續後撰和歌集 卷第二 春歌中
0057 歸雁を
雁音の 秋鳴く事は 理ぞ 歸る春さへ 何か悲しき
菅贈太政大臣 菅原道真
0058 恒德公家歌合に、同心を
何處をか 年經る里と 賴むらむ 來る春每に 歸る雁音
藤原惟成
0059 百首歌奉し時、歸雁
明渡る 外山末の 橫雲に 羽搏交はし 歸る雁音
入道二品親王道助
0060 【○承前。奉百首歌時,歸雁。】
誰が為に 越し雁音と 聞かねども 歸るは辛き 春之別路
前太政大臣 西園寺實氏
0061 【○承前。奉百首歌時,歸雁。】
東雲の 霞衣 後朝に 立別れてや 歸る雁音
前大納言 近衛基良
0062 春歌中に
由緣無さの 辛き習は 懲りもせで 猶下晴るる 春雁音
前內大臣 衣笠家良
0063 【○承前。春歌之中。】
何故か 霞めは雁の 歸るらむ 己越路も 春外かは
右近中將 源雅忠
0064 春雨を
徒に 我身世に經る 春雨の 晴れぬ長雨に 袖は濡れつつ
前關白左大臣 二條良實
0065 野春雨と云へる心を
日に添へて 綠ぞ增さる 春雨の 降枯小野の 道芝草
權中納言 藤原長方
0066 題知らず
片岡の 朝原の 雪消えて 草は綠に 春雨ぞ降る
前內大臣 衣笠家良
0067 【○承前。無題。】
霞立ち 木芽春雨 古里の 吉野花も 今や咲くらむ
後鳥羽院御製
0068 洞院攝政家百首歌に、花
明渡る 外山櫻 夜程に 花咲きぬらし 懸かる白雲
前大納言 藤原為家
0069 千五百番歌合に
山櫻 今か咲くらむ 陽炎の 燃ゆる春日に 降れる白雪
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0070 花歌中に
娘子兒が 髻首櫻 咲きにけり 袖振る山に 懸かる白雲
參議 藤原為氏 二條為氏
0071 【○承前。花歌之中。】
見渡せば 松も斑に 成りにけり 遠山櫻 咲きに蓋しも
土御門院御製
0072 【○承前。花歌之中。】
咲かぬ間は 花かと見えし 白雲に 復紛ひぬる 山櫻哉
正三位 藤原季經
0073 鳥羽院御時、每朝見花と云へる心を詠侍ける
春霞 湧きぞかねつる 朝な朝な 花咲く嶺に 懸かる白雲
三條內大臣 三條公教
0074 後京極攝政家花五十首歌中に
櫻花 咲きにし日より 吉野山 空も一つに 懸かる白雲
前中納言 藤原定家
0075 入道前攝政家歌合に、雲間花
山端に 重ねて懸かる 白雲の 匂ふや花の 盛りなるらむ
從三位 藤原範宗
0076 【○承前。入道前攝政家歌合,詠雲間花。】
櫻花 空に天霧る 白雲の 棚引渡る 葛城山
藤原隆祐朝臣
0077 春歌中に
佐保姬の 花色衣 春を經て 霞袖に 匂ふ山風
大納言 源通方 中院通方
0078 十首歌合に、山花
見ても猶 奧ぞゆかしき 葦垣の 吉野山の 花盛は
太上天皇 後嵯峨院
0079 花盛りに、西園寺に住侍けるに、人人詣來て歌詠侍けるに
治まれる 御世兆と 山里に 心長閑き 花を見る哉
前太政大臣 西園寺實氏
0080 久安百首歌奉ける時、花歌
花咲かぬ 梢は春の 色ながら 櫻を分きて 降れる白雪
待賢門院堀河
0081 【○承前。奉久安百首歌時,花歌。】
尋行く 山邊に懸かる 白雲の 霽れぬに著し 花盛とは
上西門院兵衛
0082 建保四年內裏歌合に
古の 春にも歸る 心哉 雲居花に 物忘れせで
二條院讚岐
0083 題知らず
待人に 告げや遣らまし 我宿の 花は今日こそ 盛成りけれ
前大納言 藤原公任
0084 【○承前。無題。】
花にのみ 心を懸けて 己から 春は徒なる 名ぞ立ちぬべき
和泉式部
0085 【○承前。無題。】
押並て 春を櫻に 為果てて 散る云ふ事の 無からましかは
和泉式部
0086 【○承前。無題。】
惜しむべき 庭櫻は 盛りにて 心ぞ花に 先移りぬる
壬生忠岑
0087 【○承前。無題。】
春霞 立舞ふ山と 見えつるは 此も彼もの 櫻也けり
人丸 柿本人麻呂
0088 【○承前。無題。】
今朝櫻 殊に見えつる 一枝は 庵垣根の 花にそ有ける
菅贈太政大臣 菅原道真
0089 亭子院歌合に
見て歸る 心飽かねば 櫻花 咲ける邊に 宿や借らまし
藤原興風
0090 【○承前。亭子院歌合中。】
見るとても 折らで文無く 歸りなば 風にや花を 任せ果てなむ
凡河內躬恒
0091 正治百首歌奉けるに
名に高き 吉野山の 花よりや 雲に櫻を 紛染めけむ
皇太后宮大夫 藤原俊成
0092 和歌所にて、釋阿に九十賀給はせける時、屏風に
餘所にては 花とも見えじ 尋來て 分かばぞ分かむ 峰白雲
前大納言 藤原忠良
0093 百首歌奉し時、見花と云ふ心を
今も復 花をし見れば 古の 人心ぞ 身に知られける
前太政大臣 西園寺實氏
0094 翫花
簪ては 隱るる老いと 知りながら 手折るは惜しき 山櫻哉
前太政大臣 西園寺實氏
0095 寶治元年三月、前太政大臣西園寺家に御幸有りて、花御覽せられける日、參りて詠侍ける
思ひきや 老木櫻 世世を經て 二度春に 逢はむ物とは
後土御門內大臣 土御門定通
0096 花歌中に
春を經て 花をし見れば とばかりを 鬱慰めに 身ぞ古りにける
正三位 藤原知家
0097 【○承前。花歌之中。】
散らば復 思ひや出む 身憂さを 見るに忘るる 花櫻哉
藤原資宗朝臣【○或云源賴政。】
0098 【○承前。花歌之中。】
身憂きも 忘られにけり 山櫻 眺めて暮す 春心は
從三位 源賴政【○或云藤原資宗。】
0099 春日社にて、名所十首歌人人に勸めて詠ませ侍ける時、花を
八重匂ふ 奈良都に 年經りて 知らぬ山路の 花も尋ねず
權僧正圓經
0100 故鄉花と云ふ事を
住む人も 哀幾世の 故鄉に 荒れまく知らぬ 花色哉
如願法師
0101 同心を
代代經ぬる 志賀都の 跡為れど 古りぬは花の 盛成りけり
祝部成茂
0102 前大納言經房家歌合に
古の 代代御幸の 跡古りて 花名高き 御吉野山
前中納言 日野資實
0103 建保五年四月庚申に、春夜と云へる心を
天原 霞吹解く 春風に 月桂も 花香ぞする
後久我太政大臣 源通光
0104 五十首歌召しける序に
可惜夜の 真屋衍に 眺むれば 櫻に曇る 有明月
後鳥羽院御製
0105 春歌中に
山櫻 空さへ匂ふ 雲間より 霞みて殘る 有明月
前太政大臣 西園寺實氏
0106 朝花と云へる心を
此寢ぬる 朝氣風も 心有らば 花邊を 避きて吹かなむ
入道前攝政左大臣 九條道家
0107 名所花と云ふ事を
芳野山 一つに見えし 花色の 遷變る 峰白雲
藤原隆祐朝臣
0108 入道前攝政家歌合に、雲間花
櫻花 移ふ山の 高嶺より 天霧る雲に 匂ふ春風
正三位 藤原成實
0109 每春見花と云へる心を
飽かでのみ 花に心を 盡す哉 然りとて散らぬ 春は無けれど
德大寺左大臣 德大寺實能
0110 亭子院歌合に
春風の 吹かぬ世にだに 有らませば 心長閑に 花は見てまし
延喜御製 醍醐帝
0111 花為春友と云ふ心を
賴めども 出や櫻の 花心 誘ふ風有らば 散りもこそすれ
藤原基俊
0112 後京極攝政、大炊殿に早う住侍けるを、畏に移居て後の春、八重櫻に付けて申遣はしける
故鄉の 春を忘れぬ 八重櫻 茲や見し世に 變らざるらむ
式子內親王
0113 返し
八重櫻 折知る人の 無かりせば 見し世の春に 如何で逢はまし
後京極攝政前太政大臣 藤原良經 九條良經
0114 建曆二年、大內花御覽ぜんとて、御幸有りて詠ませ給うける
九重の 花は老木に 成りにけり 馴來し春は 昨日と思ふに
後鳥羽院御製
0115 久安百首歌奉ける時
辛き哉 何どて櫻の 長閑なる 春心に 為らはざるらむ
皇太后宮大夫 藤原俊成