續後撰和歌集 卷第四 夏歌
0168 百首歌奉し時、首夏
立變る 今日は卯月の 初めとや 神御室に 榊採るらむ
右近大將 西園寺公相
0169 【○承前。奉百首歌時,首夏。】
榊葉に 卯月御標 引掛けて 御室山は 神祭る也
藤原行家朝臣
0170 夏歌中に
卯花の 浪柵 掛添へて 名にも越えたる 玉川里
皇太后宮大夫 藤原俊成
0171 亭子院歌合時歌
孰をか 其とも判む 卯花の 咲ける垣根を 照す月影
佚名 讀人知らず
0172 題知らず
誰が里に 先聞きつらむ 郭公 夏は所も 判ず來ぬるを
和泉式部
0173 【○承前。無題。】
生憎に 聞か真欲きは 時鳥 偲ぶる程の 初音成りけり
小辨
0174 【○承前。無題。】
時鳥 豫てし契る 物為らば 鳴かぬ夜さへは 待たれざらまし
藤原清正
0175 洞院攝政家百首歌に、郭公を
鳴きぬべき 夕空を 時鳥 待たれむとてや 難面かるらむ
前內大臣 藤原基家 九條基家
0176 百首歌奉し時、待郭公と云へる心を
我ぞ先 言問渡る 郭公 人傳にだに 猶待たれつつ
權大納言 洞院實雄
0177 卯月朔頃、內より女房伴ひて時鳥聞きにとて、西園寺に罷れりけるに、初聲聞きて詠侍ける
郭公 尋ねに來つる 山里の 待つに甲斐有る 初音をぞ聞く
前太政大臣 西園寺實氏
0178 玆を聞きて詠侍ける
雲居より 尋ねざりせば 時鳥 初音も山の 峽や鳴からむ
辨內侍
0179 家に百首歌詠侍けるに、郭公
時鳥 思ひも寄らぬ 一聲は 寢ぬ我さへに 驚かれけり
後法性寺入道前關白太政大臣 藤原兼實 九條兼實
0180 宇治に住侍ける頃、都なる人のもとに遣はしける
里慣れぬ 山時鳥 語らふに 都人の 何どか音せぬ
宇治前關白太政大臣 藤原賴通
0181 返し
京には 如何許かは 待侘る 山郭公 語らひし音を
祐子內親王家紀伊
0182 四月許、道命法師山寺に侍けるに遣はしける
山深く 鳴くらむ聲を 時鳥 聞くに增さりて 思ひこそ遣れ
赤染衛門
0183 高陽院歌合に、初時鳥と云ふ事を
聞きつとも 如何語らむ 郭公 覺束無しや 夜半一聲
藤原正家朝臣
0184 夏歌中に
一聲に 明くる習の 短夜も 待つに久しき 時鳥哉
平政村朝臣
0185 【○承前。夏歌之中。】
諸共に 誘ひて出よ 郭公 待つ山端の 有明月
法印覺寬
0186 題知らず
卯花の 咲散る岡の 郭公 月夜良しとや 過難に鳴く
大納言 源通方 中院通方
0187 【○承前。無題。】
今來むと 言はぬ許ぞ 子規 有明月の 叢雲空
順德院御製
0188 時鳥曉過と云へる心を詠侍ける
天戶を 押明方の 郭公 何方を指して 鳴渡るらむ
大藏卿 源行宗
0189 久安百首歌奉ける時
待程に 囮やはする 杜鵑 唯一聲の 飽かぬ辛さは
待賢門院堀河
0190 中納言行平家歌合に
夏深き 山里為れど 時鳥 聲は繁くも 聞えざりけり
佚名 讀人知らず
0191 陸奧國の任に侍ける頃、五月迄時鳥聞かざりければ、都なる人に便りに付けて申遣はしける
都には 聞古りぬらむ 郭公 關此方の 身こそ辛けれ
藤原實方朝臣
0192 返し
時鳥 勿來關の 無かりせば 君が寢覺に 先づぞ聞かまし
佚名 讀人知らず
0193 題知らず
暮掛かる 山田早苗 雨過ぎて 取敢へず鳴く 郭公哉
後鳥羽院御製
0194 建保三年五首歌合に、夕早苗
里遠き 田中杜の 夕日影 移りも堪へず 採る早苗哉
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0195 早苗を
早苗採る 伏見里に 雨過ぎて 向山に 雲ぞ懸かれる
土御門院御製
0196 【○承前。採早苗。】
峯松 入日涼しき 山蔭の 裾野小田に 早苗採る也
順德院御製
0197 【○承前。採早苗。】
今は又 皐月來ぬらし 石上 布瑠荒田に 早苗採る也
右兵衛督 藤原基氏 園基氏
0198 百首歌奉し時、同心を
山蔭の 小田注連繩 長日の 暮掛かる迄 取る早苗哉
前內大臣 藤原基家 九條基家
0199 【○承前。奉百首歌時,詠同心。】
今日幾日 濡添ふ袖を 干し遣らで 下立つ田子の 早苗採るらむ
少將內侍
0200 十首歌合に、五月郭公と云へる心を詠ませ給ける
里馴れて 今ぞ鳴くなる 時鳥 五月を人は 待つべかりけり
太上天皇 後嵯峨院
0201 【○承前。於十首歌合,詠五月郭公之趣。】
人知れず 待たれし物を 五月雨の 空に降りぬる 時鳥哉
權大納言 藤原公基 西園寺公基
0202 題知らず
諸共に 鳴くや皐月の 時鳥 晴れぬ思ひの 雲極に
從三位 源泰光
0203 【○承前。無題。】
搔闇す 憂身も同じ 時鳥 長鳴く里の 五月雨頃
權大納言 藤原忠信 坊門忠信
0204 【○承前。無題。】
幾歲か 鳴振るしてし 時鳥 神奈備山の 五月雨空
從二位 藤原家隆
0205 夏歌之中に
五月雨は 淺澤小野の 名のみして 深く成行く 忘水哉
前大納言 藤原隆房
0206 【○承前。夏歌之中。】
五月語の 日數增されば 飛鳥川 汗ら淵に 成りにける哉
太宰大貳 藤原重家
0207 【○承前。夏歌之中。】
天川 遠渡りに 成りにけり 交野御野の 五月雨頃
前大納言 藤原為家
0208 正治百首歌奉ける時
見渡せば 末堰湧くる 高瀨川 一つに成りぬ 五月雨頃
源師光
0209 建保四年百首歌中に
干堪へぬ 頃も經にけり 河社 頻に浪越す 五月雨頃
僧正行意
0210 五月雨を
五月雨は 津田細江の 澪標 見えぬも深き 兆也けり
覺盛法師
0211 【○承前。詠五月雨。】
下草は 末葉許に 成りにけり 浮田杜の 五月雨頃
皇太后宮大夫 藤原俊成
0212 建保二年內裏百番歌合に
滿潮の 唐荷島に 玉藻苅る 雨間も見えぬ 五月雨頃
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0213 【○承前。建保二年內裏百番歌合。】
五月雨の 雲之晴間を 待ちえても 月見る程の 夜半ぞ少なき
順德院御製
0214 寬平御時、后宮歌合歌
夏夜は 水增さればや 天川 流るる月の 影も留めぬ
佚名 讀人知らず
0215 題知らず
暮るかと 見る程も無く 明けにけり 惜しみも堪へぬ 夏夜月
修理大夫 藤原顯季
0216 【○承前。無題。】
夏夜の 天岩戶は 明けにけり 月光の 射す程も無く
大炊御門右大臣 德大寺公能
0217 【○承前。無題。】
鵲の 雲之懸橋 程や無き 夏夜渡る 山端月
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0218 【○承前。無題。】
難波為る 御津とも言はじ 蘆根の 短き夜半の 十六夜月
正三位 藤原知家
0219 鵜河を
篝射す 高瀨淀の 水馴棹 取敢へぬ程に 明くる空哉
藤原教雅朝臣
0220 夏歌中に
夏夜は 明くる程無き 槙戶を 待たで水雞の 何叩くらむ
惟明親王
0221 建保五年四月庚申に、夏曉
鳴きぬ也 木綿付鳥の 垂尾の 己にも似ぬ 夜半短さ
前中納言 藤原定家
0222 百首歌詠侍ける時
徒に 老いにける哉 憐我が 友とは知るや 森下草
殷富門院大輔
0223 百首歌奉し時、夏草
露結ぶ 籬に深き 夏草の 何とも無しに 言繁之身や
前太政大臣 西園寺實氏
0224 題知らず
夏山の 茂みに延へる 青葛 苦しや憂世 我身一つに
後鳥羽院御製
0225 堀河院に百首歌奉ける時
草深み 淺茅雜りの 沼水に 螢飛交ふ 夏夕暮
權大納言 源師賴
0226 建保四年百首歌に
夏深き 澤邊に茂る 苅菰の 思亂れて 行く螢哉
參議 飛鳥井雅經 藤原雅經
0227 亭子院歌合に
夏池に 寄邊定めぬ 浮草の 水より外に 行方も無し
佚名 讀人知らず
0228 崇德院御時、泉邊避暑と云ふ心を人人詠侍けるに
苔生す 岩蔭水 底清み 下には夏も 通はざりけり
按察使 藤原公通 西園寺公通
0229 千五百番歌合に
山姬の 瀧白絲 繰貯て 織云ふ布は 夏衣哉
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0230 正治百首歌奉ける時
然のみやは 山井清水 涼しとて 歸途も知らず 日を暮すべき
小侍從
0231 松下納涼と云ふ事を
松根の 岩漏る清水 堰止めて 掬ばぬ先に 風ぞ涼しき
源季廣
0232 題知らず
山里は 外面真葛 葉を茂み 裏吹返す 秋をこそ待て
西行法師 佐藤義清
0233 夏暮之歌
木綿懸けて 浪注連結ふ 河社 秋より先に 涼しかりけり
前中納言 大江匡房
0234 百首歌奉し時、六月祓を
夏暮るる 神奈備川の 瀨を速み 御祓に掛くる 浪白木綿
太宰權帥 藤原為經 吉田為經
0235 同心を
御祓する 齋串垂に 風過ぎて 涼しく成りぬ 水無月空
藤原隆信朝臣
0236 【○承前。詠同心。】
禊川 浪白木綿 秋掛けて 早くも過ぐる 水無月空
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0237 【○承前。詠同心。】
鳴瀧や 西河瀨に 禊せむ 岩越す浪も 秋や近きと
皇太后宮大夫 藤原俊成