續後撰和歌集 卷第三 春歌下
0116 天曆七年三月、御前櫻を折りて、人人に大御酒給へりける序に詠ませ給ける
宮人の 心を寄せて 櫻花 惜しみ留めよ 外に散らす莫
天曆御製 村上帝
0117 題知らず
咲けば且 散りぬる山の 櫻花 心常閑に 思ひける哉
人麿 柿本人麻呂
0118 【○承前。無題。】
匂ふより 心徒なる 花故に 長閑けき春の 風も恨めし
佚名 讀人知らず
0119 隨風尋花と云へる心を詠侍ける
吹風を 厭ひも果てじ 散殘る 花標と 今日は成りけり
權中納言 藤原定賴
0120 百首歌召しける時
事為らば 散てこそ散らめ 櫻花 惜まぬ人も 有らじと思へば
崇德院御製
0121 花歌中に
侘人の 宿には植ゑじ 櫻花 散れば嘆きの 數增さりけり
源師光
0122 洞院攝政家百首歌に、花
咲けば散る 花憂世と 思ふにも 猶疎まれぬ 山櫻哉
皇太后宮大夫藤原俊成女
0123 題知らず
葛城や 花吹渡す 春風に 途絕えも見えぬ 久米岩橋
西園寺入道前太政大臣 西園寺公經
0124 道助法親王家五十首歌に、庭花を
跡絕えて 訪はれぬ庭の 苔色も 忘る許に 花ぞ降敷く
前中納言 藤原定家
0125 庭落花と云ふ心を
埋もれぬ 梢ぞ冬に 變りける 跡無き庭の 花白雪
藤原教定朝臣
0126 花歌中に
吹風を 言はば言はなむ 櫻花 散交ふ頃の 春山守
藤原信實朝臣
0127 【○承前。花歌之中。】
徒に 花や散るらむ 高圓の 尾上宮の 春夕暮
從三位 藤原行能 世尊寺行能
0128 建保四年百首歌奉ける時
眺來し 昔を遠く 思ふにも 古行く花の 色ぞ知らるる
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經
0129 道助法親王家五十首歌に、庭花
踏めば惜し 踏迄は人も 問難み 風吹分けよ 花白雪
西園寺入道前太政大臣 藤原公經 西園寺公經
0130 題知らず
咲きぬれば 且散る花と 知りながら 猶恨めしき 春山風
右大臣 九條忠家
0131 【○承前。無題。】
如何許 春吹く風を 恨みまし 散るを習の 花と知らずは
按察使 二條良教
0132 【○承前。無題。】
徒に何ど 咲始めけむ 古の 春さへ辛き 山櫻哉
前大納言 藤原為家
0133 洞院攝政家百首歌に、花
惜しまずは 徒なる色も 辛からじ 何しか花に 思始めけむ
前內大臣 藤原基家 九條基家
0134 名所歌奉ける時
御吉野は 花に移ふ 山為れば 春さへ深雪 故鄉空
前中納言 藤原定家
0135 建保二年、內裏詩歌を合せられけるに、河上花
名取河 春日數は 現れて 花にぞ沉む 瀨瀨埋木
前中納言 藤原定家
0136 花歌中に
櫻花 落ちても水の 憐何ど 徒なる色に 匂初めけむ
前內大臣 衣笠家良
0137 正治百首歌奉ける時
今は唯 風をも言はじ 芳野河 岩越す花の 柵欲得
式子內親王
0138 題知らず
汀には 峰櫻を 扱止めて 雲に浪越す 志賀浦風
左近中將 藤原公衡
0139 【○承前。無題。】
水上に 櫻散るらし 吉野川 岩越す浪の 花と見えつつ
郁芳門院安藝
0140 落花不語空辭樹と云へる心を
咲きも堪へず 枝に分かるる 櫻花 言はばや知らむ 思ふ心を
八條院高倉
0141 名所歌數多詠ませ給ける中に、春
宮木守 無しとや風も 誘ふらむ 咲けば且散る 志賀花園
土御門院御製
0142 故鄉花と云へる心を
古りにける 跡だに辛き 春風に 志賀花園 荒まくも惜し
入道前攝政左大臣 九條道家
0143 千五百番歌合に
紛ふとて 厭ひし峰の 白雲は 散りてぞ花の 形見也ける
後久我太政大臣 源通光
0144 題知らず
花鳥の 外にも春の 有顏に 霞みて懸かる 山端月
順德院御製
0145 【○承前。無題。】
見ても猶 覺束無きは 春夜の 霞を分けて 出る月影
小式部內侍
0146 百首歌奉し時、春月
眺むれば 我身一つの 非ぬ世に 昔に似たる 春夜月
皇太后宮大夫藤原俊成女
0147 【○承前。奉百首歌時,春月。】
月影に 昔春を 思出て 我身一つと 誰眺むらむ
源俊平
0148 暮春之心を
今は又 花蔭とも 賴まれず 暮れなば無げの 春日數に
藤原信實朝臣
0149 題知らず
鳴くとても 花やは留る 儚くも 暮行春の 鶯聲
凡河内躬恒
0150 亭子院歌合に
水底に 春や暮るらむ 御吉野の 吉野川に 蛙鳴也
延喜御製 醍醐帝
0151 山吹を
波隱る 井手山吹 咲きしより 折られぬ水に 蛙鳴也
土御門院御製
0152 家に五十首歌詠侍ける時、河款冬
吉野川 言はで移ふ 山吹に 春日數を 知らせ顏なる
入道二品親王道助
0153 【○承前。居家侍詠五十首歌,河款冬。】
山吹の 花に塞かるる 思河 色千入は 下に染めつつ
前中納言 藤原定家
0154 延喜十七年、歌奉れと仰せられけるに
流行く 蛙鳴也 足引の 山吹花 今や散るらむ
紀貫之
0155 題知らず
蛙鳴く 縣井戶に 春暮れて 散りやしぬらむ 山吹花
後鳥羽院御製
0156 【○承前。無題。】
春暮るる 井手柵 堰兼ねて 行瀨に移る 山吹花
藤原信實朝臣
0157 建長二年、江上春望と云へる題にて、詩歌を合せられ侍し序に
紫の 藤江岸の 松枝に 寄せて歸らぬ 浪ぞ懸かれる
太上天皇 後嵯峨院
0158 堀河院に百首歌奉ける時
紫の 絲縒懸くる 藤花 此春雨に 綻びにけり
藤原基俊
0159 藤を詠める
立歸り 猶見て行かむ 高砂の 尾上松に 懸かかる藤浪
祝部成茂
0160 池邊藤と云へる心を
甚早も 暮れぬる春か 我宿の 池藤浪 移はぬ間に
鎌倉右大臣 源實朝
0161 題知らず
春を經て 盛久しき 藤花 大宮人の 髻首也けり
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0162 暮春之心を
悔しくぞ 花と月とに 馴れにける 彌生空の 有明頃
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0163 【○承前。詠暮春之趣。】
見ても憂し 春別の 近ければ 彌生月の 有明空
藤原光俊朝臣
0164 【○承前。詠暮春之趣。】
今はとて 殘る影無く 散華の 方も定めず 春や行くらむ
前大納言 鷹司伊平
0165 三月盡之心を
吉野川 歸らぬ春も 今日許 花柵 懸けてだに堰け
土御門院御製
0166 春暮之歌とて
我物と 如何なる人の 惜しむらむ 春は憂身の 外よりぞ行く
前大僧正慈鎮
0167 【○承前。春暮之歌。】
行春は 知らずや如何に 幾返り 今日之別を 惜來ぬらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成