新撰萬葉集 卷下
春部
120 春歌廿一首 【春歌第一。】
谷風丹 解凍之 每隙丹 打出留浪哉 春之初花
谷風に 溶くる冰の 隙間每に 打ち出る波や 春の初花
溪風吹春解凍半 白波洗岸為明鏡 初日含丹色欲開 咲殺蘇少家梅柳
源當純 120
121 【春歌第二。】
音不斷 鳴哉鶯 一年丹 再砥谷 可來春革
聲絕えず 鳴けや鶯 一年に 再びとだに 來べき春かは
黃鶯一年一般啼 歲月積逢數般春 可憐萬秋鶯音希 應任年客更來往
藤原興風 121
122 【春歌第三。】
春之日丹 霞別筒 往雁之 見江須見江須裳 雲隱筒
春日に 霞別つつ 行雁の 見えず見えずも 雲隱れつつ
春來旅雁歸故鄉 雲路別南濱邊卻 恠往雁順年且來 不憎霜羽恒往還
佚名 122
123 【春歌第四。】
燃草丹 梅散落沼 生多良者 何成花歟 又者可折
燃草に 梅散落ちぬ 生ひたらば 何なる花か 亦は折るべき
元月東風留寒氣 山野草木稍初前 梅柳古枝節前新 想像香葉且將開
佚名 123
124 【春歌第五。】
吾身緒者 一朽木丹 成多禮哉 千之春丹裳 逢留貝那芝
吾が身をば 一つ朽木に 成れたれや 千千の春にも 逢へる甲斐無し
一身萬事為重愁 一株朽木成百怨 怪每春來頭更青 乘節萬葉孕花色
佚名 124
125 【春歌第六。】
春霞 起出留野邊之 若菜丹裳 成見手芝鉇 人裳摘八斗
春霞 立出る野邊の 若菜にも 成り見てしがな 人も摘むやと
何春何處霞飛起 陰陽每年改山色 野人喜摘春若菜 山人往還草木樂
藤原興風 125
126 【春歌第七。】
春來禮者 花緒見牟云 心許曾 野邊之霞砥 共丹起介禮
春來れば 花を見む云ふ 心こそ 野邊の霞と 共に立ちけれ
青陽景氣齊天地 日月溫溋驚時節 松風扇袖引月光 仙人彈琴斧柯宴
藤原因香 126
127 【春歌第八。】
年內 皆乍春 過那南 花緒見手谷 心可遣久
年內 皆春ながら 過ぎななむ 花を見てたに 心やるべく
年內皆四時輪轉 遊客併周忘花見 谷風心任引雨足 春色深草木鮮綠
伏見天皇 127
128 【春歌第九。】
春雨之 色者滋雲 見江那國 野邊之綠緒 何手染濫
春雨の 色は繁雲 見え無くに 野邊の綠を 何て染むらむ
春雨一色染萬山 海中潮波疑千濤 在在池上青烟色 處處野邊白露低
紀友則 128
129 【春歌第十。】
折花者 乍千種丹 化成砥 誰革春緒 恨果多留
咲く花は 千草ながらに 空なれど 誰かは春を 恨みはてたる
千種拆花尤春宜 誰增周忌深深色 可賞造花開風流 仙客休遊彈琴瑟
藤原興風 129
130 【春歌十一。】
色深 見留野邊谷 常那良者 春者往鞆 方見成申
色深く 見ゆる野邊だに 常ならば 春は行くとも 形見成らまし
谷霞色深見泛灩 野邊草木含孕光 烟霞風前類遷客 皆是蕭蕭旅漂身
佚名 130
131 【春歌十二。】
鶯之 自谷出留 音無者 春來鞆 誰告申
鶯の 谷より出る 聲無くは 春は來るとも 誰か告けまし
元鶯溪澗趂吠音 山野領主汝來賓 每年思量歸都日 我何歲知汝明春
大江千里 131
132 【春歌十三。】
大虛緒 覆量之 袖裳鉇 春開花緒 風丹不任之
大虛空を 覆許りの 袖もがな 春咲く花を 風に任せじ
月光似鏡不明春 寒氣如刀不穿花 大空雨絕潤草木 春風花開覆射袖
佚名 132
133 【春歌十四。】
白玅之 浪道別手哉 春者來留 風立每丹 花裳拆藝里
白妙の 浪路分けてや 春は來る 風立つ每に 花も咲きけり
浪花玅白漁父吟 風驚浮波海中花 觸石浮雲青山葉 別道留胡岩汀霞
佚名 133
134 【春歌十五。】
散花之 俟云事緒 知坐羽 春者往鞆 不戀閒事
散花の 待ててふ事を 知らませば 春は行くとも 戀ひさらまじを
春往散花舊柯新 每處梅櫻別家變 樂濱海與泰山思 奢殺黃鳥出幽溪
藤原朝忠 134
135 【春歌十六。】
俟手云丹 不駐沼物砥 乍知 誣手戀敷 春之別歟
待て云ふに 駐らぬ物と 知りながら 強ひて戀しき 春の別か
寒光不駐欺雪多 池內山邊猶墝埆 蹴鞠庭前草又少 鞦韆樹下花且希
佚名 135
136 【春歌十七。】
往春之 跡谷有砥 見申加者 迅還來砥 言申物緒
往春の 跡たに有と 見ましかは 迅還來と 言はまし物を
春日暮往山館無 谷風迅卻物色少 夜雨偷穿石上苔 滴以鮫人眼淚玉
佚名 136
137 【春歌十八。】
春風丹 開者且散緒 可惜芝 春之方見丹 摘曾駐鶴
春風に 咲かば且つ散るを 惜むべし 春の形見に 摘みぞ留めつる
鶯舌滑歌曲韻諧 蝶身輕嫋儛不閑 可惜春風花再散 亭前片身暗樹早
佚名 137
138 【春歌十九。】
來春丹 逢事許曾 固唐目 過往丹為曾 不後申
來春に 逢はむ事こそ 難からめ 過往くにしぞ曾 遅れさらまじ
東南崗嶺早綻梅 西北池堤柳絲飛 梅飛白雪垣不銷 鳳女顏脂粉似凝
佚名 138
139 【春歌二十。】
春霞 棚曳山之 假廬丹者 涌瀨而已許曾 於砥者立藝禮
春霞 棚引く山の 假廬には 瀧瀨のみこそ 音は立ちけれ
春霞櫻枝凝白花 流湍曳水紊瀨聞 假廬前泉鳥倡梅 舌簪簸攬指南車
佚名 139
140 【春歌廿一。】
去年鳴芝 音丹佐牟幡 似垂鉇 幾之閒革 花丹狎兼
去年鳴きし 聲にさもはた 似たる哉 何時の閒かは 花に狎れけむ
舊鶯今報去年音 千般狎逢幾春雙 恒吟鳴眼淚無出 鎮喘息咽氣不灱
佚名 140
夏部
141 夏歌廿二首 【夏歌第一。】
天之原 悠悠砥而已 見湯留鉇 雲之幡手裳 色滋雁藝里
天原 悠悠とのみ 見ゆるかな 雲の果たでも 色子かりけり
初夏漢天泛月顏 悠悠雲路流晴月 蕭蕭黃河亘玉光 相喜蒼天月玉色
佚名 141
142 【夏歌第二。】
散花之 染云量 勢芝山緒 不見知沼容丹 夏者成塗
散花の 染云ふ計り せし山を 見知らぬ顏に 夏は成ぬる
連夫布水洗岩科 雲羅雨絕摩岸降 庭前風芝戀春往 池側溫泉吐散花
佚名 142
143 【夏歌第三。】
夏之夜之 月者無程 乍明 朝之間緒曾 加許知寄介留
夏夜の 月は程無く 明けながら 朝の間をぞ 彼此方寄せける
夏夜明月無翳處 銀漢落波開白明 夜月無程早朝連 先羽殉蹈無跡處
佚名 143
144 【夏歌第四。】
夏之月 光不惜 照時者 流水丹 遊絲曾立
夏月 光惜しまず 照る時は 流るる水に 陽炎ぞ立つ
月光連行不惜暉 流水澄江無遊絲 岩沓摧楫起浪前 人間眼病歎且多
藤原興風 144
145 【夏歌第五。】
鵲之 嶺飛越斗 鳴徃者 夏之夜度 月曾隱留
鵲の 嶺飛越ゆと 鳴行けば 夏夜渡る 月ぞ隱るる
鵲鏡飛度嶺無留 鳳彩千里跡不見 蒼波一葉舟陋遊 蕩子曾不憚遮春
佚名 145
146 【夏歌第六。】
匂筒 散西花曾 思裳保湯留 夏者綠之 葉而已繁里手
匂ひつつ 散りにし花ぞ 思ほゆる 夏は綠の 葉のみ茂りて
朱明稍來春花薄 青陽暮行公鳥忽 妬淚嫉聲霑馥袖 細雨輕風不起塵
佚名 146
147 【夏歌第七。】
夏之風 吾歟手本丹西 被裹者 思牟人之 土毛丹芝手申
夏の風 我が手本にし 裹まれば 思はむ人の 信物にしてまれ
夏風俄來扇吾袖 姮娥戀思別深身 暮行春節將過留 落花早速無障人
佚名 147
148 【夏歌第八。】
假染丹 身哉被恃沼 夏之日緒 何蛻蟬之 鳴暮芝鶴
假染に 身や賴まれぬ 夏日を 何空蟬の 鳴暮しつる
蛻蟬終日鳴暮憩 想像伶倫八音韻 春夏輪轉吟聲切 露飡葉服育單身
佚名 148
149 【夏歌第九。】
夏來者 藕之浮葉 老沼禮砥 後拆花緒 見裳過栖鉇
夏來れば 藕の浮葉 老いぬれと 後咲花を 見も過ぐす哉
五月菖蒲每年宜 別節有人嘗傾觴 可謂鶣鵲宜好樂 皐陽飽愛不酩酊
佚名 149
150 【夏歌第十。】
夏之日緒 暮芝侘塗 蟬之聲丹 吾鳴添留 音者聞湯哉
夏日を 暮し侘びぬる 蟬聲に 我が鳴添ふる 聲は聞こゆるや
夏天日長蟬侘傺 恠回知併無愁人 盡日終夕鳴不淚 恨河長短多無息
佚名 150
151 【夏歌十一。】
吹風之 吾屋門丹來 夏夜者 月之影許曾 涼雁介禮
吹風の 我が宿に來る 夏夜は 月影こそ 涼しかりけれ
月影涼夏可怜 百剋支分室寂寞 江邊鴻雁頗欲卻 遄瀨浮月影鉗光
佚名 151
152 【夏歌十二。】
古里砥 念成為濫 郭公鳥 如去歲丹 那禮曾鳴成
故鄉と 思ひやすらむ 郭公鳥 去歲如くに 成れぞ鳴くなる
郭公今年歸古里 去歲今年鳴同聲 恠每年吟不易銜 可柏朋友時時新
佚名 152
153 【夏歌十三。】
夏之日緒 暮芝侘筒 鳴蟬緒 將問而為鹿 何事歟倦杵
夏日を 暮し侘つつ 鳴蟬を 將問ひてしか 何事か憂き
侶失孤鸞何處賞 偏侘鳴蟬何事愁 柯枕夢裏不見聞 鳥館蟲栖單喜倦
佚名 153
154 【夏歌十四。】
沙亂丹 情解筒 暖杵身緒 木高別手 風牟問南
小亂に 心解けつつ 暖き身を 木高く別きて 風も問はなむ
西嶺木高引風羽 庭前叢爛少月光 伯牙彈玉琴韻調 道桃梨花落後興
佚名 154
155 【夏歌十五。】
草繁芝 多放往之 夏之夜裳 別手別者 袂者沾南
草繁し 多放ち往く 夏夜も 別手別れば 袂は濡らむ
野邊繁草山蘿綠 春去秋來開夏臺 春非春且夏非夏 池藕泥萼半將散
佚名 155
156 【夏歌十六。】
推鍋手 夏榭之野邊緒 見亘世者 草葉毛水毛 綠成藝里
押しなべて 夏榭の野邊を 見渡せば 草葉も水も 綠成りけり
夏樹野邊草舉綠 葉眼水水裳成翠松 煙葉朦朧侵夜色 風枝蕭颯無秋聲
佚名 156
157 【夏歌十七。】
夏之夜之 露那駐曾 藕葉之 誠之玉砥 誠芝果禰香
夏夜の 露な駐めぞ 蓮葉の 誠の玉と 成りし果てねば
夜露一種染萬藕 流水布無葉不倦 裁縫無刀尺仙服 飛花帷葉隨步收
佚名 157
158 【夏歌十八。】
夏之日緒 天雲暫芝 隱沙南 寢程裳無 明留朝緒
夏日を 天雲暫し 隱さなむ 寢る程も無く 明る朝を
晴天夏雲無遺光 清河澄水不留滓 岸前連舟恒逍遙 終日欲通夕宴興
佚名 158
159 【夏歌十九。】
夏之夜之 松葉牟曾與丹 吹風者 五十人連歟雨之 音丹殊成
夏夜の 松葉もぞよに 吹風は 何いつれか雨の 音に異なる
溫夜松葉鳴琴音 阡栽前菊初將開 夏暮露初伴秋風 龜鶴自本述年齡
佚名 159
160 【夏歌二十。】
幾之間丹 花散丹兼 求谷 有勢者夏之 蔭丹世申緒
何時の間に 花散りにけむ 留めてたに 有せは夏の 蔭にせ申しを
花散後幾間風聞 樹根搖動吹不安 崿谷躁起瞪不靜 自是仙人衣裳乏
佚名 160
161 【夏歌廿一。】
夏草裳 夜之間者露丹 憩濫 常焦留 吾曾金敷
夏草も 夜間はつるに 憩ふらむ 常に焦るる 我ぞ兼ねしき
夏草常焦無憩露 畝藍垣彫殉涼蔭 風烟雖賞興難催 應尋望雲雨潤衣
佚名 161
162 【夏歌廿二。】
蓬生 荒留屋門丹 郭公鳥 侘敷左右丹 打蠅手鳴
蓬生ふ 荒たる宿に 郭公鳥 侘びしき迄に 打蠅て鳴く
蓬生荒屋前無友 郭公鳴侘還古栖 應相送鳥往舊館 去留仇誰待來夏
佚名 162
秋部
163 秋歌卅七首 【秋歌第一。※秋歌實有卅八首,而或本無第十七首,或本以第十七、十八為一首,遂曰卅七首。】
浦近久 起秋霧者 藻鹽燒 烟砥而已曾 立亘藝留
浦近く 立つ秋霧は 藻鹽燒く 煙とのみぞ 立渡りける
秋風來觸處物馥 霧霞泛灩降白露 思得卞氏將玉鋪 山野叢併無染錦
佚名 163
164 【秋歌第二。】
秋之野之 草者絲鞆 不見江那國 景白露之 玉砥聯貫
秋野の 草は絲とも 見え無くに 掛け白露の 玉と貫く
白藏野草芽華宜 嗤見玉露貫非絲 今日龍門秋波忽 九鱗爭得少時遊
紀貫之 164
165 【秋歌第三。】
為吾 來秋丹霜 荒無國丹 蟲之音聞者 先曾金敷
我が為に 來る秋にしも 有ら無くに 蟲の音聞けば 先づぞ悲しき
秋夫雲收無惜光 池底清晴不過桂 黃荒表裏萼添金 仙國初泛千千盞
佚名 165
166 【秋歌第四。】
秋來者 天雲左右丹裳 不黃葉緒 虛佐倍驗久 何歟見湯濫
秋來れば 天雲迄にも 紅葉を 虛空さへ驗く 何か見ゆらむ
雲天灑露黃葉錦 漢河淺色草木紅 西施潘月兩絺身 山河林亭匂千色
壬生忠岑 166
167 【秋歌第五。】
山澤之 水無杵砥許曾 見亘 秋之黃葉之 落手翳勢者
山澤の 水無きとこそ 見え渡れ 秋の黃葉の 落て隱せば
山水濕露染秋華 陰陽登霧易葉色 碧羅殷錦稱身哉 嬌枝媚花隨步迴
佚名 167
168 【秋歌第六。】
秋風丹 被倡亘 雁歟聲者 雲居遙丹 當日曾聞湯留
秋風に 誘はれ渡る 雁が音は 雲居遙に 今日ぞ聞ゆる
秋風被倡雁客來 白露被催鶴館宴 江河少鳥共踟躊 雲居遙聲且喜悅
佚名 168
169 【秋歌第七。】
幾之間丹 秋穗垂濫 草砥見芝 程幾裳 未歷無國
何時の間まに 秋穗垂あきほたるらむ 草くさと見みし 程幾ほといくはくも 未いまだ經無へなくに
幾間秋穗露孕就 茶籃稍皆成黃色 庭前芝草悉將落 大都尋路千里行
藤原公忠 169
170 【秋歌第八。】
大虛緒 取反鞆 聞那國 星歟砥見留 秋之菊鉇
大虛空おほそらを 取反とりかへすとも 聞きか無なくに 星ほしかと見みゆる 秋菊哉あきのきくかな
大虛霧起紅色播 星浦泉流菊黃光 未聞一年再盞泛 世上露餌述約齡
藤原敏行 170
171 【秋歌第九。】
秋之野丹 玉砥懸留 白露者 鳴秋蟲之 淚成希里
秋野あきののに 玉たまと懸かかれる 白露しらつゆは 鳴なく秋蟲あきむしの 淚成なみだなりけり
每秋玄宗契七日 一年一般亘黃河 別日織女戀仙人 蓬萊樓閣好裁縫
佚名 171
172 【秋歌第十。】
秋之夜丹 雨砥聞江手 降鶴者 風丹散希留 黃葉成介里
秋夜あきのよに 雨あめと聞きゆえて 降ふりつるは 風かぜに散ちりける 黃葉成もみぢなりけり
秋月秋夜雨足靜 山色稍出錦織文 林枝俄裁千里服 黃葉叢中蚓音聒
佚名 172
173 【秋歌十一。】
秋之夜緒 明芝侘沼砥 云藝留曾 物思人之 為丹佐里介留
秋夜あきのよを 明あかし侘わびぬと 云いひけるぞ 物思ものおもふ人ひとの 為ためにざりけに
蟋蟀壁中通夕鳴 藝人亂床夜明侘 寂寞蟲館獨寢聒 常揣鳴驚萬里人
佚名 173
174 【秋歌十二。】
白波丹 秋之木葉之 浮倍留者 海之流勢留 舟丹佐里介留
白波しらなみに 秋あきの木葉このはの 浮うかべるを 海人あまの流ながせる 舟ふねにざりけり
碧河白波源水華 海中月光流湖鏡 松風緒張韻類曲 更訝邕郎琴瑟響
佚名 174
175 【秋歌十三。】
秋之野丹 駐露砥者 獨寢留 我淚砥曾 思保江沼倍杵
秋野あきののに 止とまる露つゆとは 一人寢ひとりねる 我わが淚なみだとぞ 思おもほえたへき
玄夜寒氣及八紘 宇宙猛勢致四海 獨寢泣淚九夷溋 友別歎腸六蠻多
佚名 175
176 【秋歌十四。】
栽芝時 花待遠丹 有芝菊 移徙秋者 憐砥曾見留
植うゑし時とき 花待はなまち遠どほに 有ありし菊きく 移うつろふ秋あきは 憐あはれとぞ見みる
秋風寒山色變易 石水潵泜澄亘改 池邊昌菊開黃花 前栽秋芽吐紫色
大江千里 176
177 【秋歌十五。】
黃葉 誰手酧砥歟 秋之野丹 奴縻砥散筒 吹紊良牟
黃葉もみちばは 誰たか手向たむけとか 秋野あきののに 幣ぬさと散ちりつつ 吹亂ふきみるらむ
乘節黃葉西初秋 隨年白露紊錦色 山野風流梅成貯 凡陰陽其術亘好
佚名 177
178 【秋歌十六。】
風寒美 鳴秋蟲之 淚許曾 草葉之上丹 露緒置良咩
風寒かぜさむみ 鳴なく秋蟲あきむしの 淚なみだこそ 草葉くさはの上うへに 露つゆを置おくらめ
斑斑風寒蟲淚潵 灼灼草葉落色嬾 處處榮野鹿聲聆 林林叢裡蟲聲繁
佚名 178
179 【秋歌十七。】
黃葉之 散來時者 袖丹受牟 土丹落佐者 疵裳許曾都希
黃葉もみぢばの 散來ちりくる時ときは 袖そでに受つけむ 土うちに落おとさば 傷きずもこそ付つけ
佚名 179
180 【秋歌十八。】
音丹菊 花見來禮者 秋之野之 道迷左右齋 霧曾起塗
音おとに菊きく 花見はなみに來くれば 秋野あきののの 道迷みちまどふ迄まで 霧きりぞ立たちぬる
黃葉飛落堆塵境 裾袖散來排粉黛 幾家幽人愛黃葉 誰家仕丁賞閑宴
紀貫之 180
181 【秋歌十九。】
秋之露 色殊殊丹 置許曾 山之黃葉裳 千種成良咩
秋露あきのつゆ 色悉いろことごとに 置おけばこそ 山やまの黃葉もみぢも 千種成ちくさなるらめ
秋露勢染千種色 虛月和照萬數處 邕郎絃彈歌漢月 姮娥手拍迴儛捨
佚名 181
182 【秋歌二十。】
秋之夜之 月之影許曾 自木間 墮者衣砥 見江亘氣禮
秋夜あきのよの 月影つきのかげこそ 木間このまより 落おつれば衣きぬと 見みえ渡わたりけれ
月影西流秋斷腸 桂影河清愁緒解 夜袂紅紅館栖月 咲殺人間有相看
佚名 182
183 【秋歌廿一。】
草木皆 色雖變 大海之 濤之花丹曾 秋無鴈希留
草木皆くさきみな 色變いろかはれども 大海おほうみの 浪花なみのはなにぞ 秋無あきなかりける
草木閑館色雖變 乘春林上古枝雜 海中園畝無栽人 四大海常仙花眼
佚名 183
184 【秋歌廿二。】
銀河 秋之夜量 與砥麻南 流留月之 景緒駐部久
天川あまのかは 秋夜量あきのよはかり よとまなむ 流ながるる月つきの 影かげを止とむべく
銀河秋夜照無私 天岸流月影不跡 四時古花月影閑 可怜九重宮可憐
佚名 184
185 【秋歌廿三。】
不常沼 身緒飽沼禮者 白雲丹 飛鳥佐倍曾 雁砥聲緒鳴
常つねならぬ 身みを飽あきぬれば 白雲しらくもに 飛鳥とびとりさへぞ 雁かりと音おとを鳴なく
白雲低酃非鴈行 兩濱波澄迷鴈跡 濤音聳耳應秋風 水聲凝唇還古館
佚名 185
186 【秋歌廿四。】
黃葉之 流手堰者 山河之 淺杵湍良杵裳 秋者深杵緒
黃葉もみぢばの 流手堰なかれて堰せけば 山河やまかはの 淺あさき湍せらきも 秋あきは深ふかきを
應知月色山河淺 可惜岸峻光不駐 湍波潦流行水舉 黃葉紅色吐叢金
佚名 186
187 【秋歌廿五。】
打吹丹 秋之草木之 芝折禮者 郁子山風緒 荒芝成濫
打吹うちふくに 秋あきの草木くさきの 乾しをるれば 宜山風むべやまかぜを 嵐成あらしなるらむ
郁子裳垂任山風 許由袂招校秋草 岸邊蘆花孕秋光 林高枝頭惟葉光
文屋康秀 187
188 【秋歌廿六。】
秋之蟲 何侘芝良丹 音之為留 恃芝影丹 露哉漏往
秋蟲あきのむし 何侘なにわびしらに 聲こゑのする 賴たのみし陰かげに 露つゆや漏もりゆく
秋蟲何侘鳴音多 蟬身露恃夢聲聒 時時月影低息希 數數葉裏秘育身
佚名 188
189 【秋歌廿七。】
山裳野裳 千種丹物之 哀杵者 秋之意緒 遣方哉無杵
山やまも野のも 千種ちくさに物ものの 哀かなしきは 秋心あきのこころを やる方かたや無なき
山野千種物色丹 寒風稍來草木斑 心性造飛無定處 花勢解散不收人
佚名 189
190 【秋歌廿八。】
白露丹 被瑩哉為留 秋來者 月之光之 澄增濫
白露しらつゆに 瑩みかかれやする 秋來あきくれば 月光つきのひかりの 澄すみ增まさるらむ
白露草瑩無光蔭 情夫綠裏月不光 濁池底月影不度 情林前星貌不見
佚名 190
191 【秋歌廿九。】
秋風丹 濤哉立濫 天河 亘間裳無 月之流留留
秋風あきかぜに 波なみや立たつらむ 天川あまのかは 渡わたる間まも無なく 月つきの流ながるる
秋露孕光似玉珠 莓苔積勻流舊蹤 江堤波濫舉練光 濁桂經月伴葉舟
佚名 191
192 【秋歌三十。】
秋之野丹 凝垂露者 玉成哉 聯貫懸留 蜘之絲筋
秋野あきののに 凝垂こりたる露つゆは 玉たまなれや 貫懸つらぬきかくる 蜘蛛くもの絲筋いとすぢ
天漢秋濤盛浮月 凝露桂洸懸貫玉 蜘綸柯懸似飛鬚 可惜往還冬不來
佚名 192
193 【秋歌卅一。】
夕暮丹 音紊增 秋之蟲 何歟金敷 吾那良那國
夕暮ゆふくれに 聲亂こゑみだれ增ます 秋蟲あきのむし 何なにか悲かなしき 我鳴われならなくに
菊是九月金液凝 水花鶴壽訶梨年 金樓宴泛盃每節 萬人持節卻往冷
佚名 193
194 【秋歌卅二。】
露寒美 秋之木葉丹 假廬為留 蟲之衣者 黃葉成計里
露寒つゆさむみ 秋あきの木葉このはに 假廬かりほする 蟲むしの衣ころもは 黃葉成もみぢなりけり
寒露木葉怨秋往 萬人家所知長別 數處林枝愁黃葉 廬宅中壁蟲音薄
佚名 194
195 【秋歌卅三。】
秋來沼砥 目庭朗丹 不見禰鞆 風之音丹曾 被驚計留
秋來あききぬと 目めには爽さやかに 見みえねども 風音かぜのおとにぞ 驚おどろかれぬる
山水飛文苦心落 月宮仙人宮任添 搗服無砧秋錦留 染縫不人綾羅多
藤原敏行 195
196 【秋歌卅四。】
如此留世丹 何曾者 露之起還里 草之枕緒 數為覽
如此かかる世よに 何なにぞは露つゆの 起返おきかへり 草枕くさのまくらを 數しばしばすらむ
月宮凝映娥眉月 素楚夜深銀闕照 數夕枕上求夢根 單寢閨良子不見
佚名 196
197 【秋歌卅五。】
秋之野丹 立麋之聲者 吾曾鳴 獨寢夜之 數緒歷沼禮者
秋野あきののに 立たつ鹿しかの聲こゑは 吾われぞ鳴なく 獨寢ひとりねる夜よの 數かずを經へぬれば
秋夜麋咩處處響 每山蟲咽數數聒 月光飛落照黃菊 濤花開來解池怨
柿本人麻呂 197
198 【秋歌卅六。】
白雲丹 翼鼓替芝 飛鴈之 影佐倍見留 秋之月鉇
白雲しらくもに 翼搏交はねうちかはし 飛雁とぶかりの 影かげさへ見みゆる 秋月哉あきのつきかな
秋天飛翔鴈影見 翼鼓高翥聞雲浦 可憐三秋鳴客風 冷雲寒星欲疏稀
佚名 198
199 【秋歌卅七。】
秋來者 草木雖枯 吾屋門者 繁里增留 人芝不問禰者
秋來あきくれば 草木枯くさきかるれど 吾あが宿やどは 繁しげり增まさる 人ひとし訪とはねば
秋往冬來草木古 蕪里古家皆悉怨 月影吾行山河飛 四鄰併人不閑靜
佚名 199
200 【秋歌卅八。】
礒之上 古杵心者 秋之夜之 黃葉折丹曾 思出鶴
礒上いそのかみ 古ふるき心こころは 秋夜あきのよの 黃葉折もみぢをるにぞ 思出おもひいでつる
月殿慵閉久重暗 雪雲足早降阡陌 蕪礒上波洗松眼 河內凍水泥苔葉
佚名 200
冬部
201 冬歌廿二首 【冬歌第一。】
天之虛 冬者浦佐倍 凍介里 石間丹涌豆 音谷裳世須
天川あまのかは 冬ふゆは浦うらさへ 凍こほりけり 石間いしまに瀧たきつ 音おとたにもせず
玄英碧空雪不閑 天浦九淵霖雨早 桑榆枝葉先散落 池潦水音靜湍瀨
佚名 201
202 【冬歌第二。】
流往 水凍塗 冬障哉 尚浮草之 跡者不定沼
流往ながれゆく 水凍みづこほりする 冬ふゆさへや 尚浮草なほうきくさの 跡あとは定さだめぬ
宇宙冬天流水凝 池凍露寒無萍蹤 風寒霰早雲泮速 初冬初雪降下冷
佚名 202
203 【冬歌第三。】
吾屋門者 雪降牢手 道裳無 五十人童葬處砥 人將來
我わが宿やどは 雪降込ゆきふりこめて 道みちも無なし 五十人童葬處いづこをはかと 人ひとの來きたらむ
冬天齊夜長日短 霜雪劍刀穿松柏 風壯寒氣傷草木 應痛暑往無溫氣
佚名 203
204 【冬歌第四。】
神女等歟 日係紛之上丹 降雪者 花之紛丹 焉違倍里
未通女等をとめらか 日掛ひかけの上うへに 降雪ふりゆきは 花はなの紛まがふに 何いつれ違たかへり
神女係雪紛花看 許由未雪鋪玉愛 咲殺卞和作斗筲 不屑造化風流情
佚名 204
205 【冬歌第五。】
冬來者 梅丹雪許曾 降紛倍 何禮之枝緒 花砥折甲
冬來ふゆくれば 梅うめに雪ゆきこそ 降紛ふりまがへ 何いずれの枝えだを 花はなと折をらまし
冬來霜枝許花卻 雪帶林枝似白華 非枝非花恠似開 不春不秋降紛色
紀友則 205
206 【冬歌第六。】
足曳之 山之懸橋 冬來者 凍之上丹 往曾金敷
足曳あしひきの 山やまの懸橋かけはし 冬來ふゆなれば 凍こほりの上うへに 往ゆくぞ悲かなしき
寒天素雪凝牖照 雲非橋金樓前度 疑是西土鋪帳歟 念彼論工白布曳
佚名 206
207 【冬歌第七。】
白雪之 降手凍禮留 冬成者 心真丹 不解麻留鉇
白雪しらゆきの 降ふりて凍こほれる 冬成ふゆなれば 心真こころさたかに 解とけずまる哉かな
大都應憐白雪宜 何況最無雲冬宵 霜柯泥池水靜泮 晨日出達水猶鏡
佚名 207
208 【冬歌第八。】
白露裳 霜砥成介留 冬之夜者 天之漢障 水凍介里
白露しらつゆも 霜しもと成なりけれ 冬夜ふゆのよは 天川あまのかはさへ 水凍みつこほりけり
月浦九河雪凝早 山野林隈霜飛速 冬夜停前無暉月 凍池水邊不綠草
佚名 208
209 【冬歌第九。】
降雪之 積留峰丹 白雲之 立裳不躁 居歟砥曾見留
降雪ふるゆきの 積つもれる峰みねに 白雲しらゆきの 立たちも躁さわかず 居ゐるかとぞ見みる
陽季漢天降雪早 白雪浪浦散花速 霜枝不老無白鬚 雪山垣翠頭素髮
佚名 209
210 【冬歌第十。】
吹風者 往裳不知砥 冬來者 獨寢夜之 身丹曾芝美介留
吹風ふくかぜは 行ゆくも知しらねと 冬來ふゆくれば 獨寢夜ひとりぬるよの 身みにぞ染しみける
何冬何處愛林亭 冬霄風氣衾不單 寒月谷風枝不障 閑館獨寢無問人
佚名 210
211 【冬歌十一。】
嵐吹 山邊之里丹 降雪者 迅散梅之 花砥許曾見禮
嵐吹あらしふく 山邊やまへの里さとに 降雪ふるゆきは 迅散とくちる梅うめの 花はなとこそ見みれ
冬月冬日山嵐切 降雪迅散花柯寒 秋往冬來希溫風 寒溫齊平連造變
佚名 211
212 【冬歌十二。】
雪而已曾 柯丹降敷 花裳葉裳 伊丹兼方裳 不知麻留鉇
雪ゆきのみぞ 枝えたに降敷ふりしき 花はなも葉はも いにけむ方かたも 知しらずまる哉かな
雪柯泉邊迷林住 叢中萬蟲還古館 柯葉無流失時怨 池凍同被無三秋
佚名 212
213 【冬歌十三。】
草裳木裳 枯塗冬之 屋門成者 不雪者 問人裳無
草くさも木きも 枯かれぬる冬ふゆの 宿成やどなれば 雪ゆきに成ならずは 訪とふ人ひとも無なし
冬日草木帶雪斜 寒夜閑館無問人 處處家家併寂寞 恨寒夜多無瓶酒
佚名 213
214 【冬歌十四。】
冬之池之 上者凍丹 閉鶴緒 何手加月之 底丹入兼
冬池ふゆのいけの 上うへは凍こほりに 閉とぢつるを 何いかてか月つきの 底そこに入いりけむ
蒼天月色無收人 霜凝雪降不泛月 雪霽雲明影不見 恠誰秘留月貌底
佚名 214
215 【戀歌十五。】
浦近杵 前丹波立 冬來者 花拆物砥 今曾知塗
浦近うらちかき 前さきに波立なみたつ 冬來ふゆくれば 花咲はなさく物ものと 今いまぞ知しりぬる
瀧河起浪穿月舟 湖浦遄湖折星槍 應謂三冬無熱草 九碧河降氣切苦
佚名 215
216 【戀歌十六。】
霜之上丹 跡蹈駐留 濱道鳥 往邊裳無砥 浪耳曾來留
霜上しものうへに 跡踏あとふみ止とむる 濱道鳥はまぢとり 行方ゆくへも無なしと 浪なみのみぞ來くる
冬月興希心猶冷 夜光細灼弄人嬾 御溝堤晴無宴鳥 南亭池澄不泛月
佚名 216
217 【戀歌十七。】
自木間 吹來風丹 散時 雪裳花砥曾 見江惑介留
木間このまより 吹來ふきくる風かぜに 散ちる時ときは 雪ゆきも花はなとぞ 見みえ惑まどひける
叢前枝枯袖不見 黃林枯樹彫花多 雪生風羽從扇宜 從年齡盡不知老
佚名 217
218 【戀歌十八。】
雪之內野 自三山許曾 老者來禮 頭之霜砥 成緒先見與
雪ゆきの內野うちの 三山みやまよりこそ 老おいは來くれ 頭かしらの霜しもと 成なるを先見まつみよ
雪裏三山首早白 叢中六根老速貌 霜鬚絲增頭白毳 鏡顏塵栖怨皺來
佚名 218
219 【冬歌十九。】
降裳不敢 銷南雪緒 冬之日之 花砥見禮早 鳥之認覽
降ふりも敢あえず 消きえなむ雪ゆきを 冬日ふゆのひの 花はなと見みれ早はや 鳥とりの認とむらむ
南山雪晴松柏綠 風枝往梅柳初萌 九天凍解月桂晴 寒氣稍卻早鳥趨
佚名 219
220 【冬歌二十。】
年月之 雪降往者 草裳木裳 老許曾為良芝 白見禮者
年月としつきの 雪降行ゆきふりゆけば 草くさも木きも 老おいこそすらし 白しろく見みゆれば
何處雪山經年綠 誰家人侶白頭居 每歲春齡往還達 終日年筭數不知
佚名 220
221 【冬歌廿一。】
雲之上之 風也者繁杵 白雪之 枝無花砥 許許良散覽
雲上くものうへの 風かぜやは繁しげき 白雪しらゆきの 枝無えだなき花はなと 幾許散ここらちるらむ
雲上早風白雪散 霜裏速氣柯花落 邊館寂寞戀春來 石泉荒涼俟節改
清原深養父 221
222 【冬歌廿二。】
花更丹 散來砥而已 見江鶴者 降積雪之 不消成介里
花更はなさらに 散來ちりくるとのみ 見みえつるは 降積ふりつむ雪ゆきの 消きえぬ成なりけり
林中古館還將柯 止色無春無成綠 池裡凍景稍解散 水上萍葉葉初萌
佚名 222
戀部
223 戀歌卅一首 【戀歌第一。】
一度裳 戀芝砥思丹 苦敷者 心曾千千丹 摧倍良成留
一度ひとたびも 戀こひしと思おもふに 苦くるしきは 心こころぞ千千ちちに 摧くたくへらなる
郎君一覽何不在 玉珮響留且不來 閨中單己愛君戀 女郎胸心府共絕
和泉式部 223
224 【戀歌第二。】
君戀留 淚之浦丹 滿沼禮者 身緒筑紫砥曾 吾者成塗
君戀きみこふる 淚浦なみだのうらに 滿みちぬれば 身みを筑紫つくしとぞ 吾われは成なりぬる
積年戀慕何早速 終日泣淚誰千行 若君逢披雲使者 余不惜雖待覽卻
佚名 224
225 【戀歌第三。】
獨寢 屋門之自隙 往月哉 淚之岸丹 景浮濫
獨寢ひとりぬる 宿やどの隙ひまより 行月ゆくつきや 淚なみだの岸きしに 景浮かけうかふらむ
荒涼宅屋無雙侶 粉黛壞來嬾經營 毳衣分散還收人 紅淚鎮霑服不晞
佚名 225
226 【戀歌第四。】
戀侘 景緒谷不見芝 玉桂 殊者根佐倍丹 掘手捐店
戀侘こひわびぬ 景かげをたに見みじ 玉桂たまかつら 殊ことは根ねさへに 掘ほりて棄すてらむ
戀思人何心府切 愁腸斷誰且暫息 月桂常壯余鬚絲 鏡面鎮明侘自皺
佚名 226
227 【戀歌第五。】
後遂丹 何為與砥歟 玉桂 戀為留屋門丹 生增留藍
後遂のちつひに 何なにに為せよとか 玉桂たまかつら 戀こひする宿やどに 生增おひまさるらむ
君去我留別離心 桂靨何年一往見 柳絲眉何時不還 使別檨帳前來□
佚名 227
228 【戀歌第六。】
人見手 念裳牟事谷 有物緒 暗丹戀曾 葬處無雁介留
人ひとを見みて 念おもふ事ことやに 有ある物ものを 暗そらに戀こふるぞ 葬處無はかなかりけり
西施潘岳本慇懃 何汝與我愁淚流 滴淚似鮫人眼玉 凝粉如鳳女顏脂
佚名 228
229 【戀歌第七。】
足千種之 祖裳都良芝那 如此量 思丹迷 世丹駐低
足千種たらちねの 祖おやもつらしな 如此量かくばかり 思おもひに迷まよふ 世よに留とどめたる
千愁胸障足不駐 世怨心府連無量 愁霜殘鬚侵素早 歎烟怨顏伴老速
佚名 229
230 【戀歌第八。】
人緒思 淚之無者 唐衣 胸之亘者 色裳江那申
人ひとを思おもふ 淚なみだの無なくは 唐衣からころも 胸むねの渡わたりは 色燃いろもえなまし
君思多我念不希 愁緒碎胸裏無斷 怨淚眼前流不息 何日相逢慰良心
紀貫之 230
231 【戀歌第九。】
契兼 言露曾都良杵 織女之 年丹一度 逢者相革
契ちぎりけむ 心こころぞ辛つらき 織女たなばたの 年としに一度ひとたび 逢あふは逢あふかは
東嶺明月機照盛 何織女相契一夜 相見逢語且遲來 恨玄宗遠隔不見
藤原興風 231
232 【戀歌第十。】
吾戀者 三山隱之 草成哉 繁佐增禮砥 知人裳無杵
我わが戀こひは 深山隱みやまかくしの 草成くさなれや 繁しげさ增まされと 知人しるひとも無なき
君行遙指千里程 我三山隔無知人 月光似鏡無照怨 寒氣如刀不切怨
佚名 232
233 【戀歌十一。】
思庭 大虛障哉 燃亘 朝起雲緒 烟庭為手
思おもふには 大虛空おほそらさへや 燃渡もえわたる 朝立あさたつ雲くもを 烟けふりにはして
千古行遙乘白雲 自逢別檨久荒迷 題埋世路心府泥 烟霞大虛復不見
佚名 233
234 【戀歌十二。】
不飽芝手 君緒戀鶴 淚許曾 浮杵見沉箕手 有亘都禮
飽あかずして 君きみを戀こひつる 淚なみだこそ 浮うきみ沉しつみて 有渡ありわたりつれ
怨府切盛未留愁 君思鶴戀院飽足 箕婦眼淚溋不覺 僅逢相語且永契
佚名 234
235 【戀歌十三。】
無破曾 寢手裳覺手裳 戀良留留 怨緒五十人槌 遣手忘牟
道理無わりなくぞ 寢ねても覺さめても 戀こひらるる 怨うらみを何方いづち 遣やりて忘わすれむ
霜月輕往驚單人 曉樓鐘響覺眠人 戀破心留五十八 相思相語幾數處
佚名 235
236 【戀歌十四。】
侘沼禮者 誣手將忘砥 思鞆 夢砥云物曾 人恃目那留
侘わびぬれば 強しひて忘わすれむと 思おもへども 夢ゆめと云いふ物ものぞ 人賴ひとだのめなる
荒室蜘綸人無挑 暇閑簾內衾不收 戀侘寢夢魂不見 誣無忘恃人不愁
佚名 236
237 【戀歌十五。】
可銷 命裳生八斗 試牟 玉之緒量 將逢云南
消きえぬべき 命いのちも生いくやと 試こころみむ 玉緒量たまのをはかり 逢あはむと云いはなむ
恒鎮玉八十年期 何生命道猶長短 玉顏芳語往似花 羅服雲袖稔無產
佚名 237
238 【戀歌十六。】
不飽芝手 別芝初夜之 淚河 與砥美裳無裳 涌立心歟
飽あかずして 別わかれし初夜よひの 淚川なみだがは 淀よどみも無なくも 涌立たきつ心こころか
不飽郎君自別離 初夜淚河堪無留 郎與我兩袖染紅 怨氣散雲散雨流
佚名 238
239 【戀歌十七。】
無限 深思緒 忍禮者 身緒殺丹裳 不減介留
限かぎり無なく 深ふかき思おもひを 忍しのぶれば 身みを殺ころすにも 減おとふざりける
無限思緒忍猶發 身殺慟留且不憚 妾羅衣何人共著 燈下抱手語聳耳
佚名 239
240 【戀歌十八。】
經年 燃那留富士之 山自者 不飽沼思者 吾曾增里留
年としを經へて 燃もえなる富士ふじの 山やまよりは 飽あかぬ思おもひは 我われぞ增まされる
室堂經年獨簪卷 數多屏前單燈挑 終日嶺雪見暇閑 通夜池凍見無友
佚名 240
241 【戀歌十九。】
侘亘 吾身之浦砥 成禮禮者哉 戀敷人之 頻波丹起
侘渡わびわたる 吾身わがみの浦うらと 成なれればや 戀こひしき人ひとの 頻波しきなみに立たつ
眼浦愁浪頻無駐 胸牖戀重侘不見 吾身霜露光易散 他壽霞烟保不留
佚名 241
242 【戀歌二十。】
髣髴丹見芝 人丹思緒 屬染手 心幹許曾 下丹焦禮
仄ほのに見みし 人ひとに思おもひを 付染つけそめて 心こころからこそ 下したに焦こがるれ
任氏顏貌彷彿宜 粉黛不無眉似柳 硃砂不企脣如丹 心思肝屬猶胸焦
佚名 242
243 【戀歌廿一。】
夕三里夜 於保呂丹人緒 見手芝從 天雲不晴 心地許曾為禮
夕月夜ゆふつくよ 朧おほろに人ひとを 見みてしより 天雲晴あまくもはれぬ 心地ここちこそすれ
江雁朋失迴雲湮 人侶友別三里趨 蹭蹬曾羽客不逢 踟躊專魂魄不見
佚名 243
244 【戀歌廿二。】
雖近 人目緒護 許呂者 雲井遙氣杵 身砥哉成南
近ちかけれど 人目ひとめを護まもる ゆろほびは 雲井遙くもゐはるけき 身みとや成なりなむ
道士手別卻碧羅 蒼天霞凝袖不見 交情交淚更無那 去留雲居世上理
佚名 244
245 【戀歌廿三。】
不飽而 今朝之還道 不覺 心一緒 置手來芝加者
飽あかずして 今朝けさの歸道かへりぢ 覺おもぼえず 心一こころひとつを 置おきて來こしかは
四時輪轉春常少 今朝還道心不覺 百刻支分秋猶希 一緒置來筭無知
源清蔭 245
246 【戀歌廿四。】
天漢 三尾而已增留 早湍丹 荏許曾堰敢 檷袂之志加良三
天川あまのかは 澪みをのみ增まさる 速はやき瀨せに 荏えこそ堰せきあへ 檷袂ねそでのしからみ
漢天早湍無浮舟 生死瀑河不留人 嚬眉厭老終叵卻 拍手歌漢月樂盡
佚名 246
247 【戀歌廿五。】
自葦間 滿來潮之 彌增丹 思增鞆 不飽君鉇
葦間あしまより 滿來みちくる潮しほの 彌增いやましに 思おもひ增ますども 飽あかず君哉きみかな
邕郎羽衣猒塵往 腰輕步乘雲離別 啼號黃河求不聞 池前清水影不見
佚名 247
248 【戀歌廿六。】
人之身丹 秋哉立濫 言之葉之 薄裳滋裳 千丹移徙禮留
人身ひとのみに 秋あきや立たつらむ 言葉ことのはの 薄うすも滋こくも 千千ちちに移徙うつれる
可憐人身千還移 秋葉黃色無還期 思滋喜少人猶侘 玉匣花釵收不用
佚名 248
249 【戀歌廿七。】
戀為禮者 吾身曾影砥 成丹介留 佐利砥手人丹 不添物故
戀こひすれば 我わが身みぞ影かげと 成なりにける さりとて人ひとに 添そはぬ物故ものゆゑ
客人貌顏無別往 此慇懃溛心未懸 不添沼物故更生 可惜黃葉且不來
佚名 249
250 【戀歌廿八。】
逢事者 雲井遙丹 鳴雷之 音丹聞筒 戀亘鉇
逢事あふことは 雲井遙くもゐはるかに 鳴雷なるかみの 音おとに聞ききつつ 戀渡こひわたる哉かな
逢叵別易朋友契 袖交手抱語何忘 枕同臂據心誰吟 遙聞雷響疑友音
紀貫之 250
251 【戀歌廿九。】
風吹者 峰丹分留留 白雲之 往還手裳 逢砥曾思
風吹かぜふけば 峰みねに分わかるる 白雲しらくもの 往還ゆきかへりても 逢あはむとぞ思おもふ
顏影去行迴雲路 將逢見泊河遙遠 欲招手霞高不見 分散併含茶蓼葉
佚名 251
252 【戀歌三十。】
袖裳無杵 身砥哉可成 戀歷筒 淚丹腐手 可棄藝禮者
袖そでも無なき 身みとや成なるべき 戀經こひへつつ 淚なみだに腐くちて 棄すてつへければ
曉鸞鏡向戀分影 暮抱鴦被似一身 戀淚我身霑袖腐 怨屆筒扣人不知
佚名 252
253 【戀歌卅一。】
戀侘沼 天河原倍 往手志歟 亘彥星 逢砥云成
戀侘こひわびぬ 天河原あまのかはらへ 行ゆき手てしか 渡わたる彥星ひこぼし 逢あふと云いふ也なり
天河原往戀機趨 無彥星鳴侘不報 男郎逢時喜樂多 阿婆每日淚血飽
佚名 253
女郎花部
254 女郎花歌廿五首 一本無女郎花部,以戀部為卷終。【女郎花第一。】
白露之 置晨之 女倍芝 花丹裳葉丹裳 玉曾懸禮留
白露しらつゆの 置おける朝あしたの 女郎花をみなへし 花はなにも葉はにも 玉たまぞ懸かけれる
孔子仁恩都山野 白露晨晨晞玉裳 仙人洪勢併林樹 晴霧暮暮懸羽衣
佚名 254
255 【女郎花第二。】
草隱禮 秋過禮砥 女倍芝 匂故丹 人丹見塗
草隱くさかくれ 秋あきは過すぐれど 女郎花をみなへし 匂にほふ故ゆゑに 人ひとに見みえぬる
女郎何葉節草隱 侯周忘秋人袖匂 終日秋野收黃色 通夕露孕染花見
佚名 255
256 【女郎花第三。】
名丹饒手 今朝曾折鶴 女倍芝 花丹戀禮留 露丹奴禮荷
名なに愛めでて 今朝けさぞ折をりつる 女郎花をみなへし 花はなに戀こひれる 露つゆに濡ぬれつつ
秋野草都號女郎 鶴潤鏡今朝增鴈 風馥多 今夕薰 自是野客千般喜
佚名 256
257 【女郎花第四。】
公丹見江牟 事哉湯湯敷 女部芝 霧之籬丹 立隱濫
君きみに見みえむ 事ことや忌忌ゆゆしき 女郎花をみなへし 霧きりの籬まかきに 立隱たちかくるらむ
女芝露孕秘籬前 江公位保蘙侘敷 秋風吹來將排卻 可惜草木且濫落
壬生忠岑 257
258 【女郎花第五。】
女倍芝 移秋之 程緒見手 根障遷手 露曾折鶴
女郎花をみなへし 移うつろふ秋あきの 程ほどを見みて 根ねさへ遷うつりて 露つゆぞ折をりつる
芽花與女郎交袂 烟霞相催草木宜 天都秋山埜可怜 風露染手秋腸斷
佚名 258
259 【女郎花第六。】
秋之野緒 皆歷知砥手 少別丹 潤西袂哉 花砥見湯濫
秋野あきののを 皆經知みなへしるとて 少別ささわけに 潤ぬねにし袂そてや 花はなと見みゆらむ
是花中偏不愛郎 萬山都併花歷年 知行芽芝劣潤別 馥散野人醉□□
佚名 259
260 【女郎花第七。】
每秋丹 折行良咩砥 女倍芝 當日緒待乃 名丹許曾佐里介禮
秋每あきごとに 折行をりゆくらめと 女郎花をみなへし 其日そのひを待まつの 名なにこそさりけれ
每秋往良芝良折 當日相對猶不古 藝能敢取丹名禮 每秋往良芝良折
佚名 260
261 【女郎花第八。】
秋風丹 吹過手來留 女倍芝 目庭不見禰砥 風之頻禮留
秋風あきかぜに 吹過すきすぎて來くる 女郎花をみなへし 目めには見みえねど 風かぜの頻しきれる
秋風觸處露不閑 吹過浪花岸前發 竹葉隱低自引盃 相說黎民女宴盛
佚名 261
262 【女郎花第九。】
泛成砥 名丹曾立塗 女陪芝 那砥秋露丹 生添丹兼
泛成あたなりと 名なにぞ立たちぬる 女郎花をみなへし なと秋露あきつゆに 生添おひそひにけむ
秋霧泛灔添丹生 名兼成立曾無那 池內水文水雨紊 霧中叢併葉色薄
佚名 262
263 【女郎花第十。】
女倍芝 往過手來 秋風之 月庭不見砥 香許曾驗介禮
女郎花をみなへし 行過ゆきすぎて來くる 秋風あきかぜの 月つきには見みえねど 香かこそ驗しるけれ
婆母過年自往來 庭前丹香倍芝艷 秋風往山野寂寞 寒風來空堂閑等
凡河內躬恒 263
264 【女郎花十一。】
女倍芝 人哉見都濫 三吉野之 置白露之 姿緒作禮留
女郎花をみなへし 人ひとや見みつらむ 御吉野みよしのの 置おく白露しらつゆの 姿すがたを作つくれる
姿人留無見不得 花愛枝賞白露散 等觀莖翫心猶冷 俄喘息紅色遷移
佚名 264
265 【女郎花十二。】
女倍芝 此秋而已曾 己 瞻杵緒玉砥 貫手見江南
女郎花をみなへし 此秋このあきのみぞ 己おのれこそ 瞻ながきを玉たまと 貫ぬきて見みえなむ
秋暮行草木寂寞 花宿白露無盛時 寒風俄來禮五連 女郎何惜留花匂
佚名 265
266 【女郎花十三。】
荒金之 土之下丹手 歷芝物緒 當日之占手丹 逢女倍芝
荒金あらかねの 土下つちのしたにで 經へし物ものを 今日けふの占手うらてに 逢あふ女郎花をみなへし
貞女香含吐黃金 秋野行人服皆匂 芝草逢者奢侈花 摘柯取株共不愛
佚名 266
267 【女郎花十四。】
女倍芝 秋之野風丹 打靡杵 心一緒 誰丹寄濫
女郎花をみなへし 秋あきの野風のかぜに 打靡うちなびき 心一こころひとつを 誰だれに寄よすらむ
秋風花繫草木靡 誰許寄濫止野陵 濤奢風侈林不閑 雲帳要凝池不明
藤原時平 267
268 【女郎花十五。】
乍枝 花秋風丹 散沼鞆 色緒原分那 野之女倍芝
枝えだながら 花秋風はなあきかぜに 散ちりぬども 色いろを原はらふな 野のの女郎花をみなへし
柯花俟秋風分散 池色隨起浪移落 花袖玉色易遷移 郁女時時來問訊
佚名 268
269 【女郎花十六。】
長霄緒 誰待兼 女倍芝 人待蟲之 每秋丹鳴
長ながき夜よを 誰待だれまち兼かねて 女郎花をみなへし 人待ひとまつ蟲むしの 秋每あきごとに鳴なく
秋月霄長光猶富 誰知九重似官量 兼識天地陰陽氣 素髮何歲他來秋
佚名 269
270 【女郎花十七。】
秋之野緒 定手人之 不還禰者 花之限者 不遺介里
秋野あいののを 定さだめて人ひとの 還かへらねは 花はなの限かぎれば 遺のこらざりけり
秋野物色都可怜 路頭遊客花色詠 山中狩人柯先吟 無遺花上蝶羽勻
佚名 270
271 【女郎花十八。】
朗丹裳 今朝者不見江哉 女倍芝 霧之籬丹 立翳禮筒
清さやかにも 今朝けさは見みえずや 女郎花をみなへし 霧きりの籬まかきに 立隱たちかくれつつ
月朗秋夕見可怜 早朝閑坐眺黃菊 霧帳月眉翳不明 風羽扇夕塵無晴
佚名 271
272 【女郎花十九。】
夕方之 月人男 女倍芝 生砥裳野邊緒 難過丹為
夕方ゆふかたの 月人男つきひとをとこ 女郎花をみなへし 生おふとも野邊のへを 過すぎ難かてにする
父女郎不見心焦 月男別往併難逢 幼見野草與芝花 風吹催兮林隈物
佚名 272
273 【女郎花二十。】
女倍芝 拆野之鄉緒 秋來者 花之影緒曾 假廬砥者世留
女郎花をみなへし 咲さく野のの鄉さとを 秋來あきくれば 花影はなかけをぞ 假廬かりほとはせる
野草芳菲紅絲亂 鶴響雲館紫丹凝 來秋花影尤盛宜 草木靡柯似舞袖
佚名 273
274 【女郎花廿一。】
打敷 物緒思歟 女倍芝 世緒秋風之 心倦介禮者
打敷うちしきに 物ものを思おもふか 女郎花をみなへし 世よを秋風あきかぜの 心憂こころうければ
打亂緒秋風收倦 世緒女郎貌絕饒 芽野鳴鹿幾戀愛 林枝啼鳥且耽饒
佚名 274
275 【女郎花廿二。】
君丹依 野邊緒離手 女倍芝 心一丹 秋緒認濫
君きみに依より 野邊のへを別わかれて 女郎花をみなへし 心一こころひとつに 秋あきを認とむらむ
為君栽芝草令開 手掘池沼蓮馥匂 在在處處玉盞泛 丹芝草見玉景美
佚名 275
276 【女郎花廿三。】
女倍芝 秋在名緒哉 立沼濫 置白露緒 潤衣丹服手
女郎花をみなへし 秋あきなる名なをや 立たちぬらむ 置おく白露しらつゆを 濡ぬれ衣きぬに著きて
良芝秋花最勝宜 泛名衣潤野客服 白露服椱仙人狎 手抱歌儛共筵宴
源清蔭 276
277 【女郎花廿四。】
女倍芝 折手丹潤留 白露者 嫉花之 淚成介里
女郎花をみなへし 折手をるてに潤ぬるる 白露しらつゆは 嫉ねためる花はなの 淚成なみだなりけり
花見嬾秋風嫉音 人間寰中寒氣速 晴河洞中浪起早 露白烟丹妬淚聲
佚名 277
278 【女郎花廿五。】
露草丹 潤曾保知筒 花見砥 不知山邊緒 皆歷知丹杵
露草つゆくさに 濡ぬれぞほ知しつつ 花見はなみると 知しらぬ山邊やまへを 皆經知みなへしりにき
草露潤袖增秋往 山邊保花怨落堆 若逢真婦女郎者 可惜生死遙別行
佚名 278
新撰萬葉集 卷下 終