こそ 七夕の 天河原に 渡ると云ふなれ
山邊赤人
0254 【○承前。無題。】
久堅の 天川邊に 舟寄せて 今宵か君が 渡來坐さむ
山上憶良
0255 寬和二年內裏歌合に
七夕の 如何に定めて 契りけむ 逢事難き 心長さを
堀河右大臣 藤原賴宗
0256 七夕之心を
天川 淺瀨踏間に 更くる夜を 怨みて渡る 鵲橋
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0257 【○承前。詠七夕之趣。】
小寢る夜の 天川原の 岩枕 攲て堪へず 明けぞしにける
前大納言 藤原隆季
0258 【○承前。詠七夕之趣。】
秋も尚 天川原に 立浪の 寄るぞ短き 星合空
土御門院御製
0259 【○承前。詠七夕之趣。】
天川 水蔭草の 露間に 偶偶來ても 明けぬ此夜は
入道前攝政左大臣 九條道家
0260 【○承前。詠七夕之趣。】
天川 霧立渡る 七夕の 雲衣の 翻る袖哉
人丸 柿本人麻呂
0261 八日之朝、詠ませ給ける
彥星の 別れて後の 天川 惜しむ淚に 水增さるらし
延喜御製 醍醐帝
0262 同じく詠侍ける
七夕の 淚や添へて 返すらむ 我衣手の 今朝は露けき
嘉陽門院越前
0263 七月七日夜、小辨上東門院に參りて、明くる朝、出でけるに遣はしける
七夕の 逢ひて別るる 歎きをも 君故今朝ぞ 思知りぬる
小式部內侍
0264 返し
銀河 逢瀨稀なる 七夕に 比ふ許の 契やはせし
小辨
0265 題知らず
織女の 別れし日より 秋風の 夜每に寒く 成增さる哉
源重之
0266 九月十三夜、十首歌合に、山家秋風
垣廬なる 山の下柴 打靡き 人は訪せて 秋風ぞ吹く
少將內侍
0267 文治六年女御入內屏風に
住吉の 松末より 響來て 遠里小野に 秋風ぞ吹く
後德大寺左大臣 德大寺實定
0268 建保二年內裏秋十首歌合に、秋風
今よりの 萩下葉も 如何為らむ 先寢難の 秋風ぞ吹く
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0269 秋露
乙女子が 袖振る山の 玉蔓 亂れて靡く 秋白露
從二位 藤原家隆
0270 題知らず
古の 秋を戀ふとて 終夜 置明しつる 袖露哉
中務卿具平親王
0271 【○承前。無題。】
荻葉に 玉貫散す 朝露を 宛ら消たで 見由欲得
藤原基俊
0272 【○承前。無題。】
草葉に 置始めしより 白露の 袖外なる 夕暮ぞ無き
順德院御製
0273 建保四年內裏百番歌合に
等閑の 小野淺茅に 置露も 草葉に餘る 秋夕暮
前中納言 藤原定家
0274 題知らず
何事を 如何に思ふと 無けれども 袂乾かぬ 秋夕暮
西行法師 佐藤義清
0275 【○承前。無題。】
憂物と 思取りても 懲ず間に 復眺めつる 秋夕暮
雅成親王
0276 【○承前。無題。】
眺むるに 濡るる袂を 怨みても 身咎為らぬ 秋夕暮
藻璧門院少將
0277 【○承前。無題。】
捨果てて あればある世の 習ひにも 猶物思ふ 秋夕暮
源家清
0278 入道前攝政家に、秋卅首歌詠侍けるに、詠みて遣はしける
時判ず 何時も夕は ある物を 秋しも何どて 悲しかるらむ
權大納言 洞院實雄
0279 薄を
花薄 穗に出づる秋の 夕暮は 招かぬにだに 過ぐる物かは
權僧正範玄
0280 【○承前。詠芒。】
武士の 矢田野薄 打靡き 牡鹿妻喚ぶ 秋は來にけり
寂延法師
0281 【○承前。詠芒。】
白露は 結置けども 花薄 草袂は 綻びにけり
二條太皇大后宮大貳 藤原宗子
0282 鳥羽院御時、前栽合に
花薄 招かざりせば 如何にして 秋野風の 方を知らまし
大藏卿 源行宗
0283 題知らず 【○拾遺集0164。】
秋野の 花名立てに 女郎花 狩にのみ來る 人に折らる莫
伊勢
0284 辨乳母嵯峨野花見に罷れりけるに遣はしける
露ながら 折りてを歸れ 女郎花 嵯峨野花も 見ぬ人の為
陽明門院 禎子內親王
0285 秋歌中に
白露の 色取る木木は 遲けれど 萩下葉ぞ 秋を知りける
式子內親王
0286 鳥羽殿、八月十五夜歌合に、野草花
置露も 哀れは掛けよ 春日野に 殘る古枝の 秋萩花
前太政大臣 西園寺實氏
0287 九月十三夜、十首歌合に、朝草花
忘れずよ 朝淨めする 殿守の 袖に移りし 秋萩花
太上天皇 後嵯峨院
0288 【○承前。九月十三夜,於十首歌合,詠朝草花。】
露ながら 見せばや人に 朝な朝な 移ふ庭の 秋萩花
土御門院小宰相
0289 題不知
故鄉の 萩下葉も 色付きぬ 露のみ深き 秋恨に
權大納言 藤原忠信 坊門忠信
0290 【○承前。無題。】
深山には 牡鹿鳴くなり 裾野為る 本荒小萩 花や咲くらむ
源家長朝臣
0291 久安百首歌に
妻戀ふる 淚成りけり 小壯鹿の 柵む萩に 置ける白露
藤原實清朝臣
0292 名所歌奉ける時
移堪へぬ 花千草に 亂れつつ 風上なる 宮城野露
前中納言 藤原定家
0293 建保二年、秋歌奉けるに
鷂鷹の 初狩衣 露分けて 野原萩の 色ぞ移ふ
從二位 藤原家隆
0294 秋歌中に
鶉鳴く 小野秋萩 打靡き 玉貫く露の 置かぬ日は無し
前內大臣 衣笠家良
0295 【○承前。秋歌中。】
露深き 秋野原の 狩衣 濡れてぞ染むる 萩が花摺
藤原隆祐朝臣
0296 堀河院百首歌奉ける時、鹿
朝露に 移ひぬべし 小壯鹿の 胸別けにする 秋萩原
藤原基俊
0297 鹿歌とて
朝な朝な 露に折伏す 秋萩の 花踏拉き 鹿ぞ鳴くなる
鎌倉右大臣 源實朝
0298 【○承前。詠鹿歌。】
高砂の 尾上風や 寒からむ 裾野原に 鹿ぞ鳴くなる
藤原清輔朝臣
0299 後朱雀院未だ東宮と申ける時、聞鹿聲と云へる心を人人詠侍けるに
妻戀ふる 鹿ぞ鳴くなる 小倉山 峰秋風 寒く吹くらし
權大納言 藤原長家
0300 千五百番歌合に
日影射す 岡邊松の 秋風に 夕暮掛けて 鹿ぞ鳴くなる
後鳥羽院御製
0301 建保四年內裏百番歌合に
足引の 山雫に 立濡れて 妻戀すらし 鹿ぞ鳴くなる
從二位 藤原家隆
0302 入道前攝政家秋卅首歌中に
秋風に 妻戀すらし 足引の 山尾上の 小壯鹿聲
前關白左大臣 二條良實
0303 曉鹿と云ふ事を、殿上人仕奉ける序に
秋夜の 長き思ひや 通ふらむ 同寢覺の 小壯鹿聲
太上天皇 後嵯峨院
0304 百首歌奉し時、夜鹿
獨寢は 長き習の 秋夜を 明兼ねてや 鹿も鳴くらむ
中納言 藤原資季 二條資季
0305 【○承前。奉百首歌時,夜鹿。】
秋風に 妻待山の 夜を寒み 然こそ尾上の 鹿は鳴くらめ
藤原信實朝臣
0306 山鹿と云ふ事を
小倉山 暮るる夜每に 秋風の 身に寒しとや 鹿鳴くらむ
藤原經定朝臣
0307 秋歌中に
秋來れば 千千に思の 長夜を 月に恨みて 鹿も鳴也
源資平朝臣
0308 【○承前。秋歌之中。】
枯果てむ 後迄辛き 秋草に 深くや鹿の 妻を戀ふらむ
藻璧門院少將
0309 建保二年、秋十首歌奉ける時
高砂の 外にも秋は 有物を 我が夕暮と 鹿は鳴也
前中納言 藤原定家