新撰萬葉集 卷上
春部
001 春歌廿一首 【春歌第一。】
水之上 丹文織紊 春之雨哉 山之綠緒 那倍手染濫
水上に 綾織り亂る 春雨や 山の綠を 並べて染むらむ
春來天氣有何力 細雨濛濛水面穀 忽忘遲遲暖日中 山河物色染深綠
伊勢 001
002 【春歌第二。】
散砥見手 可有物緒 梅之花 別樣匂之 袖丹駐禮留
散ると見て あるべき物を 梅花 うたて匂ひの 袖に留まれる
春風觸處物皆樂 上苑梅花開也落 淑女偷攀堪作簪 殘香勾袖拂難卻
素性法師 002
003 【春歌第三。】
淺綠 野邊之霞者 裹鞆 己保禮手匂布 花櫻鉋
淺綠 野邊の霞は 裹めども 零れて匂ふ 花櫻哉
綠色淺深野外盈 雲霞片片錦帷成 殘嵐輕簸千匂散 自此櫻花傷客情
佚名 003
004 【春歌第四。】
花之樹者 今者不堀殖 立春者 移徙色丹 人習藝里
花樹は 今は掘植ゑじ 春立てば 移ろふ色に 人習ひけり
花樹栽來幾適情 立春遊客愛林亭 西施潘岳情千萬 雨意如花尚似輕
素性法師 004
005 【春歌第五。】
春霞 網丹張牢 花散者 可移徙 鶯將駐
春霞 網に張込め 花散らば 移ろひぬべき 鶯駐む
春嶺霞低繡幕張 百花零處似燒香 艷陽氣若有留術 無惜鶯聲與暮芳
佚名 005
006 【春歌第六。】
花之香緒 風之便丹 交倍手曾 鶯倡 指南庭遣
花香を 風の便りに 交へてぞ 鶯指そふ 標には遣る
頻遣花香遠近賒 家家處處匣中加 黃鶯出谷無媒介 唯可梅風為指車
紀友則 006
007 【春歌第七。】
駒那倍手 目裳春之野丹 交南 若菜摘久留 人裳有哉砥
駒並べて 目も春野に 交じりなむ 若菜摘み來る 人も有哉と
綿綿曠野策驢行 目見山花耳聽鶯 駒犢累累趁苜蓿 春孃採蕨又盈囊
佚名 007
008 【春歌第八。】
吹風哉 春立來沼砥 告貫牟 枝丹牢禮留 花拆丹藝里
吹風哉 春立來ぬと 告げつらむ 枝に籠れる 花咲きにけり
寒灰警節早春來 梅柳初萌自欲開 上苑百花今已富 風光處處此傷哉
佚名 008
009 【春歌第九。】
真木牟具之 日原之霞 立還 見鞆花丹 被驚筒
卷向の 檜原の霞 立返り 見れども花に 驚かれつつ
倩見天隅千片霞 宛如萬朵滿園奢 遊人記取圖屏障 想像桃源兩岸斜
佚名 009
010 【春歌第十。】
春立砥 花裳不匂 山里者 懶輕聲丹 鶯哉鳴
春立てど 花も匂はぬ 山里は 物憂かる音に 鶯や鳴く
墝埆幽亭豈識春 不芼絕域又無匂 花貧樹少鶯慵囀 本自山人意未申
在原棟梁 010
011 【春歌十一。】
梅之香緒 袖丹寫手 駐手者 春者過鞆 片身砥將思
梅香を 袖に移して 留めてば 春は過ぐとも 形見と思はむ
無限遊人愛早梅 花花樹樹傍籬栽 自攀自翫堪移袂 惜矣三春不再來
佚名 011
012 【春歌十二。】
鶯者 郁子牟鳴濫 花櫻 拆砥見芝間丹 且散丹藝里
鶯は むべも鳴くらむ 花櫻 咲くと見し間に 且散りにけり
誰道春天日此長 櫻花早綻不留香 高低鶯囀林頭聒 恨使良辰獨有量
佚名 012
013 【春歌十三。】
春霞 色之千種丹 見鶴者 棚曳山之 花之景鴨
春霞 色の千種に 見えつるは 棚引く山の 花の輝かも
霞光片片錦千里 未辨名花五彩斑 遊客迴眸猶誤道 應斯丹穴聚鵷鸞
藤原興風 013
014 【春歌十四。】
春霞 起手雲路丹 鳴還 雁之酬砥 花之散鴨
春霞 立ちて雲路に 鳴還る 雁の手向と 花の散るかも
霞天歸雁翼遙遙 雲路成行文字昭 若汝花時知去意 三秋係札早應朝
佚名 014
015 【春歌十五。】
霞立 春之山邊者 遠藝禮砥 吹來風者 花之香曾為
霞立つ 春の山邊は 遠けれど 吹來る風は 花の香ぞする
花花數種一時開 芬馥從風遠近來 嶺上花繁霞泛灩 可憐百感每春催
在原元方 015
016 【春歌十六。】
霞起 春之山邊丹 開花緒 不飽散砥哉 鶯之鳴
霞立つ 春の山邊に 咲く花を 飽かず散ると哉 鶯の鳴く
霞彩班班五色鮮 山桃灼灼自然燃 鶯聲緩急驚人聽 應是年光趁易遷
佚名 016
017 【春歌十七。】
鶯之 破手羽裹 櫻花 思隈無 早裳散鉋
鶯の 破ては裹む 櫻花 思ひ隈無く 早も散る哉
紅櫻本自作鶯栖 高翥華閒終日啼 獨向風前傷幾許 芬芳零處徑應迷
佚名 017
018 【春歌十八。】
乍春 年者暮南 散花緒 將惜砥哉許許良 鶯之鳴
春ながら 年は暮れなむ 散花を 惜しむとや幾許ら 鶯の鳴く
縱使三春良久留 雖希風景此誰憂 上林花下匂皆盡 遊客鶯兒痛未休
佚名 018
019 【春歌十九。】
如此時 不有芝鞆倍者 一年緒 惣手野春丹 成由裳鉋
如此時 有らじともへば 一年を 惣ての春に 成す由もがな
偷見年前風月奇 可憐三百六旬期 春天多感招遊客 攜手攜觴送一時
佚名 019
020 【春歌二十。】
鶯之 陬之花哉 散沼濫 侘敷音丹 折蠅手鳴
鶯の 陬の花や 散りぬらむ 侘しき聲に 折はへて鳴く
殘春欲盡百花貧 寂寞林亭鶯囀頻 放眼雲端心尚冷 從斯處處樹陰新
佚名 020
021 【春歌廿一。】
春來者 花砥哉見濫 白雪之 懸禮留柯丹 鶯之鳴
春來れば 花とや見らむ 白雪の 懸れる枝に 鶯の鳴く
嗤見深春帶雪枝 黃鶯出谷始馴時 初花初鳥皆堪翫 自此春情可得知
素性法師 021
夏部
022 夏歌廿一首 【夏歌第一。】
蟬之音 聞者哀那 夏衣 薄哉人之 成砥思者
蟬聲 聞けば悲しな 夏衣 薄くや人の 成らむと思へば
嘒嘒蟬聲入耳悲 不知齊后化何時 絺衣初製幾千襲 咲殺伶倫竹與絲
紀友則 022
023 【夏歌第二。】
夏之夜之 霜哉降禮留砥 見左右丹 荒垂屋門緒 照栖月影
夏夜の 霜や降れると 見る迄に 荒れたる宿を 照らす月影
夜月凝來夏見霜 姮娥觸處翫清光 荒涼院裏終宵讌 白兔千群人幾堂
佚名 023
024 【夏歌第三。】
沙亂丹 物思居者 郭公鳥 夜深鳴手 五十人槌往濫
五月雨に 物思ひをれば 郭公 夜深く鳴きて 何方行くらむ
蕤賓怨婦兩眉低 耿耿閨中待曉雞 粉黛壞來收淚處 郭公夜夜百般啼
紀友則 024
025 【夏歌第四。】
初夜之間裳 葬處無見湯留 夏蟲丹 迷增禮留 戀裳為鉋
宵間も 儚く見ゆる 夏蟲に 迷ひ增れる 戀もする哉
好女係心夜不眠 終宵臥起淚連連 贈花贈札迷情切 其奈遊蟲入夏燃
紀友則 025
026 【夏歌第五。】
夏之夜之 臥歟砥為禮者 郭公 鳴人音丹 明留篠之目
夏夜の 臥すかとすれば 郭公 鳴く一聲に 明くる東雲
日常夜短懶晨興 夏漏遲明聽郭公 嘯取詞人偷走筆 文章氣味與春同
紀貫之 026
027 【夏歌第六。】
五十人沓夏 鳴還濫 足彈之 山郭公 老牟不死手
幾つ夏 鳴返るらむ 足引の 山郭公 老いも死なずて
夏枕驚眠有妬聲 郭公夜叫忽過庭 一留一去傷人意 珍重今年報舊鳴
佚名 027
028 【夏歌第七。】
蕤賓俟 野之側之 菖蒲草 香緒不飽砥哉 鶴歟音為
五月待つ 野邊の陲の 菖蒲草 香を飽かずとや 鶴が聲する
菖蒲一種滿洲中 五月尤繁魚虌通 盛夏芬芬漁父翫 栖來鶴翔叫無窮
佚名 028
029 【夏歌第八。】
暮歟砥 見禮者明塗 夏之夜緒 不飽砥哉鳴 山郭公
暮るるかと 見れば明けぬる 夏夜を 飽かずとや鳴く 山郭公
難暮易明五月時 郭公緩叫又高飛 一宵鐘漏盡尤早 想像閨筵怨婦悲
壬生忠岑 029
030 【夏歌第九。】
郭公 鳴立夏之 山邊庭 沓直不輸 人哉住濫
郭公 鳴立つ夏の 山邊には 沓出さぬ 人や住むらむ
山下夏來何事悲 郭公處處數鳴時 幽人聽取堪憐翫 況復家家音不希
佚名 030
031 【夏歌第十。】
菖蒲草 五十人沓之五月 逢沼濫 每來年 稚見湯禮者
菖蒲草 幾つの五月 逢ひぬらむ 來る年每に 若く見ゆれば
五月菖蒲素得名 每逢五日是成靈 年年服者齡還幼 鶣鵲嘗來味尚平
佚名 031
032 【夏歌十一。】
去年之夏 鳴舊手芝 郭公鳥 其歟不歟 音之不變沼
去年の夏 鳴き古るしてし 郭公鳥 其か有らぬか 聲の變らぬ
去歲今年不變何 郭公曉枕駐聲過 窗間側耳憐聞處 遮莫殘鶯舌尚多
佚名 032
033 【夏歌十二。】
疎見筒 駐牟留鄉之 無禮早 山郭公 浮宕手者鳴
疎みつつ 留むる里の 無ければや 山郭公 浮かれては鳴く
郭公一叫誤閨情 怨女偷聞惡鬧聲 飛去飛來無定處 或南或北幾門庭
凡河內躬恒 033
034 【夏歌十三。】
脫蟬之 侘敷物者 夏草之 露丹懸禮留 身許曾阿里藝禮
空蟬の 侘しき物は 夏草の 露に懸れる 身にこそありけれ
蟬人運命惣相同 含露殉飡暫養躬 三夏優遊林樹裏 四時喘息此寰中
佚名 034
035 【夏歌十四。】
夕去者 自螢異丹 燃禮鞆 光不見早 人之都禮無杵
夕去れば 螢よりけに 燃ゆれども 光見ねばや 人の由緣無さ
怨深喜淺此閨情 夏夜胸燃不異螢 書信休來年月暮 千般其奈望門庭
紀友則 035
036 【夏歌十五。】
夏山丹 戀敷人哉 入丹兼 音振立手 鳴郭公鳥
夏山に 戀しき人や 入りにけむ 聲振立てて 鳴く郭公
一夏山中驚耳根 郭公高響入禪門 適逢知己相憐處 恨有清談無酒罇
紀有岑 036
037 【夏歌十六。】
琴之聲丹 響通倍留 松風緒 調店鳴 蟬之音鉋
琴音に 響き通へる 松風を 調べても鳴く 蟬聲哉
邕郎死後罷琴聲 可賞松蟬兩混井 一曲彈來千緒亂 萬端調處八音清
佚名 037
038 【夏歌十七。】
夜哉暗杵 道哉迷倍留 郭公鳥 吾屋門緒霜 難過丹鳴
夜や暗き 道や迷へる 郭公 我が宿をしも 過ぎ難に鳴く
月入西嵫杳冥霄 郭公五夜叫飄颻 夏天處處多撩亂 曉牖家家音不遙
紀友則 038
039 【夏歌十八。】
都禮裳無杵 夏之草葉丹 置露緒 命砥恃 蟬之葬處無佐
由緣も無き 夏の草葉に 置く露を 命と賴む 蟬の儚さ
鳴蟬中夏汝如何 草露作飡樹作家 響處多疑琴瑟曲 遊時最似錦綾窠
佚名 039
040 【夏歌十九。】
夏草之 繁杵思者 蚊遣火之 下丹而已許曾 燃亘藝禮
夏草の 繁き思ひは 蚊遣火の 下にのみこそ 燃渡りけれ
一生燃念暫無休 刀火如炎不可留 黈纊塞來斯盛夏 許由洗耳永離憂
佚名 040
041 【夏歌二十。】
誰里丹 夜避緒為手鹿 郭公鳥 只於是霜 寢垂音為
誰が里に 夜離れをしてか 郭公 唯此處にしも 寢たる聲する
郭公本自意浮華 四遠無栖汝最奢 性似蕭郎令女怨 操如蕩子尚迷他
佚名 041
042 【夏歌廿一。】
人不識沼 思繁杵 郭公鳥 夏之夜緒霜 鳴明濫
人知れぬ 思ひや繁き 郭公 夏夜をしも 鳴き明かすらむ
三夏鳴禽號郭公 從來狎媚叫房櫳 一聲觸處萬恨苦 造化功尤任汝躬
佚名 042
秋部
043 秋歌卅六首 【秋歌第一。】
秋風丹 綻沼良芝 藤袴 綴刺世砥手 蛬鳴
秋風に 綻びぬらし 藤袴 綴りさせとて 蟋蟀鳴く
商飆颯颯葉輕輕 壁蛬流音數處鳴 曉露鹿鳴花始發 百般攀折一枝情
在原棟梁 043
044 【秋歌第二。】
白露丹 風之吹敷 秋之野者 貫不駐沼 玉曾散藝留
白露に 風の吹きしく 秋野は 貫きとめぬ 玉ぞ散りける
秋風扇處物皆奇 白露繽紛亂玉飛 好夜月來添助潤 嫌朝日往望為晞
文室朝康 044
045 【秋歌第三。】
吾而已哉 憐砥思 蛬 鳴暮景之 倭瞿麥
我のみや 憐れと思はむ 蟋蟀 鳴く夕影の 大和撫子
秋來曉暮報吾聲 蟋蟀高低壁下鳴 耿耿長宵驚睡處 誰言愛汝最丁寧
素性法師 045
046 【秋歌第四。】
秋風丹 鳴雁歟聲曾 響成誰歟 玉梓緒 懸手來都濫
秋風に 鳴雁が音ぞ 響く成る誰が 玉梓を 懸けて來つらむ
聽得歸鴻雲裏聲 千般珍重遠方情 繫書入手開緘處 錦字一行淚數行
紀友則 046
047 【秋歌第五。】
女倍芝 匂倍留野邊丹 宿勢者 無綾泛之 名緒哉立南
女郎花 匂へる野邊に 宿りせば 文無く徒の 名をや立ちなむ
女郎花野宿羈夫 不許繁花負號區 蕩子從來無定意 未嘗苦有得羅敷
小野美材 047
048 【秋歌第六。】
秋之夜之 天照月之 光丹者 置白露緒 玉砥許曾見禮
秋夜の 天照る月の 光には 置く白露を 玉とこそ見れ
秋天明月照無私 白露庭前似亂璣 卞氏謝來應布地 四知廉正豈無知
佚名 048
049 【秋歌第七。】
白露之 織足須芽之 下黃葉 衣丹遷 秋者來藝里
白露の 織足す萩の 下黃葉 衣に遷る 秋は來にけり
秋芽一種最須憐 半萼殷紅半萼遷 落葉風前碎錦播 垂枝雨後亂絲牽
佚名 049
050 【秋歌第八。】
鴈歟聲之 羽風緒寒美 促織之 管子纏音之 切切砥為
雁が音の 羽風を寒み 機織の 繀筟卷く音の きりきりとする
爽候催來兩事悲 秋鴻鼓翼與蟲機 含毫朗詠依人處 專夜閑居賞一時
機織女 050
051 【秋歌第九。】
花薄 曾與鞆為禮者 秋風之 吹歟砥曾聞 無衣身者
花薄 そよともすれば 秋風の 吹くかとぞ聞く 衣無き身は
蘆花日日得風鳴 更訝金商入律聲 從此擣衣砧響聒 千家裁縫婦功成
在原棟梁 051
052 【秋歌第十。】
秋之野野 草之袂歟 花薄 穗丹出手招 袖砥見湯濫
秋野の 草の袂か 花薄 穗に出て招く 袖と見ゆらむ
秋日遊人愛遠方 逍遙野外見蘆芒 白花搖動似招袖 疑是鄭生任氏孃
在原棟梁 052
053 【秋歌十一。】
不散鞆 兼手曾惜敷 黃葉者 今者限之 色砥見都例者
散らぬども 兼ねてぞ惜しき 黃葉は 今は限りの 色と見つれば
野樹班班紅錦裝 惜來爽候欲闌光 年前黃葉再難得 爭使涼風莫吹傷
佚名 053
054 【秋歌十二。○新古今0500。】
雁之聲 風丹競手 過禮鞆 吾歟待人之 言傳裳無
雁の音は 風に競ひて 過ぐれども 我が待人の 言傳も無し
秋雁雝雝叫半天 雲中見月素驚弦 微禽汝有知來意 問道丁寧早可傳
佚名 054
055 【秋歌十三。】
秋之蟬 寒音丹曾 聞湯那留 木之葉之衣緒 風哉脫鶴
秋蟬 寒き聲にぞ 聞こゆなる 木葉の衣を 風や脫ぎつる
寒螿亂響惣秋林 黃葉飄飄混數音 一一流聞邕子瑟 閨中自此思沉沉
佚名 055
056 【秋歌十四。】
日夕芝丹 秋之野山緒 別來者 不意沼 錦緒曾服
日暮らしに 秋の野山を 分け來れば 心にも有らぬ 錦をぞ著る
終日遊人入野山 紛紛葉錦衣戔戔 登峰望壑回眸切 石硯濡毫樂萬端
佚名 056
057 【秋歌十五。】
奧山丹 黃葉蹈別 鳴麋之 音聽時曾 秋者金敷
奧山に 黃葉踏分け 鳴鹿の 聲聞く時ぞ 秋は悲しき
秋山寂寂葉零零 麋鹿鳴音數度聆 勝地尋來遊宴處 無朋無酒意猶冷
佚名 057
058 【秋歌十六。】
雁之聲丹 管子纏於砥之 夜緒寒美 蟲之織服 衣緒曾假
雁の音に 繀筟卷く音の 夜を寒み 蟲の織著る 衣をぞ借る
鳴雁鳴蟲一一清 秋花秋葉斑斑聲 誰知兩興無飽足 山室沉吟獨作情
佚名 058
059 【秋歌十七。】
秋風丹 音緒帆丹舉手 來船者 天之外亘 雁丹曾阿里藝留
秋風に 聲を秀に揚げて 來る船は 天の門渡る 雁にぞありける
唳唳秋雁亂碧空 濤音櫓響響相同 羈人舉楫櫂歌處 海上悠悠四遠通
藤原菅根 059
060 【秋歌十八。○續古今1194。】
秋山丹 戀為麋之 音立手 鳴曾可為岐 君歟不來夜者
秋山に 戀する鹿の 聲立て 鳴きぞしぬべき 君が來ぬ夜は
獨臥多年婦意睽 秋閨帳裏舉音啼 生前不幸悉恩愛 願教蕭郎抂馬啼
佚名 060
061 【秋歌十九。】
唐衣 乾鞆袖之 燥沼者 吾身之秋丹 成者成藝里
唐衣 乾せども袖の 燥かぬは 我が身の秋に 成ればなりけり
曩時恩幸絕今悲 雙袖雙眸兩不晞 戶牖荒涼蓬草亂 每秋鎮待雁書遲
佚名 061
062 【秋歌二十。】
秋之月 叢斧栖 照勢早 宿露佐倍 玉砥見湯濫
秋月 草叢避きず 照らせばや 宿る露さへ 玉と見ゆらむ
秋月玲瓏不別叢 叢間白露與珠同 終宵對翫凝思處 一段清光照莫窮
佚名 062
063 【秋歌廿一。】
卒爾裳 風之涼 吹塗鹿 立秋日砥者 郁子裳云藝里
俄にも 風の涼しく 吹きぬるか 秋立つ日とは 宜も云ひけり
涼飆急扇物先哀 應是為秋氣早來 壁蛬家家音始亂 叢芽處處萼初開
佚名 063
064 【秋歌廿二。】
秋芽之 花開丹藝里 高猿子之 尾上丹今哉 麛之鳴濫
秋萩の 花咲きにけり 高砂の 尾上に今や 鹿の鳴くらむ
三秋有蕊號芽花 麛子鳴時此草香 雨後紅匂千度染 風前錦色自然多
藤原敏行 064
065 【秋歌廿三。】
松之聲緒 風之調丹 任手者 龍田姬子曾 秋者彈良咩
松の聲を 風の調べに 任せては 龍田姬こそ 秋は彈くらめ
翠嶺松聲似雅琴 秋風和處聽徽音 伯牙輟手幾千歲 想像古調在此林
壬生忠岑 065
066 【秋歌廿四。】
白露之 色者一緒 何丹為手 秋之山邊緒 千丹染濫
白露の 色は一つを 如何にして 秋の山邊を 千千に染むらむ
白露從來莫染功 何因草木葉先紅 三秋垂暮趁看處 山野斑斑物色匆
藤原敏行 066
067 【秋歌廿五。】
秋霧者 今朝者那起曾 龍田山 婆婆曾之黃葉 與曾丹店將見
秋霧は 今朝は勿立ちそ 龍田山 柞の黃葉 他所にても見む
山谷幽閑秋霧深 朝陽不見幾千尋 杳冥若有天容出 霽後偷看錦葉林
佚名 067
068 【秋歌廿六。】
雨降者 笠取山之 秋色者 往買人之 袖佐倍曾照
雨降れば 笠取山の 秋色は 行交ふ人の 袖さへぞ照る
名山秋色錦斑斑 落葉繽紛客袖爛 終日回眸無倦意 一時風景誰人訕
壬生忠岑 068
069 【秋歌廿七。】
何人鹿 來手脫係芝 藤袴 秋每來 野邊緒匂婆須
何人か 來て脫掛し 藤袴 秋來る每に 野邊を匂はす
秋來野外莫人家 藤袴締懸玉樹柯 借問遊仙何處在 誰知我乘指南車
藤原敏行 069
070 【秋歌廿八。】
音立手 鳴曾可為岐 秋之野丹 朋迷勢留 蟲庭不有砥
聲立てて 鳴きぞしぬべき 秋野に 友惑はせる 蟲には有らねど
愁人慟哭類蟲聲 落淚千行意不平 枯槁形容何日改 通宵抱膝百憂成
紀友則 070
071 【秋歌廿九。】
甘南備之 御室之山緒 秋往者 錦裁服 許許知許曾為禮
神奈備の 御室山を 秋行けば 錦裁ち著る 心地こそすれ
試入秋山遊覽時 自然錦繡換單衣 戔戔新服風前艷 咲殺女牀鳳羽儀
壬生忠岑 071
072 【秋歌三十。○新敕撰0242。】
名西負者 強手將恃 女倍芝 人之心丹 秋者來鞆
名にし負はば 強ひて賴まむ 女郎花 人心に 秋は來れども
秋嶺有花號女郎 野庭得所汝孤光 追名遊客猶尋到 本自慇懃子尚強
紀貫之 072
073 【秋歌卅一。】
秋風之 吹立沼禮者 蛬 己歟綴砥 木之葉緒曾刺
秋風の 吹立ちぬれば 蟋蟀 己が綴りと 木葉をぞ刺す
秋風觸處蛬鳴寒 木葉零惟衣一單 夜夜愁音侵客耳 朝朝餘響滿庭壇
佚名 073
074 【秋歌卅二。】
希丹來手 不飽別留 織女者 可立還歧 路無唐南
希に來て 飽かず別るる 織女は 立歸るべき 路無からなむ
七夕佳期易別時 一年再會此猶悲 千般怨殺鵲橋畔 誰識二星淚未晞
佚名 074
075 【秋歌卅三。】
山田守 秋之假廬丹 置露者 稻負鳥之 淚那留倍芝
山田守る 秋の假廬に 置く露は 稻負鳥の 淚なるべし
稼田上上此秋登 秔稻離離九穗同 股腹堯年今亦鼓 農夫扣角舊謳通
壬生忠岑 075
076 【秋歌卅四。】
秋之野之 千種之匂 吾而已者 見砥價無 獨砥思者
秋野の 千種の匂ひ 我のみは 見れど甲斐無し 獨と思へば
野外千匂秋始裝 風前獨坐翫芬芳 回眸感歎無知己 終日貪來對艷昌
佚名 076
077 【秋歌卅五。】
夜緒寒美 衣借金 鳴苗丹 芽之下葉裳 移徙丹藝里
夜を寒み 衣借り兼ね 鳴くなへに 萩の下葉も 移ろひにけり
寒露初降秋夜冷 芽花艷艷葉零零 雁音頻叫銜蘆處 幽感相干傾綠醽
柿本人麻呂 077
078 【秋歌卅六。】
言之葉緒 可恃八者 秋來 五十人禮歟色之 不變藝留
言葉を 賴むべしやは 秋來れば 何れか色の 變らざりける
秋來變改併依人 草木榮枯此尚均 昨日怨言今日否 愧來世上背吾身
佚名 078
冬部
079 冬歌廿一首 【冬歌第一。】
堀手置芝 池者鏡砥 凍禮鞆 影谷不見手 年曾歷藝留
堀りて置きし 池は鏡と 凍れども 影だに見えで 年ぞ經にける
眼前貯水號瑤池 手溉手穿送送歲時 冬至每朝凍作鏡 春來終日浪成漪
佚名 079
080 【冬歌第二。】
小竹之葉丹 置自霜裳 獨寢留 吾衣許曾 冷增藝禮
笹葉に 置く霜よりも 獨寢る 吾が衣こそ 冷え增さりけれ
玄冬季月景猶寒 露往霜來被似單 松柏凋殘枝慘冽 竹叢變色欲枯殫
紀友則 080
081 【冬歌第三。】
光俟 柯丹懸禮留 雪緒許曾 冬之花砥者 可謂狩藝禮
光待つ 枝に懸れる 雪をこそ 冬の花とは 言ふべかりけれ
三冬柯雪忽驚眸 歎殺非時見御溝 柳絮梅花兼記取 矜如春日入林頭
佚名 081
082 【冬歌第四。】
霜枯之 柯砥那侘曾 白雪緒 花砥雇手 見砥不被飽
霜枯れの 枝と莫侘びそ 白雪を 花と雇ひて 見れど飽かれず
試望三冬見玉塵 花林假翫數花新 終朝惜殺須臾艷 日午寒條蕊尚貧
佚名 082
083 【冬歌第五。】
攪崩芝 雹降積咩 白玉之 鋪留墀鞆 人者見蟹
搔崩し 雹降積め 白玉の 鋪ける庭とも 人は見るがに
冬天下雹玉墀新 潔白鋪來不見塵 千顆琉璃多誤月 可憐素色滿清晨
佚名 083
084 【冬歌第六。】
冬寒美 簷丹懸垂 益鏡 迅裳破南 可老迷久
冬寒み 簷に懸垂る 真澄鏡 とくも割れなむ 老い惑ふべく
冬來冰鏡據簷懸 一旦趁看未破前 嫗女嚬臨無粉黛 老來皺集幾迴年
佚名 084
085 【冬歌第七。】
白雪之 八重降敷留 還山 還還留丹 老丹藝留鉋
白雪の 八重降敷ける 歸山 歸る歸るに 老いにける哉
白雪干頭八十翁 誰知屈指歲猶豐 星霜如箭居諸積 獨出人寰欲數冬
在原棟梁 085
086 【冬歌第八。】
冬成者 雪降積留 高杵嶺 立白雲丹 見江亘濫
冬成れば 雪降積める 高き嶺 立つ白雲に 見え渡るらむ
冬峰殘雪舉眸看 再三嗤來數疋紈 未辨白雲晴後聳 每朝尋到望山顏
佚名 086
087 【冬歌第九。】
松之葉丹 宿留雪者 四十人丹芝手 時迷勢留 花砥許曾見禮
松葉に 宿れる雪は 他所にして 時迷はせる 花とこそ見れ
冬日舉眸望嶺邊 青松殘雪似花鮮 深春山野猶看誤 咲殺寒梅萬朵連
佚名 087
088 【冬歌第十。】
白雲之 下居山砥 見鶴者 降積雪之 不消成藝里
白雲の 下り居る山と 見えつるは 降積む雪の 消えぬなりけり
四山霽後雪猶存 未辨白雲嶺上屯 終日看來無厭足 況乎牆廕又敦敦
佚名 088
089 【冬歌十一。】
大虛之 月之光之 寒藝禮者 影見芝水曾 先凍藝留
大空の 月光の 寒ければ 影見し水ぞ 先凍りける
寒天月氣夜冷冷 池水凍來鏡面瑩 倩見年前風景好 玉壺晴後翫清清
佚名 089
090 【冬歌十二。】
白雪之 降手積禮留 山里者 住人佐倍也 思銷濫
白雪の 降りて積れる 山里は 住人さへや 思消ゆらむ
雪後朝朝興萬端 山家野室物斑斑 初銷粉婦泣來面 最感應驚月色寬
壬生忠岑 090
091 【冬歌十三。】
吾屋門之 菊之垣廬丹 置霜之 銷還店 將逢砥曾思
我が宿の 菊の垣廬に 置く霜の 消え還りても 逢はむとぞ思ふ
清女觸來菊上霜 寒風寒氣蕊芬芳 王弘趁到提罇酒 終日遊遨陶氏莊
紀友則 091
092 【冬歌十四。】
三吉野野 山之白雪 踏別手 入西人之 音都禮裳勢沼
御吉野の 山の白雪 踏分けて 入りにし人の 音連れもせぬ
遊人絕跡入幽山 泥雪踏霜獨蔑寒 不識相逢何歲月 夷齊愛崿遂無還
佚名 092
093 【冬歌十五。】
十月 霂降良芝 山里之 正樹之黃葉 色增往
神無月 時雨降るらし 山里の 柾の黃葉 色增さり行く
孟冬細雨足如絲 寒氣始來染葉時 一一流看山野裏 樹紅草綠亂參差
佚名 093
094 【冬歌十六。】
雪降手 年之暮往 時丹許曾 遂綠之 松裳見江藝禮
雪降りて 年の暮れ行く 時にこそ 遂に綠の 松も見えけれ
松樹從來蔑雪霜 寒風扇處獨蒼蒼 奈何桑葉先零落 不屑槿花暫有昌
佚名 094
095 【冬歌十七。】
淚河 身投量之 淵成砥 凍不泮者 景裳不宿
淚河 身投ぐばかりの 淵なれど 冰解けねば 景も宿らず
怨婦泣來淚作淵 往年亘月臆揚烟 冬閨兩袖空成河 引領望君幾數年
佚名 095
096 【冬歌十八。】
為君 根刺將求砥 雪深杵 竹之園生緒 別迷鉋
君が為 根刺し求むと 雪深き 竹の園生を 別け迷ふ哉
雪中竹豈有萌芽 孝子祈天得筍多 殖物冬園何事苦 歸歟行客哭還歌
佚名 096
097 【冬歌十九。】
攪崩芝 散花砥而已 降雪者 雲之城之 玉之散鴨
搔崩し 散花とのみ 降雪は 雲の都の 玉の散るかも
素雪紛紛落蕊新 應斯白玉下天津 舉眸望處心如夢 霽後園中似見春
佚名 097
098 【冬歌二十。】
霜枯丹 成沼砥雖思 梅花 拆留砥曾見 雪之照禮留者
霜枯に 成りぬと思へど 梅花 咲けるとぞ見る 雪の照れるは
寒風蕭蕭雪封枝 更訝梅花滿苑時 山野偷看堪奪眼 深春風景豈無知
佚名 098
099 【冬歌廿一。】
歷年砥 色裳不變沼 松之葉丹 宿留雪緒 花砥許曾見咩
年經れど 色も變はらぬ 松葉に 宿れる雪を 花とこそ見め
冬來松葉雪斑斑 素蕊非時枝上寬 山客回眸猶誤道 應斯白鶴未翩翩
佚名 099
戀部
100 戀歌廿首 【戀歌第一。】
紅之 色庭不出芝 隱沼之 下丹通手 戀者死鞆
紅の 色には出じ 隱沼の 下に通ひて 戀は死ぬとも
閨房怨緒惣無端 萬事吞心不表肝 胸火燃來誰敢滅 紅深袖淚不應乾
紀友則 100
101 【戀歌第二。】
思筒 晝者如此店 名草咩都 夜曾侘杵 獨寢身者
思ひつつ 晝は如此ても 慰めつ 夜ぞ侘びしき 獨寢る身は
寡婦獨居欲數年 容顏枯槁敗心由 日中怨恨猶應忍 夜半潸然淚作泉
佚名 101
102 【戀歌第三。】
鹿島成 筑波之山之 築築砥 吾身一丹 戀緒積鶴
鹿島なる 筑波山の 熟熟と 我が身一つに 戀を積みつる
馬蹄久絕不如何 戀暮此山淚此何 蕩客怨言常詐我 蕭君永去莫還家
佚名 102
103 【戀歌第四。】
都例裳那杵 人緒待砥手 山彥之 音為左右 歎鶴鉋
由緣も無き 人を待つとて 山彥の 聲のする迄 歎きつる哉
千般怨殺厭吾人 何日相逢萬緒甲 歎息高低閨裏亂 含情泣血袖紅新
佚名 103
104 【戀歌第五。】
戀亘許呂 裳之袖者 潮滿手 海松和布加津加沼 浪曾起藝留
戀渡る 衣の袖は 潮滿ちて 海松和布潛かぬ 浪ぞ立ちける
落淚成波不可乾 千行流處袖紅斑 平生昵近今都絕 寂寞閑居緪瑟彈
佚名 104
105 【戀歌第六。】
戀侘手 打寢留中丹 往還留 夢之只徑者 宇都都那良南
戀侘びて 打寢る中に 行歸る 夢の近道は 現ならなむ
戀緒連綿無絕期 屢聲佩響聽何時 君吾相去程千里 連夜夢魂猶不稀
藤原敏行 105
106 【戀歌第七。】
懸都例者 千之金裳 數知沼 何吾戀之 逢量那岐
懸けつれば 千千の黃金も 數知りぬ 何ど我が戀の 逢ふ計無き
年來積戀計無量 居指員多手算忙 一日不看如數月 慇懃相待隔星霜
佚名 106
107 【戀歌第八。】
人緒念 心之熾者 身緒曾燒 煙立砥者 不見沼物幹
人を思ふ 心の熾は 身をぞ燒く 煙立つとは 見えぬ物から
胸中刀火例燒身 寸府心灰不舉煙 應是女郎為念匹 閨房獨坐面猶嚬
佚名 107
108 【戀歌第九。】
戀芝砥者 今者不思 魂之 不相見程丹 成沼鞆倍者
戀しとは 今は思はじ 魂の 相見ぬ程に 成りぬともへば
消息絕來幾數年 昔心忘卻不須憐 閨中寂寞蜘綸亂 粉黛長休鏡又捐
藤原興風 108
109 【戀歌第十。】
被厭手 今者限砥 成西緒 更昔之 被戀鉋
厭はれて 今は限りと 成りにしを 更に昔の 戀ひらるる哉
被厭蕭郎永守貞 獨居獨寢淚零零 心中昔事雖忘卻 顧念閨房恩愛情
佚名 109
110 【戀歌十一。】
戀敷丹 侘手魂 迷那者 空敷幹之 名丹哉立南
戀しきに 侘びて魂 迷ひなば 空しきからの 名にや立ちなむ
戀情無限匪須勝 生死慇懃尚在胸 君我昔時長契約 嗤來寒歲柏將松
佚名 110
111 【戀歌十二。】
朝景丹 吾身成沼 白雲之 絕手不聞沼 人緒戀砥手
朝影に 我が身は成りぬ 白雲の 絕えて聞えぬ 人を戀ふとて
恨來相別拋恩情 朝暮劬勞體貌零 寂寂空房孤飲淚 時時引領望荒庭
佚名 111
112 【戀歌十三。】
片絲丹 貫玉之 緒緒弱美 紊手戀者 人哉知南
片絲に 貫く玉の 緒を弱み 紊れて戀ひば 人や知りなむ
誰識中心戀緒纁 卞和泣處玉紛紛 千般歎息員難計 爭使蕭郎一處群
佚名 112
113 【戀歌十四。】
都例無緒 今者不戀砥 念倍鞆 心弱裳 落淚歟
緣由無きを 今は戀ひじと 思へども 心弱くも 落つる淚か
不枉馬蹄歲月拋 從休雁札望雲郊 戀情忍處寧應耐 落淚交橫潤斗筲
菅野忠臣 113
114 【戀歌十五。】
人不識 下丹流留 淚河 堰駐店 景哉見湯留砥
人知らず 下に流るる 淚川 堰留めてむ 影や見ゆると
每宵流淚自然河 早旦臨如作鏡何 撫瑟沉吟無異態 試追蕩客贈詞華
佚名 114
115 【戀歌十六。】
淚河 流被店袖之 凍筒 佐夜深往者 身而已冷濫
淚川 流れて袖の 凍りつつ 小夜更行けば 身のみ冷らむ
冬閨獨臥繡衾單 流淚凍來夜半寒 想像蕭咸佳會夕 庶幾每日有相看
佚名 115
116 【戀歌十七。】
君戀砥 霜砥吾身之 成沼禮者 袖之滴曾 冴增藝留
君戀ふと 霜と我身の 成りぬれば 袖の雫ぞ 冴增さりける
與君相別幾星霜 疇昔言花絁不香 曉夕凍來冬泣血 高低嘆息滿閨房
佚名 116
117 【戀歌十八。】
戀敷丹 金敷事之 副沼禮者 物者不被言手 淚而已許曾
戀しきに 悲しき事の 添ひぬれば 物は言はれで 淚のみこそ
一悲一戀是平均 事事含情不可陳 流淚難留寧有耐 寂然靜室兩眉嚬
佚名 117
118 【戀歌十九。】
思侘 山邊緒而已曾 往手見留 不飽別芝 人哉見留砥
思侘び 山邊をのみぞ 行きて見る 飽かず別れし 人や見ゆると
思緒有餘心不休 偷看河海與山丘 四方千里求難得 借問人寰是有不
佚名 118
119 【戀歌二十。】
千之色丹 移徙良咩砥 不知國 意芝秋之 不黃葉禰者
千千の色に 移ろふらめど 知ら無くに 心し秋の 黃葉ならねば
人情變改不須知 見說生涯離別悲 閑對秋林看落葉 何堪爽候索然時
佚名 119
新撰萬葉集 卷上 終